「警察・刑事もの」…小説・ドラマ等:独断的感想など




●私には意外と面白いNHK大河「女城主 直虎」
私が現在、唯一、継続して見ているテレビドラマです。
どうせ、放映時間帯が夕食時と重なるので自動的に見ることになるし。

大河ドラマらしいスケール感も無ければ、大仕掛けの戦闘シーンも無い。お茶の間的ドラマになっている。主人公の柴咲コウの演技はギャーギャー煩いだけで上手くない等、批判が多いのは知っています。

しかし、見方を変えれば、当時の小領主が如何に苦労して大名や百姓や商人と付き合いながら領地経営していたか、その実態が垣間見れるようで面白いです。もちろん、どこまでが史実に即しているか不明な点はありますが。まあ、見る側の関心の持ちようですね。


●相変わらず「警察・刑事もの」「ミステリー系」ドラマ(映画も)が何本も。
飽きもせず、次から次へと。。。で、私も嫌いではありません。この手の小説は好きですし。ただし、テレビドラマで良かったと思うのは、松本清張と今野敏と横山秀夫原作のものだけです。あとは例外的な一本単独ものに、たまに良いものがありますけど。

他は十分か十五分も見れば、「つまらん」「類型的で平凡、退屈」と判断し、止めてしまいます。

7月からも「刑事7人」「警視庁いきもの係」「警視庁ゼロ係」「遺留調査」「黒革の手帳」などが始まっていますね。

で、松本清張原作の「黒革の手帳」初回を見ました。実は、私は2004年の米倉涼子主演のドラマは見ていないので、比較は出来ません。

主役の武井咲さん(「咲」は「えみ」、と読ませるのね。知らなかったわ)がどうなのか、賛否両論あるでしょうね。ちょっと年齢的に23才は若過ぎて「銀座の高級クラブのママ&悪女」としては、貫禄に欠けると思います。

それよりも、私が一番違和感を覚えたのは、「バブル期じゃあるまいし、今時、銀座の高級クラブかよ?」です。以前にブログに書いたことがありますが、現在の銀座は高級クラブがどんどん潰れ、その代わりに大衆居酒屋が続々と進出しています。今や、高価な着物やドレスを纏った女性などほとんど見ません。その代わりにカジュアルな服装の若者が闊歩しています。昔とはすっかり様変わりしているのです。 

場所を銀座ではなく赤坂にした方がまだ良かったのでは?

主役は中谷美紀とか広末涼子の方が悪女のママになれそうですが、トウがたち過ぎ?

というわけで、次回以降に見る気はだいぶ失せました。


●期待外れのミステリー小説と映画
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☆「怒り」…吉田修一の原作は平凡であり、映画はハッキリ言って「失敗作」でしょう。

いくら良い俳優を集めても、それで良い映画が出来るとは限らない…その典型です。

まあ、登場する人物が次々とやたらわめき、怒り、ギャースカ騒ぐので、ワザとらしくて、鬱陶しいことこの上ない。最後には白けてしまいます。

しかし、マスコミの宣伝操作によって単なる「凡作」が「名作」や「名画」に「祭り上げられ」、それにマンマと乗せられる私のようなおバカが多くいることにより、本が売れ、映画がヒットするのですね。


☆米澤穂信「満願」(新潮社)…悪くは無いが、出来は平均レベル。これも、賛辞・称賛の嵐。。。

太宰治の短編小説「満願」は傑作ですけどね。

それにしても、ネット上で多くの人が「怒り」「満願」を「傑作」「最高に面白かった」「感動した」と書きこんでいるのを見ますと、私は少々不安になってきます。

もしかして、私の感覚・感性がおかしいのか?と。

まあ、小説や映画は主観性の非常に強いものですから、何をもって傑作だの凡作だのと判定するのか、その基準は有るようで無いものですから、「人それぞれ」ということになるのでしょうか?

しかし、私は私なりの基準を一応、持っているつもりです(^_^;)


●あまり期待していなかった割には良かったミステリー小説&ドラマ
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☆「石の繭」「水晶の鼓動」(講談社文庫)…女性警察官が主役の小説。麻見和史は作風がなかなかオーソドックスで手堅いので、買って読んで損は無いと思いました。

もっとも、私は女性警察官・刑事ものに評価がちょっと甘いのですが。。。

ドラマの方もまずまず。ただ残念なのは、原作では主人公の如月塔子刑事は身長が152㎝余りの超小柄な設定で、これが愉快なのですが、如月役の木村文乃さんは身長が164㎝なのです。しかし、なかなか器用な女優とは思います。

年齢は若過ぎますが、如月塔子刑事のイメージは橋本環奈さんかな。
7月スタートの「警視庁いきもの係」に出演していますね。
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☆松岡圭祐「水鏡推理シリーズ」(講談社文庫)
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表紙絵を見ると「ライトノベル」っぽく思えますが、内容はなかなかヘヴィです。女主人公の水鏡瑞希は文科省の国家公務員一般職(旧II種)事務官です。これは殺人無きミステリーであり、扱われるテーマは「過労死」だったり、「リケジョの星の不正論文」など、何ともタイムリーな話題です。

松岡圭祐は理科系脳のようで、データ分析や科学的アプローチが得意なんですね。それだけ読み応えがあります。水鏡瑞希は一般職でありながら頭脳明晰で、最初は彼女をバカにしていたキャリア組を最後にギャフンと言わせる所も愉快。

これはおススメです!


●松岡圭祐「黄砂の籠城上・下」(講談社文庫)…これは素晴らしい!
こちらは歴史小説です。
時代は日清戦争と日露戦争の間に中国(清)に起きた、1900年の「義和団の乱」です。

義和団の乱、と言っても高校の歴史でほんの一行程度の説明があったくらいでしょう。

この本では柴五郎という実在の人物が主役です。

当時は柴は日本帝国陸軍の砲兵中佐でした。

柴五郎は会津藩士の子息であり、10才の頃に戊辰戦争最大の激戦となった会津戦争を経験しています。その後の艱難辛苦は推して知るべし。

義和団に襲われた北京公使館区域(日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、ロシア等の公使館があった)にあって、柴の素晴らしい対応によって乱から公使館を防ぎ、収束させた。

柴五郎の手腕と人柄は各西洋列強の公使達から称賛された。。。

これを例の、「日本って凄い!」式のストーリーラインで読まれてはならないと思います。

明治の日本の軍人にも立派な人はいくらでもいたでしょう。

当時のイギリスやロシアの軍人や公使は日本人より酷かったかもしれません。

それよりも、何故、義和団の乱は起きたのか?

何故、彼等は中国内のキリスト教会を襲い、破壊し、公使館も襲ったのか?

こちらの方が歴史の本筋なのです。



●女性は読んではイケない!
「処女刑事・横浜セクシーゾーン」(実業之日本社)
女性刑事ものに弱い私は中味を良く調べずに買ってしまった。

「性活安全課」の刑事だと!?
女性刑事が秘密調査とか囮捜査とかでソープの風俗嬢になり、男性客にサービスするか!!


●再読:やはり、乃南アサの「女刑事 音道貴子シリーズ」は最高!

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特に、「凍える牙」では一匹の犬がある意味、準主役になっていて、バイオレンス的凄さもあり一番面白いです。しかし、「嗤う闇」や「未練」のような短編では音道貴子の生活から人生までリアルに描かれていて忘れられません。実在の女性刑事の匂いがプンプンするのです。乃南アサの優れた描写力です。

私が若い頃に読んだ時は音道貴子をカッコ良く思ったものですが、今回再読すると、「あれ?音道貴子って、こんなに暗いジメジメとした女性だったの?あの時の私は何を読んでいたのか?」と、不思議に思いました。

良い小説は再読に耐える、新たな発見がある…これは真実ですね!




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2017.07.22 | | コメント(5) | トラックバック(0) | 文学



私の好きな冬の歌







暑いですね~(。>ω<。)ノ

暑い時は冬の歌を聴くと、あら不思議、少し涼しくなった気分になれます。


以前に語ったことがありますが、私は学生時代に何度か長野県の奥志賀スキー場でスキーを楽しみました。しかし、運動神経が悪いので、一番基本となるパラレルターンのコツも掴めないまま社会人になり、それっきり私のスキーはお終いになりました。

この歌、前奏の時間が1分近くと長く凝っていて、いかにもドイツっぽいですね。

名曲です。

私はスキーといえば、この歌を思い浮かべます。

日本語の歌詞では歌い出しが、

♪~処女雪、光る、光る~、冬山、呼ぶよ、呼ぶよ~、
ホーヤッホー、ホーヤッホー、♪~だったと思います。

冬季五輪のアルペン3冠王、トニー・ザイラーは甘いマスクでカッコ良かったそうですが、
歌はお世辞にも上手いとは言えないわね。
でも、素人っぽい歌い方も悪くないです。




2017.07.14 | | コメント(11) | トラックバック(0) | 音楽



「一波、万波を呼ぶ」:安倍政権の行方・愚見を少々




●ご存知かもしれませんが、「一波、万波を呼ぶ」という古いことわざがあります。
たとえば、ある政権が崩壊の兆候をみせた時など、ままそうした現象を露わにします。一つの破綻(ミス・不始末)が、次なる破綻を招き、さらに次へ、と連鎖反応を起こし、ついには破綻をつくろうすべも無い状態に陥ることです。最悪の場合、地滑り的な瓦解の破局をむかえてしまいます。

●読売新聞のアンケート調査によると、
…安倍内閣の支持率は36%で、前回調査(6月17~18日)の49%から13ポイント下落し、2012年12月の第2次安倍内閣発足以降で最低となった。不支持率は52%…。

もちろん、私は「アンケート調査」を鵜呑みにはしませんが。。。

産経新聞は100%安倍政権の御用新聞ですが、読売の「御用度」は80%くらいでしょう。
その読売の調査でこの数字ですからね。かなり参考に成り得るかと。

しかも、G20という華やかな外交が行われている最中の調査です。普通、外交をやると支持率はアップするか下げ止まりするものですが、下がり続けているということは調査の結果にかなりの「信憑性」がありそうです。

私は安倍右翼政権※1の危険性をずっと主張して来ましたので、今回の調査結果は喜ばしいです。

ただし、国民が「不支持」なのは安倍政権の一つひとつの政策や自民党そのものに対してではなく、安倍首相を中心とした官邸サイドの国民を舐めた驕り、ズルさ、傲慢さ、乱暴さ、情報隠し等の、「姿勢」「態度」についてでしょうね。このまま彼等のやりたい放題にさせて置いたら、益々「独裁性」「独善性」が進行するであろうから、この辺りでキツイお灸をすえてやろう、今後の対応によっては安倍首相の退陣も賛成するぞ、との意思表示ではないでしょうか?

しかし、気がつくのがちょっと遅過ぎると思いますけどね(^_^;)

安倍首相の言う、「反省すべきは反省」「一つひとつ丁寧な説明」「幅広い国民的議論と合意」が、白々しく虚しく響いていると感じる国民が多いと思います。一度失った信用を取り戻すのは至難の業です。

また、あの陰気で陰険な顔の菅官房長官の、木で鼻をくくったような「説明」もウンザリです。

イラついた自民党幹部による八つ当たりな「メディア批判」が増えている様子ですが、これは末期症状の始まりです。今時のメディアくらい安倍政権に優しい例(かなり躾けられ、飼い慣らされているから)は過去に無いでしょうに。それでも不満なのですからね。

こんな状況の中で、安倍首相が実現しようとしている「姑息な」憲法改正などほぼ不可能です。公明党からは慎重意見が出ているらしいし、自民党内にも批判があるようですしね。

つくづく思うのは、安倍首相は「人を見る目」の無い人間じゃないかなあと。あの稲田氏を防衛大臣にしたことはその典型です。稲田氏を「次の自民党を背負うリーダー!」と讃えるなど、あり得ないでしょう!?「親友」だったハズの森友学園の園長さんはどんな人物ですか?同じく「親友」の加計学園の園長はトンズラこいている模様。他にも「親友」のゴロツキ小説家やエセ学者の面々。

しかし、喜ぶのはまだ早いですね。

民進党や共産党等の野党が国民の不満の「受け皿」に成り得ていないことも、今回の東京都議会選で明白になりました。要するに、自民党から「ジェネリック自民党」とも言われている「都民ファースト」に票が移っただけだ。※2

とっくに「万波を呼んでいる」民進党の自壊作用は終わることなく進行していますし、共産党は「共産主義」の看板を掲げている限り日本ではマイナーな政党にしかなり得ないでしょうね。

何か、新しい「野党共闘」の在り方を見つけない限りは野党が次の国政選挙で議席を伸ばすのは難しいと思います。「保守」とか「中道」とか「リベラル」とか「左翼」とかの「既成概念」に囚われない新たな野党運動が必要。

今回のアンケート調査結果を受け、安倍首相は少しは危機感を抱き、謙虚?に姿勢を改めるのでしょうか?それとも、これまで通りに議席の圧倒的多数にモノを言わせ、低支持率などにお構いなく、乱暴な国会運営でバンバンと危険な法案を通して行くのでしょうか?

内閣改造のごとき「小手先」の人事では支持率のV字回復は難しいでしょう。

自民党のベテラン国会議員の中には、「おッ、コイツ、なかなかマトモじゃないか?」と思う人が何人もいます。政策的には賛同出来なくても、「この人が首相であればずっとマシかな」と思える人がいますが、まあ、甘くないだろうな。



●民進党も支持率を下げています。
こうした中で、一部の党内等の批判を受け、民進党の蓮舫代表が日本と台湾の「二重国籍」問題で戸籍謄本を公開する意向を示したことに、党内から「外国人や日本国籍の取得をした人への差別を助長しかねない」と危惧の声が上がっているそうです。

確かに、「二重国籍」問題で蓮舫代表の説明が二転三転し、少なからぬ国民から不信感を招いたのは事実でしょう。蓮舫代表は日本人特有の「島国根性」の恐ろしさを理解しなかったのでしょうか?党代表としては実に稚拙な対応であり、大失点です。

しかしながら、このようなことでイチイチ「戸籍の公開」をせざるを得ないとなれば、まさしく「悪しき前例」となりましょうし、右傾化した日本において差別を助長する危険が大きいと思います。

私個人は外国人の参政権付与に賛成していますので、「二重国籍問題」など「下らねえ~」と思っています。こんなことに大騒ぎをする一部のメディアや政治家は、小国日本の「小さい奴等」だと思う。


※1
日本のメディアは特定の政党や政権に対し、「極右」「極左」「右翼」「左翼」という言葉を使うのを避ける傾向があるようです。そのくせ、海外のフランスやオーストリア等の特定政党については、「極右政党」という言葉を普通に使っています。何故でしょうね?海外メディアの中には安倍政権や大阪維新の会を「極右」と呼んでいる例があるそうです。

そもそも、「右翼」「左翼」という言葉そのものに何かネガティブな響きや危険な匂いを感じるからでしょうか?それゆえ、レッテル貼りはなるべく避けたい、との意味でしょうか?

確かに、「右翼」といえば街宣車と軍歌の騒音、暴力団との結び付きを思い浮かべますし、「左翼」といえばゲバ棒と火炎瓶の違法デモを思い浮かべますね。過去、「右翼」も「左翼」もテロをやっていましたし。

今の日本人の多くは「中道」が好きなのでしょうか?「中道」は「中立」「バランスの良さ」「穏当」を連想しやすいですね。私に言わせれば「中道」とは、「私は何も考えていません」の代名詞にしか思えないのですが。



※2
私は小池都知事は「独裁者」の資質十分有り、と見ていますし、彼女が「日本会議」を支持する右翼系政治家であることにも、危惧を抱いています。都知事選の時に、候補者が揃って出演したテレビで鳥越俊太郎氏が小池氏に対し、「僕を『病み上がり』と呼んだ」と切り出したとき、小池氏は「言ってないです」とヌケヌケと否定した。もちろん、小池氏の嘘です。こういう女は恐ろしいですよ。よく、「女は嘘を嘘とも思わず、平気で嘘を言う」と言われることがありますが、小池氏は明らかに「嘘と知っていて嘘をつく女」のタイプです。しかも、ニコニコと笑顔で。この強かな鉄面皮ぶりは非常に危険です。

まあ、小池都知事はあくまで東京で善政を布いてくれれば良いですが。

小池都知事は身だしなみとしての「厚化粧」ではなく、「言動の厚化粧」の達人かもしれません。野党は彼女の強かさを少しは見習った方が良いかもしれませんね。




2017.07.13 | | コメント(5) | トラックバック(0) | 政治・社会



金子恵美議員の事例・子育てに寛容な社会を:愚見を少々




「金子恵美氏、公用車に子ども乗せない意向」
記事はここです

これ、何が問題なのか私には良く理解が出来ません。

公用車を私的目的に使うのがケシカラン!、ということでしょうか?

「特権階級の驕り」を感じるということでしょうか?

なるほど、一般の庶民と比べれば、金子議員は恵まれている方かもしれません。

また、国会議員なれば、一般の国民以上に公明正大さが求められるは当然です。

しかし、

不倫で議員を辞職したバカ夫を許し、

懸命に子育てしながらハードな仕事に取り組んでいる女性に対し、

世の中はもっと寛容になっていいのではないでしょうか?

子育て、ですからね。

人間の言動を物差しや分度器で測り、雁字搦めにし、

規定から1ミリでもはみ出たら、ダメ!という世の中って、どうなんでしょう?

結果的に、こうした世の情勢も女性の社会進出のネックとなっているように思います。

特に、「子育て」については、世の中は寛容であって欲しいです。


女性議員のおバカな言動が目立つ中で、金子恵美議員が割を食ったという形でもあります。



嗚呼、ここでも女性議員のおバカ発言か。
ソースはここです

「批判なき選挙、批判なき政治を目指して」。。ハア?(-_-;)

唖然とします。これ、国会の場で言ったらアウトです。

今井絵里子議員は、この発言にどんな恐ろしい意味があるのか、分かっていないようです。

ああ、もしかすると、今井議員は、批判=誹謗・中傷、と理解しているのかもしれませんね。

それなれば辻褄が合います。

それにしても、この程度の知性で国会議員が勤まるのかなあ。。。。

金子議員には同情的な私も今井議員には怒りを覚えます。

この手の問題には寛容にはなれません。

「女の愚かさ」のサンプルを拡散しやがって!と思うからです。




2017.07.04 | | コメント(13) | トラックバック(0) | 政治・社会



四国は「離れ小島」か:愚見を少々




片山さつき議員がテレビで四国のことを「離れ小島」と言って問題になっている模様。
参考サイトです

「離れ」も「小島」も、四国を見下したニュアンスがプンプンしますね。
ましてや、片山さつき議員のような傲岸な言動をして来た人間の発言であれば、なおのこと問題視されます。いわゆる仁徳の欠如というものでしょう。

片山議員は埼玉県出身か。
四国の人間も、ダサイタマの人間に「離れ小島」とは言われたくないでしょう←悪い言い方です(^_^;)

自民党議員による多くの問題発言は、決して「うっかり」でも「言い間違い」でも「誤解」でもないと思います。彼等、彼女等は日頃からああした発言をしているのでしょう。だから、ポロっと口から出てしまう。それだけのこと。


●「差別語」というのは、時代と共に新しく「発見」され、避けられるようになるものでしょう。
一昔前なら、「離れ小島」程度で問題にされることは無かったかもしれません。

昔は、天気予報等で「日本海側」のことを「裏日本」と言っていました。つまり、「太平洋側」が「表日本」です。私が時々ハイキングに行く神奈川県の丹沢山塊にも、「表丹沢」「裏丹沢」という言い方があります。しかし、「裏」という言葉には、「裏社会」「裏金」等のようにネガティブで暗い響きがあり、次第に当事者側から、「裏日本は止めてくれ」との要望・クレームが出るようになったのでしょうね。

「そんなの言い掛かりだ」「大袈裟だ」「言葉狩りだ」と反発してもダメです。時代と共に、「使われる側」が嫌がる表現を用いるのは差別に繋がる、という考え方が浸透しているからでしょう。

例えば、当初は、「女中」「土人」「シナ」という言葉には差別的ニュアンスが無かったのかもしれませんが、徐々に「差別臭」が貼りつくようになり、今では使わないのが妥当とみなされているわけです。

ある言葉に、ひとたび「差別臭」がついたら、いくら洗ってもダメなんですね。

私は東京の人間ですので、「田舎」という言葉を使うのに躊躇いを感じます。つまり、「田舎」「田舎者※」というのは、都会人特有の侮蔑的意味合いや、優越意識が含まれる表現だからです。地元の人間が使う分には問題はないかもしれませんが、東京の人間が使うのは問題があるかもしれません。

普通に、又は良い意味で、「田舎」にノスタルジーを感じて使う場合もあるのですが、注意が必要です。

※「アイツは田舎者だ」は、今でも一部の東京の人間が侮蔑的に使っています。

※四国で思い出しましたが、夏目漱石が「坊っちゃん」の中で、松山の人間に対し、

「田舎者はしみったれだから五円もやれば驚いて眼を廻すに極っている」

と書いています。酷いね~(・・;)

昔は問題にされなかったのでしょうね。

現代の松山の人達はこの文章を読んで、どう思うのでしょうか。

私は「坊っちゃん」は名作と思うし、大好きですが、ここは笑えません。


それと、「田舎」ほどではありませんが、「地方」という言葉も使いにくい。この言葉には、「東京中心史観」的なニュアンスを覚えるからです。「どの地方から来られましたか?」なんて言い方はイマイチ。「どちらから来られましたが?」が無難でしょうね。しかし、今のところ、「地方」に代わる適当な言葉が見当たりません。


☆差別表現、侮蔑表現については男性よりも女性の方が敏感です。
男性はそれを「女は被害者意識が強いから」と揶揄しますが、これ自体が二重の意味で侮蔑的なんですよね。沖縄県民や韓国に対しても、「被害者意識が強い」と批判的に言う例を見ますが、これと似ています。

差別する側(加害者側)は、差別される側(被害者側)よりも鈍感なのです。

権妻、めかけ、二号、情婦、、、酷い言葉だ。今では「愛人」と言うようですが、これもチョット、どうかと思います。「愛人」そのものが、消えるべき言葉と思います。

「未亡人」も酷いので、消える言葉ですね。

「後家」「愚妻」は消えましたね。現代の二十代の女性は、「何?それ」と。

「行かず後家」なんて酷い言葉が出来たのが良く無かったですね。


「山男の歌」の歌詞に、

~娘さんよく聞けよ 山男にゃ惚れるなよ~ 山で吹かれりゃよ 若後家さんだよ~♪

とありますが、この箇所は今ではテレビでは歌えないのかな?

昔、ダークダックスが歌ってヒットしたそうですね。

ここです

私は最近この歌を知りましたが、いきなり「若後家さんだよ~」が出て来て驚きました。
時代が違いますね。

シンプルな曲だけど、捨てがたい味のある歌ですね!

ダークダックスのハーモニーも素敵です。

カラオケで皆で歌って楽しい歌です。


2017.07.02 | | コメント(8) | トラックバック(0) | 政治・社会



日本は北朝鮮を見下せる程に立派な国か?:愚見を少々




自国と他国を比べて優劣を言うのは本来はナンセンスだと思います。

しかし、このところ、「日本って凄い」の自画自賛本や中国、韓国、北朝鮮を「日本より劣った国」として罵倒する本の氾濫が目立ちます。メディアでもそうした路線で政治や外交を語る「識者」が目立ちます。

すると、私は反論したくなります。

例えば、少なからぬ日本人や日本メディアは北朝鮮を「劣った国」「愚かな国」「狂った国」「独裁者の国」として見下し、嘲笑うが、果たしてそんなに日本という「国」は北朝鮮より「立派な国」であろうか?と。

①北朝鮮は独立国だが、日本はアメリカの従属国であり、半独立国である。日本はまるでアメリカの飛び地の五十一番目の州のようだ。

誰かが言っていましたが、「日本は多神教の国ではなく、実は一神教の国」なんだとか。その「神様」とは、アメリカ合衆国のことです。そう、日本にとって、アメリカ様は神様なのです。アメリカ様あっての日本なのです。アメリカ様のご機嫌を損ねてはならじ、とビクビクして生きています。日本のあちこちに「治外法権」としての「在日米軍基地」が存在するけど、こんな国は他に聞いたことがありません。

この点、北朝鮮は同盟関係にある中国にビクビクして阿ることなどしておらず、アメリカにも一歩も引かない。北朝鮮は「自分の国は自分で守る」が徹底していますね。日本は「アメリカ様」にお守をしてもらっています。
北朝鮮の方が「国」の在り方としては立派な「独立国」。日本の方が惨めで情けないですよ。

安倍政権は北朝鮮が核を持っているのが羨ましいのが本音でしょう?「おらの国も核を持ちたい!」よね?


②北朝鮮は(野蛮で時代遅れな)世襲制の独裁国というが、日本の政治家は世襲だらけですよ。天皇制は立派に世襲じゃないですか。それを日本人の多くは「当たり前」と思っているでしょう?

それも、天皇は男系以外はダメ!女性天皇など論外と言う。
いつの時代のことかよ?と言いたくなる。

その男系の根拠たるや、日本書紀なんだから呆れます。日本書紀は猛烈な政治的バイアスのかかった史書であることは常識なのだし、男系・万世一系どころか、天皇家に何度も「断絶」があったことも今ではほぼ歴史の通説となっています。少なくとも、応神天皇と継体天皇は、その前の天皇とは別血統だ。

両天皇とも大和王朝に「入り婿」という苦しい説明になっているけど、いかにも創作だ。まあ、過去の系図などいくらでも創作、改竄が出来ますしね。それに、応神天皇は実在そのものが疑われています。他にも、清寧天皇の後に断絶があり、播磨の国から「顕宗天皇と仁賢天皇を発見!」と称して、跡を継がせていますが、荒唐無稽だ。

確かに日本は独裁国ではなく民主主義の国です。しかしながら、その民主主義の中味たるや、ボロボロで惨憺たる有様じゃないですか?どうしてか?皆まで言うまい。

それに、世襲制の独裁国、君主国、など、非民主主義国は世界にいくらでもありますよね。

国により、歴史や文化、宗教や経済状態が色々と異なるのですから、やたら民主主義を振り回す(それもガタガタの)のも、考えものです。


③「北朝鮮はアメリカと対等に戦えると思っている愚かな国」
愚かな国かもしれません。しかし、日本だって過去にアメリカと対等どころか、「あんな軟弱な国に神国の日本が負けるはずがない」と言って戦争したじゃないか。北朝鮮にしてみれば、「日本に言われたくない」よね。


④北朝鮮は「耐久力」があり、日本は「脆弱」だ。
あれだけ「経済制裁」を受けても頑張れるのは凄いね。贅沢に慣れた日本なんか経済制裁くらったら企業は悲鳴をあげ、国民はパニックを起こすでしょう。アメリカがベトナムに負けたのも「耐久力」の差だった。


と、まあ、色々と理屈を並べてみましたが、もちろん、北朝鮮が日本よりマシということはない。こんな比較自体が成立するかどうかも怪しいし、科学的では無いです。

私が言いたかったのは、北朝鮮、中国、韓国を見下す日本人の「自惚れ」を醜く思う、ということ。

夜郎自大もいい加減にした方が良い。

それより、もし日本の政治家が北朝鮮の金委員長にアドバイスするのであれば、「北朝鮮は過去の日本の過ちから学ぶように!」でしょう。これこそ、日本にしか出来ない北朝鮮外交と思うけどなあ。


☆それにしても、日本は第二次世界大戦で世界に「悪い手本」を見せたものだ。
過激派の「自爆テロ」も、日本の「特攻」を応用している、との説がありますしね。

こんなこと言うと、「ふざけるな!あくまで敵軍だけを対象とした特攻と、一般市民をターゲットにする無差別テロと一緒にするな!この反日野郎!」と罵倒されるかもしれませんが、

英語で言う、「自殺攻撃」(それも実質的には強制、強要だ)という意味では、「特攻」も「自爆テロ」も、その非人道性という点で、あまり変わらないと私は思います。違いは「少しはマシだ」という程度だ。


過去の歴史において、中国も韓国・北朝鮮も、日本の本土に攻め入ったことは一度も無い。逆に日本は何度もある。この違いは大きいと思います。もちろん、過去に無かったからと言って、将来も無いとは断定出来ませんが。

なお、鎌倉時代にあった元寇は中国ではなく、フビライのモンゴルだから違います。




2017.07.01 | | コメント(8) | トラックバック(0) | 政治・社会



アホな女性政治家と我が内なるミソジニー:愚見を少々





●安倍首相と仲の良いお友達はお得ですね。
「森友学園」「加計学園」「準強姦罪疑惑の元TBS記者※1」等。

安倍首相の親友は皆さん、「特別な御計らい」を頂いているようで。

日本は韓国の朴元大統領を笑えるのか?

政権トップのモラルがモラルですから、その配下の議員達のモラルがどんな状態かは、推して知るべし!


いずれにせよ、安倍政権に対する支持率が低下しているのは良いことだ。

安倍首相のような「軍国男」のやりたい放題にさせていたら、日本は「戦前」に戻りますよ!


「豊田真由子衆院議員の暴言・暴行問題」「稲田防衛相の失言」他。。。

それと、この女性議員にも呆れますわ。
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「誠実かつ真摯な答弁」とは、もちろん、金田法相のことだ。

佐々木議員は本気で金田法相をそのように評価しているのか?

そうだとしたら、「愚」としか言いようが無い。

それとも、佐々木議員は不本意だが、「党の指示」でこのように言わされているのか?

そうだとしたら、「哀れなマリオネット」としか言いようが無い。

「庶民の政党」だったハズの公明党も昔とはかなり変わりましたね。


●佐々木議員、豊田議員、稲田防衛相、、、、、。
女性はどうしてこういうアホばかり揃っているのだろう?

「だから、女に政治は無理なんだよ」との、男性の嘲笑が聞こえて来るようだ。

嗚呼、私は「ミソジニー症候群」というビョーキに罹患しているのか。

ミソジニーとはもちろん、「女性嫌悪」のことだ。

私の場合はミソジニーは「自己嫌悪」に結び付く。

男性のミソジニーは「女性蔑視」に結び付く。

ただし、男性の場合は「性としての女性は大好き」だが、「精神としての女性は嫌い」となる。

多少はイカレポンチな女性でも容姿端麗で赤いハイヒールを履いていれば、「俺を踏んでくれ~!」となる。あわよくば、この頭の少し足りない女性を酒で酔わせ、ホテルか自宅に「お持ち帰り」して「事が成就」出来ればと願っている。まあ、男性は一日の半分以上の時間は女性のことを考えて生きているのだから仕方あるまい。

それでもたいていの男性が「願望」に留まるのは、勇気が無い?からです。女房や娘にバレたら大変だ、会社に知れたら出世から外される、この女性に騒がれたら面倒、だからでしょう。

そんな男性も、「女性から色気が無くなれば」振り向きもしなくなる。なぜか?女性はまともな話し相手、まともな議論の相手にはならぬと知っているからだ。

私の場合は母の影響があります。母はしばしば言う。「やっぱり、女は馬鹿だ」と。

女性政治家の言動を見ると、母の言うことは当たっていると思わざるを得ない。※2

日本の女性政治家のレベルの低さは海外の女性政治家と比べてどうなんだろう?

日本は、「女性の政治進出」の最も遅れている国の一つであれば、やはり、低レベルなのかもしれない。


※1
ただし、私は顔出しで記者会見をしたA子にも疑問を抱いています。
元TBS記者をB男としておこう。

A子の説明によれば、就職相談の為にB男と会ったそうですね。

私も就職相談をした経験があります。

このような場合に、「相談相手の男性とビールやワインを飲む」、など絶対にあり得ない、です!

仮に、男性から酒を勧められたとしても、私なら丁重に遠慮させてもらいます。

もっと言えば、レストランで二人で食事をすることも、あり得ません。

このような場合、会う場所としては喫茶店か、相手男性のお宅でしょう。

就職という人生で重大な問題を相談するのに、飲み食いしながら、は非常識です。

そもそも、就職相談の場で女性に酒を勧めるような(非常識な)男性に対しては、大人の女性であれば警戒心が働くものだ。男性に「下心」があると思うのが女性の防衛本能だ。

立派な大人の女性であるハズのA子がB男の勧めに応じてビールやワインを飲んだとするならば、A子も非常識と思う。さらに言えば、A子の方にも「下心」があったのでは?との疑問を抱かざるを得ません。それに、どんなコネでA子がB男と会ったのかも問題と思う。

私の疑問は「ゲスの勘繰り」なのでしょうか?

さりながら、私はB男を擁護するつもりは全くありません。

私が言いたいのは、100対0でB男が悪い、とは断定出来ないということです。

ただし、事実関係が不明な点が多々あるので私の愚見はあくまで「一般論」に過ぎません。


最近、人気若手俳優が17才の女子高校生と淫行したケースでは100%、男性が悪い。この女子高校生に問題があったとしても、男性側の言い訳は一切通用しません。


※2
このような女性政治家に投票する日本の有権者の「政治民度」の問題もある。

野党にもおバカ女性議員はいるが、影響力という点で政権側の女性議員の問題とは比較にならぬ。




2017.07.01 | | コメント(7) | トラックバック(0) | 政治・社会



お勧めの海外文学・愚見を少々




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●デュマ作「モンテ・クリスト伯」(岩波文庫)
気合いを入れないと読めない巨編であり、内容が荒唐無稽な復讐劇というイメージもあり、なかなか手にとって読む意欲が湧かなかった小説。

たまたま、アレクサンドル・デュマの伝記小説、佐藤 賢一の「褐色の文豪」 (文春文庫)を読んだらこれが実に面白かった。破天荒とでも言うべきデュマの人生は痛快だ。日本の小説家には望めないスケールの大きい一生だ。そんなデュマの本であれば、気合いを入れて読んでみるか、となった。

実に面白く、感動的でした。涙が流れた。貪るように読んだ。壮大なロマンだ。単なる復讐劇では決してない。食わず嫌いはいけないな。歴史背景として、ナポレオンによる「百日天下」の辺りからストーリーが始まるので惹きこまれる。

「モンテ」はイタリア語で「山」の意。「クリスト」は「キリスト」だ。つまり、「モンテ・クリスト伯」は「キリスト山伯爵」だ。デュマはダテにこの名前を付けたのではない。

この小説が単なるエンターテイメントではなく、人間を深く捉えた文学となっている秘密はここにある。そうでなくては現代まで多くの人に愛読されて来なかったであろう。文学や音楽、絵画等におけるキリスト教の影響は深い。

「モンテ・クリスト伯」は同時代のユゴーの巨編「レ・ミゼラブル」と比べても遜色の無い名作と思う。


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●ロマン・ロラン作「魅せられたる魂」(岩波文庫)
実は学生時代に読もうとしたが第一巻目の途中でメゲた。「ジャン・クリストフ」と比べ、文章にやたらと比喩や形容句が多く辟易したからだ。

今回は「モンテ・クリスト伯」を読んだ余勢でこちらの巨編に取り組んだ。

文章がやや晦渋なので苦労するが、じっくりと読んだ。これも素晴らしい小説だ。

「ジャン・クリストフ」が主人公クリストフを中心とする「自己形成」の物語であるのに対し、「魅せられたる魂」は女主人公アンネット・リヴィエールを中心とする「自己変革」の物語である。

アンネットはきちんとした教育を受けた中産階級の大人の女性として登場する。多くの人と交渉し、多くの問題に直面する中で、アンネットは次第に主観的自我の迷いや幻想から目覚め、より社会的、普遍的方向へと脱皮して行く。その生き方と成長に私は深く共鳴し、また感銘を受けた。

この小説が着手されたのは1921年、ロマン・ロラン55才の時であり、完成は1933年、ロラン67才の時だ。この小説には第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の時代という、ヨーロッパの破局が反映されている。

第一次世界大戦後、ドイツに革命が起き、ドイツ帝国は崩壊。ロシアでもロシア革命が起きた。そして、アンネットの生き方にロランの当時の生き方が反映されていると感じる。ある意味、個人主義的な自我の中に閉じこもっていられぬ時代でもあったのだ。

アンネットのような女性が直面する問題の一つが結婚であり、母の役割と社会活動をどのように折り合いをつけて行くかだ。当時のフランスでは(今の日本もそうだが)、結婚は「男性による女性の吸収合併、もしくは併合」なのだ。決して対等ではない。小説中の言葉を引用すると、

…アンネットは夫のロジェの妻に対する意識を読みとってしまった。
「自分の妻…『この犬は自分のものだ』…。

「魅せられたる魂」には、「人間の素晴らしさ」に心が洗われる思いがする箇所がいくつもある。読み通すにはかなりの気合いと労力が必要だが、その分だけ報われるものも多い。

この物語は、荒んだ現代人が失いつつある「心の清さ、気高さ」に満ちている。「魅せられたる魂」を未だ読んでいない人は幸いだ。何故なら、こんな素晴らしい小説を初めて読む喜びが待っているのだから。


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●フランソワ・モーリアック作「テレーズ・デスケルウ」・「愛の砂漠」(新潮文庫他)
モーリアックの小説は読み手に再読を強いる。文庫本で150ページ前後の中編だが内容の集約度が非常に高い。少なくとも私のような不注意な人間は、一度読んだだけでは大事な点をいくつも見過ごしてしまう。ストーリー自体はごくシンプルだが、これが曲者なのだ。

実は私が上記の2作を読むのはこれが3回目だ。何回読んでも汲み取れぬ何かがモーリアックにはある。夏目漱石にも同じことを感じる。

女主人公のテレーズも夫も、田舎の地主の出だ。比較的裕福な環境で育った者どうしが結婚した。真面目だが世間への体面を気にする平凡な夫。単調で荒涼とした土地の生活。テレーズはやがて無意識に不安や恐怖を覚える。何故か、テレーズは夫に毒を飲ませる…。

モーリアックはテレーズを決して道徳的に断罪はしない。さりとて夫も擁護しない。殺人未遂の動機の説明も無い。説明が無いことでこの小説は成功している。

テレーズは果たして「特別な人間、女性」なのだろうか?現代の私達の心の中にも「テレーズ」は潜んでいるではあるまいか?私達の意識下にも「荒涼とした土地」があるのではないか? 

あるいは、キリスト教への信仰を失くしたヨーロッパ人の心の虚無のなせるわざか?テレーズは一度だけ「神」の存在について自問している。カトリック信者だったモーリアックの問いでもあるか。

「テレーズ・デスケルウ」も「魅せられたる魂」と同様に、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間に書かれた。こうした荒んだ時代背景と無縁ではないであろう。

二つの大戦で、それまでの「ヨーロッパ帝国の栄光」は完膚なきまでに崩れ去った。

戦後に活躍したサルトルのような無神論の実存主義者(カミュもそれに近い面があった)とモーリアックは水と油である。独断ではあるが、私はサルトルの「嘔吐」「壁」やカミュの「異邦人」「ペスト」よりも、モーリアックの「テレーズ・デスケルウ」や「愛の砂漠」の方が人間をより深く捉えていると感じる。

一度は手にしてじっくりと読むべき名作と思う。


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●トルストイ作「イワン・イリッチの死」(岩波文庫)
ごく平凡な一人の官吏(裁判官)が不治の病で死に直面する。恐怖、怒り、虚しさ、迷い、孤独、諦念…トルストイはイリッチの心の葛藤を生々しく、そして、実に鮮やかに描いている。

妻は夫の死後の「金勘定」のことだけに心がいっぱいであり、子は父の心の葛藤には無関心であり、友人はイリッチの地位(裁判官)の後釜に座らんと気をもむ。

当時のロシアの中産階級の家庭はこういうものだったのかもしれないが、家族にロクに看病もされず、心の慰めも与えられないイリッチの姿は悲惨である。もちろん、その何割かは己の生き方にも原因があったのだが。。。

こうした中で、懸命に彼の看病をする一人の下僕の温かさにイリッチは心の慰めを得る…。

読んでいて厳粛な気持ちにさせられる。

わずか100ページ程度の小品だが、インパクトは強烈であり読後の印象は極めて鮮明だ。ひょっとすると長編の「復活」よりも、こちらの方が普遍性が高いかもしれない。

人間が誰しも逃れられない「死」について、真正面から真摯に描いた名作。


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●「マーク・トウェイン自伝」
私は「自伝」はあまり好まない。何故なら、事実関係に誤りや偏向がどうしてもあるからだ。また、概して内容が嫌味な自慢話や誇張された苦労話になりやすい。

しかし、例外はこれだ。何せ、あのマーク・トウェインであれば彼一流のユーモア冒険小説を読んでいると思えば良いのだから。多少の「ホラ」があったとしても許せる。

とにかく、こんなに面白くて痛快な「自伝」は初めて読んだ!!

マーク・トウェインがアメリカで最も尊敬され愛される小説家の一人と分かるような気がする。


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●妹尾韶夫訳編「ザイルの三人・海外山岳小説短編集」(朋文堂)
私は山岳小説にもハマっているのだが、その中から欧州の小説家のものを。

この短編集には「サキ短編集」で知られるスコットランドの小説家サキ作「第三者」や、フランスの大家モーパッサン作「山の宿」も入っている。が、最も優れているのはほとんど無名の小説家、ジェームス・アルマン作「形見のザイル」「二人の若いドイツ人」である。

短編でありながら中味は壮大だ。山にのめり込んだ男たちの人物造型が素晴らしく、深い感銘を受ける。命がけの岩壁登攀や厳しい冬の高山への登頂には、不思議な魔力があるようだ。こうした極限の困難に鬼神のごとく挑戦する男達の、良くも悪くもエゴの発露が文学の題材に成り得るのである。

私はもちろんヨーロッパアルプスを見たことは無いが、映像や画像から辛うじて光景を想像するだけだ。湿気の多い日本の緑の山々と乾燥したヨーロッパの無機質な山々との違いは、八ヶ岳や奥秩父の山を登った程度の私にもそれなりに想像できる。

今の私は海よりも山の方が好きだけど、垂直に切り立った険しい岩壁を登攀するのは例え100万円積まれたってご免だ。しかし、以前の私は、「山登り、それも冬山や岩壁を登るなんて、アホだ」と思っていたけど、今はそう思わない。





2017.06.24 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 文学



羽生選手の世界王者復権と他のスポーツなど:愚見を少々

【最悪だったフジテレの世界フィギュア選手権の放映】
数あるスポーツ番組の中でも、2017世界フィギュアスケート選手権を放映したフジテレは余りに酷かった。これでもか、これでもか、という程のCMの垂れ流し。一人目の選手の演技を見せて、再び十数本のCMの乱打。そして、ようやく二人目の演技。これが終わると再び十数本のCMの乱打。

驚くなかれ!なんと3人目の演技が終わった段階で放映時間が40分も経過していたのだ!私はブチ切れてテレビを切り、今回の世界フィギュアはJスポによる放映が始まるまで観ませんでした。

民放はスポンサー無しでは番組が成立しないという現実を私も理解していますが、今回のフジテレは限度を超えていたと思います。フジテレが他の民放テレビ局よりも視聴者から不人気なのも分かる。

しかし、フジテレも酷いがスポンサーもアホだね。高額を払ってこんな形でCMを流しても、視聴者はマトモに見ないだろうし、むしろ、悪印象すら与えるのに。企業各位はこんなCMに広告費を無駄に費消するくらいなら、商品価格を下げる方に金を使えよ!と思う。結局、多額な広告費の分も、商品の価格に含まれるわけですからね。下らぬCMに金をじゃぶじゃぶ使い、それを消費者に負担させようって寸法です。だから私は言うのだ。なべで商人というのは悪質だと!

安倍自民党政権は報道の自由を圧迫するのではなく、こういうテレビCMの垂れ流し状態こそ規制して欲しいものです。ま、100%やらないだろうけどね。

 
【今季、私が最も感動した羽生選手のフリー演技】
クリーンなノーミス演技でしたね。4回転ジャンプ4本に3A2本というクレイジーな高難度構成を、羽生選手はナチュラルに当たり前のように完遂してしまいました。どこをとっても淀みの無い綺麗な演技。

凄いです。やはり、次元が違う。何回見ても飽きません。


鈴木明子さんがスポルティーバのコラムで羽生選手の演技に「もっと感情を、エモーショナルに」と言ったとかで、一部のフィギュアファンから不評を買ったとか。曰く、「鈴木明子ごときのスケーターが何を言うか!」と。

記事はここです

この記事からは鈴木さんの羽生選手への温かい助言こそあれど、どこにも非難されるようなものは無いと思います。ただ、その上で私が思うのは、鈴木さんの「もっと感情を」は、ちょっと違うんじゃないかなあと。あまり共感は出来ませんでした。

「もっと感情を、エモーショナルに」と言う時、二つの意味があると思います。

一つは、プログラムの表現上で求める「感情」。
もう一つは、選手の演技(又は試合)に臨む上での「感情」です。

両者は一応、別のものですが、リンクはしていると思います。

羽生選手がこのクレイジーな高難度構成をクリーンに完遂する為には、どこまでも「感情を抑制」する必要があったと思います。冷静に自分の感情をコントロールしなければ集中が乱れ、たちまちミスに繋がるだろうと。

また、プログラム「Hope & Legacy」は久石譲作曲の流れるような美しいピアノ曲であり、濃厚な感情表現が求められるような劇的な音楽ではありません。ましてや、鈴木明子さんの好きなストーリ性の濃厚なプログラム・音楽でもありません。

もちろん、振り付けをしたシェイリーン・ボーンが語る『Hope & Legacy』で、ある程度は一つ一つの振り付けについての意味合いが説明されています。しかし、私達が普通に見ている限りは分からないです。

羽生選手の演技もこの音楽にマッチした流れるような美しい演技だったと思います。

つまり、両方の意味で、「もっと感情を」入れるようなプログラムではなかったと思います。私は今回の羽生選手の演技はあらゆる意味において過不足の無い見事な演技だったと思います。


☆「もっと感情を」と言えば、パトリック・チャン選手を思い浮かべます。彼も時々そのような言われ方をして来たスケーターの一人です。それは分からなくもないです。しかし、羽生選手もパトリックも、高橋大輔さんや鈴木明子さんとはまったく異なるタイプのスケーターです。ショートではパトリックが完璧な演技で100点越えを果たしました。この見事な演技に、「もっと感情を」は当てはまるのだろうか?


【チーム名に「サムライ」を使うのはやめて欲しい】
NHK大河ドラマ「女城主、直虎」を見ていたら、野伏せり集団の頭が直虎に向かって、「あんたら武士たちこそ本当の盗人だろう!」と罵る場面があり、私も「それは言えてる!」と膝を叩いて同感した。

ところで、サッカーの「サムライブルー」だのプロ野球の「侍ジャパン」だのと、誰がこんなネーミングをつけたんだろう?あのなあ、戦前の軍国主義じゃあるまいし、侍、サムライ、なんて愚劣なネーミングはダメですよ。

普通に「ジャパンブルー」とか、せめて「勇猛ジャパン」くらいでいいじゃないか?

サムライ、武士がそんなに立派なら、武士階級は永遠に続いたでしょうに。

こいつらは何も生産をせず、仕事もせず、ただ商人や百姓から奪っていただけでしょうが。

飢饉で多くの百姓が死んでも、武士が死んだという話は寡聞にして知らない。

黒沢明監督の名作「七人の侍」に登場する武士達こそ、真の意味で「仕事」をしたと言えるでしょうけど、残念ながら創作の世界だ。史実としてこのような侍が存在したとの資料でも発見されたら痛快ですが。

上杉鷹山のような立派な大名もいたのは史実ですが、それは例外でしょう。

娯楽としての「戦国ドラマ」や「チャンバラ劇」と、現実とを混同してはいけませんよ。

名主君の「暴れんぼう将軍」や「水戸黄門」、公明正大なお奉行「大岡越前」とか、人情豊かな「八丁堀の旦那」は、しょせん、小説やテレビドラマの中で創作された架空のものに過ぎぬ。そりゃあ、こんな立派な大名・サムライ・武士が多数派だったら、明治維新なんか起きるはずも無い。


【女子卓球・平野美宇選手(17才)に期待】
概して、ネットを挟んでの競技である卓球、テニス、バレーボール、バドミントンにおいて、日本人選手はレシーブ力や守備力の優秀さで勝つ場合が多かったと思います。

相手の強打を受け、拾い、繋ぎ、粘りに粘り、我慢に我慢を重ね、最後には相手がシビレを切らしてミスする。こういう勝ち方は少なからぬ日本人のメンタリティに合致し、カタルシスを得るようです。

しかし、要するに、日本人選手はパワーが無く強烈なスパイクやスマッシュで打ち抜いて勝つのが難しいので、それを補う為にレシーブ力・守備力を高めただけの話と思います。

卓球もしかり。男子の水谷隼選手や女子の福原愛選手や石川佳純選手もパワーが無いので、どちらかと言えばラリーを繋いで相手のミスで勝つタイプのようです。しかし、他のアジアの選手や欧米の選手には通用しても、中国選手はミスが非常に少ないので、いくら受けて、拾って、繋いでも、最後は自分の方が先にミスして負けてしまうのです。

こうした中で、平野美宇選手は…日本人には珍しい…徹底した攻撃型、速攻型のようです。とにかく、相手の球は全て攻撃する、どんなに厳しい球でも自分の体制が不十分でも来た球は全て「繋ぐ」のではなく、カウンター的に「攻撃」する。それゆえ、平野選手の場合はあまりラリーが続かない。ハイリスクハイリターンの攻撃だから、相手がミスをする代わりに自分がミスすることも多い。

小柄な平野選手は大柄な中国人選手にも負けないパワーをつける為にバーベルを持ち上げたり等の練習を熱心に行っているとか。頼もしい。

平野選手のコメントがまた痛快です。
「(インタビューで)好感度を意識したコメントはやめます。アスリートは結果が大事」と。※

凄いですね。17才ですよ。

気に入った!

世界卓球を見た限りでは、まだ中国人選手との力の差はあるようですが、伸び盛りの17才ですのでいずれ中国人選手の牙城を崩す選手になり得ると期待しています。

☆平野美宇選手は世界卓球の前に4月に行われた「アジア選手権」では、世界ランク1位、2位、5位の中国人選手を次々と撃破して優勝。マグレではない実力を示しました。

※この点、フィギュアスケートの選手は「好感度を意識」し過ぎかな?
無理も無いですけどね。なんせ、私も含め、フィギュアファンのほとんどは「口うるさい」中高年女性だから、少しでも「変な?」コメントをすれば、たちまち非難の矢面に立たされますからね。


☆日本と中国における、相手の名前の発音の仕方が面白い。
平野美宇選手を中国のアナウンサーは「ヒラノ・ミウ」とは言いません。
中国式に「ピンヤ・メイウ」と発音しています。
日本のアナウンサーも中国の丁寧選手を「ディン・ニン」とは言いません。
日本式に「テイ・ネイ」と発音しています。

フランスの場合はどうなんでしょうね?
フランス語は最後の「T」は発音しないと聞きますが、ドイツやイギリス人の名前をフランス式の発音で言うのかしら?それとも、相手国の発音通りに言うのかしら?

日本も中国もお互い、国語に漢字を使う数少ない国どうし。
もっと、仲良く出来ませんかね?




2017.06.15 | | コメント(23) | トラックバック(0) | フィギュアスケート・ネタ関連



日本女子は高難度ジャンプで再び欧米を上回って欲しい&浅田選手の引退

●そもそもフィギュアスケートは西洋文化に根ざすスポーツです。ピカピカの西洋衣装を着てバリバリの西洋音楽に合わせて演技をするのがフィギュアスケートです。それゆえ、その風貌や体型や仕草や音感から鑑みて、日本人がフィギュアスケートで欧米人と競うには初めからハンデがあるわけです。かつて、女子ではカタリナ・ビットの「カルメン」のような演技など、日本人選手がどう逆立ちして真似ようとしても不可能に思えたものです。試みてもサマにはならぬ。逆に言えば、欧米人が和服を着て日本舞踊をいくら習ったとて、なかなかサマにならないのと同じであろう。

かつて、山田コーチが伊藤みどりさんに、「リンクに立った時点ですでに採点に差がついてると思え」くらいのことを言ったという有名なエピソードがあります。伊藤みどりさんはそうしたハンデを補って余りある大きなジャンプとトリプルアクセルによって日本人女子選手として初めての世界女王になりました。それだけのフィジカルな強さ、スピードとパワーがあったからこそ可能だったのでしょう。「日本人スケーターが世界王者になるなんて、とてもとても…」と思われていた時代に優勝した伊藤みどりさんには、「パイオニア」としての偉大さがありました。

やがて、荒川静香さんや浅田真央さんのように、山田コーチの言う「ハンデ」をさほど感じさせないスケーターが登場するようになったのは比較的最近のことです。だからと言って「ハンデ」が無くなったわけではありますまい。荒川さんの演技は、「無表情」「冷たい」と批判され、浅田さんは「子供っぽい」と批判されました。彼女達が女王になった主な「決め手」は…やはり…欧米の選手よりもジャンプが上手くミスが少なかったことにあると思います。


●ロシアはドイツやフランスに劣らぬ「西洋クラシック音楽王国」であり、「クラシックバレエ王国」です。そして、「フィギュア王国」です。またフィギュアスケートに類似する採点競技…体操、新体操、シンクロナイズドスイミング…でも無類の強さを発揮しています。ただ、何故か女子シングルに限ってはソチ五輪までは金メダルが取れませんでした。ところがソチ五輪前から雪崩を打ったように多くの一流ロシア女子選手が押し寄せて来ました。ソチ五輪以降、ほとんどの主要大会でロシア女子選手が優勝するようになりました。何故こうした雪崩現象が起きたのかは分かりませんが、ロシアフィギュア界が超本気になって優れた女子スケーターを育てているのは間違いないでしょう。こうなれば日本人のようなハンデが無い分だけ有利だ。

ロシア女子シングル界の「新陳代謝」は凄まじい。ソチ五輪で金メダリストになったソトニコワ選手とリプニツカヤ選手が主要大会から姿を消し、2015年の世界女王になったトゥクタミシェワ選手が欧州選手権にすら選出されない有り様。普通、これだけのトップ選手が活躍出来なくなれば「低迷期」に陥るであろうに、「彼女達の代わりか、それ以上の実力者は何人でもいる」とばかりに次々と「女王」がロシアから誕生します。恐るべきロシア女子シングル界。


●ロシア女子に共通する強さとは。
①ジャンプの質が高く、なおかつミスが稀であること。
②長大でこってりとしたステップシークエンスを上手く踏めること。
③スピンの回転が速く、オリジナリティがあること。
④エレメンツとエレメンツの間の繋ぎの密度が濃く、表現技術が高い。

4回転ジャンプもトリプルアクセルも無い女子シングルではもうこれ以上は望めないくらいの「限界」に近づきつつある難度と密度の濃さ。ある意味、ロシアは女子シングル界に「小革命」を起こしたと言えるかもしれません。キム・ヨナさんのバンクバー五輪での名演技ですら、今では「スカスカ」に見えるくらいです。なお、男子シングル界では「四回転大革命」が起きました。

●これらを可能にしたのは、おそらく、
①彼女達のフィジカルな強さ。←概して日本の女子選手は…どの競技でも…フィジカルは強く無い。
②リンク等の恵まれた練習環境。優れた指導者←日本のリンク事情は良くない。
③ロシアの「お手の物」であるクラシックバレエの応用。←日本には無い伝統。
④ロシアの国によるバックアップの本気度。

シニアのメドベデワ選手やポゴリラヤ選手、ジュニアのザギトワ選手やツルスカヤ選手はそうしたロシア女子を象徴するスケーターと思います。

こうした状況の中で、日本の女子シングル界がロシアの後塵を拝しているような演技構成で戦っても敵いますまい。色々な意味で土台が違います。もちろん、「そこそこは戦える」でしょう。が、今後は五輪や世界選手権で優勝するのは非常に難しいでしょう。日本のエース宮原知子選手が完璧な演技をしてやっとこさ「2位」です。新体操やシンクロナイズドスイミングのように、ロシアにはなかなか勝てなくなるでしょう。

日本女子の若手には、本田選手、三原選手、樋口選手、坂本選手のような一流スケーターが育っています。しかし、ロシアと比べると、あらゆるフィギュアの要素において、それぞれ少しづつ劣ると言えましょう。彼女達が五輪や世界選手権で優勝する可能性は非常に低いと思います。現在のジャンプ構成のままでは。


国別対抗戦で三原選手と樋口選手が凄い高得点を出しましたが、あまり当てには出来ません。アレは明らかに「インフレ採点」でしょう。メドベデワ選手のフリーが160点だったことからも明らかです。フィギュアの採点ではしばしばこういう「現象」が発生します。私がかねてから、世界選手権の出場権を得る為の「ミニマムスコア制」に反対しているのはこれが理由です。大会か変われば、ジャッジが変われば、採点も変わるのです。

国別対抗戦におけるメドベデワ選手のフリーの得点、160点台は世界選手権の154点台に等しく、同じく三原選手の146点台は世界選手権の138点台に等しいと思えば良いのです。


●アクセルジャンプのこと。
どういうわけか、欧米のトップ女子選手でダブルアクセルをやや苦手とする例が少なくありません。苦手とまで行かずとも、さほど得意としないジャンプのようです。パゴリラヤ選手やゴールド選手のように。逆に、日本女子選手は概ね、ダブルアクセルは上手いです。そして、日本女子選手の中からトリプルアクセルジャンパーが何人も出たのも偶然とは思えません。これは指導法に秘密があるのでしょうか?あるいは、膝のバネの柔らかさ等、日本人の身体的特徴に由来するものなのでしょうか?不思議です。しかし、この特性を生かさない手はありません。※

こうした中、紀平選手がトリプルアクセルを跳べるようになったのは心強いです。彼女ならショートで1回、フリーで2回、計3回のトリプルアクセルを成功させることが出来るだろうと予想します。平昌五輪には間に合いませんが、これから先、「女王」になれる資質があると思います。

日本女子には珍しくパワーのある樋口選手が来季にトリプルアクセルが間に合えば…ひょっとすると…かも。トリプルアクセルを跳ぶ分だけ安定性は下がるでしょうけど…安定性などクソ喰らえだ。アマチュアスポーツの醍醐味の一つは、ゾーンに入った時に爆発するパフォーマンスや、意外性への期待にありますからネ。

わたし個人はフィギュアを「芸術」とは思ったことはありませんし、そういう方面よりも、スポーツ競技としてエキサイティングな方面に心が惹かれます。それゆえ、私はアイスショーやエキシビションにはあまり関心がありません。


奇しくも、日本スケート連盟の城田憲子氏が読売新聞のコラムで私と同じ意見を述べていたのは痛快でした。要するに、日本女子はジャンプで欧米を上回るものが無い限り、勝てない、ということ。


紀平選手は4回転トゥループの練習もしています。試合で成功する日が楽しみです。

プログラムの完成度、表現性、繋ぎの濃さ等々も、もちろんフィギュアスケートの面白さですが…ほとんどの一流女子選手は皆そうしたものです…紀平選手のように、若手の日本人女子選手の何人かが高難度ジャンプに目の色変えて取り組み、成功させる人が出て来て欲しいです。十代の頃の浅田真央や安藤美姫のように。


●浅田真央選手の引退
浅田選手を女子シングルスケーターとして「ナンバーワン」と推すには私は躊躇いを感じる。
しかし、「オンリーワン」と思う。「比類の無い」スケーターと思う。

「レコード大賞」に例えれば、
「レコード大賞」は伊藤みどり。
「最優秀歌唱賞」は荒川静香。
そして、浅田真央は「大衆賞」です。

同じく引退を表明したプロゴルファーの宮里藍がそうであるように、多くの人に好かれた選手でした。浅田選手をキッカケにフィギュアスケート競技を観たり、習ったりする人も増えた。私も浅田選手(それと安藤美姫さん)の演技に魅了されなかったら、これほど熱心なフィギュアファンにはならなかったと思う。

ただ、バンクーバー五輪以降、私の「浅田真央熱」は徐々に醒めて行った。残念ながら浅田選手は身体が大きくなり、女性的な身体へと成長するにつれて、ジャンプのキレや演技の軽やかさが徐々に失われた。その一方で、キムヨナ選手やパトリック・チャン選手の演技の素晴らしさを発見した。また、ネット上における一部の「熱烈真央ファン」の、「贔屓の引き倒し」的言動を鬱陶しく思うようになった。

だからと言って、浅田選手の演技を嫌いになったわけでは勿論ありません。しかし、以前と比べ、彼女の演技を熱心に反復して見る回数は減った。何故かな。。。

ともあれ、浅田選手の演技で私の一番の「お気に入り」はこれです。
2008年四大陸選手権フリー「幻想即興曲」
動画はここです

この時の演技が一番輝いていたと思う。また、一番強かったと思う。ミスはあるが、今でも女子としては最強のジャンプ構成だ。浅田選手の魅力は色々あれど、やはり、この世界をリードするジャンプ構成に挑む演技が私を魅了した。それと、浅田選手独特の「軽やかさ」「ナチュラルな表現とエアリーな滑り」もこの頃が最も際立っていたと思う。

もちろん、佐藤コーチの下で上手くなった要素も色々あったが、結果的に失われたものもあったように思う。今にして思えば、私にはその「失われたもの」の方が好きだったのだろう。



お詫び。
諸般の事情ににより、しばらくブログの更新が出来ませんでした。今回の記事より以前に読者の皆様から頂戴したコメントへのレスは勝手ながら省略させて頂きますm(__)m




2017.06.10 | | コメント(24) | トラックバック(0) | フィギュアスケート・ネタ関連



フィギュアスケート他、スポーツあれこれ:愚見を少々




●日本のエース・宮原選手が世界フィギュアスケート選手権を欠場。

オリンピック2大会連続で3枠の出場権を持っていた日本女子が、平昌オリンピックの3枠確保が難しくなりました。しかし、競技は水ものでもありますので、やってみなければ分かりません。

世界選手権における女子シングルの最上位クラス選手は、メドベデワ、ポゴリヤラ、ワグナー、コストナーの4選手が妥当なところでしょう。次に続くのがオズモンド、三原、樋口、デールマン、ソツコワ、カレン・チェン、ツルシンバエワの7選手くらいでしょうか。この辺りは激戦です。

こうした中で、日本3枠確保のカギを握るのは樋口選手と思います。
彼女は世界ジュニア選手権で過去2大会連続で3位に入り、昨年の全日本選手権では2位に入っています。つまり、重要な大会では素晴らしい実績を残しているのです。

樋口選手がショート、フリー共にノーミスであれば三原選手以上の得点を出す可能性があります。樋口選手が5位、三原選手が8位であれば5+8=13で3枠確保の最低ラインに達します。

また、ワグナー選手とコストナー選手はしばしばジャンプに安定を欠くので、展開によっては樋口・三原の両選手のどちらかが表彰台に上がる可能性もあります。

不本意な演技に終わった四大陸選手権。キス&クライで悔し涙が止まらなかった樋口選手。その悔しさを世界選手権で是非とも晴らして欲しいですね。


●WBC:準決勝でアメリカに敗れた日本。

う~ん。1点差か。惜しかったですね。
日本投手陣はかなり頑張ってアメリカ投手陣に負けませんでしたが、打撃は明らかにアメリカの方が力が上。その差が勝敗を分けたと思います。

日本は守備で大きなミスが2つありましたが、これは仕方ないです。それよりも、監督・コーチ陣に采配ミスがあったと思います。どうして打撃不振の青木選手を3番に配置したのでしょうか?

そもそも青木選手は1番か2番で打つタイプです。ヒットや四球で出塁を稼ぐタイプであり、打点を稼ぐタイプではありません。しかも、大会期間中の調子は良くありませんでした。

それにも関わらず小久保監督は青木選手を3番に据えたままでした。案の定、青木選手は第一、第二打席とも凡打でした。しかし、小久保監督は彼をベンチに下げませんでした。

どうして?私には理解不能です。

青木選手を7番か8番に下げる手もありました。むしろ、4番の筒香選手、5番の中田選手を3番、4番に繰り上げた配置の方が良かったのではないでしょうか?

ともあれ、期待以上の活躍をした日本チームの健闘を讃えたいです。


☆アメリカのベースボールファンは冷めていますね。
準決勝だというのに、ドジャース球場はガラガラ。日本の熱心なファンが来なかったら惨めなくらい閑散としたことでしょう。これがWBCに対するアメリカのファンの答えです。

どうやら、熱くなっているのはアメリカ以外の国のチームとファンのようです。

☆球審と1塁審判がアメリカ人。アンフェアでしょう?
アメリカ以外の国の審判の技量があまり信用されていない、ということ?
こうした点もWBCが競技として歪であることを如実に示しています。

アンフェアな審判の配置と地の利と、最初からアメリカチームにアドバンテージがあることを鑑みれば、日本チームは非常に頑張ったと言えるでしょう。


●スキージャンプ:葛西選手(44才)が2位表彰台で最年長表彰台記録を更新。
葛西選手は、19日に、ノルウェーで行われたワールドカップの第24戦に出場。試合はラージヒルよりも大きなヒルサイズ225メートルのジャンプ台で行うフライングヒルで争われた。
葛西選手は、1回目に239メートル50を飛んで5位につけ、2回目は距離を伸ばし241メートル50といずれもヒルサイズを大きく超えるジャンプを見せ、合計点を448として2位に入った。

凄いですよね。尊敬します。葛西選手は44才と9カ月だと!!

いったい、何が葛西選手のモチベーションを支えているのでしょうね?

スキージャンプが大好きで目の肥えているドイツ・オーストリア及び北欧のファンや若手選手たちの間では、葛西選手はレジェンドとして大いにリスペクトされているそうだ。

葛西選手こそ、日本の誇り!

平昌五輪でのメダルも夢ではありませんね。



2017.03.22 | | コメント(20) | トラックバック(0) | フィギュアスケート・ネタ関連



2017年フィギュアスケート世界ジュニア選手権(完)




フジテレビ地上波で女子シングルのみショート・フリーを放映予定。男子はどうした?などと不満を言うまいぞ。地上波でしっかり放映してくれるだけありがたいと思わなくてはバチが当たりますぞ!

前にも書いたかもしれませんが、フジテレがフィギュア競技の放映でタレントを使わなくなったことを私は高く評価しています。私の想像ですが、視聴者から相当のクレームもあったのではないかと思ってはいます。タレントの下らぬ「解説」など喜ぶ視聴者はいないでしょう?※

※報道番組でタレントを解説に起用するのが「流行」になっていますが、テレビ局はこれが自分で自分の首を絞めることになると気がつかないのでしょうか?

※「テレビ離れ」とか言われていますが、その主な原因はテレビ局側の愚策にあります。低レベルなタレントなんかに偉そうな政治批評などさせるな!視聴者をナメとるのか?タレントが政治についてアレコレ言ったところで、所詮はテレビ局のマリオネットだ。毒にも薬にもならぬ能書きでしかない。

※動物番組でも民放ではタレントにアレコレと下らぬおしゃべりをさせる。無駄な時間稼ぎだ。視聴者は動物の珍しい実態や、動物そのものについての説明や新しい知識を求めているのであって、タレントの愚にも付かぬおしゃべりを聞きたいのではない!



で、メディアの方は本田真凜選手一色ですね。
坂本選手や白岩選手の方はほんの「付けたし」程度。実力的には3選手にはさほど差は無いのに、メディアの扱いがこんなに差別される例も珍しい。ま、本田選手が連覇する方が視聴率も取れますし、スポーツ紙も売り上げが上がるからでしょうね。メディアによって、「アイドル」が作られるプロセスの典型を見るようです。

残念ながら、本田選手の連覇は99%無いと思います。

ロシアのザギトワ選手がダントツで強いからです。ツルスカヤ選手も本来はザギトワ選手に劣らず強いのですが、怪我からの復帰戦ということでどうなるか不明ではあります。

ロシアの2選手に比べ、日本の3選手は…どう贔屓目に見ても…明らかに力が落ちます。

しかし、本田選手と坂本選手がショート、フリー共ノーミス演技をし、スピンやステップでオールレベル4を獲得して僅差の2位に入れば上出来と思います。特に、本田選手は表現技術や雰囲気に類の無い個性がありますので、ジャッジが高い評価を出す可能性もあります。

本音では、本田選手が最高の演技を披露してザギトワ選手を破って連覇したら!と願っていますけどね。それなれば実力の伴った本物のアイドルとして大いに歓迎します。

1%の可能性が100%になることは現実に良くあることです。


●女子ショートプログラム:結果
1 Alina ZAGITOVA 70.58点
2 Marin HONDA 68.35
3 Kaori SAKAMOTO 67.78
4 Eunsoo LIM 64.78
5 Yuna SHIRAIWA 62.96
6 Stanislava KONSTANTINOVA 58.90

ワクワクする展開になりましたね!おおッ!「1%の可能性が100%になること」が実現するかも!それも、本田選手の連覇又は坂本選手の初優勝と、二人共チャンスが!

ザギトワ選手。
あれえ?ロシア選手権で鮮やかに決めていた3Lz-3Loを跳ばず、3Lz-3Tに戻したのね。チェッ、な~んだ!もっとも、そのお陰で?日本人選手とさほど差が出なくて済んだけど(^_^;)。フリーでは跳んでネ!絶滅の危機に瀕している3Lz-3Loを死守して欲しいわ。※


うっかりしていました!ロシア選手権はシニアの大会であり、ジュニアは今季のショート規定で単独ジャンプが3Loに指定されていることを失念していました(^^ゞ。

本田選手。
最終滑走でしたが、集中していましたね。レベルの取りこぼしが目立っていたステップシークエンスでレベル4を取り、加点もたっぷり!これが本田選手の好調さを示すバロメーターなのです!フィギュアでは珍しい髪型のツインテールも彼女の可憐さを引き立ててグッドです。実に良く似合っていますね。ザギトワ選手よりも高い演技構成点が出ました。これは…フリーも大いに期待出来そうよ。

坂本選手。
彼女らしいスピード感溢れる爽快な演技!ジャンプの加点はザギトワ選手より多いのです!惜しまれるのは、ステップシークエンスでなかなかレベル4が取れないことです。う~ん、どうしてなんだろう?結果として、2位の本田選手との得点差の要因はここなのです。ともあれ、トップのザギトワ選手とは3点弱の差ですからフリーで逆転する可能性は十分にありますね。

韓国のイム・ウンス選手。
驚きました。この子、キム・ヨナさんに劣らぬ才能の持ち主ではないでしょうか?ジャンプの大きさといい、演技全体のクオリティの高さといい、表現のセンスといい…逸材でしょう。

白岩選手。
頑張りましたね!もしかすると必ずしも彼女のベストではなかったかもしれませんが、シーズン当初の怪我や腰痛と戦いながらよくここまで仕上げたと称賛するばかりです。

ツルスカヤ選手。
最初のコンビネーションジャンプを見た時点で、「本調子では無いな」と誰もが感じたのではないでしょうか?もちろん、フリーを見るまでは分からないですが。

上位3選手の演技構成点はほとんど差はありません。つまり、フリーではジャンプ1本のミスで順位が入れ替わります。フリーはエキサイティングになりそう。イム・ウンス選手や白岩選手の演技も楽しみです。で、フジテレビはウハウハでしょう(^◇^)。ゴールデンタイムに放映されるフリーは視聴率が期待出来そうですね。いいでしょう。世界ジュニアをこれだけ放映してくれるフジテレへのご褒美です。


●女子シングル:結果
1 Alina ZAGITOVA 208.60 点
2 Marin HONDA 201.61
3 Kaori SAKAMOTO 195.54
4 Eunsoo LIM 180.81
5 Yuna SHIRAIWA 174.38


急な仕事が入ってしまい、テレビ放映を見損った(;д;)
以下は、動画を見た上での感想と愚見です。

本田選手も坂本選手も世界ジュニア選手権にピークを合わせ、ショート、フリー共にノーミスで最高の演技!素晴らしいですね。白岩選手はミスはありましたが5位入賞は立派です。優勝こそロシア女子に持って行かれましたが、日本女子の大健闘です。特に本田選手はメディアに大注目され、連覇への期待という重圧の中にあってベストの演技をしたのですから、実力・人気共に揃ったスター選手に相応しい結果を残しましたね!

それにしても、ザギトワ選手は強過ぎます!
ザギトワ選手のフリースケーティング
ここです

その強過ぎる秘密ですが、彼女のジャンプ構成はトリプルアクセルや4回転ジャンプの無い女子にあっては、最も基礎点の高い難度構成です。

つまり、2回跳べるジャンプに関し女子選手のほとんどは3ルッツ2回と3トゥループ2回、又は3フリップ2回と3トゥループ2回ですが、ザギトワ選手は3ルッツ2回と3フリップ2回なのです。2位、3位の本田選手と坂本選手は3フリップ2回と3トゥループ2回です。

3ルッツの基礎点は6.0点。
3フリップは5.3点。
3ループは5.1点。
3トゥループは4.3点。

よって、ザギトワ選手と日本の2選手とでは、ジャンプの基礎点で計1.7点の差があるのです。しかも、彼女は7回あるジャンプ全てを基礎点が1.1倍される演技後半に持って来ていますので、なんやかんやで3点ほどの差がつきます。女子においては基礎点3点の差は大きいです。その上、ショートプログラムの時点から3ルッツを跳ぶザギトワ選手と3フリップの日本2選手とは0.7点の差があるのです。※


フリーのジャンプの基礎点。
ザギトワ選手…50.71点
本田選手…47.28点
坂本選手…44.74点

☆追記
坂本選手は演技前半に5つのジャンプを跳ぶ構成になっていましたが、さすがに来季は後半にジャンプを5つ跳ぶ構成に変えて挑むと宣言した模様です。


何故ザギトワ選手が3ルッツと3フリップを2回づつ跳べるか?
それは3ルッツー3ループという最も難しいコンビネーションジャンプを跳べるからです。ほとんどの選手は3ルッツー3トゥループか3フリップー3トゥループです。そして、女子では2アクセルー3トゥループの組み合わせのジャンプを跳びますので、どうしても基礎点の低い3トゥループを2回跳ぶことになります。

しかも、ザギトワ選手のジャンプは質という点でも上手い!

それと、もう一つ忘れてはならないのは、スピンの出来です。
やはり、ザギトワ選手のスピンはロシア女子に共通する上手さがあります。最初のスピンでも、スパイラルからすぐにフライングキャメルへと難しい入り方をして加点を増やしています。日本女子選手には見られない技術であり、それを可能にする脚力の違いもあるのかもしれません。

このようなザギトワ選手にノーミス演技をされたらジュニアでは誰も敵わないです。


4位入賞した韓国の逸材、14才のイム・ウンス選手。
やはり、唯者ではありません。キム・ヨナ二世と言われるわけだ。





2017.03.17 | | コメント(40) | トラックバック(0) | フィギュアスケート・大会



森友学園問題他と渡瀬恒彦さんのこと:愚見を少々




●「首相から100万円寄付」=籠池氏証言、政権は否定―自・民、23日喚問で一致

森友学園の問題…一つのヤマを迎えようとしていますね。

主要な問題はあくまで国有地の売却を巡る政権側及び国の疑惑です!

「稲田防衛相の虚偽発言問題」や「安倍首相又は昭恵夫人から100万円寄付があったのか?」等は、枝葉の問題です。ワイドショー的にはこちらの方が「面白い」が、惑わされまい。

野党は主要問題にしっかり斬り込んで欲しいですね。

私個人は森友学園問題で安倍首相が辞任に追い込まれる可能性は無いと思っています。また、ここで安倍首相が辞任することは、日本にとって(特に外交上)必ずしも得策では無いと思います。

何故なら、今の自民党のタカ派体質、野党の非力状態においては、安倍首相の代わりに誰が首相になっても何ら変わらないと思うからです。

私が安倍首相について一つだけ評価するのは、外交熱心だということです。外交音痴と揶揄される日本の政治家の中で、安倍首相ほど精力的に外交を繰り広げた首相はいないでしょう。「バラマキ外交」「アメリカの忠犬ポチ外交」との批判がありますが、安倍首相以上に立派な外交が出来る政治家が他にいるのでしょうか?

ともあれ、当初は高をくくっていた安倍政権も、森友学園問題がここまで大騒動になるとは予想出来ず、相当に動揺しているようです。支持率も下がり、それなりに痛手を受けつつあるのは良いことです。昭恵夫人が騒動のキーパーソンの一人になっているのも安倍首相には頭が痛かろう。

ザマーミロ。

本筋からは外れる問題ですが、安倍首相は稲田防衛相をかばわない方が良い。支持者からもかなり批判されているようですしね。彼女に引導を渡した方が支持率の回復になるでしょう。


●さらに本筋から外れることですが。。。。

残念ながら、日本の女性の政治意識は男性と比べ遥かに低レベルです。従って、日本の女性政治家のレベルも低い。これは私の卓見です。

見よ!
稲田朋美、蓮舫、松島みどり(赤いストール事件の)、小沢優子、福島瑞穂、田中真紀子、辻元清美、片山さつき、高市早苗、丸川 珠代…顔ぶれを思い浮かべるだけでゲンナリします。

東京都の小池都知事はマシな方かもしれません。

昨年、辻元清美議員が稲田防衛相を泣かせましたね。稲田氏が全国戦没者追悼式に出席しなかったのは言動不一致だと叩きまくって。低次元の下らない問題だ。

あれですが、辻元氏の稲田氏に対する競争心もあったのではと邪推しています。つまり、稲田氏は早稲田大学の法学部卒ですが、辻元氏は早稲田大学の教育学部卒だ。あの頃は法学部の方が教育学部より遥かに難関であり、偏差値も法学部の方が遥かに高かった。明治・法政等に落ちても早稲田の教育学部には受かる例はよくあった。それゆえ、「政治なら私の方が上よ」との…劣等感の裏返しの感情もあったのではないかと…。

女性政治家がしばしば男性政治家から、「イジメの対象、からかいの対象、野次られる対象、軽んじられる対象」にされるのは、男性政治家に問題があるのはむろん当然としても、女性政治家の側にもお粗末な点があまりに目立つからではないでしょうか?


●陸自最高幹部にも報告か=統幕の官僚、非公表指示―組織ぐるみで隠蔽可能性・防衛省

ある意味、森友学園問題より恐ろしいのはこれだ!!

恐ろしいけど、「あ、やっぱりね!」という問題でもあります。

戦争や軍隊に関して最も恐いことは、重要にして正しい情報が、日本の命運に関わる情報が国民に知らされず、隠蔽され、誤魔化され、真相が闇から闇へと葬られることです。

今回の件は氷山の一角に過ぎないと思います。

戦前も軍や戦争に関する正しい情報は国民に知らされず、「大本営発表」に象徴されるデタラメがひたすら流されました。日本の命運に関わる重要な情報が隠蔽される…これは昔も今も軍組織特有の変わらぬ体質なのでしょう。だから、戦争なんか絶対にやってはいけないのです。

しかし、国家機密保護法が成立してしまった今、このような隠蔽工作はどんどん広がって行くでしょう。この点について私は極めて悲観的です。

せめて、私が生きているうちに悲惨な戦争が起きないことを願うだけです。



●渡瀬恒彦さんのご冥福をお祈りいたします。

残念です。良い俳優でした。私はドラマの制作で一度だけ関わったことがありますが、渡瀬さんは非常に頭の良い俳優でした。鋭い質問で演出や脚本の問題を突いて来るのには舌を巻きました。プロとしての厳しさがあった。渡瀬さんは実業家をやってもきっと成功したと思います。それくらい優秀なお方でした。

映画「皇帝のいない八月」渡瀬恒彦が演じる藤崎一尉の弁論集
ここです

渡瀬さんの鬼気迫る演技!
「皇帝のいな八月」は映画自体の出来映えはともかく、渡瀬さんの演技を見るだけでも価値があります。山本圭さんは渡瀬さんに完全に圧倒されています。それゆえ、渡瀬さん演じる藤崎一尉の「狂ったような」主張の方が、山本さん演じるビジネスマンの主張よりも説得力があるくらいです。

ところで、21世紀の右傾化した現代日本では、藤崎一尉の主張に共感する日本人が増えているのではないでしょうか。この動画のコメント欄を見ても、そう感じます。地上波で放映したら、かなり視聴率が取れ、藤崎一尉の主張に拍手する人も多いかもよ。

防衛庁は防衛省にめでたく昇格しましたし、憲法改正は現実化しつつありますし、自衛隊が国防軍という名の正式の軍隊になる日も近いようですし、「失われた美しい日本の道徳?」を取り戻せる日も近いかもしれませんしね。藤崎一尉の悲願が成就する日も遠くないかもしれません。





2017.03.16 | | コメント(6) | トラックバック(0) | 政治・社会



歴史:「変化」と「不変」について愚見を少々




<古文書>本能寺の変、仏教界は喝采「信長は清盛の再来」:毎日新聞 2/4(土)

◇愛知・豊橋の寺で発見 悪感情読み取れる

(引用開始)…愛知県豊橋市の金西寺(曹洞宗)に伝わる古文書に、織田信長を批判的に評した詩文が引用されていたと島田大助・豊橋創造大教授(日本近世文学)や高崎俊幸住職が発表した。島田教授は、仏教界の信長に対する悪感情が読み取れるとしている。

文書は、寺を開いた月岑牛雪大和尚が江戸時代初期の1619年以降に書いたとされる開山記「当寺御開山御真筆」。

その冒頭に、近江国(現在の滋賀県)出身で京都・東福寺の住持を務めた集雲守藤の別号とされる江湖散人の詩文が引用されていた。詩文は、信長が明智光秀に討たれた本能寺の変の翌月の1582年7月に作られたとみられる。

詩文には「信長は京を鎮護して二十余国を領したが、公家をないがしろにして万民を悩まし、苛政や暴虐は数え切れない」「(本能寺の変で)死亡して人々は拍手し、天下が定まった」といった意味の記述があった。さらに信長について「黒ねずみで平清盛の再来」とする一方、光秀を「勇士」と表現したとみられる記載も見えた。

信長が1579年に築いた安土城に触れ「天守は(高さ)百尺(約30メートル)」「苦役で民が汗を流し、ぜいたくな城を築いた」と解釈できる部分もあった。信長の比叡山焼き打ちにも言及していた。

島田教授は2014年に高崎住職から依頼を受け調査を進めていた。島田教授は「信長が仏教界から尋常ではないほど恨まれていたことが伝わってくる」と話した…(引用終わり)。


織田信長は非常に合理的な考え方の持ち主だったようで、神仏の存在など信じていなかったフシもある。信長の合理的思考を示す良く知られたエピソードがある。宣教師が連れて来た「奴隷」としての黒人を初めて見た信長は、配下の者に黒人の肌をゴシゴシと拭かせてみたという。肌に垢がついているとでも思ったか。


ところで、当時の仏教界による信長非難だが、これは私が信長に対して抱く感想とほとんど同じなのに驚いた。当時の戦国大名は程度の差こそあれ人殺しや焼き討ちをたくさん行った。その中でも信長は「根ぎり」と称して一向一揆衆を虐殺しまくった。比叡山焼き討ちでは僧侶・僧兵等、数千に及ぶ人間を殺戮したという。

こうした信長の行為に対する悪感情なり非難は、当時の人も現代人の私も変わらぬ。


●「現代人の価値観で過去の歴史の善悪を言うのナンセンス」は正論か?

一見、ごもっともな論に思える。
専門の歴史学者や考古学者にはかなり当てはまるかもしれない。当時の史実を客観的に検証し再現する為には、現代の歴史学者個人の価値観や思想に歪められてはならないからだろう。しかし、その歴史学者が無数の史実なり断片的な資料を吟味し、整理し、取捨選択し、因果関係を追求し、歴史を再現する過程に置いて現代の価値観から無縁ではいられまい。長大な年表を作成することが歴史ではないのだから。

私達が聖徳太子による憲法十七条を称賛する時、経営者や管理職の人達が織田信長や豊臣秀吉の「経営術」「部下把握術」を学ぼうとする時、「万葉集」や「源氏物語」等の古典を読んで感動する時、それらは明らかに現代人の価値観を基に判断しているのである。

そして、ここが肝心なのだが、「現代人の価値観で過去の歴史の善悪を言うのナンセンス」を強調するのは、「新しい歴史教科書」を制作した新自由史観の人達だということ。その意図は何か?つまり、アジア・太平洋戦争における大日本帝国とその旧日本軍による中国・朝鮮・東南アジアへの侵略・植民化という史実を認めると、「それは自虐史観だ」と非難したり、「日本の正当防衛だった」と異論を唱えるする人達だ。

そこで、「現代人の云々。。。」は、まことに好都合な主張なのである。

もっとも、彼等は、「東京裁判はアメリカによる茶番劇」「太平洋戦争はアメリカに仕組まれた陰謀」と、「現代人の価値観」から当時のアメリカを「悪玉」に仕立てるという自己矛盾を犯している。

さらに、そもそも「昭和」は「過去という額縁」に収められるだろうか、という疑問もある。


●歴史に見る「変化」と「不変」について。

私達が歴史を学んだり楽しんだりする時、「昔は今とはこんなに違うのか!」と思う時と、「昔も今も変わらないな!」と思う時とがある。どちらの方に発見や感動があるか、人により場合により様々だ。

今から千年以上前に書かれた清少納言の「枕草子」は、「変化」と「不変」の宝庫だ。
「変化」の例…第二百二十六段。
和歌では優雅に詠われるホトトギス。ところが、農民達が田植えをしながらホトトギスをののしる歌を歌うのを見た清少納言がひどく憤慨する。作者の好みが強烈に出ている箇所だが、現代人はまず憤慨などしない。むしろ、「田植えは大変だろうなあ」と思ったり、「お疲れ様です」と感謝の気持ちを持つ。

それにしても、清少納言の好奇心が貴重な証言となった箇所だ。
当時の農民たちが、「ホトトギスよ、おまえ、コイツめ!オマエが鳴くから、わしは田植えをするんだぞ」と歌っていたとは…他に資料があるだろうか?

ちなみに、当時の貴族に詠われたホトトギス。

郭公(ほととぎす)なくや五月のあやめ草
                あやめもしらぬ恋もするかな(古今和歌集)


こうした優雅な和歌の世界に育った中級貴族の清少納言が、農民たちの「ホトトギスよ、おまえ、コイツめ!」に憤慨する気持ちを現代人はほぼ理解出来る。それは何故?


「不変」の例…第七十五段。
姑に可愛がられる嫁はめったにいない。主人の悪口を言わない召使はめったにいない、と清少納言は言う。これは現代とほとんど変わらない。読んでいて私は思わず笑ってしまう。


私は「不変」の方に歴史を読む喜びを感じる方だ。「嗚呼、結局、人間って昔も今も、考えること、思うこと、悩むこと、悲しむこと、喜ぶこと、怒ることは一緒なんだなあ」と。

家も服装も食生活も身分も自然環境も働く環境も異なれど、ひと皮むけばそこは同じ人間。

昨年の大河ドラマ「真田丸」を見て改めて思ったのは、晩年の豊臣秀吉は身内であろうが茶道の師匠であろうが、気に入らなければ皆殺してしまう酷いヤツだったと。こんな人間が関白で世を支配していたのかと、少々情けなくなった。しかし、現代だって世界中のあちこちで、権力者が気に入らない人間を殺す例はたくさんある。




2017.03.11 | | コメント(12) | トラックバック(0) | 歴史・文化



森友方式に学ぶ経営再建




JR北海道のように厳しい経営状態にある鉄道&バス会社は少なくないようです。

そこで、私が考えた経営再建の秘策がこれだ!

①職員に「教育勅語」を毎日唱和させる
②職員の制服は軍服風にする
③各車両の横腹に櫻井よしこの似顔絵+「安倍首相頑張れ!」と書く
④各ホームの発車メロディに、「荒鷲の歌」「同期の桜」等の軍歌を流す
⑤特急の名前を「大東亜1号」「修身5号」「ワイドビュー神国2号」「スーパー愛国3号」等に変える
⑥祭日には先頭車両に旭日旗を掲げる 
⑦車内放送時には、始めに「軍艦マーチ」か「雪の進軍」を流す
⑧名誉役員に日本会議や産経新聞のお歴々を就任させる


こうすれば、国や県から巨額の補助金が貰えるようになります。

また、右翼団体やネトウヨからの支援金も多額になることでしょう。

国有地をタダ同然で手に入れ、コロがして利ざやを稼ぐことも出来ます。

なお、必要に応じて特製のコンニャクをいつでも用意出来るようにしておく。

コンニャクが無い時は、ピーナッツを用意する。

私には経営コンサルタントの才能があるな<(`^´)>←アホ。




2017.03.11 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 戯けたライフ



フィギュアスケートネタ・アレコレ:愚見を少々




細田采花選手が練習でトリプルアクセルを決めた模様です!(^o^)/
3A-2Tのコンビネーションも決めた模様!

田村岳斗コーチが動画をアップしています。
ここです

細田選手は2016年の全日本選手権で15位の実力者です。
関西大学4年生ですから年齢は21才くらいでしょうか。

田村コーチの言うように、大学4年生になって3Aを跳べるようになるのは素晴らしいことです。
また、女子はジュニアの時から跳べるようにしておかないと3Aをマスターするのはほぼ不可能、といった「常識」「通念」を覆すかもしれませんね。

是非とも、来シーズンは本番で決めて欲しいですね。細田選手がショートとフリーの両方で3Aを跳べるようになれば一気に日本のトップクラスに躍り出るかもしれません。

しかしながら…動画であれだけ鮮やかな3Aを決めていた長洲未来選手は先の四大陸選手権では跳びませんでした。長年3Aを跳び続けている浅田選手は成功率が非常に低くなっています。トゥクタミシェワ選手はこの2年間、3Aを成功させていません。他にも練習している選手はいますが、なかなか本番で跳んでいません。

今季は紀平選手だけが本番で鮮やかに決めていますが、まだ成功率は高くないようです。

また同じことを繰り返しますが、概して日本の女子スケーターは北米やロシアのスケーターの比べ、スピン技術と表現技術で見劣りがします。

浅田選手の熱烈ファンは彼女のスピンを絶賛しますが、国際的評価として浅田選手がスピンの名手、というのは聞いたことがありません。GOE評価も特に高くありません。ファンによる贔屓の引き倒しでしょう。

日本女子で例外的にスピンが非常に上手いのは宮原選手ではないでしょうか。ただし、キャメルスピンは本人が苦手と言っているように非常に上手いとは言えないでしょう。

ロシアや北米の女子の力が増している現在、かつての伊藤みどりさんのように3Aを武器としないと日本女子が世界選手権や五輪でメダルを取るのは難しいでしょうね。


●国際的にメディアでは男子シングルが「真打ち」扱いになりつつある。
その証拠に、全日本フィギュアやグランプリシリーズで以前は女子シングルが最終日程になってたものが今は男子シングルに替っています。※

※読者からご指摘があり、全日本フィギュアは今も女子フリーが最終日程でした。
私の勘違いでしたm(__)m

男子の方がエキサイティングでバラエティにも富んでいるからでしょう。個性的な選手も男子の方が目立つようです。ファンの目も男子の方に集まっているようですね。フィギュア人気は男子の時代です。

長年、女子優位の時代が続きましたので、男子優位の時代が来ても不思議ではない。

女子は北米か日本の中から、浅田選手、ミシェル・クワンさん、サーシャ・コーエンさんのように実力がトップクラスでなおかつ多くの人から愛されるようなキャラクターが登場しないとダメでしょうね。フィンランドのキーラ・コルピさんのような美人が4回転ジャンプを成功させて世界選手権で優勝すれば大人気になるでしょう。

ロシア女子では人気はあまり出ないです。何故でしょうね?
言葉の壁、メディアの扱い方の違い、西側諸国に根強い「旧ソ連」アレルギー?


うかつにも今頃知りましたが。。。
●元世界選手権ペア代表・藤森美恵子さんが死去/フィギュア:2月15日付・サンスポより。

(引用開始)…藤森美恵子さん(ふじもり・みえこ=元フィギュアスケート国際審判員、世界選手権ペア代表)が14日午後0時43分、脳梗塞のため神奈川県藤沢市の病院で死去、77歳。東京都出身。葬儀・告別式は18日午前11時半から神奈川県藤沢市鵠沼石上1の1の17、カトリック藤沢教会で。喪主は夫、光三(みつぞう)氏。

現役時代はペアの選手として全日本選手権で2度優勝、1962年世界選手権出場。引退後は国際スケート連盟の国際審判員として活躍した…(引用終わり)。

バンクーバー五輪の頃まではしばしば藤森ジャッジの解説を拝見していましたが。。。

こちらの記事で藤森さんのコメントに触れたことがあります。
http://poppy445.blog.fc2.com/blog-entry-379.html

このようにキム・ヨナさんの「ボンド・ガール」を称賛した為、
狂的な浅田ファンからの見当違いな非難を浴びました。

ご冥福をお祈りします。



2017.03.08 | | コメント(8) | トラックバック(0) | フィギュアスケート・ネタ関連



スポーツ、政治、テレビ、文学等、徒然にアレコレ;愚見を少々




●森友学園への国有地「払い下げ」の件。
自民党議員による便宜があったのでは?徹底的に調査すべきでは?等の野党からの追求に対し、安倍首相は、「無いことを証明するのは不可能。それは悪魔の証明だ」と答弁したようです。

が、待てよ。
確か、安倍首相はイラク戦争について、
「イラク戦争は大量破壊兵器が無いと証明出来なかったイラクが悪いといことは申し上げておきたい」
と答弁しませんでしたか?(・・;)


●村上春樹の小説について、タレントの太田光が「カッコつけてんじゃねえよ!」とボロクソに言ったとか。
痛快!実は、私も全く同じことを思っていました!
私は、「海辺のカフカ」「1Q84」「ノルウェイの森」を読んでみましたが、文章のタッチや内容に、「カッコつけ屋」「気障ったらしさ」が鼻につきました。また、登場する女性が概して「お股がユルイ系」と来ている。作者はオーラルセックスが好きらしい。逆に「それが良い」と言う読者もいるのでしょう。

一部の女性にとっては村上春樹はモードでもあるのでしょう。昔、一部の女性にとって世界文学やボーヴォワールを読むのがモードであったように。要するに流行りと好みだ。

村上春樹はアメリカ文学とクラシック音楽とジャズが大好き。それゆえ、露骨で偏愛的セックス描写があっても、欧米的スパイスが効いている点が女性人気に繋がるのではないでしょうか?

私の評価は中の中レベル。そこそこ楽しめます。読んで損は無いです。
もしも、トルストイやロマン・ロランやシェークスピアや夏目漱石が読めなくなったら私は酷く悲しむでしょう。しかし、村上春樹の小説が読めなくなったとしても悲しいとは思いません。そんな程度です。

私は村上春樹がノーベル文学賞候補だとするならば、東野圭吾も五木寛之も北方謙三も筒井康隆もノーベル文学賞候補になっていいじゃない?という意見です。文学的クオリティに差があるかしら?石原慎太郎や曽野綾子だって政治的見解はアレですが、小説の方はなかなかのものであり、候補になっても良いと思います。

そもそも、私はノーベル賞そのものをナンセンスと思っています。
世界が認めた文豪トルストイを、「危険思想の持ち主」とみなし受賞させなかった時点で既に終わっています。


●スピードスケート女子・小平奈緒選手の快挙!
素晴らしいなあ。小柄なのに、凄いスピードとパワー。しかも知的です。世界距離別、世界スプリント等、次々に記録を樹立しています!スピード勝負において、小柄な日本人スケーターが大柄な欧米人スケーター達を抑えて勝つというのはやはり痛快ですね。彼女は30才ですか!スピードスケートの世界は選手寿命の伸びが目立ちますね。

平昌五輪シーズンもこの調子で行けるといいなあ。。。

●スキージャンプ女子・高梨沙羅選手はメンタルが弱い?
いえ、むしろ、世界選手権で2連覇(ソチ五輪も金メダル)したドイツのカリーナ・フォークト選手の勝負強さを感じました。彼女は実力者ではあるけども、今季のワールドカップでは一度も優勝していなかったんです。ワールドカップ総合優勝と一発勝負の世界選手権優勝と、どちらの方が「真の王者」に相応しいのかは微妙なところですね。

そういえば、スキーモーグル女子の里谷多英さんも一発勝負に強かった。上村愛子さんはあれだけの実力者だったのに、とうとう五輪のメダルに届かなかったですね。

不思議だ。


●WBC強化試合 | World Baseball Classic(ワールドベースボールクラシック)
小久保監督では権威が無さそうだし、大谷選手が降りた時点で戦力の大低下は避けられず、私は見る意欲を失くしています。そもそも、アメリカメジャーが儲かるだけで、しかもアメリカメジャーが本気で取り組まないWBCなんか、廃止した方が良いです。日本の選手達も心から喜んで参加しているのか極めて疑問。むしろ気の毒。

野球競技というのは一発勝負で決めるものではないです。最低でも5試合制で決めるもの。日程的に無理でしょうけど。だから止した方がいいのです。

一発勝負で日本が台湾や韓国チームにボロ負けする姿は見たくない。


●豊洲移転問題での石原元知事の記者会見。
石原氏は自分だけに責任がある訳ではなく、都の担当局や都議会にもあるとした。また、部下や専門家に任せた上で追認をしただけだと、事実上は自分の責任を回避した。さらには返す刀で、築地市場の移転延期を判断した小池知事の対応に、「混迷させた責任は小池都知事にある」と批判。

これに対し、小池都知事は「石原さんらしくない」とコメント。

へえ~!私は逆に、「石原さんらしい」と思いましたけどね。

ところで、石原氏は暴言や不適切発言を繰り返した人ですが、小池氏を「大年増の厚化粧」と罵倒したのが祟りましたね。これは小池都知事に深い恨みを植え付けました。「女の恨みの恐ろしさ」を甘く見たな。

今でこそ石原元知事に対する批判が多いが、過去、東京都民は圧倒的に石原氏を支持していたのだ。これを以てしても東京都民の政治感覚が劣悪・低レベルなことは明瞭です。恥ずかしい。


●テレビドラマはどれも下らない、面白くない。
見るとすれば夕食時、晩御飯時のついでに。例外は今野敏原作の警察ドラマとNHKの時代劇くらいか。で、今季の大河ドラマ「女城主・井伊直虎」ですが、今のところ、あまり面白くない。でもまあ、日曜の夕食時なので、「ダーウィンが来た」(これは面白い)に続いてつい見てしまいます。

小名の井伊家内の狭い域での出来事ばかりが演じられるので大河ドラマのスケール感が無く、ホームドラマになっています。そもそも、女性の作家や脚本家が作るものは歴史ものであっても、「主婦連の井戸端会議や卓袱台を囲んだホームドラマ」になってしまう傾向があります。「北条政子」のような歴史小説を得意とする永井路子が良い例です。要は「女のおしゃべり」を聞かされるのだ。それも、現代の女性のおしゃべりと同じものを。男が登場しても座ったまま女のおしゃべりをする。それゆえ、ダイナミックさや重厚感、そしてスケール感のどれもが欠けるのです。

柴崎コウ演じる次郎法師は、民放ドラマの「信長協奏曲」で演じた(信長の正室の)帰蝶役の口調と同じになっています。彼女の声質もあるが、軽いのだ。美形ですけでどね。大大名に翻弄されながら生き残りゲームを必死に戦う緊迫感が十分に発揮されていないと思います。これからどうなるか分かりませんが。

ともあれ、忌々しいCMによって中断されることの無いNHKのドラマは見やすいです。

☆追記
3月5日放映の「直虎」でようやく戦国ドラマらしい桶狭間の戦いのシーンがあったのですが、驚くなかれ!徳川家康は登場しても、織田信長は登場しないし、今川義元の最期のシーンも無し。戦いのシーンも短かく、井伊家の関わった戦闘だけ。いくら井伊家中心のドラマであっても、肩透かしもいいところ。呆れた。


●犬をやめて猫を飼う人が増えているとか。
NHKで放映している「世界ネコ歩き」が影響しているのかな?
私の近所でもネコの姿が目に付くようになりました。飼い猫だけではなくノラもいるようです。夜中になると、「ミャーオ、ギャーオ!」とウルサイ時があって困る。

「ネコ歩き」は、ただ猫の姿を映しているだけの、どうってことも無い番組ですね。ところが不思議なことに、見始めると30分でも1時間でも飽きないのです。日頃、最低限の生活レベルを確保すべく、ライバル社員を蹴落としてでも「パンや米を奪う」が如き競争社会に生きている都会人の私には、この番組のゆっくりと流れる時間が心地良いのです。

猫は確かに可愛い。飼いたくなる気持ちも分かる。
私は犬も猫も飼う気はありませんが、飼うとしたら小鳥です。
それも一番平凡な十姉妹あたりがいい。
オスの鳴き声がショボくてちっとも美しくないが、これがむしろ良い。※
これなら、仮に死なれても私の受ける精神的打撃は少ないだろうと思うからです。
※→これです


●女性会員を認めないゴルフ場の件。
ゴルフ発祥の国であるイギリスにも女性会員を認めないゴルフ場があるそうです。
前にも書きましたが、私はゴルフというのは罪悪であり、この世から消えて欲しいスポーツと思っています。私がゴルフから連想するのは何か?

①自然破壊の象徴
②政治家と企業家の汚れた談合の場
③成り上がり金満家のニヤけた悪趣味の場
④エコノミックアニマル病患者の休日出勤の場
⑤お金持ちに憧れる俗物達のマスターベーションの場

というものだ。
むろん、私の偏見もあるかもしれませんが、あながち間違いではないでしょう?

かつて私の父はボーナスのほとんどをゴルフ用具に注ぎ込み、母を泣かせたことがあります。家族を放って、毎週のように日曜の早朝から仕事仲間やお得意様とゴルフに出かける父を私は軽蔑していました。
(父親に対する感謝と軽蔑は、両立するものです)

それゆえ、私にとっては、どんなに尊敬出来る人でもゴルフをやっている時は軽蔑の対象です。女性差別?ゴルフなら当然のようにあるでしょう。ことほど左様に愚劣なスポーツだ。そして、こんな競技を五輪に復活させた五輪委員会の頭脳も汚れた金に毒されているのでしょう。五輪委員曰く、「女性を差別するゴルフ場は五輪にふさわしくない」だと?このオンタンチン!ゴルフそのものが五輪にふさわしくないんだよ!!
私は五輪そのものを、「止めてしまえ!」と思っているので、もう、どうでもいいよ。


●「報道の自由度」の件。
高市氏の電波停止言及「報道の自由懸念」 米人権報告書:日本経済新聞(2017/3/4)
過労死問題も「karoshi」と記載

 (引用開始)…【ワシントン=芦塚智子】米国務省は3日、世界各国の人権状況に関する2016年版の年次報告書を発表した。日本については「報道の自由に関する懸念がある」と指摘。高市早苗総務相が16年2月、放送局が政治的な公平性に欠ける放送を繰り返した場合、電波停止を命じる可能性について言及したことを一例として挙げている。
 報告書は、日本では政府が概して言論や報道の自由を尊重しているとしたうえで「批判的で独立したメディアに対する政府の圧力の増加について、懸念を生じさせる出来事があった」と記述。主要な新聞や放送局を含む報道関係者から、政府が間接的に自己検閲を促していると懸念する声が出ているとも指摘した。
 電通社員の自殺で関心が高まった過労死問題についても「karoshi」と日本語を使って記載。日本政府が「過労死等防止対策白書」を初めて公表したことにも触れた。
 中国に関しては「市民的・政治的権利の主張などに関わる組織、個人への抑圧と弾圧が引き続き過酷」と批判した。北朝鮮の人権状況についても昨年に続き非難した。
 同報告書の発表では例年、国務長官や同省幹部が記者会見を開いていたが、今回はティラーソン長官は会見せず、メディア向けの電話ブリーフィングだけだった…(引用終わり)。


嗚呼!「アメリカ様」にも言われている。

高市早苗総務相のコメントが聞きたいものです。

日本の主要メディアは米人権報告書の指摘を「黙殺」するのでしょうか?
多くの日本人は「米人権報告書は大袈裟だ」と思うのでしょうか?
それとも、報道の自由に対し、日本人は鈍感になっているのでしょうか?

40年ほど前でしょうか、当時、日本ペンクラブの会長をしていた小説家の石川達三は、「譲れる自由と譲れない自由がある」と表明し、ペンクラブ内や各方面から批判されたという。しかし、今の日本人なら「エッ?石川達三の言っていること、ごく常識的じゃないの?」と思うのでしょうか?




2017.03.04 | | コメント(21) | トラックバック(0) | 戯けたライフ



「森友学園問題」は安倍政権への痛打となるか?




●森友学園(籠池氏)に関する「国有地払い下げ」の件。

政治家が国の土地や所有物を特定の民間に「タダ同然」に「くれてやる」事件は明治時代にしばしばあったようですが、21世紀の現代でもまだまだこうした問題は「健在」なようです。

森友学園の件も、自民党の有力政治家による関与があったと見るのが妥当でしょうね。
(小心な)役人には出来ないこと。

狡猾な手段で法の網を潜り抜けようとする自民党有力政治家の汚職が判明するでしょうか?


●これが素晴らしい幼児教育?

①幼児に「教育勅語」を日常的に唱和させる
②運動会で「安倍首相がんばれ」「安保法制、国会通過よかったです」と宣誓させる

安倍首相と昭恵氏は、こうした森友学園の「教育方針」を「素晴らしい」と絶賛しているのです。
(まあ、そりゃそうだ。安倍首相を「将軍様」の如く讃え応援してくれるんだから)

安倍政権はことあるごとに、学校やメディアに対し盛んに「偏向教育、偏向報道はいけません!」と言っていませんでしたか?「中立を!」と圧力をかけていませんでしたか?

しかし、安倍首相や自民党政治家にとっては、森友学園の教育は「偏向していない」ようです。

共産党の小池議員は、「これが教育・躾と言えますか?幼児虐待では?」と発言したそうですが、私も同感です。アナクロニズムというか、カルトというか、気持ち悪くて恐ろしいです。

それにしても、森友学園の教育方針は、「教育基本法」に反しないのでしょうか?

もしもこれが通用するのであれば、カルト集団が幼稚園を設立してカルト教育するのも自由、左翼集団が幼児に「共産党宣言」を日常的に唱和させ、「天皇制打倒!今こそ革命を!」と宣誓させるのも自由です。


●右傾化日本を象徴する出来事。

アパホテルの件も森友学園の件も「日本ってスゴイ!本」の氾濫も、「安倍政権時代」に乗じたウヨ連中が勢いづき、肩で風を切って闊歩している風潮を良く示していると思います。


●安倍政権に痛打を与える絶好の機会に!

「特定機密保護法」に続き、テロ対策を名目とした「共謀罪法案」を成立させようとしている安倍政権。私は安倍政権の危険性を何度も書いていますが、国家の暴走を非常に懸念しています。

国家が憲兵隊や特高警察を使って言論弾圧をしていたのは、つい70年ほど前の話です。日本はいつその時代に逆戻りするか分かりません。

国民が油断し気を許せば、すぐにその権利と自由を奪おうとする…それが権力者・支配者というものです。それは一気に起きるのではなく、知らないうちにヒタヒタと徐々に進行し、国民の自由や人権を侵していくのです。しかも、戦前がそうであったように、国家の暴走の片棒を担いでいたのは主要メディアなのです。

主要メディアの幹部が安倍首相からの「晩餐会の招待」に嬉々として応じる時代。良く飼い慣らされているようです。先進国中、報道の自由度が最も低いと評価された日本のメディア。不名誉なことだ。

しかも、日本の主要メディアも少なからぬ日本国民もそれを何とも思わないようです。まあ、自分の身にマイナスが起きない限り、人は無関心、他人事でいられる性質を持っていますからね。※1

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安倍政権下において、「民主的」であることが軽んじられる時代になりつつあるとするならば、何としても歯止めをかける必要があると思います。

今回の「森友学園」問題は、傲慢でやりたい放題化している安倍政権※2への強烈な痛手になる可能性があります。大阪維新を除く野党の奮闘に期待します。


※1
一度、民事でも刑事でも裁判沙汰を本格的に経験すると、自分達の日常生活が如何に法律で雁字搦めにされているかを痛感します。法律の恐さを知ります。しかし、こうした経験の無い人にはピンと来ないでしょうね。

※2
かつて、自民党は選挙で議席数を大きく減らす度に、「国民からお灸をすえられた」「お叱りを頂いたと反省しています」と、「殊勝?」な態度を示していましたが、全部嘘っぱち。


私は必ずしも民進党や共産党に政権を担って欲しい、自民党政権打倒を願っているわけではありません。しかし、もっと野党勢力が増えた方が良いと思っています。以前は自民党が圧勝すると、次は野党が議席を伸ばし「保革伯仲」に戻すバランス感覚が国民にあったと思いますが、最近は怪しくなっています。小選挙区制の問題もあります。

これも主要メディアの責任が重大と思いますが、かつて自民党の福田康夫政権や民主党政権の時に、「ねじれ国会」「決められない政治」と、主要メディアは盛んに批判をしていました。

しかし、現在のように与党が圧倒的多数を占め、国民の生活や国の将来に重大な影響を及ぼす法案がバンバンと成立するような政治が素晴らしいと主要メディアは考えるのでしょうか?

トランプ大統領が「大統領令」を頻発して、バンバン決める政治が素晴らしいのか?

民主主義というのは手続や議論に手間暇を要する極めて面倒な政治システムと思います。しかし、それは独裁政治や君主政治の巨大な弊害に対する嫌悪と反省があってのことではなかったのでしょうか?

最近は、中国や韓国の政治やメディアの「お粗末さ」「低レベルさ」を嘲笑う日本人が少なくないようですが、嘲笑える程に日本の政治やメディアはご立派なのでしょうか?

日本人の政治意識は中国人や韓国人の政治意識よりご立派なのでしょうか?

もしかすると、「目くそ鼻くそを笑う」の類ではありませんか?(・・;)




2017.03.02 | | コメント(8) | トラックバック(0) | 政治・社会



男子フィギュアと女子フィギュアとは、もはや別物か:愚見を少々




2017年フィギュアスケート四大陸選手権を観てつくづく感じたことは、シングル競技では女子よりも男子の方が断然面白いということです。男子は格闘技の如き凄まじさです。4回転ジャンプという大砲を何本どれだけ有効に放てるかという戦いです。高橋大輔さんが言っていたように、ソチ五輪の頃までは4回転ジャンプを2本決めれば(他の要素のミスが最小限であれば)「楽勝」でした。その象徴的存在がパトリック・チャン選手です。しかし、そのチャン選手でさえフリーで2種類の4回転ジャンプを3本+3Aを2本成功させないと勝負にならない時代になりました。恐るべき変化です。

平昌五輪でのメダル争いに絡むのは、羽生選手、宇野選手、ネイサン・チェン選手、フェルナンデス選手、ボーヤン・ジン選手、チャン選手の6人くらいでしょうか?

もちろん、フィギュアスケートの魅力はそれだけに尽きるものではないことは分かっています。綺麗なスケーティングが魅力的なジョシュア・ファリス選手の復帰は嬉しいニュースです。他にも、表現者として素晴らしい演技をするジェイソン・ブラウン選手やミーシャ・ジー選手、やはり美しい滑りが魅力的なアダム・リッポン選手。最近メキメキと力をつけて来たコリヤダ選手。彼等の活躍も男子シングルの醍醐味です。

これに比べると女子はジャンプ構成に関してはドングリの背いくらべ状態で昔から変わり映えがしません。せいぜい、ジャンプの前後に繋ぎを入れたり、両手や片手を上げて加点を稼ぐことで差別化するくらいです。練習では3Aや4回転ジャンプを降りている女子選手が何人かいるのですが、本番で跳ばないところをみるとまだまだ程遠い出来なのでしょう。女子の場合はプログラムや表現の出来栄えの方で楽しむしかないのですが、やはり、体力や技術面では男子と比べ物足りなさを覚えます。スキーモーグル競技を観ると、男子と女子とでは体力も技術も大人と子供くらいの差があり、男子を観た後では女子はとても観る気分になれません。フィギュアの場合は女子ならではの柔軟性や優雅さを生かせる要素があるのでモーグル競技のようなことにはなりませんが。。。。同じフィギュアシングル競技でも、男子と女子とではかなり違うものになりつつあるように思います。

実力も個性も非常に強い選手だったキムヨナさんが引退し、女子離れしたバネのあるジャンプをしていた安藤美姫さんも引退し、芸術的なステップを見せてくれた鈴木明子さんも引退し、スーパースター浅田選手は全盛期の力を失い、ロシア勢の強さばかりが目立つようになったことも、女子フィギュアの醍醐味が減退している理由かもしれません。少なくとも私にとっては。

それにしても、私も含めファンというのは無責任で勝手なものだ。4回転ジャンプ無しで五輪や世界選手権で優勝する男子選手が出た時代には、「4回転ジャンプを跳ばなくては男じゃない」くらいのことを言っていたファンがその同じ口で今度は、「男子フィギュアはジャンプ大会みたいになり面白さが半減した」などと文句を言う。じゃあ、どうすりゃいいの?


●田村明子女史がまたしても問題のあるコラムを書いている。
優勝した三原舞衣選手の、(さほど高くは評価されていない)演技構成点について、やれ滑走順が早かったから、やれジュニアからシニアデビューしたばかりだからとか書いています。

グランプリシリーズではショートプログラムについて世界ランキングに関係無くクジ引きで滑走順が決められるようになりました。つまり、第一グループの第一滑走に世界ランキング1位の選手が滑ることもあり得るのです。この場合、第一滑走者は演技構成点で「割りを食う」ことになるのでしょうか?

「滑走順が早いと採点の上で不利」は、何ら実証の無い「都市伝説」ではないでしょうか?新採点法が施行されて十余年。滑走順で採点・評価を目減りさせるジャッジがいるでしょうか?

次に、ロシアのメドベデワ選手やソツコワ選手に象徴されるように、ジュニアからシニアデビューした選手が演技構成点で高い評価を受けることは珍しいことではありません。要は実力があればキャリアや年齢に関係なく高い評価を受ける。三原選手が演技構成点でそれほど高い評価を貰えないのは素人目にもある程度は分かるように思います。何より、三原選手本人が冷静に自己分析をしているではありませんか。

田村女史はフィギュアに詳しいライターで彼女の著書は何冊も読み大いに参考にさせてもらっています。しかし、しばしば上記のような危なっかしいことを書く。ファンをミスリードする危険があります。

荒川静香さんも、「演技構成点はシニアで実績を積めば上がる」くらいのことを言って、ファンを誤解させました。これは恐らく荒川さんの説明不足でしょう。すなわち、荒川さんは、「シニアで実績を積み、スケーティングや表現技術が進化すれば」と言わなければいけない所だったのです。ただ漫然とシニアの大会に出続ければ演技構成点が上がるというものでもないでしょう。もしもそうだとすれば、ベテラン選手達は皆誰でも非常に高い演技構成点が貰えることになります。


☆「分解もしくは結合の虚偽」という、難し~イことをチョイとばかりお話すっぺよ。
三原選手の演技構成点の評価が高くないという問題と、滑走順やシニアデビューしたばかりという問題とは別のカテゴリーなのですが、これらを一緒くたにして「結合」させてしまう「虚偽」の論理操作。まさしく「結合の虚偽」です。

ある神社に、志望校に合格したお礼の絵馬がずらりと掲げられているとします。人はそれを見てここの神社は霊験あらかたと言う。しかし、合格しなかった者はお礼の絵馬を掲げるはずはない。一見しただけ、あるいは一面を見ただけで全てを断定するのは誤りです。この場合は、「分解・分割の虚偽」です。

心の中で思うのは自由ですが、ひょっとして「思いこみ」という陥穽にハマっているかもしれないと、一歩立ち止まって吟味することは大切ですね。何かの証明や議論となれば問題になります。

まあ、偉そうに言う私も無意識のうちに「分解もしくは結合の虚偽」という論理操作をしている場合があります。しかし、これを故意にやる人間もいますね。政治家や官僚の国会答弁を見よ。




2017.02.28 | | コメント(25) | トラックバック(0) | フィギュアスケート・ネタ関連



職場におけるアレコレ:愚見を少々




私はどちらかと言えば政治的にリベラル系や左巻き系の方々のブログやツイッターを見る方が多いのですが、ビジネスの分野に言及した書き込みを見ると、ある意味、保守系や右巻き系のものよりも「エエッ?」と感じさせるものが目につきます。理念が勝ち過ぎているのか、ビジネスの現実から遊離しているように思える書き込みが目につくのです。

●山崎雅弘氏は戦争&紛争史の研究家で、私も山崎氏の著作を読んだことがあります。「日本会議:戦前回帰への情念」(集英社新書)も大変参考になりました。

山崎 雅弘 ‏@mas__yamazaki
同僚が残業していても、自分の作業の進捗状況や仕事に対する価値観、体調などを考えて必要ないと思えば、残業せず堂々と定時に帰ってもいい。家庭の事情を優先してもいい。何も恥ずかしいことはない。個人として独立した思考や行動をとれない人は、国単位の問題でも同じように「付和雷同」してしまう。

どこか福沢諭吉のセリフにも聞こえます。

しかし、これはビジネスの現場に携わる私からすると、「エエッ!?」な主張です。

→「必要ないと思えば、残業せず堂々と定時に帰ってもいい」

企業における仕事というのは上司からの命令によって部下に与えられ、部下から上司への報告によって完了するものです。残業の必要があるか無いかは部下が判断することではなく上司が判断するものです。部下が決めることではありません。責任は上司にあるからです。このようなことはビジネス社会の常識です。

一般的に社員は仕事に未熟で自己評価が甘く、上司は仕事が出来て、自己評価も部下への評価も厳しい。責任の重さも違います。部下が、「残業の必要はない」と判断しても上司の判断では、「残業して今日中に終わらせなければならない仕事」となるケースの方が多いのです。

もちろん、残業は依頼事項であり、部下に強制は出来ません。部下は残業依頼を断る権利があります。しかし、残業を即座に断り、「堂々と帰る」ような社員は会社からは評価されません。このような社員に会社は重要な仕事、責任のある仕事など任せられません。ところが困ったことに、このような社員に限って、「俺の上司はやりがいのある仕事をやらせてくれない、俺を評価してくれない」と、常に不平不満があるのです。

残業するかしないかの判断を部下に任せるケースもあります。それは非常に優れた部下に限って与えられる権限です。山崎氏はたぶん優秀な社員だったのでしょう。自分を基準に考えてしまっているのかもしれません。何故なら、職場においては、「個人として独立した思考や行動をとれない人」の方が多いのです。もっと始末の悪いことに、「俺は個人として独立した思考や行動がとれる人」だと、「錯覚」している社員もいるのです。


@tawarayasotatsu
日本に英語補助教員としてやってきた日系アメリカ人女子を日本人扱いして「お茶を入れるのは当然」とか・・・本当にやめて欲しい。帰国後彼らは延々と「日本社会は祖父母に聞いていたとおりに女性を蔑視する後進的環境」にあるといった報告会をやっていて、まったく気が滅入ります。


これは情報が少ないので、いささか私の推測を入れた上でお話します。この日系アメリカ人女性がどんな労働契約を交わしているかも不明ですし。「お茶を入れるという契約はしていません」と言われたらそれまでです。しかし、上の内容からすると、契約違反を憤っているのとは違うようです。

少し感情的ですが、「日本人女子職員と私は違うのよ」と言いたげな雰囲気にいささか違和感も覚えます。私がその女性の隣にいたら、「あなた、お客様気分になっていませんか?特別扱いはしませんよ」と言いたくなるかも。

しかし、この女性が腹を立てるのにはそれなりの理由もあるのでしょう。


①男性の同僚にお茶を入れる場合
これは日本人女性だろうが日系人アメリカ人女性であろうが、ダメですね。お茶は各自めいめいが入れれば済みます。しかし、今時、男性職員が同僚の女性職員に「女性が俺達にお茶を入れるのは当然だ」などと言うでしょうか?言ったとすればこの女性の憤りに私も共感いたします。

②上司にお茶を入れる場合。
これはケースバイケースではないでしょうか?
例えば、上司が外歩きから帰社した場合に、「ああ、疲れた。お茶を入れてくれ」と女子職員に言う例は多いでしょう。これって「女性蔑視」に当たるのでしょうか?一日のたった一回のことですよ。では、持ち回り制にして「今日は男性職員が上司にお茶を入れる番」にする方法が良いのでしょうか?あるいは、「お茶は上司が自分で入れれば良い」のでしょうか?

これは職場の価値観、知恵に任せるしか手はなさそうです。
私個人の意見は、上司が一日中オフィスにいる場合に限り、朝一番のお茶だけは女性職員が入れ、それ以降は上司が自分でお茶を入れるというものです。これでしたら、「女性蔑視」には当たらないと思います。

③お客様にお茶を入れる場合。
これは100%女性が入れるべきでしょう。お客様に武骨な男性にお茶を入れさせますか?
私の知る限り、どこの職場でもお客様にお茶を入れるのは女性…それもなるべく若くて美人に…です。ここはちょっと現実的というか、微妙なのですが…年長でお世辞にも美人とは言えない女性にお茶を入れさせる経営者はいません。こんなこところで「女性蔑視だ、女性差別だ」と主張する女性職員は…その職場から去った方がいいでしょう。

「男女平等」は正しいと思いますが、仕事の上では男女それぞれ向き不向きというのもあるのではないでしょうか?男性でも悲鳴を上げそうな重いものを非力な女性に運ばせるのは如何かと思います。どこかのヤクザみたいな不穏な者が職場にやって来たら男性が対処するでしょう。女性でも対処出来る「豪傑?」もいなくはありませんが。。。逆に、お茶を入れる、接客応対する等は女性の方が向いていると思います。

これでも女性蔑視というのであれば、それは正しいとか間違いとかの次元ではなく、見解の相違、文化の相違、としか言いようが無いと私は思います。

英語補助教員、とありますから、ビジネスウーマンとは違った価値観があるのかもしれませんが。

ただし、この日系アメリカ女子のお方ですが、仮に、職場の男性が白人のアメリカ人女性には「お茶を入れて当然」という態度をとらなかった、とするならば彼女の意見に私も同意いたします。同じ「アメリカ人女性」であっても、金髪の白人女性と、アジア系orアフリカ系の女性とでは、接する態度が違う日本人男性はいると思うからです。




2017.02.03 | | コメント(33) | トラックバック(0) | 戯けたライフ



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プロフィール

片割月

Author:片割月
和歌を愛し、音楽を愛し、花を愛し、フィギュアスケートが大好きで、歴史・社会・文学が大好きで、ジョン・レノン、八代亜紀、ちあきなおみが大好きで、クリント・イーストウッドと映画も好きで、皮肉とユーモアも好きな変わり者アラフォー熟女ですが、よろしくお願いします。
最近は体力をつける為に、休みの日はえっちらおっちらとミニハイキングに勤しんでいます。

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