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スマホは学力を破壊する?:愚見を少々




「スマホが学力を破壊する"これだけの根拠:3時間触ると2時間の勉強がムダに」
記事はこちら

う~ん。。。それはどうかなあ。。。

例えば、電車の中で多くの人が、老若男女を問わず、じっとスマホをやっているのを見ると、何やら異様な感じを受けることはあります。依存症になっている人もいるでしょうね。スマホに使われている状態。

では、携帯電話の時はどうだったの?と聞きたくなります。携帯に3時間触ると2時間の勉強がムダになる、との科学的データがあり、通説となっているのでしょうか?


●学力の低下といえば、依存症になりがちな項目として、

①テレビを見ていると学力が低下する。(ラジオもあった?)

②漫画を読むと学力が低下する。

③ファミコン(テレビゲーム)に夢中になると学力が低下する。

等々、

過去にも同じような「学力低下の犯人」を槍玉にあげて来た歴史があります。


しかし、

これらのいずれについても、学力低下との「因果関係」が立証されたとの「学説」を寡聞にして知りません。


●そういえば、テレビゲーム流行の時代には、「ゲーム脳」になると学力が低下するとの「学説?」があったように記憶していますが、あれはその後、どうなりましたっけ?

私の学生時代にもテレビゲームに夢中になっているクラスメートはいましたが、それが原因で学力の低下があったとは限りませんでしたね。人によってマチマチだったと思います。



●音楽好きや文学好きは学力低下をもたらすのでは?

ロック・ポップス・クラシック等の音楽に夢中になり、学力が低下した例は見たように思うなあ。レコードやラジオで聴いているとあっという間に時間が経ってしまいます。

私も音楽は良く聴くし、なおかつ、中学校時代には早くも活字中毒の傾向が現れ、赤川次郎や「赤毛のアンシリーズ」とか読みだすと止まらず、確かに成績が落ちた記憶があります(^_^;)


もう一つ、スマホも携帯も無かった時代に、女の子特有の「友達との長電話」がありました。私もありましたが、1時間~2時間も延々とおしゃべりをするのです。「電話依存症」か(^o^)

これも、学力低下の原因になっていたのでしょうか?


●結論:つまりは、学力低下との因果関係は証明できない。


①勉強時間がどれくらいあるのか。

②学校・家庭における学習環境がどうなのか。

③そもそも、勉強嫌いなのか、勉強が好きか。

④頭の良い人はテレビゲームやスマホに夢中になろうが、学力は低下しないのか。

⑤睡眠時間はどうなのか。

学生の学力といっても、こうした様々な要因が絡み合っているものですから、これが原因だ!と決められるものは無いのではないでしょうか?

それに、学力とは、そもそも偏差値だけで全て測定出来るものでしょうか?

平凡な結論ですが、

自宅(学習塾も含む)での勉強時間が極めて少なくなってしまえば、そりゃあ、成績は落ちる可能性が高くなるでしょう。言えることはこれくらいではないでしょうか。

スマホでもテレビでも音楽でも、要は、「依存症」の程度にもよるでしょう。

極端な例を以て、「学力低下の原因」とみなしても、社会的価値があるのか疑問です。





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2019.04.24 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 戯けたライフ



日本人観光客減る:私も京都に行かなくなったくらいだから




「4年連続で減少、日本人の「京都離れ」が始まった根本原因」
記事はこちら

そりゃそうでしょうよ。
下の写真を見てよ。これで祇園の花見小路に行く気分になれますか?

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私は10年以上に渡って毎年京都市内(比叡山も必ずお参りした)を中心とした旅行に行ってきましたが、5年前くらいからピタッと行くのを止めました。四条河原町の先斗町を歩いていたら、私の前も後ろも外国人観光客だらけ。日本人はわたしだけか?って感じ。しかも、彼等は大声でしゃべりまくり、煩いのなんのって。

街中はまだ良い。しかし、寺院の境内に入っても大声でしゃべりまくるのには心底、閉口しました。

あれは10年前の5月だったかしら。特別公開されていた東寺の塔頭にお参りした。そこに小さな庭があり、静寂さに包まれていました。観光客はほぼゼロ。そして、いわゆる鹿威しの「コーン」という音が快く響き、わたしは思わず座禅して瞑想をしたくなりました。忘れられない思い出です。

おそらく、少なからぬ日本人観光客の期待するものは、このような静かさの中での寺院のお参りではないでしょうか。金閣寺や銀閣寺をお参りして失望するのは喧騒とした混雑にウンザリするからです。金閣寺など私には商業施設にしか感じなかった。実際、大して見応えも無い所だけどね。日本庭園であれば、他にいくらでもあります。

少し話は脱線しますが、以前に京の寺院の悪口を書いたことがあります。
こちらです

宿の予約が取れない程混むようになれば業者は宿代を値上げする。ったく商人というのは悪い奴等だ。しかも、たいていの宿の食事はお世辞にも美味しいとは言えない。

観光地にある食堂・レストランの酷さは思い出すだに腹が立つ。嵐山近くの食堂で「天重」を頼んだら、驚くなかれ!びちゃびちゃに濡れた天ぷらにびちゃびちゃに汁が溜まっているご飯。もう、不味くて私は半分残しました。これで1000円とはふざけんじゃねえぞ!お客をバカにしやがって!と思いましたね。

南禅寺近くの「湯豆腐料理」だって、別に、大した味ではありません。気どっているだけ。これで2000円と来た。たかが豆腐ですよ!従業員は和服を着ていかにも雰囲気を出していますが、アホくさ。

京都市に行ったら、街中か駅ビル内の普通のレストランに入った方がよほどマシです。もちろん、美味しい京都料理を提供する店もあるでしょう。それは、何万円も払っての話。

こうして京都に行く度に、京都に対する印象は悪くなりました。そこへ外国人観光客が押し寄せて来れば、もう京都はいいや、となります。その代わり、奈良(東大寺や興福寺は除く)や特に飛鳥にはまた行きたい。

分かってる。私の偏見や誤解がかなりあるであろうことも。


飛鳥の廃墟のような寺院跡や古墳などは古代史を知らない外国人には面白くも何ともないでしょうから、今もおそらく比較的静かでしょう。山の辺の道をもう一度歩いてみたい。貸自転車で飛鳥を回りたい。

しかし、本当は、わたしは京都にも行きたいのです。
寺院ではなく、寺町通りや他の裏道のように生活感のある所を歩き、お店をひやかしたり、小さなお寺や神社にお参りし、喫茶店で珈琲を飲みながら読書したり、店長を質問攻めにする。これがいい!

もっと贅沢をするなら、個人タクシーを呼んで観光化していない見所を案内してもらう。なんせ、商売とは言え、京都のタクシー運転手の知識は相当なものです。「ここだけの話」と、本音も聞かせてくれます。

舞妓さんを呼んで遊ぶとどれくらい費用がかかるか、とか、観光寺院の坊主達の悪さとか、葵祭の「斎王代」の女性候補がどのようにして決められ、どれだけお金が動いているかも、運転手が教えてくれました。


●外国人観光客が増えて儲けているのは宿とコンビニと京都バスとラーメン店か。

賞味期限のある和菓子は買わないでしょう。ばら売りを一個食べる程度。八ッ橋など美味しいと思わないだろうし。もちろん、料理屋には行かず、ラーメン店が主流。それよりもコンビニの安い菓子やサンドウィッチにペットボトルで済ますでしょう。この辺りの「節約」ぶりは見事。もちろん、タクシーは決して使わない。すべて、バスです。さもなくばひたすら歩く。日本人よりも体力がありますからね。御土産屋だって、せいぜい彼等が買うのは安い小物類でしょう。


●ギリシアでは「観光客の横暴さ」に観光地の地元住人が迷惑しているらしい。

京都でも同じでしょう。バスが満員で乗れないとか、普通の住宅地では観光客が煩いと思うでしょうし。また、祇園の舞妓さんが外国人観光客に着物を触られたり、追っかけ回されたりと迷惑しているらしい。※また、置屋とか暖簾があっても門が開いていると平気で侵入して来るらしい。

これは、マナーの問題もあるでしょうけど、認識の違いや行動習慣の違いも大きいのではないでしょうか?例えば、相手に触れることは、日本人よりも普通にすることでしょう。握手したりハグしたりが普通な人達には。

私も含め、「観光に来られる側の迷惑」というのを、心に留めておかなければいけませんよね。

問題は京都自治体の無為無策にあるのではないでしょうか。



はるばる外国から京都に来て、祇園でじっと舞妓が現れるまで待ち続け、ようやく現れた舞妓を見たら、ハシャギたくなる気持ちも分かりますね。日本人観光客にも、そういう人がいますから。

外国人観光客の間でも、芸妓より舞妓の方に人気が集まるようですね。だらりの帯に飾りを多く見に付けた愛らしい姿に目が止まり易いということでしょうか。

「幼いジャパニーズゲイシャ」に不可思議さや神秘さも感じているのでしょうか。

私が清水寺への坂を歩いている時、いわゆる、コスプレ舞妓、なんちゃって舞妓が現れ、外国人がワッと集まり盛んに写真を撮っていたのを思い出します。



2019.04.22 | | コメント(7) | トラックバック(0) | 戯けたライフ



現代ものを書く女性小説家:中山可穂は面白い!




私は活字中毒な本好きですが、現代ものを書く女性小説家で私の好みに合うのは少ないです。

つまり、時代ものでもなく、ミステリーでもなく、SFでもなく、いわゆる、現代ものです。

山田詠美、藤堂志津子、江國香織くらいか。桜木紫乃はミステリー系もあるけど挙げておきます。

最近、ブログ友のはぴらき様から、村山由佳と宮下奈都を紹介され、村山由佳の「ダブルファンタジー」や宮下奈都の「羊と鋼の森」が面白かった。


●女性小説家の描く「現代もの」の小説と言えば、

①人妻の不倫の恋
…なんたって、「よろめきドラマ」の中心ですから。昔も今も女性は「よろめきもの」が好物。
大岡昇平の「武蔵野夫人」や三島由紀夫の「美徳のよろめき」はまさしく「よろめきドラマ」の名作。が、男性小説家ゆえ、女性の描き方があまり上手くない。これはもう、女性小説家の得意とする所ではないでしょうか。ラファイエット夫人の「クレーヴの奥方」は女性小説家による古典ですね。

女性の「離婚願望」と「不倫願望」は現実はともかく、深層心理的には間違っていないと思います。

②家庭内の問題を扱うもの
…幸せそうに見える家族にも、一つや二つ、他人には決して言えない「傷」や「恥」や「苦悩」というものがあります。結婚問題もその一つ。中流~上流階級の家庭では、「苦労」は無くとも「苦悩」はあります。例えば、オースティンの「自負と偏見」「エマ」等は古典の名作ですね。

③女性の成長を描く。ビルディングスロマン。
…ロマン・ロランの名作「魅せられたる魂」はその典型。ロランは当時の男性小説家としては女性を上手く描いている方だと思います。女性の成長物語はNHKの朝の連続テレビ小説の定番になっていますね。シャーロット・ブロンテの「ジェーン・エア」は名作。最近では、上で挙げた宮下奈都の「羊と鋼の森」が良かった。
それと、私は藤堂志津子の小説が好きなのですが、最近も「プライド」「ひとりぐらし」を読み、一人、たくましく成長して行く女性の姿に感銘を受けました。

④純愛もの
…どこか少女漫画の延長線上にある感じもありますが、やはり、「純愛」という言葉の響きに女性は弱い。女性は何歳になっても、ピュアなものに惹かれます。江國香織の「きらきら光る」とか山田詠美の「放課後の音符」とか。

⑤官能系
…ポルノ小説ではありません。「愛」と「セックス」の問題は立派に今も文学的テーマです。
村山由佳の「ダブルファンタジー」は、いわゆる「ニンフォマニア」のヒロインが登場するのですが、内容的には真摯でして、女性の自立の在り方を必死に問う物語です。

⑥ホモセクシャルやバイセクシャルもの
…同性愛や両刀使い・二刀流の女性や男性を描く。これはもう、中山可穂(中山美穂と間違えやすいの注意)にとどめを刺す。他に松浦理英子も個性豊かな小説家。長編の「親指Pの修業時代」(河出文庫)は、⑥と③の複合した内容。突然ペニスと化してしまった足の親指を持つ一人の不器用な女性が主人公。一見、SFのぶっ飛び物語に思えますが、中味はひたすら真剣も真剣。「性愛」「同性愛」について、ここまで突き詰めて書かれた小説が過去にあっただろうか。

三島由紀夫の「仮面の告白」もこの類に入るかもしれません。

中山可穂さんは自ら同性愛者と公に明かしています。

そもそも自らLGBTと世間に明かすこと自体が大変なことでしょう。同性愛だからこそ、純愛も生まれれば、深刻な三角関係も生まれますし、子供をどうするか?という問題も生じます。

これらは立派に文学的テーマとなり得ますね。

ちなみに、中山可穂の「サグラダ・ファミリア」はこのテーマを真剣に追求した傑作と思います。読者の劣情を満たすようなキワモノ本とは全く違います。

①~⑥に無理矢理分類しましたが、実際は、これら複数の要素が重なっているのが普通ですね。

日本の文壇?ではこの世界の文学に対する評価が低いのではないでしょうか。偏見もあるのでしょうか。松浦理英子も中山可穂も「芥川賞」にも「直木賞」にも選ばれないというのは疑問です。私から見て、彼女達よりもずっと平凡で退屈な小説を書いている人が何人も受賞しているというのに。


いわゆるLGBT…正直に言いますと、私も偏見が全く無いとは言えないと思います。頭では理解したつもりも現実にビアンの人と自然にお付き合い出来るのか。


日本ではLGBTの割合は7.6%とのデータがあるそうです。明かせない人もいるでしょうから実際はそれ以上かもしれません。従業員100人の企業であれば7~8人となります。もしかしたら、あの女子社員はビアンか…と思った人はいましたが、分かりません。相手も私を、もしかしたら…と思っていたかもしれないからです。


nakayama.jpg

●中山可穂の世界

私がこれまで読んだのは、主人公、王寺ミチルの三部作、「猫背の王子」「天使の骨」「愛の国」。長編の「感情教育」、中編の「サグラダ・ファミリア」。宝塚三部作の中の「娘役」。短編集の「弱法師」「悲歌」「花伽藍」です。次に読む予定にしているのが、中山可穂の最長の小説、「ケッヘル」(講談社文庫・上下2巻)です。

王寺ミチルがその典型なのですが、少年的・中性的な風貌でありながら麗しき女性であり、ビアンであり、女たらしであり、演劇オタクであり、少し触れただけで血が吹き出そうな破滅志向人間…ともなれば、それだけで美しい世界。私なんかは読んで身体がカッカと熱くなります。

上の「猫背の王子」の表紙の絵ですが、知る人ぞ知る有名な絵とか。

中山可穂は女性小説家にしては硬質な文体※で、内容は激しくとも語り口は冷静と思います。むしろ、それだからこそ彼女のストーリーがリアリティを持ち、グワーッと噴き上がる情念の熱さを生むのでしょう。どこからか狂気の風が吹き込んで来るような趣きすらあります。

文章と内容のアンバランス…これがたまらない!

で、私、アッと思ったのは、私が語った彼女の小説の特長はノワール小説・ハードボイルド小説にも繋がるものなのだと。不条理な暗黒と絶望から崩壊へと突き進む情念。血の熱さ。それをどうすることも出来ない人間の姿です。大藪春彦、北方謙三、志水辰夫、大沢有昌、花村萬月の系列です。

最近、中山可穂がハードボイルドを書くようになったのも分かるような気がします。

「感情教育」から、印象的な言葉を一つ。中山可穂の信条でしょう。

「愛とはお互いの血を吸って生きることだ。魂は肉体の中にあるのだ」


中山可穂は寡作ですね。硬質な文体との関連がありそうです。


最近では、「レズ」とは言わず、「ビアン」と言う。
「レズ」という言葉は余りに手垢にまみれたので、同性愛者の間では厭われているとか。


松浦理英子も中山可穂も決して、メジャーな女性小説家ではないでしょう。その代り、熱烈なファンもいるらしい。よく探せば素晴らしい小説を書いている例は他にもいくらでもあるのでしょう。

例えば、村田喜代子も気になります。
私の世代ではあまり聞かない名前だし、書店でも目にとまったことがないのです。
しかし、芥川賞を受賞しているのです。どうなんでしょうね。



2019.04.19 | | コメント(8) | トラックバック(0) | 文学



白鵬バッシングもいい加減にしたらどうか:愚見を少々




横綱白鵬の実績は凄い。幕内最高優勝数は42回で歴代最高で第二位の大鵬の32回を大きく上回っています。その他、ウィキを見れば分かりますように、多くの記録で「一位」のオンパレードです。

まさしく大横綱としての実績です。

以前、白鵬が立ち合いで変化をする場面が何度もありました。そこで、相撲関係者は、「立ち合いで変わる注文相撲をとるのは、横綱のすべきことではない。品格にかかわる」との批判がありました。

これには、私も概ね同感でした。「横綱は正面から堂々と受けて立つもの」と思うからです。ただし、「品格」や「品性」のような文言にはひっかかるものがありました。

その後、今度は、立ち合いで「張り差し」をするのは横綱として問題だとの批判が出た。

更には、立ち合いで「かちあげ」をするのも横綱として問題だと言い出した。

最近では、立ち合いで「 白鵬は相手と呼吸を合わせず、常に自分本位の立ち合いを強要し、絶対的優位に立つから勝つ。ずるい。」と言い出した。

いやはや、よくもまあ、次から次へと、白鵬の粗を見つけて来るものです。

これらの批判が正しいのか否か、私には良く分かりません。しかし、ここまで来ると、やたら粗探しをして鬼の首でも取ったような顔して白鵬を叩く人達の大人気無さを私は感じます。

批判の根底にあるのは、
①横綱は「勝てば良い」というものではない。横綱らしいフェアで品格のある戦い方、勝ち方がある。
②卑怯でズルイやり方で勝っていくら実績を積んでも、大横綱とは認めない。

ということらしい。

しかし、相撲関係者がここまで白鵬の立ち合いをいちいち批判する背景には、
①モンゴル出身の横綱が強過ぎるのが、面白くない。
②日本人横綱が長く現れず、ようやく稀勢の里が横綱になった。が、早くも引退。

つまり、モンゴル出身の横綱に対するやっかみ、ねたみがあり、次から次へと粗探しをして白鵬を叩くのではないか。これはもう、一種のイジメというかバッシングではあるまいか?

「品格」なる抽象的・精神的なものを持ち出して白鵬を批判するのも如何なものか。一部の人は、「日本人と違ってモンゴル人は品格の意味も精神も分からないのだろう」、みたいなことを言い出す。※

「モンゴル人の横綱白鵬の優勝42回はズルイやり方で勝っただけ」として、過去の「偉大な日本人横綱」と比較して評価を下げることで、溜飲を下げているのでしょうか。

こういうのを、負け惜しみ、と言うのではないでしょうか。

なんか、みっともない。白鵬ではなく、

彼を叩く側の相撲関係者の方が。それに「便乗する」メディアも。



なお、私は白鵬のファンでもなんでもありません。それどころか、相撲は滅多に見ません。たまたま、スポーツ番組で相撲も出て来ますので、それで知る程度です。

しかし、同じ横綱としては、あの貴乃花よりはずっと「大横綱」と思います。


柔道を見ても分かるように、外国人選手は「勝てば良い」式の柔道がしばしば目につくことがありました。苦し紛れにタックルしたり、一つでも「指導ポイント」で優位に立つと、急に逃げまくって時間オーバーで勝利に持って行く等。

これは戦い方の良し悪しというよりも、勝負に対する考え方の違いがあるのではないでしょうか?

だからと言って、「真の柔道精神とは」を外国人選手に教えてどうなるものでもないでしょう。その代り、柔道のルールは頻繁に変わりますね。足を取りに行くのは禁止されましたし、審判から受けた指導の数で直接勝敗をつけることもなくなりました。しっかりと組んで競う方向に変わりました。

海外の相撲取りが増えつつある現在、「精神教育」みたいなことを言うよりも、相撲も立ち合いのルールを変えればいいと思います。それが出来ないのであれば、海外の人間を断れば良いのです。「日本人」だけでやればいい。

私はそんなことよりも相撲界で絶えない暴力や時代遅れな体質の方がよほど問題かと思います。



最近の「日本って凄い!」の流行の一つなのか、白鵬の問題に関連して、「日本人は戦い方に品格を求める」「武士道の精神」とかを持ち出す人がいるようですが、これについて反論をします。

日本人は「騙し討ち」「闇討ち」のような「卑怯」なやり方を得意として来た歴史がある。しかも、騙し討ちした側は非難されず、騙された側に対する同情もない。

有名な例は、ヤマトタケルによるクマソタケルの騙し討ちですね。しかも、ヤマトタケルは女装して騙し討ちをするという卑劣極まる方法で討った。それでもヤマトタケルは「英雄」扱いです。なんと、討たれたクマソタケルの弟はヤマトタケルを強者として称えながら死んで行くのです。

ここでポイントとなるのは、これが史実かどうかではなく、このような価値観が日本書紀・古事記に記されているという事実なのです。

今流行の室町時代でも、6代将軍の義教が祝宴の席で赤松満祐・教康父子によって騙し討ちにあっています。ところが不思議なことに、赤松父子は不問とされたのです。

個人対個人では、巌流島での宮本武蔵と佐々木小次郎の対決が有名ですね。武蔵はわざと約束の時間に遅れて着き、いらつく小次郎に、「小次郎、敗れたり!」と言葉で嘲笑い、小次郎を討ちました。これも、「武士にあるまじき卑劣なやり方だ」と、武蔵が非難されることはあまりなく、心を乱した小次郎の方の未熟さが非難されるのです。

「勝負は勝てば良い」、さらには、「騙す方より騙される方が悪い」は、日本人の歴史にも脈打っているとも言えます。現代でも、特にビジネスの場では「騙される方がバカ」「嘘を見抜けなかった方が愚か」との価値観が生きている例はいくらでもあります。「信じて騙された私がバカだったのネ」というわけです。

もちろん、これは一面的な見方でしょう。「罠をかける」ことの卑劣さを言うよりも、「罠にハマらない用心」の方が、人生訓として日本人の心にしっくりと来るのかもしれません。

しかし、白鵬をダシにして日本人の素晴らしさを言う連中にはこんなことを言いたくもなります。


仮に、白鵬の立ち合いに問題があるとしても、彼の術中にハマる相手の関取に対する非難は無いんですね。これは、過去の歴史に見る価値観やビジネスの世界の価値観とはかなり違うようです(笑)。




2019.04.19 | | コメント(10) | トラックバック(0) | 戯けたライフ



嗚呼ッ、ノートルダム寺院が火災に!




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衝撃的でした。テロか!?と思いました。

世界文化遺産のノートルダム寺院はゴシック様式の石造建築だから火事とは無縁と思っていました。しかし、実際には建物の屋根部分の構造には木材が多く使われていたそうですね。

不幸中の幸いで、全焼ではなく再建は…長い時間と多額の費用を要する…可能とか。

しかし、ノートルダム寺院が燃えている映像に多くのフランス人がショックを受け、涙したことでしょう。パリは第二次世界大戦のナチスドイツに占領されたけど、パリの文化遺産は無事に生き延びたという歴史もあります。※

私はテレビや本でしかこの寺院の荘重さや美しさを知り得ませんが、実際に見たらさぞかし圧倒されることでしょうね。フランスのキリスト教の歴史においても、建築文化においても、またここが発祥の地でもあった中世~ルネサンスの音楽の発展の上でも大きな存在ですしね。

私が飛行機に乗れたら、エッフェル塔や凱旋門よりも、真っ先にお参りしたい寺院です。

もしも、これが日本で伊勢神宮や法隆寺が燃えたらショックですよね。木造建築だから火事になったらあっという間に全焼するでしょう。世界文化遺産や国宝の多くが木造社寺ですから防災対策は大変だ。

悪い事を想像するだけでゾッとします。

法隆寺だって壁画が燃えたし、金閣寺の火事は有名。


ノートルダム寺院はパリの象徴でもあるそうですが、我らが東京の象徴は?

残念ながらノートルダム寺院に匹敵するようなものはないですね。歴史的建造物は地震や火災や空襲でほとんど廃墟となって消えましたから。

浅草寺?ちょっと、苦しいな。。。

東日本大震災の時には、ノートルダム寺院は日本語で祈りを捧げてくれたとか。
日本側も支援をしなければいけませんね。



ドイツ軍のパリ市防衛司令官はディートリヒ・フォン・コルティッツだった。
戦況が悪化する中、ヒトラーはパリ死守にこだわった。
そして、
「パリは敵に渡してはならん。さもなくば廃墟とすべきである」
とのヒトラーの指令がコルティッツに下りた。
さっそく、コルティッツはパリ破壊の準備を始めた。
セーヌにかかる橋やノートルダム寺院、ルーヴル美術館、
エッフェル塔といった主要な建物も爆破の対象になる。
爆薬の準備は完了し、あとはゴーサインを待つだけの状態だった。

しかし、結局、爆破が実行されずに終わった理由は諸説あるそうですね。
コルティッツが命令を拒否したとか、
スウェーデンのパリ駐在大使が爆破を止めるようコルティッツを説得したとか。


2019.04.17 | | コメント(10) | トラックバック(0) | 歴史・文化



新聞社や出版社は大活字を使え!:愚見を少々




……「大活字本」読みやすい、高まるニーズ…高齢者から好評、難点は「少ない」「高い」……
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どこぞのコマーシャルではないけど、「字が小さ過ぎて読めない」と悩む高年・老年の人が多い。

新聞も書籍も読みたくても、拡大鏡の助けが無いと読めない。拡大鏡もなかなか目に合わない。目が疲れて途中で読むのをあきらめる。やがて本や新聞を読まなくなり、仕方なくテレビを見る。こういう人達が増えていると思います。

私のような中年でも、古い文庫本…1ページ当たり19行もある…は字が小さく、ぎっしり詰まっていると読書意欲がいささか減退します。事実、目が疲れます。

●新聞社や出版社は新聞、単行本、新書、文庫本と、全て大活字使用へと踏み出すべきと思います。

高齢化が進むにつれ、字が読めない為に新聞や本を読まなくなる人口が増えます。

しかし、本を読む時間とお金のゆとりがあるのは高年・老人層なのです。その証拠に、新聞の読者層は年齢が上がるにつれて増えることがデータでも明らかです。一般の書籍については年齢による差は今の所は明瞭ではないようですが、高齢化と共に実質的に読書年齢も上がります。

ところで、教科書のように目に問題の無い中学生が読む教科書の文字は大きい。それが、目の老化の進む高年齢者が読む新聞や書籍の文字が小さいというのは、奇妙な現象です。

要するに、字を大きくするとページ数が増えるので本の価格が上がる…すると本を買う人が減る・だから出来ない・それでなくても出版業界は万年不況だ…ということなのでしょう。

バカだなあ。どこか大手の出版社が勇気を持って大活字本に切り替えたらどうか。少々値段が高くなるのと、本が読みたくても読めず読者を失うのと、どちらの方がマイナスが大きいのか考えて見よう。

もっと大きな文字で楽に本を読みたいという高年・老年層の強いニーズがあるんですよ。

☆最近、拡大鏡のテレビCMがやたらと増え、ウルサイ。
私の知っている人で拡大鏡を買って試したところ、目に合わず頭に来たという例を複数知っています。

だいたい、メガネの上から拡大鏡をつけて気持ち良く本が読めますか?
読める人もいるでしょう。が、合わない人も多いのです。

出版社や新聞社は本や新聞が売れなくなったと愚痴を言うより、積極策を講じろ。

旧態依然とした発想ではダメよ。



2019.04.16 | | コメント(6) | トラックバック(0) | 戯けたライフ



2019年フィギュアスケート国別対抗戦:完




宇野昌磨選手が新たな取り組みとして、3A-4Tや、4T&3Aを練習しているそうですね。

何だか、心配だなあ。。。大丈夫か?

ううむ。。。また、モノ申したくなって来たわ。

そりゃあ、宇野選手がどんな取り組みをするも宇野選手とコーチの自由選択よ。

わたし如きがアレコレ言う筋合いは無いことは百も承知です。

ひたすら見守り、応援していればいいのでしょうけども。

しかし、何だかなあ。。。

そもそも、宇野選手は4回転ジャンプが昨シーズンからずっと安定していませんよね?

そんな状況の中で、新たな取り組みでしょうか?

優先順位が少し違うような気がする。

羽生選手は全ての4回転ジャンプを跳べるよう猛練習するとか。

宇野選手も羽生選手も、4回転ジャンプの鬼とでも言うべきネイサン・チェン選手の凄さに当てられちゃった??

チェン選手の4回転ジャンプ…あれは、彼の特殊能力ですよ。

4回転ジャンプ合戦になったら、チェン選手には誰も敵わないと思います。

宇野選手は一つひとつのジャンプの質を高める方向で取り組むのが最優先ではないかと。

スピンやステップも音楽表現も同様に。まだ伸びしろがありそうだし。

怪我も多いようだし、何か、怖い方向に彷徨い始めたのかと心配になって来ました。

失礼な言い方ですが、いくら大風呂敷を広げても、内実が伴わなければ。。。


☆実は、私は世界フィギュアを見ることが出来ませんでした。理由はテレビアンテナと配線の故障の為だったのと、これを私がしばらく放置していたからです。テレビを見なくても意外と痛痒を感じなかったわ。

☆国別対抗戦は採点が甘くなる傾向(加点や演技構成点)があるので、パーソナルベストとか世界最高得点とかは「参考」程度にしておく方が無難です。コーチや選手もたぶん、分かっていると思います。

●選手について、一人のファンの身勝手な「イチャモン?」も書かせて頂きますm(__)m


■ショートプログラム

●紀平選手、3Aを決めましたね。良かった!彼女が定位置でポーズをとった時の笑顔を見て、「あ、これはイケル!」と感じたファンは多かったのではないでしょうか?表情がソフトだったのです。

【紀平選手の課題:準備能力に弱点か】

スケート靴がユルユルになって調整に苦労しているとか、ブレードについて非常に細かく手を入れているとか、筋肉の細部の調子について非常に気にしているとか、これらについてメディアは好意的に報道しています。「さすが、一流の選手はこういう細部にまで目を配っている」とか、「完璧主義」とかですね。

なるほど、それらは美点かもしれません。

が、視点を変えれば弱点にも繋がるかもしれません。弱点とは、事前の用意や準備に何かが欠けているのではないか?そして、過剰なまでの完璧主義というのは、むしろ、精神的な弱さの現れではないか。3Aですっぽ抜けという最悪のミスを繰り返す原因には色々あるにせよ、その背景にかかる弱点が深く関わっているのではないかと思います。メンタル、あるいは、心構えの問題かもしれません。

もちろん、紀平選手はまだ16才です。

しかし、過去の一流選手達の16才の頃に、紀平選手のように細部に対する過剰に神経質なまでの反応を示したり、試合直前まで、ああでもないこうでもないとバタバタしていただろうか?

年齢から来る弱点もあるにせよ、紀平選手特有の弱点ではないでしょうか?

「彼女の演技には弱点が無い」とは、ロシアフィギュア界も認めています。が、演技以外の所に弱点がありそうです。もちろん、紀平選手は克服してくれるものと期待しています。

紀平選手は来季からは4回転ジャンプを取り入れる予定ですし、たぶん、本番で決めると思います。私には非常な楽しみになりますし、それと同時に、彼女の弱点との戦いにもなるかもしれません。

●トゥクタミシェワ選手、素晴らしかった!女子選手は3Aを跳ぶ際、どうしても「ヨイショッ」って感じがありますが、トゥクタミシェワ選手はサクッと跳んでしまいます。あまり腕を振り上げたりしないで、長い助走のカーブからのタイミングと足腰のバネで高さを出している感じです。その代り、助走が長いのが弱点にはなりますが。

坂本選手とトゥクタミシェワ選手は足腰のバネが凄い。まさに、ゴム毬のようにピョーンと跳びますね。

☆松岡修造さん。私は松岡さんを特に好きでも嫌いでもありません。が、坂本選手に対し、「自信になりましたか!?」と強く迫り、坂本選手に無理矢理っぽく「自信になりました」と言わせ、「ご本人から『自信になった』との言葉がありました!」なんて…もうそろそろ、この手のインタビューは止めましょうよ。

●ブレイディ・テネル選手。この選手は技術系の職人みたい。スピンが上手いですよね。日本人女子選手で全てのスピンが見せ場になる例は、あんまりいないなあ。中野友加里さんのドーナッツスピンくらいか。もちろん、宮原選手のレイバック~ビールマンも素敵ですけども。

ただ、テネル選手は惜しい事に、エモーショナルな雰囲気に乏しいわね。妖艶さ、セクシーさ、可憐さ、華麗さ、どれもが乏しいというかほとんど無いくらい。無色透明ではなく、無色中性。なまじエレメンツ系が非常に優れているだけに余計それが目立ちます。

●宇野選手。やはり、私が懸念した通りの展開でした。フリーもこのような感じであれば、事態はちょっと深刻かもしれません。何かが行き詰まっているように思います。

宇野選手は4回転ジャンプのランディングに変なクセみたいなものがあり、これが3回転ジャンプとのコンビネーションを難しくしていますね。セカンドジャンプが3回転に出来ず、2回転になる場合がしばしばあります。やはり、ジャンプ一つひとつの質を磨くことが先決ではないでしょうか。4回転ジャンプはサルコウを封印し、フリップとトゥループの二つに絞り、場合によっては、今回のネイサン・チェン選手のようにショートでは4回転は1本にする手もあると思います。

●ネイサン・チェン選手。ショートで4回転トゥループ1本とは、「余裕をかまして」くれたわ(^o^)。
また、今回の演技を見て、彼が決してジャンプだけのスケーターではないこと、踊れるスケーターであることを証明しました。ステップで見せる軽快な足さばきとフリーレッグの使い方の美しさったら!!

●ヴィンセント・ゾウ選手※。4回転ルッツで両手を上げるタノをやるって、君ィ~、あのなあ(^_^;)。3回転ルッツでも両手のタノはメチャクチャ難しいんだゾウ。いったい、ゾウなっちゃってるの?

●アイスダンス:パパダキス/シゼロン組。凄過ぎ。。。
もう、冒頭の滑り出しからセット・オブ・ツイズルを見るだけで私は酩酊状態。美し過ぎる!特に男性のシゼロン選手は上手いわねえ~。あのスケートの名手、パトリック・チャンさんも真っ青ってレベルでは?

解説者が、「音楽を聴きながらツイズルが出来る…」とか言っていました。いや、そう思えるような素晴らし出来でした。男性が少しだけバランスを乱したようにも見えましたが。スピンで高速回転している時も選手は音楽を聴きながら、それに合わせてポジションを変えたり、上手く終えたりしているのかしら?

アイスダンスでは、しばらくはパパダキス/シゼロン組の時代が続くでしょうね。

※名前の発音はゾウなのか、ジョーなのか。今のところ、ゾウとしておきます。

※Lai様から頂戴した情報より、

…平凡社がメディア向けのガイドラインを発表していますが、これによると「Zhou」は「ジョウ」となっています。

とのことです。また、「ジョウ」の方が原音に近いそうです。



■フリースケーティング

テレビ観戦が出来ませんでした(;O;)。動画で宇野選手の演技を見ただけです。

●宇野選手。

演技後半の3A-4Tは「ナイスチャレンジ」なのでしょうか?そういうことにしておきましょう。

羽生選手の4T&3Aのシークエンスジャンプへの対抗意欲を示したかのな?

確かに、決まれば巨大な得点源にはなります。

4F-3T、単独の4Fを決めたのは、さすが!、と思います。

しかし、他がいけない。乱れたジャンプがいくつもありましたし、ステップではレベル2(たぶん、転倒等で体力を消耗していたのでしょう)でした。

動画ではハッキリとはしませんが、ベートーヴェンの「月光」の情感にも乏しかったように見えました。ジャンプに気が行って、しかも、余裕が無いので音楽表現の方がやや「御留守」になったのでしょうか?

本来ならもっと情熱的な演技が出来ると思うのに。

ネイサン・チェン選手がジャンプの難度を下げて演技し、その分の余裕を音楽表現に注いで成功していました。これは宇野選手にも参考になるのではないでしょうか。

気になることがあります。演技構成点の評価がゾウ選手やメッシング選手の評価とほとんど差が無くなっていることです。ジャンプでミスが複数あり評価が伸びなかったのでしょうが、理由はそれだけでしょうか?

5回転トゥループに挑戦する?

本気で言っているのでしょうか?

羽生選手、チェン選手、ゾウ選手に負けられない、何としても!との強い意欲の現れでしょうか。


競技用プログラムの振り付けですが、今は樋口美穂子さんの振り付けオンリーですね。ショートプログラムだけでも他の振り付け師に頼む手はないでしょうか? ジャンプだけがチャンレジではありませんし。何か突破口を見出すきっかけになればいいかなあと。もちろん、音楽表現の更なる進化の為にも。

●ブレイディ・テネル選手。いや、凄かった!恐れ入りましたm(__)m。やはり、スピンが上手いというのは良いですね。演技の最後に2本のスピンを連ねて盛り上げてエンディングをばっちり決める!お見事!手足が長いとスピンの見栄えも良くて、やはり得だなあと思います。

●トゥクタミシェワ選手も素晴らしかったです。少し、体重が落ちスラリとしましたか。顔も少しほっそりした感じ。身体が絞れていますね。これも好調の原因ではないでしょうか。この調子が持続出来ればフリーにトリプルアクセル2本入れることも可能じゃないかしら?これなれば、ロシア女子のトップスリーに入れるよ。

お二人のように二十歳を超えたスケーター達が頑張ると嬉しくなります。

●坂本選手。頑張りましたね。ほんと、頑張ったって感じです。スケーティングが良く伸びること伸びること!見ていてこちらまで爽快な気持ちになります。

●紀平選手も頑張りましたよ。かなり緊張していましたか?出だしの動きがどこかギクシャクしている感じがして、「大丈夫かな?」と気になっていましたが…冒頭のトリプルアクセルで派手な転倒がありましたが、すっぽ抜けるより遥かに良いと思います。もちろん、転倒は身体に衝撃があり疲労の原因になるので避けたいでしょうけど。

「身体がガチガチで動かなかった」とはどういう意味?。筋肉疲労?いや、他の選手達より若いのですから、意味合いが違うのではないかと想像します。疲れ、という点では他の選手達も条件は同じですから。ショートプログラムで気合いが入り過ぎるとフリーに響く、というのは他の選手からも聞いた記憶があるので、それかな。


☆フィギュアスケートを取材している3人の対談記事が連載されており、興味深いです。
記事はこちら

トリプルアクセルの伝統のことは私がずっと以前から強調して来たこと<(`^´)>。

この3人の方々、中野友加里さんに触れていないのが残念です。成功率は低かったかもしれませんが、中野さんだってトリプルアクセルを何度も跳んでいたのに。

それと、忘れてはいけないことがあります。安藤美姫さんが4回転サルコウを跳んだことは?この後の連載で触れるのかどうか。わずか一度成功しただけ?だったかもしれませんが、今から10年以上も前に日本の女子選手で一人だけ4回転ジャンプに挑んでいたこと自体、破天荒なことでした。

紀平選手がその後継者にもなったら凄いことですね。紀平選手なら出来る!!


●今季の採点ルール改正の問題について。

今季は大幅なルール改正がありました。3Aや4回転ジャンプの基礎点がグッと下げられ、GOEの加点・減点の幅が7段階→11段階に広がり、演技後半で基礎点が1.1倍されるジャンプの数が制限される、転倒による減点が大きくなる等です。これらは、演技がジャンプ競争気味でジャンプに偏りがちだったものを抑制し、歯止めをかけるする狙いがあったと思います。しかし、今季を見る限りルール改正の効果が出たのか疑問です。

たぶん、少なからぬファンが感じているのは、GOEの加点が「甘くなったのではないか?」という疑問です。ジャンプがほぼ綺麗に決まれば、旧ルールの時よりも加点が多く出るようになりました。もちろん、ミスをすれば減点も大きくはなりましたが。それゆえ、男女共、昨シーズン以上に高得点が続出する結果になっています。

高難度ジャンプ偏重の流れに歯止めをかけるどころか、むしろ、掉さす結果になっています。4T&3Aや3A-4T、さらには5回転ジャンプも目指すという選手が出て来る等、エスカレートするばかり。

男子は4回転ジャンプは3種で計4回跳ばなくては勝負にならず、女子でも3Aを跳ぶ選手が増えだし、4回転ジャンプを跳ぶ選手が複数で始めました。この流れは止まらないでしょう。

私はGOEの加点が甘くなったことも改善点と思いますが、もう一つ大事なのは、演技構成点も甘くなっていることです。甘いと言うよりも、差別化が不十分なのではないかと思います。

つまり、ノーミス演技をすると、表現技術やスケーティング能力が非常に傑出しているとは思えない選手でも非常に高い演技構成点が出るのです。これで良いのでしょうか?

ジャッジも今季の結果を踏まえ、採点傾向の見直しが検討されるものと思います。それなくば、採点のインフレ傾向と、トップ選手の年齢の下降傾向に歯止めがかからなくなる恐れがあると思います。

国際スケート連盟は演技構成点のルール改正についてはほとんど手を触れません。基準の見直しが急務と思うのですが、何故かなかなか改正をしませんね。

フィギュアスケートが女子体操のように最盛期が15才~19才くらいになり、演技のアクロバット化が進みます。いや、既になりつつあると言えましょう。体操競技はまだそれも有りかもしれませんが、フィギュアスケートでは「スポーツと芸術性」を謳っている以上、女子体操のようになるのは疑問です。




2019.04.11 | | コメント(16) | トラックバック(0) | フィギュアスケート・大会



豊かな音楽:ハイドンのラルゴ






作曲:ヨーゼフ・ハイドン(1732~1809)
曲名:弦楽四重奏曲第79番ニ長調より第2楽章「ラルゴ」
作曲時期:1797年 ハイドン65才の作品

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ラルゴ(largo):幅広くゆるやかに
速度記号の一つで、イタリア語で「広い」という意味。英語のlargeと同じ語源。演奏の際、次の音に移動するまでが「幅広い」と時間がかかる。つまり、速度は自然と遅くなる。アダージョと同じかそれよりも少し遅いくらい。


●せかせか、そわそわ、あくせく、じたばた…これが東京に住み、お勤めをしている私の日常です。朝、耳障りな音を鳴らす目覚まし時計に菅原道真の怨霊の如く恨みの目を向け、「ア~ア」と大きく伸びをして起きあがる。私はいわゆる、「フクロウ型」※なので、朝に弱い。起きてから30分くらいは頭がモ~ロ~としています。

お湯を沸かしながら、顔を洗い、そそくさと朝食(トーストにハムエッグに刻みキャベツにコーヒー)を済ませ、歯を磨き、身だしなみは最小限にとどめ、テレビ画面に表示されている時刻の進みの速さに平将門の怨霊の如く恨みの目を向け、舌打ちしてテレビを消す。火の元や戸締りに注意しつつ出かける。

それだったら、あと15分早く起きればいいのにと分かっていても、ダメなのです。

ドアの閉まる寸前の電車に飛び乗り、満員電車の中で今日の仕事を思い浮かべ、最寄りの新宿駅で降り、会社まで400メートル程の道のりを歩く。途中、赤信号にぶつかる度に、チェッ!と舌打ちし、青に変わる寸前にはせかせかと歩き出す。

それだったら、あと15分早く起きればいいのにと分かっていても、ダメなのです。

仕事が始まれば上司から、「この仕事急ぐから」と指示され、「お~い、まだ終わらないか?」「遅い!」と催促され、「はいはい、ただ今」と答えるやいなや、電話で他部門から「昨日頼んだ件、まだそっちから回答がないんだけど、どうなってる?」と責められる。ウルセーナ!と思いつつ、「申し訳ありません。もう、まもなく折り返せると思います」と答え、ホッと一息つくと再び上司から「それと、この仕事も頼むよ。」と別の仕事を与えられる。ふたたび、上司から、「まだか、まだ終わらないか?」の催促。社員の一人と打ち合わせをしている上司の横顔に対し、崇徳上皇の怨霊の如く恨みの目を向ける。

外に出ても、ケータイやスマホで上司から、「今、どこにいる?1時間に1回は報告を入れろ」と催促され、「はいはい、かしこまりました」と答え切ると、スマホに向かって「バカッ」と叫ぶ。

…………

●ハイドンのラルゴを聴く度に思う。
なんと豊かで健全な音楽なんだろう!と。
ハイドンの肖像画のように顔に軽い笑みを浮かべながらゆったりと、しかし、確かな足取りで歩く老人の姿。充足した人生を歩んで来たであろう老人を彷彿とさせる音楽。私もこの音楽のような充実した人生を歩み、65才を迎えられたらどんなに良いだろう、と思う。

この音楽を聴く度に、「もっと、ゆったりと、おおらかに生きてごらん」「落ち着いて。ゆっくりとやれば、むしろ早く終わりますよ」と、アドバイされているように聞こえます。

私のような「セカセカ病」の都会っ子には、ハイドンのラルゴは最良の妙薬です。


●ベートーヴェン以降の音楽と比べると、バッハやモーツァルトやハイドンの音楽は物足りなく感じます。平明で綺麗な音楽なのですが、山も谷も無く、淡々と進むので少々退屈してしまうのです。モーツァルトの方は日本でも人気が出ていますが、ハイドンは不人気です。「私はハイドンのファンです」という人は聞いたことがありません。

しかし、ベートーヴェン以降の音楽は文学と結び付き、喜怒哀楽の表現が過剰になっているとも言えます。しまいには、ヒステリーやノイローゼや分裂症のような音楽にまで深刻化します。マーラーの交響曲のように。

その点、ハイドンの音楽はそうした「ビョーキ」から逃れていて、清明で健康的な音楽に聞えることがあります。聴き手の気分や年齢によって、ハイドンやバッハの音楽が素晴らしく聞えるというのは事実です。

ハイドンのラルゴは、落ち着いてゆったりとした心持で耳を傾ければ、これが素晴らしい音楽と分かります。



ドイツだかイギリスの心理学者による本で読んだ記憶があるのですが、人間には朝の目覚めにより、「フクロウ型」と「ヒバリ型」に分けられるそうです。

寝起きがわるく、アクビやため息をし、機嫌がわるいのが「フクロウ型」。逆に、起きるなりほがらかで、歌を口ずさみながら顔を洗い、笑顔で朝食をとるのが「ヒバリ型」。

この両者は心理学的にはノーマルで、時間の経過とともに違いは次第に無くなるらしい。

そうかなあ?

血圧の高い低いによる影響か、単なる生活習慣の違いではないかと私は思うのですが。




2019.04.10 | | コメント(8) | トラックバック(0) | 音楽



フィギュアスケート:3人の日本選手に、あえて、モノ申します(^_^;)




私はフィギュアスケートの選手達の演技や言動について批判めいたことを書くのはずっと控えて来ました。

①必死に努力している選手達に私が偉そうにモノ申すのも、ちょっと。中傷・誹謗と受け取られるのも業腹。
②一部の政治家や知識人や商売人への批判だけで精一杯だった。


【羽生結弦選手の「負けは死も同然」発言について】

きっと、羽生選手の本心であり、そのくらい必死に戦っている証拠なのでしょう。悔しさもあった。
自ら逃げ道を塞ぐ覚悟をハッキリと示したのかもしれません。
なかなか言えない言葉です。

しかし、世に日本代表になれないレベルの選手はゴマンといます。彼等・彼女等とて人生の多くをフィギュアスケートにささげ、一生懸命に戦っているのだと思います。才能の差か練習環境の差か、何かしらの理由でトップにまでは至らないレベルで頑張っている選手達のことを考えますと、羽生選手のこの言葉はどうなるのでしょうか。

私が最も気になったのは、
①羽生選手がこの言葉を発したのは、聞かれて咄嗟に自然に出たものではなく、「用意していた言葉」「計算された言葉」に聞こえることです。これが私が違和感を覚える理由の一つです。少なくとも、羽生選手は口から出まかせの軽口や冗談でこの言葉が出たのでは決してありますまい。

②そして、羽生選手が誇張したとは言いませんが、この言葉がどんな影響を人に与えるか彼は良く知っていたと思います。つまり、「五輪を2連覇した羽生結弦は、さすが、他の人とは言うセリフが違うだろ?別次元だろ?」みたいな雰囲気。これが私が違和感を覚える第二の理由です。

③観客もファンも、羽生選手が2位に終わったからと言って、勝てなかったからと言って…残念には思えど…誰も批判はしませんし、それどころか彼の演技に味わいが増していることを称賛するでしょう。特に、あの気迫に満ちたフリーの演技には私も感動しましたし、羽生ファンの多くが涙したと思います。

負け惜しみではなく、フィギュアスケートの演技には…それが点数に反映されなくとも…選手個々の魅力というものがあります。滑りだすだけで放射されて来るオーラや色気や輝きや優美さ等。羽生選手にはそれがあります。少なくとも、優勝した選手よりもずっとそうした魅力を感じます。もちろん、年齢から来る熟成度もあります。ある意味、それは勝った負けたよりも大切なものかもしれません。特にフィギュアスケートでは。私と同じように思うフィギュアファンは多いのではないでしょうか?

マスコミは優勝を盛んに煽りますが、ファンは必ずしもそうではないでしょう。
それよりも、羽生選手自身が納得出来る演技、全ての力を出し切った演技を期待しているのではないでしょうか。結果、優勝したらそれにこしたことはありませんが。ネイサン・チェン選手が完璧に演技をしたら、たぶん、羽生選手を上回る得点と順位になるでしょう。これは仕方のないことです。負けが死も同然なんてことは全くありません。

ソチ五輪では期待された浅田真央選手は表彰台に上がれませんでしたが、あれは「負けは死も同然」でしょうか?とんでもない。多くの観客を感動させたではありませんか。確かに、試合には負けました。しかし、一人のフィギュアスケーターとしては「大勝利」だったのではないでしょうか。

それゆえ、羽生選手の口から、「負けは死も同然」というセリフは聞きたくなかったです。


【宮原知子選手がトリプルアクセルを習得すると宣言したそうですが】

遅いですよ。今頃になって。
私は4年も前から宮原選手は4回転かトリプルアクセルを見に付けないとロシア選手には勝てない!と強調して参りました。が、宮原陣営にはそのような気配はありませんでした。事実、平昌五輪では宮原選手は最高の演技をしましたが、表彰台にも届きませんでした。日本のエース宮原選手にとっては辛い結果だったでしょうね。

で、紀平選手が3Aを、ロシアのジュニア女子選手が4回転ジャンプを決めているのを見て、大いに刺激されたのでしょう。宮原選手もアスリートである以上、優勝したいという気持ちは強い。

しかし、宮原選手は21才です。長洲未来選手の例がありますので3A習得は不可能ではないかもしれませんが、かなり厳しいんじゃないですかね。何故なら、豪快なジャンプを持つ樋口新葉選手ですら、18才の今もなかなか3Aが試合に使えるレベルになっていないのです。

年齢的には、同じく3Aの習得の宣言をした坂本花織選手の19才が限度じゃないでしょうか。彼女の大きなジャンプを見る限り、十分に可能でしょう。

宮原選手の弱点はジャンプに向かう際に「思い切りが足りない」ことでしょう。いつも本人自らが「思い切りが足りなかった。慎重になり過ぎた」と言っています。これで難しい3Aを試合で決められるでしょうか。

宮原選手はここまで来たら、ミスを頻発させているトリプルルッツやトリプルサルコウの改善と、今取り組んでいるジャンプの全面的な改良(もっと高さと美しさを目指す)に専念した方が良いと思います。彼女の長所である音楽表現もまだまだ進化出来ると思います。あえて言わせてもらいますと、優勝よりも宮原選手の個性を伸ばす方向が良いと思います。私は3Aよりも、宮原選手の個性がより発揮された美しい演技が見たいです。


【紀平梨花選手が同じミスを繰り返すのが気がかり】

ショートプログラムの冒頭の3Aのミス。何回同じ場面を見たことでしょうか。「ああん、もう、しっかりしてくれッ!」と叫びたくもなります。もちろん、嘗ての浅田真央さんやトゥクタミシェワ選手も苦労しているのを見れば分かりますように、女子選手にとって3Aは非常に難しいジャンプなのでしょう。素人が想像するよりずっと難しいのでしょう。

しかし、紀平選手の場合は公式練習でも6分間練習でも3Aをバンバン決めているのです。それも、「何とか降りた」「やっと決めた」レベルではなく、高い確率で完璧に決めているです。

つまり、3Aのミスは技術的問題ではなく明らかにメンタルの問題でしょう。

昔から、「(海外の選手と比べ)日本人選手は本番に弱い。プレッシャーに弱い。萎縮する。緊張し過ぎて失敗する」とよく聞かされて来ました。これがどこまで科学的根拠があるのか怪しいですが、結果としては当たっているケースが少なくないようです。すると、紀平選手にも同じ弱点があるということでしょうか。

トラウマにならなければ良いのですが。。。

まだ16才だから、そこまで大袈裟に考えなくても良いのかもしれませんが。

さて、来る国別対抗戦での紀平選手のショートプログラムに注目ですね。この大会は割とお祭り気分で行われる雰囲気もありますのでプレッシャーは少ないのではないでしょうか?

ここでまたしても3Aで同じミスを繰り返すようであれば、事態は深刻です。

現行のルールでは、ショートプログラムでのジャンプの規定違反は0点になります。3Aは綺麗に決まれば基礎点と加点の合計で10点は稼げますので、成功と失敗では天と地の差になります。

素人考えですが、深刻な場合の対策としては、

①専門家の指導によるメンタルトレーニング・イメージトレーニングの実施
②ショートでは3Aをしばらく封印する。

③3Aを冒頭に跳ばず、2番目に跳ぶ。
紀平選手の完成度でしたらほとんど問題無く跳べると思うのです。むしろ、最初に単独の3ルッツか、3F-3Tのコンボを持って来て、身体が暖まり始めた所で3Aを跳ぶ方が決まり易いのではないかと。

どうでしょうか。。。ダメかなあ。。。


以上、3人の選手について偉そうに言いたい事を書きましたが、あくまで応援したい気持ちで言わせてもらいました。そもそも、応援する気の無い選手であれば私は何もコメントは致しません。




2019.04.09 | | コメント(22) | トラックバック(0) | 日本人選手達



書籍に見る「元号 vs 西暦」の傾向




>出版社は日本文化や伝統の一翼を担う存在です。
そこで、出版社が元号と西暦、どちらを用いているか調べてみました。

●歴史・時代小説における元号vs西暦
昔は単に、天保元年、とだけ表記する小説によく出会い、その度にいちいち西暦を調べなければならず、私はイライラさせられました。最近では、天保元年(1931年)と両方を併記するのが当たり前になって来ました。

また、元号だけの表記だと、実在した歴史上の登場人物の年齢を知る上でも非常に不便でした。


●本の巻末に見る元号vs西暦
どの本にも、
①発行日:初版第一刷の年月日など。
②この作品が雑誌や新聞紙上で連載された又は単行本として発刊された年月日など。

が元号または西暦で記されています。

①を元号で表記している出版社
新潮、角川の2社のみ。
まあ、新潮はあのヘイト本雑誌を発行しているように、極めて保守的ですから。

①を西暦で表記
文春、小学館、講談社、岩波、中公、集英社、徳間、光文社、筑摩、河出、平凡社、ハルキ、全て西暦表記。

②を元号で表記
新潮、角川の2社のみ。
ところが、新潮文庫には西暦表記も散見されます。
社内で「元号派」と「西暦派」の派閥争いがあるのか?

②を西暦で表記
①と同様、12社は全て西暦。

つまり、西暦派の圧勝です。
出版社の本音としては、不便な元号は避けたいのでしょうか?しかし、「日本の誇る、元号」、この伝統文化を出版社の大多数が用いないというのは、どうなんでしょうか?

ここは、新潮と角川の「踏ん張り」に期待しましょう(^o^)


●皆さん、そこでお立ち会い!
「我らが保守&右翼の希望の星」、産経新聞社と扶桑社はどうなっているでしょうか。

この両出版社による本が各一冊、私の手元にあります。

㋑産経新聞社版「絶対に誤りを認めない政党・日本共産党の研究」

①については、「平成28年6月1日 第1版発行」

ちゃ~んと、元号で記してあります。西暦は使わない。さすがは産経新聞社!(^_^)/

…と思いきや、

②を見たら、「本書は、2015年8月から産経新聞紙上で不定期に掲載された…」

とあるではありませんか!

嗚呼!、思わず私は天を仰ぎました。

日本の国の形と日本文化の柱である元号を使わず、「毛唐」の発明した西暦で記すとは、

産経新聞ともあろうものが、何たる醜態!


㋺もう一冊は、扶桑社版「市販本・新しい歴史教科書」

執筆関係者は、
西尾幹二、高橋史朗、田久保忠衛、田中英道、藤岡信勝と、
愛国心に満ち満ちた頼もしい先生方の顔ぶれです。

さらには、帝友会会長の高花豊先生によるありがたき推薦のお言葉が一枚挟まれています。

驚くなかれ!巻末を見ると、

「2001年6月10日 初版発行」

とあった。

嗚呼!、またしても私は天を仰いだのでありました。

扶桑社よ!オマエもか!

日本の文化と伝統の担い手となるべき両出版社のこの情けない有り様。

美しい日本を取り戻し、西暦の侵略と戦わなくてはならぬ産経と扶桑社が、

西暦に手を貸しているのです!

何という破廉恥!

これでは両出版社が戦っている相手の、朝日や岩波と五十歩百歩ではないか!

新潮と角川を見習え!

出版物での元号使用は、今や風前の灯火。絶滅の危機。。。(;゜0゜)



今頃気がついたのですが、元号というのは未来には使い難いという欠陥があります。

つまり、「今から20年後の2039年頃には」とは言えても、「今から20年後の令和20年頃には」とは言い難い。元号が変わる可能性があるからです。

しかも、「令和20年頃には」という響きは、時間感覚としてピンと来ません。
「2039年」という響きの方が、時間の流れを容易に感得出来るのです。
これは理屈ではないと感じます。



2019.04.06 | | コメント(8) | トラックバック(0) | 歴史・文化



「作品に罪は無い」をどう思うか?・愚見を少々




>麻薬使用で逮捕されたタレントのピエール瀧被告に関連して、彼の音楽CDや出演ドラマ・映画等につて、販売停止、撮影撮り直し、放映中止等の自粛が行われていることを受け、

彼が出演した映画の監督が、「作品に罪は無い」と発言したようだ。また、他にもおなじような主張をする芸能関係者や自称「リベラル派」もいるようだ。

私はこの監督の主張には反対である。

まず、芸能界の当事者が主張しても全く説得力が無い。

次に、自分がせっかく監督した映画がボツにされるのは嫌だから当然そう言うだろう。つまり、自分の利益の為という本音を隠し、映画公開を正当化しようとしているとしか思えない。

第三に、仮に、出演者が殺人、少女強姦、放火等の犯罪者だとしても、やはり、「作品に罪は無い」と言い張るのであろうか?私は芸能界の本音として、「麻薬ぐらいのことで」という認識があるのではないかと疑う。

麻薬なら「作品に罪は無い」が、殺人なら「作品に罪あり」とでも言うのか?あるいは、断固、「たとえ殺人であれ少女強姦であれ、作品に罪は無い」と言い張るのであろうか?

仮に、出演者の役柄が刑事役だとしたら、あるいは犯人役だとしたら、まったく洒落にならない。


作品にも「罪」はある。

①ドイツではヒトラーの「我が闘争」は戦後ずっと発禁処分になっていた。数年前にやっと解禁になった。

②そのヒトラーに利用されたリヒャルト・ワーグナーの音楽・オペラは、イスラエルでは公開演奏は禁じられているか、そうした申し合わせになっている。

その証拠に、2001年ごろ、名指揮者のダニエル・バレンボイム氏がイスラエルでのコンサートの演目終了直後にアンコールを演奏することになった。この時、彼は聴衆に「ワーグナーの曲を演奏したいが良いか」と了解を求め、その上で演奏したのだが、後日、激しい非難を浴びたという。

ヒトラーはまだしも、ワーグナーは1883年に亡くなっているので、ナチスとはまったく関係ない。それが、ナチスに利用されたこと、ワーグナー自身が「音楽におけるユダヤ性」という反ユダヤ的論文を発表していたことが問題にされ、かかる扱いが続いているのである。

ちなみに、ワーグナーのオペラには反ユダヤの内容は無い。

また、具体例を失念したが、アメリカでも罪を犯したミュージシャンの作品が自粛扱いされたと聞いている。

以上の例は、言論・表現の自由に対する挑戦である、と言えるのだろうか?

私は違うと思う。

仮に、彼等の作品が未来永劫、禁じられるとしたら問題ではある。

しかし、発禁・自粛について、日本には昔から人間の知恵というか、上手い対応がある。

「ほとぼりが冷めるまで待て」

この言葉だが、ドラマの中で、罪を犯したヤクザに対し親分が、「ほとぼりが冷めるまでしばらく外国に行ってろ」という例を良く見る。この為、あまり良いイメージが無いが、これは知恵だと思う。

つまり、未来永劫に禁じるのではなく、「ほとぼりが冷めたら」許す、ということなのだ。

「作品の罪」が解かれるのには、時間が必要なのだ。

時間を要する長さは罪の重さに比例する。

ピエール瀧被告の場合は、せいぜい、2年くらいのことはないか?



2019.04.05 | | コメント(6) | トラックバック(0) | 戯けたライフ



時代区分のバカバカしさ




>(時代区分が)明治維新までは幕府単位なのに、それ以後がなぜ元号単位なのか理解出来ないのは私だけだろうか。安政年間とは言っても安政時代とは言わない。

某ブログで元号にからめて、このようにコメントされた方がおられ、私は興味をそそられました。


①大枠の時代区分としての、原始、古代、中世、近世、近代。

そもそも、日本史における古代というのが、概ね、6世紀末の飛鳥時代~12世紀末の平安時代までというのがバカげています。お隣の中国では宋の時代あたりから近世に区分されるという説もあるというのに。

「源氏物語」や「枕草子」が生まれた時代が古代なんてことあるはずがない!

12世紀末といえば、ヨーロッパでは中世が終わり、近代への序曲・ルネサンスの時代に入っているのです。

☆もっとも、今のヨーロッパを代表する国々、フランス・ドイツ等はそもそも古代が無いという説あり。ロシアにも古代は無いとの説あり。ヨーロッパにおける古代とは、ギリシア・ローマのことらしい。

私に言わせれば、日本の古代は藤原京で終わり、平城京の610年から中世ですよ。つまり、律令国家としての明確な形が出来上がり、土地制度も整備され、飛鳥の地から離れ奈良に都を移したという点から鑑みて。

まあ、妥協して、せめて794年の平安京から中世でしょ。

で、室町時代から近世でしょう。武士による支配や村落の形、身分制度が定着し始め、文化・生活面でも現代に通じるものは室町時代に始まるという説が有力だからです。

学者の間では、荘園制が整備された白河上皇による院政の頃から中世としようかとの動きがあるらしい。これでも、せいぜい、11世紀末くらいでしょう。


②中枠の時代区分としての、都の場所単位、幕府単位。

一応、飛鳥時代からしょうか。邪馬台国の頃は何時代なの?弥生時代?古墳時代?わからん。

それと、例外的に、白鳳時代があるのですが良くわからん。続日本紀に「白鳳」との元号があるのとか。

で、幕府単位というのは歴史の理解上、弊害が大きいですよね。

鎌倉幕府だから鎌倉時代としたのでしょうが、これだとまるで幕府が日本全国を支配していて、天皇・貴族はどこかに消えてしまったような誤解を招きます。

実際は、関東以北は主に幕府が、近畿以西は主に朝廷が支配していたとの説が有力です。事実、天皇も貴族もしっかり政治・経済活動をしており、武士に脅かされ世の隅っこで身を縮めていたのではありません。

つまり、鎌倉&京時代なのです。

学者にしても、こうした時代区分に無理があり過ぎることは承知しているのでしょう。ただ、教科書で歴史を教えて行く点で、何と言いましょうか、便宜上、手っ取り早く、という意味合いで名称をつけたんでしょうね。

室町時代に至っては、前半と後半ではかなり様相が異なっていますし、室町だか戦国だかの区分も学者によりまちまちで一定していませんよね。室町にあった花の御所にしても、実質は三代義満から八代義政くらいまでで、それ以降は将軍があちこちに避難したり、御所も焼けてしまったりで、もう、グシャグシャ状態。とても、室町、という言葉では括れませんね。


③小さな単位としての元号。

このように考えて来ると、元号で時代区分などナンセンスに近いです。

ご存知のように、昭和時代だって前半と後半ではエライ違いです。大正時代末期と昭和初期、昭和後期と平成とでどれだけ違いがあるのか?皆さんは説明出来ますか?

さらに、元号で時代を括ることで歴史の流れをやたら遮断してしまい、歴史をステレオタイプに見てしまいがちです。誤解と偏見を生む元にもなります。

まあ、それでも、元号で大正時代、昭和の時代、と言うだけで、日本人の心にある種のポエジーやノスタルジーを醸しだす作用があるようですし、情報処理上、ある程度のステレオタイプ化は仕方ないという妥協もありますね。

それに、人間は必ずしも真実を求め、正確な事実を求める生き物とは言えません。そんなん、適当でいいよ、そこそこで間に合っている、自分の受け止め方で良いのだ、という人も少なくありません。

我々は、時代区分には無理があり過ぎるし非常に不正確である、と弁えた上で、「〇〇時代は…」と語れば良いと。こういう平凡な結論になるということですね。


時代区分、他の国ではどうなんでしょうね?


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※お勧め歴史本

井上章一著「日本に古代はあったのか」(角川選書)

氏は、日本には古代は無かったんじゃねえの?との問いを発し、時代区分に対するの疑問や、鎌倉時代、江戸時代における、「関東中心史観」に対する疑問を提起しています。

いささか乱暴な主張もありますが、なかなか知的刺激に満ちています。

氏の専門は風俗史と意匠論だそうで、なかなかユニークな学者さんです。



2019.04.04 | | コメント(8) | トラックバック(0) | 歴史・文化



シューベルトの名曲・ピアノ三重奏曲1番変ロ長調:狂おしい程の情熱







この曲は、「未完成交響曲」や、歌曲の「野ばら」「ます」「菩提樹」「セレナード」等と比べると、あまりポピュラーではありませんが、シューベルトの指折りの名曲です。

シューベルトが死の1年前、1827年に作曲したものです。

ここでお借りした動画は、第二楽章のアンダンテです。

身も世もない程の切なさ。狂おしさ。

ただ一途に何かを求めずにはいられない切迫した心。

単にメロディーが美しい、というのではなく、恐ろしいまでの情感がうねっています。

恐ろしいまでの情熱だからといって、大音量で大袈裟な音楽が流れるわけでありません。

反対に、わずか3つの楽器で、静かな、抑制の効いた音楽だからこそ聴き手の心に強く迫って来るのです。

わたしなど、このアンダンテを聴くのが辛くなり、途中で止めてしまうこともあります。

あまりに感情が昂って。。。

これこそがシューベルトの特長の一つでしょう。


実は、私が最近ハマっている中山可穂さんの小説、「弱法師」の中の3番目の短編、「浮舟」で、このアンダンテが、ある種のモチーフにもなっているのです。

「弱法師」「卒塔婆小町」「浮舟」の3つの短編集です。

御覧のように、有名な謡曲をモチーフに、現代にアレンジした小説です。

もっとも、原作からはちょっと遠いものになってはいますが。

それぞれが素敵なのですが、特に、「浮舟」が素晴らしい作品です。

中山可穂さんの小説については、近々、記事に取り上げるつもりです。



2019.04.03 | | コメント(20) | トラックバック(0) | 音楽



令和の令は、令月の令 だとさ




新元号は令和か。

ケッ!

万葉集から選んだといっても、つまりは外国語の漢語じゃねえか。

ベラボウメ。オタンコナス。スットコドッコイ。アベのフニャチン野郎が。スカタンの蛸助!


いっそ、この機会に、「令嬢」たる私の源氏名を「片割月」から「令月」に変えようかしらん?(^_^;)


しかし、日本人の中には今でも、

元号や天皇をありがたく思い、感涙する人達が少なく無いんですね。

私はちっともありがたく思わないんだけどね。

何が何でも廃止せよ、と言い張るつもりはない。

しかし、面倒で煩雑なだけの元号を強要される。こちとらは迷惑でありんす。


外務省が煩雑さやミスを避ける為に、原則、和暦ではなく西暦を用いる方向で検討中とのことですが、

それは全ての官庁や地方自治体で進めて欲しいものです。

私達がお役所等に提出する公式文書等に関して、

少なくとも、西暦、和暦、人により好きな方を選べるようにして欲しいものです。





2019.04.02 | | コメント(14) | トラックバック(0) | 歴史・文化



ロシア女子のアリーナ・コストルナヤ選手に期待!





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ロシア女子のアリーナ・コストルナヤ選手。15才。

コストルナヤ選手の演技、いろいろ。
動画はこちらから


わたし、こういう顔立ちの女性、好きなんですよね。

どちらかといえば、丸顔+愛嬌系ではなく、面長+きりり系ですね。

もちろん、顔立ちよりも彼女の演技に魅了されました。

彼女の現コーチは例のエテリ・トゥトベリーゼさんですが、それまでは別のコーチについていたそうですね。

そう、エテリ組のザギトワ選手やメドベーデワ選手とはどこか、滑りの個性が違うように見えます。

コストルナヤ選手のスムーズで伸びやかな滑りっぷりはロシア風味ではなく、むしろ、北米や日本に見られる高質なスケーティングに近いものがあると思います。それと、スピンやステップの時の脚線の美しさとポジショニングには、どこかアメリカのグレイシー・ゴールド選手を彷彿とさせます。

ステップワークの時の上半身の倒し方!きっと、エッジも深く、なおかつ、加速も自在なのでしょう。上手いなあ。この辺りもこれまでのロシア女子にはあまり見れらなかったタイプではないでしょうか。

もちろん、ジャンプも大きくて質が高いですね。

しかも、ジャンプへの助走での繋ぎで、グングンと加速していく滑りも素晴らしい。

私がこれまで好きだったロシア女子選手はソトニコワ選手、ポゴリラヤ選手だったのですが、新たに好きな選手が現れたので早くも来季が楽しみになりました。

ほぼ完成したとの噂もあるトリプルアクセル(3A)を本番で成功させたら、たちまちシニアでもトップクラスのスケーターになること間違いなさそう!

来季からシニアデビューの予定とか。

日本の最大のライバルは今はザギトワ選手ですが、来季からはコストルナヤ選手になると私は予想しています。いや、正直言って、彼女が完璧な演技をしたら、日本女子選手、紀平選手も敵わないのかなあ、と。

ロシアジュニアには4回転ジャンプを跳ぶ選手が複数いますが、私は…贔屓目もありますが…彼女達よりもコストルナヤ選手の方が将来性と言う点で最も期待出来ると見ています。

ただし…ちょっと、いやな言い方ですが…ロシア女子の選手の「賞味期限」は短い。そもそもロシアの女性の「加齢率」は日本女性の比ではなさそう。えらく早熟な半面、老けこむ?のも早い。一応の先進国にしてはロシア女性の平均寿命が非常に低い※のと関係があるのかもしれません。

そう考えると、先々のことは予想が難しいですね。

で、コストルナヤ選手の「賞味期限」はどうでしょうか?

私はトゥクタミシェワ選手やレオノワ選手のような息の長いスケーターになると予想。しかも、先輩のお二人よりも強くて上手いスケーターに育つのではないかと。

※国別の女性平均寿命のデータがあります。
こちらです

これを見ても、ロシア女性の平均寿命が非常に低いのがわかります。男子も低いねえ。。。

非常に寒い気候に加え、安くて悪い酒を浴びる程飲むからか?




2019.03.31 | | コメント(11) | トラックバック(0) | ロシア人選手達・ロシアネタ



元号に外国語(中国語)を使うのは日本の恥だ!




前に書いたように、私は元号には反対である。

①非常に不便である。西暦の方が簡単で合理的。不便なもの、必要性の無いもの、時代遅れになったもの、野蛮なものは、たとえそれが文化・伝統であっても、消えて行くか、滅びて行くものだ。

日本の伝統・文化・習慣は全て何が何でも残せば良いというものではない。

明治政府はその観点から、江戸時代まで続いて来た伝統・文化・習慣の多くを廃止したではないか。切腹や磔による死刑や仇討ちやお歯黒とかちょん髷とか、色々と。

②天皇と日本政府による「国民の時間の支配」は終わりにしてくれ。

③日本国民には何ら諮ることもなく、政府と皇室だけの「密室」で勝手に決めるんじゃなねえぞ!

④せめて、元号を公式文書等で強要するのはやめよ。原則、西暦にせよ。好きな人だけが元号を使え。


それでも元号がある限り、以下のことを私は強く主張する。

そもそも、元号は中国のマネだし、一世一元の制も明の時代の初めに制定されたものを500年も後になってから日本が明治時代にマネたものだ。

しかも、元号に使われる言葉は「日本語(大和言葉)」ではなく、外国語である「漢語(中国語)」なのだ。

マネは一概に悪いことではないが、自分の国の元号に外国語を使うって、変だろう?恥ずかしくないか?

21世紀にもなって、もう、そろそろ、自国の言葉を使ったらどうか?

漢字そのものは日本語の一部だから元号に使うのは良い。

が、漢語ではなく、大和言葉の漢字2文字はいくらでもある。

ね?「日本って、凄い!日本文化って素晴らしい、凄いんだ!」と声高に叫んでいる面々よ。

あんたら日頃から、中国は嫌いだ、中国の文化は日本には合わない、と言っているだろう。

元号に中国語を使うなんて、「日本には文化が無いのか!?」と怒るべきだろう!

仮に、アジアのどこかの国が自国に元号を設定する時に、日本語を使ったら変だろう?

それと同じことを何の疑問も無く平然と日本は、日本人は続けているんだ。

おかしいと思わないか?私はそれが不満である。

しかも、

「タイショー」とか「ショーワ」とか「ヘーセー」とか、発音からして嫌だね。言葉に温もりが無い。

日本古来の大和言葉には、

草枕(くさまくら)、梓弓(あずさゆみ)、秋津(あきつ)、八雲(やくも)、花衣(はなごろも)、面影(おもかげ)、浮舟(うきふね)とか、滑らかで優しい言葉がいくらでもあるじゃないか!

いずれにせよ、「ショーワ」とか「ヘーセー」より、どれだけ良いかわからない。


日本の新たなスタートを込め、「日本」をも意味する「秋津」で、「秋津元年」はどうか?


こうしてみると、私は本質的には「日本主義者」「右翼」なのかもしれない。



私は時々、「枕草子」「源氏物語」「かげろう日記」等を部分的に再読するが、やはり、大和言葉は良い。清少納言、紫式部、和泉式部、藤原道長の母が頑張ってお陰で、日本語は漢語に完全侵略されずに済んだのだ。

もしも彼女達の活躍が無かったら、日本語は中国語の方言になっていたかもしれない。

あるいは、ドイツ語に対する、スウェーデン語やオランダ語の関係のように。


コメントを頂いた読者の皆様にはレスもせず、失礼いたしましたm(__)m
再び、ブログを再開しますのでよろしくお願いします。





2019.03.29 | | コメント(8) | トラックバック(0) | 歴史・文化



船戸与一「満州国演技」&ハードボイルドに酔い痴れる




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■船戸与一の小説は素晴らしい。

●「満州国演技」:船戸与一の言葉
「小説は歴史の奴隷ではないが、歴史もまた小説の玩具ではない。これが本稿執筆の筆者の基本姿勢であり、小説のダイナミズムを求めるために歴史的事実を無視したり歪めたりしたことは避けて来たつもりである」

素晴らしい言葉だ。NHKの大河ドラマの無様な有り様を見るにつけ、制作スタッフには船戸与一の言葉をよろしく味わうべし、と言いたくなる。

船戸与一の畢生の大作「満州国演技・全9巻」はこうして書かれた。

この小説には英雄は存在しない。主人公は作者の創造による敷島4兄弟だ。長男は日和見的な外交官。次男は馬賊の頭目。三男は職務に忠実たらんとする関東軍将校。四男は無政府主義の影響を受けた線の細い男。4兄弟とも決して傑出した人間ではない。ただし、次男は船戸与一らしいハードボイルド的で魅力ある人物でもある。

そして、大正末期~終戦の満州国の歴史を、4兄弟の視点による複眼で描いて行く。それゆえ、小説に重層的な味わいが醸し出される。船戸与一は誰彼が良いとか悪いとかの価値判断は最小限に抑えて描いている。

歴史上の実在の人物は全て、彼等の会話の中で登場するだけである。これも良い。歴史上の人物…例えば、東條英機、蒋介石、張作霖、溥儀、毛沢東…彼等を直接描けば、どうしても作者の価値判断が全面に出ざるを得なくなる。そのとたんに、小説は矮小化されてしまう。

全9巻で各一冊がそれぞれ600ページを超える大長編。幸か不幸か、私が病気で自宅療養していたことでこの大作をじっくりと読むことが出来た。

読み終わり、静かな感動があった。カタルシスはあまり得られないが、歴史と人間と戦争のからみあいというものを深く考えさせる小説は、「満州国演技」とトルストイの「戦争と平和」と、あと何があったかしら?以前に読んだ、「蝦夷地別件」よりも面白かった。「蝦夷地別件」は船戸与一にしては、「大人し過ぎる」印象だった。

●船戸与一「新・雨月・戊辰戦争朧夜話(全3巻)」
こちらも、「満州国演技」とほぼ同じポリシーで書かれている。主人公はやはり、作者の手による3人の架空の人物だ。一人は会津藩の青年武士、もう一人は長州藩の潜入工作者、三人目は長岡藩の河井継之助に付き従う元博徒。主として彼等3人の視点から戊辰戦争が描かれている。

ここでは歴史上の人物が直接登場するが、やはり、英雄としては描かれていない。それよりも、3人の主人公の目を通し、戦争に翻弄される長岡藩の町人や下層の人々、会津藩の百姓達の姿がリアルに描かれている。作者は武士以外の階層の人々へ暖かい眼差しを向けている。

幕末ものと言えば、司馬遼太郎、池波正太郎、海音寺潮五郎など、大物作家による作品が目白押しである。船戸与一のはそれらとはかなり趣が異なる。しかし、魅力的だ。私にとっては新たな発見。今度は、船戸与一の「本業?」であるハードボイルド&冒険ものを読んでみよう。

船戸与一と来て、私は彼に連なるハードボイルドものを読んでみたくなった。私が過去に読んだのは、大沢有昌の「新宿鮫」や逢坂剛の「禿鷹」や、森村誠一の「星の陣」等の作品くらい。私はこれらも割と面白く読んだ。


■ハードボイルド、ピカレスク、悪漢小説、ノワール。。。正直、私にはこれらの違いが良く分からない。それぞれ微妙に、いや、かなり違いもあるらしいが。



小説の結構としては、
①正義が悪を叩く…読者はかなりのカタルシスを得られる。たいていの刑事もの、警察官ものはこれだ。
②小悪が大悪を叩く…これもカタルシスを得られる。映画であれば、高倉健が演じた、義理と人情に厚い良いヤクザ?が、冷酷無比な悪いヤクザを叩くことで観客は満足する
③悪と悪との叩き合い…上の2つがいずれも、最後には「大団円」を迎えるのに対し、こちらは悲惨に終わるか結論が無く開いた状態で終わる。よって、読者にはカタルシスは得られない。が、凄まじいインパクトがある。

たぶん、ノワールは③に該当するのであろう。

②と③では、暴力、抗争、セックス、麻薬等が定番と言えようか。

殿方は女性はこの手の小説は読まないだろうと思うのかもしれないが、それは認識が甘い。ことさら言挙げしないだけであって、意外と女性も読んでいるのだ!

男性よりも暴力や戦争を憎む女性が読めるのは、あくまで、エンターテイメントとして読むからだ。それと、不思議なことに、映像では目を覆いたくなる事柄も、文字だと大丈夫なんだな。

女性でも戦国時代ものを好む人は多い。ハードボイルドを読むのも同じ。


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●ノワールの旗手、馳星周。
私のお勧めは「ブルー・ローズ」(中公文庫)と「美ら海、血の海 (集英社文庫)」

さらに、ヒット作の「不夜城」では、歌舞伎町における中国系(上海、香港、台湾)マフィア同士の抗争の凄まじさが描かれている。同じ歌舞伎町でも大沢有昌が「新宿鮫」で描いたものとはかなり趣が異なる。

馳星周の方は、甘さが全く無い。

ノワールの魅力は、主人公の不条理な情念の爆発にある。この点では「ブルー・ローズ」では主人公がその典型。後半でいささか暴走気味に行き着くとこまで行ってしまう。凄い。片や、小説の題名がお洒落。ここでは三十代の主婦達が秘密のSMクラブを運営するという面白さもある。

実は、「美ら海、血の海」はノワールではない。終戦直前の沖縄地上戦において、鉄血勤皇隊として強制的に徴用された少年の悲惨な有り様を、「ひめゆり」よりも凄惨な有り様をストレートに描いている。

私は久しぶりに小説で涙が流れた。それは、怒りのような同情のような、いや、とても言葉に出来ない涙だ。この本を読むだけでも、安倍政権によるノー天気な「主権回復記念式典」に対し、沖縄の人達が「屈辱の日」として怒りを表明した心が多少は分かるように思う。歴史認識について、本土の人間と沖縄の人間の「段差」は大きい。そして、馳星周が、反権力、マイノリティーの世界の人間に対し、どんな立ち位置にいるのか明瞭だ。


●大藪春彦「蘇える金狼・野望篇&完結編」(角川文庫)。

ハードボイルドの古典とでも言うべき大藪春彦にも挨拶が必要と思い、この作品を古本屋で見つけて読んだ。また、松田優作主演の映画もDVDで見た。

もちろん面白いのだが、さすがに、古いなあと思った。しかも、大藪春彦は筋金入りの銃マニア&カーマニアで、これらを微に入り細を穿つが如く描くので、少々うんざりした。

古いといえば、小説の中に出て来る、「ネギぼうず」って何のことか分かります?

映画の方は…松田優作の異様な熱演で辛うじて見れる程度(^_^;)


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●続いては、花村萬月だ。女性っぽいネームだが男性だ。

花村萬月も私のお気に入りの小説家に登録されました!

「眠り猫」「聖殺人者イグナシオ」も面白いが、何と言っても、「ブルース」が傑作だ!
北方謙三のセリフの通り、「たまらんぜ、萬月」。

私はブルースのことはほぼ無知だ。ロバート・ジョンソンとかチャーリー・バットンの「スプーンフル」とかマディ・ウォータースの「ローリングストーン」とかが出て来ても、歌手も曲も知らないわ。

それでもこの小説はめちゃ面白いのだ!
ブルースをこんなに熱く、激しく描ける花村萬月の才能に圧倒される。

ブルースの魂を示す言葉に、「ビート・ザ・システム」があるそうだ。
直訳すれば、「体制を撃て」、となるようだ。なるほど!

萬月のもう一つの特長は、恋愛を、それも女性を描くのが上手い!ということ。
男性小説家は女性を描くのが下手、というのは夏目漱石から今日まで言われ続けて来たことだが、何事にも例外というのは存在するんだなあ。。。

綾という名の女性ブルースシンガーが主役の一人なのだが、この女性が実に魅力的に描かれていて、惚れたなあ、私は。「新宿鮫」では 晶という女性ロックシンガーがいたけど、大沢有昌には申し訳ないが、雲泥の差だ。

☆小説を読んで、主人公に感情移入してしまう…惹き込まれたという意味…ことがよくある。
ここには二通りの意味がある。

一つは、主人公と読み手の共通点を発見し、共感する場合。これが一般的だろう。

もう一つは、読み手が、「嗚呼、私も主人公のような魅力的な人間になりたい」と思うこと。これはあまり多くはないだろう。で、花村萬月の小説にはそのような人物が出て来るのだ!


☆「スプーンフル(spoonful)の意味が分からない。

手持ちの英和辞典で調べても、スプーン一杯の、という意味しか書かれていない。アホか!そんなん、中学生でも知っているわい!あたしが知りたいのは、スラングとしての意味だ。

エッチな意味があるらしいが、残念ながら分からない。誰かご存知?


ハードボイルド系はまだあるのだが、記事が長くなったので、次回にしよう。





2018.12.01 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 文学



フランス大会&グランプリファイナルに寄せて:愚見を少々




■手抜きですが、フランス大会では主に本田真凜選手について記します。

●本田真凜選手の音楽表現は素敵だ。
演技動画はここです

今大会で一番印象に残った演技でした。本田選手の音楽表現は猛練習の積み上げによる成果というよりも、何より本人の個性・資質に根ざしたものと感じます。

それゆえ、音楽表現が本田選手の天分の発露のまま自然に流れます。水の流れるごとく。快い。借り物の衣装を着たような趣きは一切無く、生まれた時から自家製の衣装を纏っている…そんな印象です。


●「本田選手は練習熱心でない」、との指摘があるようですが。だからと言って。。。

それとは対照的に、「宮原選手は誰よりも練習熱心」と称賛されますね。このこと自体は良いのです。しかし、メディアが練習熱心とされるアスリートをつかまえては、「誰よりも長時間練習をしている」「やめろ、と言われるまで練習を続けている」のような称賛がやたら繰り返されると、私は少々反発したくなって来ます。

少なからぬ日本人特有の、「スパルタ教育好き」「地獄の猛特訓好き」の匂いがプンプンしてくるからです。正月休みも夏休みも返上して、予備校でねじり鉢巻きを締めて朝から晩まで猛勉強している小中学生の姿を思い出す。もちろん、このこと自体を批判するつもりはありません。それぞれの家族や本人の自由だ。

そうではなくて、

「長時間の練習」こそがアスリートの鏡みたいに、葵の印籠のごとく振りかざされるのはどうかな?と思うのです。21世紀の時代、大事なのは量よりも質ではないだろうか?

企業でもそうだ。
朝は誰よりも早出をし夜は誰よりも遅くまで残業する社員が、「ビジネスマンの鏡」みたいに言われて来たことを連想してしまいます。「二十四時間、働けますか?」なんて猛烈なテレビCMもありましたっけ。

しかし、私が尊敬していた上司はこう言っていたものだ。
「残業する社員も、それをさせる上司も、能力が無い証拠」「その日にやるべき仕事は規定時間内終わらせるよう社員を教育し、効率的な仕事の進め方をすることが大事だ」とね。

要は、ダラダラと残業するな!残業時間の多少と仕事の熱意とは関係無い、ということでしょう。

ネイサン・チェン選手が名門イェール大学に入り、学問とフィギュアスケートとの両立で頑張っています。当然、練習時間は少なくなるでしょう。

すると、チェン選手は「練習不熱心」ということになるのだろうか?

問題は、本田真凜選手がどんな練習をしているか、その中味や密度が如何?ということであろう。

そこでクイズです。

数学の練習問題を解いている時、あるいは、少し難解な論文を読んでいる時、何かの習い事でレッスンを受けている時、お仕事で何かの企画書なり報告書を書いている時、あなたは何分、集中力を持続出来ますか?

2時間?1時間?30分?15分?

私は15分が限界です。もちろん、休まずに続けるのですが、明らかに集中力は低下しています。それゆえ、珈琲を入れたり、窓から外をぼんやり眺めてみたり、ちょっと音楽を流したりしたくなります。再び、取り組ますが15分を過ぎるとやはり低下して来ます。この繰り返しですね。

私が通っていた高校では「100分授業」、「90分授業」なるものが行われていましてね、確かに、「猛勉強している感」はありましても、果たして本当に効率的であるか、かなり疑問でした。私は苦痛でした。

もちろん、人ぞれぞれです。長時間練習なり長時間勉強なり、長時間労働で成果を上げる人もいるでしょう。だからと言って、それを万能であるかのように持ち上げるのはどうでしょうか?

それと、三度の飯より、美談作りが大好物なメディアらしいお話でもありますね。


●アイスダンス:パパダキス&シゼロン組の芸術的な名演技!!
演技動画はここです

演技が始まった瞬間から、滑りや表現に、タダならぬ気配を感じます。

下手な説明など不要。ただひたすら魅了されるだけです。

点数や順位を競う、という点ではあまりワクワクさせられることの少ないアイスダンスですが、日本舞踊やバレエを観賞するように楽しむのがアイスダンスだ。

民放テレビは男女シングルオンリーではなく、せめて、彼等の演技くらい流して欲しいわ。



■グランプリファイナル(開催地:カナダ・バンクーバー)の男女シングル進出選手。

●男子シングル
宇野昌磨(日本)
ネイサン・チェン(アメリカ)
セルゲイ・ヴォロノフ(ロシア)
チャ・ジュンファン(韓国)
ミハル・ブレジナ(チェコ)
キーガン・メッシング(カナダ)

良いですねえ。羽生選手の欠場は残念ですが、メッシング選手が繰り上がり選出となり、これが結果的に各国からそれぞれ一名づつの進出となりました。これぞ国際大会に相応しい。

大ベテランのブレジナ選手とヴォロノフ選手の活躍がとりわけ私には嬉しい。

●女子シングル
宮原知子(日本)
アリーナ・ザギトワ(ロシア)
紀平梨花(日本)
エリザベータ・トゥクタミシェワ(ロシア)
坂本花織(日本)
ソフィア・サモドゥロワ(ロシア)

男子とは対照的に、こちらは、「第二次日露戦争」だな(^_^;)。

ところで、男女それぞれ6名づつを列記しましたが、これはダテに並べたのではありません。

はい。私の予想した順位です(^_^)/



2018.11.30 | | コメント(13) | トラックバック(0) | フィギュアスケート・大会



理性の眠り・国民の発狂・女性と理性:愚見を少々




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■フランシスコ・デ・ゴヤによる絵画作品
『理性の眠りは怪物を生む』


●イタリア国民の理性の眠りがムッソリーニという怪物を生み、ドイツ国民の理性の眠りがヒトラーという怪物を生み、ロシア国民の理性の眠りがスターリンという怪物を生んだ。

●日本国民の理性の眠りが軍国主義という怪物を生んだ。

●今、アメリカ国民の理性の眠りがトランプ大統領という怪物を生んだとするのは正しいか?


■『全国民が発狂するということは、ありうることである』
ウィンストン・チャーチル著「回想録」


●真珠湾攻撃とマレー沖海戦での大勝利で、日本の全国民は発狂した。

●「9.11」同時多発テロにより、アメリカの全国民は発狂した。

●韓国の「徴用工」問題等により、日本の全ての主要メディアが発狂し、少なからぬ日本国民が発狂している。
幸い、全国民が理性を眠らせたわけでは無い。

●しかし、韓国や北朝鮮や中国やロシアに対し、日本の全国民が発狂する日が来るかもしれない。


■女性は理性という点で男性よりも劣ると、しばしば言われるが。。。

●アメリカでは、真珠湾攻撃後の対日戦争宣言に対し、全議員の中で唯一人、反対した女性議員がいた。ジャネット・ランキン下院議員である。彼女はその後、ベトナム戦争にも反対した。

●「9.11」後、当時のブッシュ大統領が進めようとしていたアフガニスタン戦争やその後のイラク戦争に唯一人、反対した女性議員がいた。バーバラ・リー下院議員である。 

全てのアメリカ国民と政治家が発狂する中で、戦争に反対したのがいずれも女性であったことは、象徴的だ。

戦争や破壊や暴力に関しては、男性の方が容易に逆上し理性を失うが、女性は必ずしもそうではないと思う。


●「中国や北朝鮮が攻めて来たらどうする?」という浅薄な「安全保障強化論」「対テロ論」に飛びつくのは男性に多いのではないか?

戦争を決めるのは戦争に行かない政治家やタカ派有識者であり、戦争に行かされるのは若者なのだ。安倍政権のやっていることは「現実的な対応である」と支持する人も多いが、それこそ戦争で殺し殺される若者や一般市民の「現実」に向き合わず、想像することも無いであろう連中…しかも、彼等は死ぬことも傷つくこともない安全地帯にいる…の扇動にまんまと乗ってしまうとすれば、まさに、理性の眠りではないだろうか?

これに対し、一般的に女性の方が「殺し殺される若者や一般市民の現実」を想像するだけの理性があると思うのだが、どうであろうか?

安倍政権が狂ったように推し進めようとしている憲法改正に対しても、女性の方が反対や慎重な意見が多い。

日本はかつて、全国民が発狂した過去を持つ。歴史は繰り返す、ではないが、これからは絶対にそんなことは起きない、と断言出来るだろうか?

そもそも、「攻めて来たらどうする?」ではなく、「攻められないよう外交努力する」のが政治家の最優先の責務ではないか?この大事なことを、発狂しつつある日本のメディアは指摘も強調もせず、それどころか、戦争屋でござい、的な有識者?をやたらと招いては、防衛費の増強や中国・北朝鮮の脅威を繰り返し、繰り返し、言いたい放題に言わせている。

やはり、狂っている。

まず政治家が発狂し、次にメディアが発狂し、

最後に全国民が発狂すれば、「正当防衛」という名の、殺戮と破壊が始まる。


私は日本の将来については、悲観的である。



2018.11.23 | | コメント(9) | トラックバック(0) | 政治・社会



2018グランプリシリーズNHK杯&ロシア大会




NHK杯:得点&順位と演技動画→ここです
ジャッジスコアの詳細→ここです

■女子シングル・ショートプログラム

●期待の若手、紀平選手は。。。
ドビュッシーの「月の光」の音楽に乗って演技が始まった時、2008年NHK杯の浅田真央さんの演技が目に浮かびました。そんな透明感を紀平選手も持っていますね。

う~ん、もう、練習ではほぼ完璧だったトリプルアクセルが…回転不足+転倒では8.00点の基礎点が実質2点にしかならないのよね。残念。これぞ、練習と本番とは違う、という実例か。。「グランプリシリーズの洗礼」を受けたというべきか。しかし、その後の演技をしっかり出来たのはさすがです!

これで69点台が出るということは、トリプルアクセルが決まれば、7点以上はアップしますので、76~77点は出るという計算になります。さらに、スピンやステップでのレベル3がレベル4になれば78点台も可能と!

紀平選手は地力という点では宮原選手に次ぐ日本女子のナンバー2、と言えるでしょう。

●ロシアのマダム、こと、トゥクタミシェワ選手。
彼女のようにエキゾチックな風貌のマダムが銀座か六本木あたりの高級クラブにいたら、人気沸騰でしょうな。人材が目白押しのロシア女子シングル界。その荒波に揉まれながらも沈没することなく、しぶとく生き残って来たトゥクタミシェワ選手。練習では成功率が低かったと言われるトリプルアクセルを完璧に決めました。お見事です。

彼女のムッチリとしたおみ足が生みだすバネのジャンプは魅力的です。

彼女のコーチのミーシンご老師は意気軒昂!「大義であった。予は満足じゃ!」と顔に書いてある。

●「しぶとく生き残った」と言うなら、レオノワ選手こそが先輩だ!
28才になったのか!しかし、伊達や酔狂でロシアスケート連盟は彼女をグランプリシリーズに出したりしないでしょう。それだけの力があるという証拠。「ペラペラ体型の十代スケーター」とは一味違う滑りを見せてくれます。

ベテラン選手の活躍は本当に嬉しいものだ。フリースケーティングも頑張れ!

●韓国のイ・ウンス選手。※
前から注目されていた選手。キム・ヨナさんのよな魔力は無いが、スタイルとエレガンスはウンス選手の方が良し。男子のチャ・ジュンファン選手と並ぶ韓国フィギュア界のホープですね。両選手共、スケートのセンスが抜群のようです。身長163cmはアジア系としては高い方であり、しかも、手足が長いのでそれ以上にダイナミックで大きな演技に見えます。この年齢にして表現性は抜群と見た!紀平選手の良きライバルの一人になりそう。

●安定感抜群の三原選手。
ステップシークエンスでレベル4を取っています。以前はレベル3が多かったのですが、こういう点にも彼女の努力の跡を感じますね。意外なことに、今回の上位選手でレベル4を取ったのは三原選手だけ。何故か、下位選手がこぞってレベル4を取っているのが面白い。

アナウンサーが決まり文句のように、「最高難度のレベル4を獲得!」と言いますが、これって、誤解を招来ますね。レベルはあくまでルールに対する適応力や正確性がメイン。もちろん、レベル2よりは難しいのでしょうけど、「難しさ」や「上手さ」を示すバロメーターはGOEの加点の方です。このことを解説者が補足して欲しいですね。

●日本女子のエースの貫録と力を見せた宮原選手。
単独のトリプルルールジャンプはちょっと危なかった!回転不足かなあと一瞬ヒヤッとしましたが大丈夫だったようです。それ以外はもう素晴らしい技術と表現性、そして宮原選手独特の個性を余すところ無く見せてくれたと思います。表現性という点では、メドベーデワ選手、コストナー選手、ワグナー選手、オズモンド選手と並ぶ存在かな。

今回、私は彼女の腕や手の動きに注目して見ました。上手く言葉に出来ないのですが、「全てが決まっている!」とでも言いましょうか。前にも書いたかもしれませんが、ベテランの踊子さんと若手の踊子さんの手の使い方の違いに通じるような。舞妓さんはただ手をヒラヒラ動かすだけで…可憐ではありますが…それ以上の味わいは無い。ベテランの芸子さんの手の動かし方には何とも言えぬ味わいがあります。あるいは、無駄な動きをしていない。それと同じものを宮原選手の「舞」に感じました。


■男子シングル・ショートプログラム

●ロシアのヴォロノフ選手。
31才の大ベテランの躍動!ラフマニノフの名曲も彼の演技を後押し。高い高いジャンプは健在です。いったい、彼のモチベーションの源はどこにあるのでしょうね?ロシア男子の若手がイマイチ期待に応えられない状態が続いているので、「オメエラッ、ナニヤッテルンダ!」と𠮟咤しているかのよう。

●そのヴォロノフ選手に𠮟咤?されているアリエフ選手。
コリヤダ選手と並び、スケーティングの美しい選手と思います。スケートしている姿も美しい。潜在能力は十分と見ます。プルシェンコさんやヤグディンさんやクーリックさんのような勝負強さが備われば!

●宇野選手。。。
ショートプログラム、前回大会に続き、なかなかジャンプが3つ揃わない。うーむ。
ショートで4回転ジャンプを2本入れる構成がそれだけ難しいものなのだと彼の演技が教えているようです。どの4回転ジャンパー達も皆苦戦していますしね。

失敗した4回転トゥループでは、「回り過ぎて…」という解説がありましたね。そう言えば、ジャンプのランディングって、ほんの少しだけ回転不足的に降りるのが正解…と、誰かが言っていたような。

ともあれ、宇野選手は世界選手権でバッチリ決めてくれればオッケーです。

気がかりだった最後のコンビネーションスピンではトラベリングが少なく、上手く行きましたね!


今や、(いや、今も、と訂正すべきか)日韓関係は最悪(私個人は韓国も問題ですがそれ以上に日本側の問題と捉えていますが)です。それにもかかわらず、会場の観客の皆さんはウンス選手に対しても他の選手と同様、温かい拍手と声援に、国旗を掲げていました(テレビで見る限り)。

こういう所が個人競技であるフィギュアスケートの良さと思います。

あるいは、ロシアのスケーター達が言うように、日本のフィギュアファンの美点なのかもしれません。

これがサッカーのような団体競技となりますと途端に、プチ国家主義やらプチ愛国主義が出て来てウンザリさせられます。あたしが最近、サッカーを楽しめなくなり、見なくなったのはこれが原因です。


●紀平梨花選手がグランプリシリーズ初登場にして初優勝!!
紀平選手のフリー演技:「ビューティフル・ストーム」→ここです

やってくれました!ショートプログラムのミスを綺麗に吹き払った「美しい嵐」の名演技!もう、期待以上の演技を見せてくれました。これが見られただけで幸せです。

紀平選手は小柄な方(公表では身長154㎝)ですが、バランスの取れた体型(細過ぎず、しかしスラリとしている)と、バランスの良い技術の持ち主かなあと。そして、素人目ですが変なクセみたいなものが無く、実に素直なスケートと思います。ジャンプもスピンもステップも表現性も。これから更にどこまで進化して行くのか非常に楽しみです。

フィギュアスケートの魅力はジャンプだけではない…は、耳にタコが出来るほど聞かされて来ましたし、確かにその通りなのですが、過去にジャンプ力で勝負して来た日本女子スケーターの系譜を継ぐスケーターの華やかなデビューに、私は欣喜雀躍、小躍りしたくなります。紀平選手のようなスケーターの出現を私は待っていたのです(((o(*゚▽゚*)o)))

紀平選手の強味は、トリプルアクセルをあたかも普通の3回転ジャンプのように短めの助走から軽々と跳べること、ルッツとフリップの跳び分けが出来ること、苦手なジャンプが無さそうなこと、一つひとつのジャンプに安定感があり、しかも質が高いこと等々、たくさんありますね。もう、これだけで十分に世界のトップスケーターの仲間入りです。

彼女は4回転トゥループと4回転サルコウも跳べるのですが、今シーズンは本番では跳ばない方針だそうです。私はこれが正解と思います。今シーズンは現在の構成のままジャンプやステップシークエンスやスピンに磨きをかけて行くのが良いと思います。4回転の方は1年後か2年後、更に確率と質が上がってから入れれば良いと思います。そして、3年後、4年後には表現性の方の飛躍的な進化も見られるものと思います。

ひょっとして、今シーズン、五輪女王のザギトワ選手を破る可能性があるのは紀平選手だけかもしれません。


●宮原選手ですが、紀平選手とは別の意味で私は熱狂させられました。
ここでも「マニエラの魂」を目の当たりに見た思いがします。演技構成点の評価は昨シーズンから上がり、ザギトワ選手に匹敵しつつあります。素人目ですが、ジャンプのパフォーマンスが上がったことも評価アップの一因だろうと。、

他に、大ベテランのレオノワ選手の奮闘には胸が熱くなりましたし、三原選手も素敵な演技でした。ウンス選手は思ったほど得点が伸びませんでしたが、やはり、才能を見せたと思います。


●男子は予想通り、宇野選手の圧勝でしたが、こちらも大ベテランのヴォロノフ選手の奮闘は感動的でしたし、大怪我から徐々に復活しつつある山本草太選手の演技にも感銘を受けました。山本選手は18才と若いですから、まだまだこれからこれから才能を開花して行くものと思います。


■アイスダンス:フリーダンス

●是非とも御覧下さい!イギリスのフィアー&ギブソン組の演技を推奨します!
ここです
記事冒頭のNHKサイトからも動画が見られます。こちらは宮本賢二さんの解説があります。

今シーズンのアイスダンスは多くのメジャーなカップルが休養や怪我等で不在です。競争という点ではカオスなので、そういう意味でも面白さが期待出来ますね。

表彰台には一歩及びませんでしたが、フィアー&ギブソン組のフリーはノリノリのダンス系音楽のパレードですので素人受けしますね。また、それだけの素晴らしい演技だったのではないでしょうか。私はエキサイトしました!

動画の54秒~1分05秒のワンフットステップシークエンスも素敵です。
ブラケット~カウンター~ロッカー~チェンジエッジ~ツイズルの一連のステップはスピード感があり、何より音楽のリズムと一致していますね!

また、後半のセットオブツイズルでは二人のシンクロもバッチリですし、細やかな腕の使い方が素敵!最後の膝を突いてのスライディングムーブメンツ(今季からの新ルール)もカッコいい!決まっている!

イギリスはシングル種目ではちょっと振るいませんが、アイスダンスは絶えず良いカップルが登場します。


追記。ロシア大会。

●羽生選手…(T_T)

ウウッ。。毎年のように大怪我で。。。お大事にm(__)m

怪我や病気の多いアスリートは、どれだけ才能があっても大成はしないと言われますが、羽生選手は見事な例外ですね。グランプリファイナルは無理せず、全日本選手権に間に合ったら嬉しいな。。。


●グレイシー・ゴールド選手…(*゚Q゚*)

彼女の姿を見た瞬間、私はショックを受けましたが、それだけ彼女が大変な思いをした証…。見た目の雰囲気よりもずっと繊細な神経の持ち主なのでしょうね。

実は、私も三十代半ば過ぎに鬱病になったことがあるのでゴールド選手の気持ちが少しだけ分かるような気がします。鬱病の悪影響が食生活に及ぼす例もあれば、人付き合いがダメになる例もあります。私の場合は…活字中毒だった私が…本や新聞を読むことが苦痛になり、しばらく読めない状態が続きました。どういう訳か体力も低下しました。

私の場合は復帰まで2年かかりました。ゴールド選手は少し早いのかな。ともあれ、彼女が再びリンクで元気な姿を見せてくれたことは嬉しいですね。何と言っても、華やかでキラキラとした魅力のあるスケーターです。


●白岩優奈選手。

クラウドファンディング(英語: Crowdfunding)…こんなシステムがあるとは知りませんでした(^^ゞ
サイトはここです

カンパというよりも一種の投資ですね。せっかくの才能がありながら経済的な理由で十分な活動が出来ないスポーツ選手には良い方法かもしれません。

ただし、個人情報の管理という点で非常に気がかりです。

なんせ、私の知っている例ですが、ネット関連の企業って、いい加減なものが少なくありません。社員の教育が行き届いていないんですよね。仕事の受け方、納期、品質、優先順位とか、基本的なことを分かっていない社員がよくいて、私なんか頭に来ることが何度もありました。

ところで、彼女のフリースケーティングのプログラム、「展覧会の絵」は好きです(^o^)。
演技動画はこちら

スピード感溢れる演技!
動画の55秒あたりから、アウトサイドイーグル→インサイドイーグル→チェンジエッジしてリバースのダブルアクセルなど、実に爽快です!



2018.11.10 | | コメント(10) | トラックバック(0) | フィギュアスケート・大会



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プロフィール

片割月

Author:片割月
和歌を愛し、音楽を愛し、花を愛し、神仏を尊び、フィギュアスケートが大好きで、歴史・社会・文学が大好きで、ジョン・レノン、八代亜紀、ちあきなおみが大好きで、クリント・イーストウッドと映画も好きで、皮肉とユーモアも好きな変わり者熟女(四十路半ばを過ぎた)ですが、よろしくお願いします。

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