お勧めの海外文学・愚見を少々




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●デュマ作「モンテ・クリスト伯」(岩波文庫)
気合いを入れないと読めない巨編であり、内容が荒唐無稽な復讐劇というイメージもあり、なかなか手にとって読む意欲が湧かなかった小説。

たまたま、アレクサンドル・デュマの伝記小説、佐藤 賢一の「褐色の文豪」 (文春文庫)を読んだらこれが実に面白かった。破天荒とでも言うべきデュマの人生は痛快だ。日本の小説家には望めないスケールの大きい一生だ。そんなデュマの本であれば、気合いを入れて読んでみるか、となった。

実に面白く、感動的でした。涙が流れた。貪るように読んだ。壮大なロマンだ。単なる復讐劇では決してない。食わず嫌いはいけないな。歴史背景として、ナポレオンによる「百日天下」の辺りからストーリーが始まるので惹きこまれる。

「モンテ」はイタリア語で「山」の意。「クリスト」は「キリスト」だ。つまり、「モンテ・クリスト伯」は「キリスト山伯爵」だ。デュマはダテにこの名前を付けたのではない。

この小説が単なるエンターテイメントではなく、人間を深く捉えた文学となっている秘密はここにある。そうでなくては現代まで多くの人に愛読されて来なかったであろう。文学や音楽、絵画等におけるキリスト教の影響は深い。

「モンテ・クリスト伯」は同時代のユゴーの巨編「レ・ミゼラブル」と比べても遜色の無い名作と思う。


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●ロマン・ロラン作「魅せられたる魂」(岩波文庫)
実は学生時代に読もうとしたが第一巻目の途中でメゲた。「ジャン・クリストフ」と比べ、文章にやたらと比喩や形容句が多く辟易したからだ。

今回は「モンテ・クリスト伯」を読んだ余勢でこちらの巨編に取り組んだ。

文章がやや晦渋なので苦労するが、じっくりと読んだ。これも素晴らしい小説だ。

「ジャン・クリストフ」が主人公クリストフを中心とする「自己形成」の物語であるのに対し、「魅せられたる魂」は女主人公アンネット・リヴィエールを中心とする「自己変革」の物語である。

アンネットはきちんとした教育を受けた中産階級の大人の女性として登場する。多くの人と交渉し、多くの問題に直面する中で、アンネットは次第に主観的自我の迷いや幻想から目覚め、より社会的、普遍的方向へと脱皮して行く。その生き方と成長に私は深く共鳴し、また感銘を受けた。

この小説が着手されたのは1921年、ロマン・ロラン55才の時であり、完成は1933年、ロラン67才の時だ。この小説には第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の時代という、ヨーロッパの破局が反映されている。

第一次世界大戦後、ドイツに革命が起き、ドイツ帝国は崩壊。ロシアでもロシア革命が起きた。そして、アンネットの生き方にロランの当時の生き方が反映されていると感じる。ある意味、個人主義的な自我の中に閉じこもっていられぬ時代でもあったのだ。

アンネットのような女性が直面する問題の一つが結婚であり、母の役割と社会活動をどのように折り合いをつけて行くかだ。当時のフランスでは(今の日本もそうだが)、結婚は「男性による女性の吸収合併、もしくは併合」なのだ。決して対等ではない。小説中の言葉を引用すると、

…アンネットは夫のロジェの妻に対する意識を読みとってしまった。
「自分の妻…『この犬は自分のものだ』…。

「魅せられたる魂」には、「人間の素晴らしさ」に心が洗われる思いがする箇所がいくつもある。読み通すにはかなりの気合いと労力が必要だが、その分だけ報われるものも多い。

この物語は、荒んだ現代人が失いつつある「心の清さ、気高さ」に満ちている。「魅せられたる魂」を未だ読んでいない人は幸いだ。何故なら、こんな素晴らしい小説を初めて読む喜びが待っているのだから。


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●フランソワ・モーリアック作「テレーズ・デスケルウ」・「愛の砂漠」(新潮文庫他)
モーリアックの小説は読み手に再読を強いる。文庫本で150ページ前後の中編だが内容の集約度が非常に高い。少なくとも私のような不注意な人間は、一度読んだだけでは大事な点をいくつも見過ごしてしまう。ストーリー自体はごくシンプルだが、これが曲者なのだ。

実は私が上記の2作を読むのはこれが3回目だ。何回読んでも汲み取れぬ何かがモーリアックにはある。夏目漱石にも同じことを感じる。

女主人公のテレーズも夫も、田舎の地主の出だ。比較的裕福な環境で育った者どうしが結婚した。真面目だが世間への体面を気にする平凡な夫。単調で荒涼とした土地の生活。テレーズはやがて無意識に不安や恐怖を覚える。何故か、テレーズは夫に毒を飲ませる…。

モーリアックはテレーズを決して道徳的に断罪はしない。さりとて夫も擁護しない。殺人未遂の動機の説明も無い。説明が無いことでこの小説は成功している。

テレーズは果たして「特別な人間、女性」なのだろうか?現代の私達の心の中にも「テレーズ」は潜んでいるではあるまいか?私達の意識下にも「荒涼とした土地」があるのではないか? 

あるいは、キリスト教への信仰を失くしたヨーロッパ人の心の虚無のなせるわざか?テレーズは一度だけ「神」の存在について自問している。カトリック信者だったモーリアックの問いでもあるか。

「テレーズ・デスケルウ」も「魅せられたる魂」と同様に、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間に書かれた。こうした荒んだ時代背景と無縁ではないであろう。

二つの大戦で、それまでの「ヨーロッパ帝国の栄光」は完膚なきまでに崩れ去った。

戦後に活躍したサルトルのような無神論の実存主義者(カミュもそれに近い面があった)とモーリアックは水と油である。独断ではあるが、私はサルトルの「嘔吐」「壁」やカミュの「異邦人」「ペスト」よりも、モーリアックの「テレーズ・デスケルウ」や「愛の砂漠」の方が人間をより深く捉えていると感じる。

一度は手にしてじっくりと読むべき名作と思う。


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●トルストイ作「イワン・イリッチの死」(岩波文庫)
ごく平凡な一人の官吏(裁判官)が不治の病で死に直面する。恐怖、怒り、虚しさ、迷い、孤独、諦念…トルストイはイリッチの心の葛藤を生々しく、そして、実に鮮やかに描いている。

妻は夫の死後の「金勘定」のことだけに心がいっぱいであり、子は父の心の葛藤には無関心であり、友人はイリッチの地位(裁判官)の後釜に座らんと気をもむ。

当時のロシアの中産階級の家庭はこういうものだったのかもしれないが、家族にロクに看病もされず、心の慰めも与えられないイリッチの姿は悲惨である。もちろん、その何割かは己の生き方にも原因があったのだが。。。

こうした中で、懸命に彼の看病をする一人の下僕の温かさにイリッチは心の慰めを得る…。

読んでいて厳粛な気持ちにさせられる。

わずか100ページ程度の小品だが、インパクトは強烈であり読後の印象は極めて鮮明だ。ひょっとすると長編の「復活」よりも、こちらの方が普遍性が高いかもしれない。

人間が誰しも逃れられない「死」について、真正面から真摯に描いた名作。


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●「マーク・トウェイン自伝」
私は「自伝」はあまり好まない。何故なら、事実関係に誤りや偏向がどうしてもあるからだ。また、概して内容が嫌味な自慢話や誇張された苦労話になりやすい。

しかし、例外はこれだ。何せ、あのマーク・トウェインであれば彼一流のユーモア冒険小説を読んでいると思えば良いのだから。多少の「ホラ」があったとしても許せる。

とにかく、こんなに面白くて痛快な「自伝」は初めて読んだ!!

マーク・トウェインがアメリカで最も尊敬され愛される小説家の一人と分かるような気がする。


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●妹尾韶夫訳編「ザイルの三人・海外山岳小説短編集」(朋文堂)
私は山岳小説にもハマっているのだが、その中から欧州の小説家のものを。

この短編集には「サキ短編集」で知られるスコットランドの小説家サキ作「第三者」や、フランスの大家モーパッサン作「山の宿」も入っている。が、最も優れているのはほとんど無名の小説家、ジェームス・アルマン作「形見のザイル」「二人の若いドイツ人」である。

短編でありながら中味は壮大だ。山にのめり込んだ男たちの人物造型が素晴らしく、深い感銘を受ける。命がけの岩壁登攀や厳しい冬の高山への登頂には、不思議な魔力があるようだ。こうした極限の困難に鬼神のごとく挑戦する男達の、良くも悪くもエゴの発露が文学の題材に成り得るのである。

私はもちろんヨーロッパアルプスを見たことは無いが、映像や画像から辛うじて光景を想像するだけだ。湿気の多い日本の緑の山々と乾燥したヨーロッパの無機質な山々との違いは、八ヶ岳や奥秩父の山を登った程度の私にもそれなりに想像できる。

今の私は海よりも山の方が好きだけど、垂直に切り立った険しい岩壁を登攀するのは例え100万円積まれたってご免だ。しかし、以前の私は、「山登り、それも冬山や岩壁を登るなんて、アホだ」と思っていたけど、今はそう思わない。





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2017.06.24 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 文学



本日のお薦めミステリー:そのテレビドラマも




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●桜木紫乃著「凍原」と「氷の轍」(小学館)の2作品…評価:上の下~中の上
前に書いたことがありますが、桜木紫乃にちょっとハマっています。
彼女のミステリーは自身の出身地である北海道の釧路を中心としたストーリーが多いです。
釧路には行ったことがありませんが、夏でも朝夕は薄寒さを感じる所でしょうね。

桜木紫乃のミステリーはこうした釧路の薄寒さや薄色の光景がそのまま登場人物の心象風景でもあるのです。主な登場人物は誰もが付かず離れずの微妙な人間関係を保とうとしています。傷つくのを恐れベタつくことはなく、しかし、孤独に耐えられずにそっと近寄ろうとする…この人間と人間の距離感。こうした人間の心理とリアルな生活が細やかに描かれているのです。

それにもかかわらず、面白いのは、一応の主役であるはずの女性刑事のキャラクターはそれほど明確ではないのです。「凍原」の松崎比呂刑事も、「氷の轍」の大門真由刑事も、二人とも似たような人物にしか描かれていません。おそらく著者は意図的に女性刑事の個性を平凡にしたのではないか、それにより逆に事件に関係する登場人物の個性を浮き彫りにする為に。

こうした特長を持つ桜木紫乃のミステリーには不思議な魅力があります。

そして、何と!「氷の轍」が2時間を越えるミステリードラマになりました!大門真由刑事役は柴咲コウ!
テレ朝11月5日(土)。楽しみですが、結構難しい役柄と思います。あまり個性の無い女性刑事ですから。
サイトはここです

キャストは豪華な顔ぶれです。

誉田哲也の警察小説をドラマ化した「ストロベリーナイト」の姫川怜子刑事は竹内結子が、秦建日子原作の小説をドラマ化した「アンフェア」の雪平夏見刑事は篠原涼子が、乃南アサの「凍える牙」の音道貴子刑事は天海祐希や木村佳乃が、それぞれ好演していましたが、果たして柴咲コウはどうか!?

ま、脚本や監督の腕にもよりますが。


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●サンドラ・ブラウン著「コピーフェイス:消された私」(新潮文庫)…評価:上の下
飛行機事故で瀕死の重傷を負ったことで、別人として生きることになった女性を主人公とするサスペンス&ロマンです。何だかB級ミステリーのような「よくある設定」ですが、意外や意外、これが実に読ませます!

下手をするとマンガチックなチープなストーリーになるのですが、サンドラ・ブラウンはどこまでも大真面目にリアルな描写で魅了させます。「夫が上院議員に立候補して選挙に挑む」というメインの筋書きと、女性作家らしい筆致の細やかさがリアリティを強めています。ラブロマンとしてのハラハラドキドキとミステリーの合わせ技を決めた好著です。

で、これもテレビドラマ化が決まり、栗山千明がヒロインを演じる連続ドラマが始まるのです!

NHKドラマ10 11月18日(金)~ 
サイトはここです


●梶永 正史著「警視庁捜査二課・郷間彩香 特命指揮官シリーズ」…評価:中の上
割と最近話題になったミステリーのようですね。さほど期待していなかったのですが、私は女性刑事が主役のミステリーに弱く、つい手を伸ばしてしまいます(^_^;)。

こちらも、意外にも面白かった!郷間彩香刑事のキャラクターは、悩み多き音道貴子とも、深刻なトラウマを抱えつつも男と張り合う強気の姫川怜子とも、クールな雪平夏見とも異なります。

勝気ですが、小悪魔であり、男性刑事のセクハラ的からかいに負けじと切り返す軽妙さが郷間彩香の面白さです。これは先日、2時間ドラマで放映されました。郷間彩香刑事役は松下奈緒でした。

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う~ん。。松下奈緒は違うなあ。軽妙なタイプではなかったなあ。。。それに、少々身長が高過ぎます。原作の郷間彩香はハイヒールを履いて、コツコツと派手な音を立てて颯爽と歩いていますが、松下奈緒はネ^^;

で、20分ほど見て諦め、チャンネルを切りました。
私は20分見て良いか悪いかを判断するタイプ。たとえ私の好きな俳優が出演していても、面白くない、役柄がその俳優とマッチしていない、と思うと止めてしまいます。別に自慢にはなりませんが、私は学生時代からミーハータイプじゃないのです。最後まで見るかどうかは、俳優よりも作品次第です。


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●ティムール・ヴェルメシュ著「帰ってきたヒトラー」(河出文庫)…評価:中の上
これは作者がフランス人かアメリカ人であったら、もっとアイデアを自由に膨らませて描いただろうと思いました。ドイツ人だから真面目?なんだよね。それでも面白かったけど。

あのヒトラーが現代にタイムスリップして来たらどうなるか?は、それだけで面白そうです。

これが、「帰ってきたチャーチル」でも「帰ってきたルーズベルト」でも「帰ってきたスターリン」でも、ましてや「帰ってきた東條英機」ではとても絵にならず、ヒトラーにはまったく太刀打ち出来ないです。

「帰ってきたナポレオン」ならまだ面白そうです。しかし、ナポレオンが現代のパリを見たら、走る自動車やトラック、空飛ぶジェット機を見たら、あのエッフェル塔を見たら、あまりの驚きに腰を抜かすでしょうね!戦争好きなナポレオンに第二次世界大戦の凄まじいシーンを見せたら、どう思うでしょうね。興奮しながら噛付くように映画を見ることでしょう。




2016.11.02 | | コメント(21) | トラックバック(0) | 文学



お薦めのミステリーを紹介!




今年、私が読んだミステリーの中から、おススメと思うものを。

中村文則 「教団X」(集英社)…評価:上の下
読みだしてすぐに、「あ、この小説家はドストエフスキーの影響、それも「悪霊」あたりの影響を受けているなあ」と感じる。もっとも、著者本人もそれを認めているらしいが。具体的には、カルトっぽい集団の教祖的人物や幹部が登場しては、それぞれ延々と話すことだ。現実にはあり得ない長大な会話をする点はドストエフスキー的だ。また、仏教思想が展開されたり、最新の量子論を展開し、宇宙と人間存在についての哲学的思索が繰り広げられる点もそうだ。ドストエフスキーはロシア正教会だけど。

典型的な犯罪小説的なようでいて、生とは?人間の存在とは?との問いが執拗に繰り返される。それも複数の主要人物によって複数の視点から。これが「教団X」に純文学的奥行きを与えていると思う。

この物語の中では露骨なセックス描写を何度も読まされる。それは道徳的基準を無くし、絶対的な何かを必死に求めようとしつつも己を見失った人間の彷徨や焦燥を表現する上で、作者にはどうしても書かなくてはならなかったのだろうと思う。

興味が湧いたので、もっと初期に書かれた「銃」「掏摸」(河出文庫)も読んでみた。やはり、犯罪小説にちょっとした哲学的思索をブレンドした面白さがある。

ところで、「掏摸」にはこんな文章がある。

「…店内の温度は高く、汗をかいた。立花の姿を見つけ、いるわけがないと思い、息を吐くと店員が僕に視線を向けていた…」

意味が不明。結局、(主人公の知人である)立花は店内にいたの?いなかったの?それと、やたらと句点を入れるので読みにくくて意味が頭に入りにくい場合がある。

中村文則は強い問題意識を持っていると分かる。が、その割には読み手に訴える力が少し弱いのは、私の読解力の問題や好みのせいだけではあるまい。文体に主題を支えられるだけの密度が薄いように思う。

しかし、これから期待の持てる若手作家の一人と思う。

ひょっとすると、中村文則は気楽なユーモア小説を書いたら、むしろ、その方が成功するかもしれない。


中山七里「さよならドビュッシー」 (宝島社文庫) …評価:中の中
この小説家は女性かと思ったら男性なんだ。ドビュッシーのピアノ曲のアナリーゼやピアノの演奏技術や演奏論に関する長い説明はクラシックファンである私には面白く読めたが、そうでは無い読者には少々冗長で退屈するのではないか?で、ミステリーとしてのトリックに関しては、私は見事に引っかかり、騙されました。

もう一冊、「どこかでベートーヴェン」(宝島社)も読んでみた。こちらも私は「死体」についてのトリックが見抜けず、やられました。よくもまあ、こんな意外なトリックを考え付くものだと感心するばかりだ。本筋とは別に作者のベートーヴェン論にも期待したのだが、こちらはアッサリとしていて少々肩透かしを食わされた。それと、探偵役の主人公、岬洋介がちょっと超人的過ぎやしないか?ここでは彼はまだ高校生だぞ。


☆私はミステリーを読んでも真犯人は当てられず、トリックは見抜けず、綺麗に騙される方だ。私にはとても警察官や刑事は勤まらないと思っている。しかし、これは負け惜しみで言うのだが、どうせミステリーを読むなら騙された方が面白いのではないか?「途中で真犯人が分かっちゃったのよね~」「チャチなトリックはすぐ見抜けるんだよ」と自慢する人がいるが、そんなんでミステリーを読んでも面白くあるまいに、と思うが。。。(゚∀゚)


綾辻行人「十角館の殺人」(講談社文庫)…評価:上の下
海の孤島の古い館で連続殺人が…過去に多くのミステリー作家によって書かれて来た古典的な設定だが、綾辻行人のはそれを更に本格化・精密化・複雑化したものだ。私なんぞ、いくら目を凝らして読んでも、頭を必死に働かせても、いっこうにトリックも犯人も分からない。見事に騙されてため息をつくだけ。他の作品を読もうとしたら、ホテル並に部屋が多い館で大人数が登場するような設定なので諦めた。たぶん、スイスの時計技師のごとく精密なトリックが施されているのだろう。館の見取り図を見ただけで目がクラクラした。


小泉喜美子「血の季節」(宝島社文庫)…評価:中の上
「弁護側の証人」に続いて、幻の名作?が復刊されさっそく読んだ。前作とは全く雰囲気が異なり、こちらはサイコパス的・スリラー的要素が施された物語だ。トリックそのものよりも、アンティークなタッチが楽しめた。


麻耶雄嵩「隻眼の少女」(文春文庫)…評価:中の上
読者の好みで評価が大きく割れるミステリーでしょ。私は結構楽しめたよ。探偵役は隻眼の女の子。17才くらい。しかも、巫女じゃあるまいし、水干に赤い袴という奇抜なコスチュームで登場。名前は、御陵みかげ、と来た。もう、これだけで「アホくさ!」と思う人もいるだろうね。場所は信州の山深い村。琴折家の家系図が示され、連続殺人が…横溝正史の「悪魔の手鞠唄」「獄門島」かよ。しかし、文章は横溝正史のようなオドロオドロしたものではなく、今風にドライだ。

「バカミス」と割り切れば、なかなか面白いと思うけどね。ストーリーも登場人物もリアリティーとは遠い設定なのに、トリックの方はいやに緻密で理屈っぽくて、その対照がまた不思議な雰囲気を醸し出す。他の作品に「貴族探偵対女探偵」があり、これも面白そうなので手元に置いてある。


西村京太郎にハマる:「寝台特急殺人事件」「夜行列車殺人事件」(光文社文庫)…評価:中の上
西村京太郎は初期の頃の作品の方が力作が多くて良い。
「寝台特急殺人事件」では、深夜0時前に広島だか岡山近辺を走っていた寝台特急に乗車していた若い女性が、次の日の早朝、多摩川で死体となって発見される…うそだ~!?そんなの有り得ない!となる。
上手いなあ、この展開。読むのが止まらなくなる。

ここで少しネタバレになりますが、枝葉の部分なので問題ないかと。小トリックとして用いられている例から疑問に思った点。長距離列車では時刻表では通過と表示されていても、業務上の必要があって「運転停車」というのがあり、実際には主要駅で1度は停車するシステムになっているとか。これって、フェアじゃないな。だって、これはよほどのコアな鉄道ファンでもなければ一般の読者には知り得ず、想像しようの無いトリックでしょ?


薬丸岳にハマる:「天使のナイフ」「闇の底」「虚夢」「逃走」 (講談社文庫)「Aではない君と」(講談社)評価:上の下
まさしく、読みだしたら止まらない「ノンストップミステリー」だ。私、久しぶりに夜更かしをしてしまった。

少年法という社会的テーマとミステリーとしてのトリックの意外性の組み合わせが上手い。また、刑法第39条。すなわち、「心神喪失者の行為は、罰しない。」、「2.心身耗弱者は、その刑を減刑する。」という社会的テーマを扱ったりと、薬丸岳のミステリーは社会派推理小説的だが、松本清張よりもっとドロッとしている。遺族や加害者側家族の心の葛藤が強く描かれている。それでいて、展開がスピーディでドラスティックなので退屈するヒマが無い。文章はごく平板な言い回しだから読みやすい。内容がストレートに頭に入って来るので簡単にストーリーの世界に入り込んでしまう。

特に「Aではない君と」は印象に残った。評価:上の中

例えば、

少年「僕はあいつに心を殺されたんだ。それでも殺しちゃいけなかったの?」
吉永「そうだ・・・」
少年「心を殺すのは許されるのに、どうして体を殺しちゃいけないの?」

こんな質問をされたら、大人も考え込んでしまう。重い問いである。


横山秀夫は中・短編が優れているが、長編も良い。が、弱点もある。
「64(ロクヨン) 」(文春文庫)「震度0」(朝日文庫)…評価:上の下


しかし、同じ長編でも私は両作品よりも「クライマーズハイ」の方がドラマ性とリアリティという点でより優れていると思う。元新聞記者だった経験が良く生かされているので、日航ジャンボ機墜落事故を受けての地方紙の記者達の死に物狂いな取材や報道部門内の争い等、多少は誇張されている感があるにせよ、本物の迫力と臨場感があった。

横山秀夫の長編は最初から3分の2までが特に素晴らしい。「起承転結」で言えば、「起承転」。元新聞記者だから問題提起とその現状をリアルに示す場面が素晴らしいと思う。登場人物が多いのもリアリティを増す長所である。ある意味、「震度0」は横山秀夫の長編の特徴、その長所も短所も良く出ていると思う。

登場人物は某県警本部の本部長と最高幹部4人とその直属部下、そして、家族。実に多い。それだけ、出世に汲々とする幹部達の姿や、部署間の凄まじい対立がリアルだし、階級社会に生きる夫を持つ妻達の姿も生々しい。実に臨場感がある。

しかし、登場人物それぞれが均等に話し、随所に登場するので、そのうち誰が主役なのか曖昧になる。また、問題とするテーマも複数あるので本筋が分からなくなる場合がある。「震度0」の場合、何の為に阪神大震災をストーリーの背景の一つにしたのか、その必然性が弱いと思う。別に大震災と絡める必要は無かったのではないかと。

で弱点は「結」だ。長編では複数の面白い題材を上手く活用しているのだが、その中には尻切れトンボ的に終わっているものがある。「半落ち」でも、ドナーの問題が中途半端に終わっていた。作者はドナーの問題について何が言いたかったのか不明なのだ。それよりもミステリーの謎の解明の方に行ってしまう

そして、「64(ロクヨン) 」に象徴されるように、最後のトリックが非現実的で少々白ける。これが横溝正史的な物語であればまだ許されるが、作品の3分の2までがリアリティーのある内容なのでトリックがチャチに思えてしまう。

そのような短所があったとしても、十分にお釣りが来る程に面白く、読み応えがあるのが横山秀夫の長編だ。

私の主観では、横山秀夫は今野敏と並ぶ警察ミステリーの名手と思う。


今野敏「去就: 隠蔽捜査6 」(新潮社)。評価:上の中
登場人物の一人ひとりに味があり、会話の随所に味があり、竜崎署長の家族のシーンも味があり、無駄な箇所が全く無い!私は特に竜崎署長が好きだが、その妻にも魅力を感じ始めている。彼女こそ本当の意味での良妻賢母だよ。

今野敏の「隠蔽調査シリーズ」(新潮文庫)は超おススメだよ!!



2016.10.07 | | コメント(22) | トラックバック(0) | 文学



今年から最近までに読んだミステリーあれこれ・愚見を少々




【私は図書館や図書室が苦手】
私の欠点です。あるいは贅沢病の一種です。節約意識に欠けるのでしょう。少なくとも、高校時代から図書館で勉強するのが苦手でした。あのシーンとした雰囲気が圧迫感や閉塞感となり、読書や勉強に集中出来なくなるのです。むしろ、公園や駅のベンチ、ホテルのロビー、喫茶店、多摩川土手のような「雑音」のある場所の方が不思議と集中出来るのです。自宅で読書や勉強をする場合はラジオやステレオで音楽を流していた方が集中出来ます。「無音状態」が苦手なんですね。

本を図書館から借りて読む習慣もありません。贅沢ですよね。返本納期があるのが嫌とか、図書館にいちいち行くのが面倒等の理由もありますが、最大の理由は、私は本に書き込みをするクセがあるからなんです。気になる個所、未知の事柄、良い言葉等に出会うと、几帳面な人であれば手帳やノートに書き込むのでしょうけど、私は横着者なので直接本に書き込みをしたり、印をつけたり、折り目をつけてしまいます。その代わり、本の7割くらいは中古本を買います。文庫本や新書版のような比較的価格の安いものは新品を買うこともありますが、今は本のサイクルが速いので、2週間もすれば大抵の新刊本は2割引き以下で中古本屋さんに出回っているので、そちらで買います。

わたしは変わり者なのかと思っていたら、案外と同じ人がいると分かり、少しホッとしていますが(^_^;)。

以下は私の好みであり、独断と偏見ですから、参考にもならないかもしれません。


【期待はずれだったミステリー本】
「仮面病棟」(実業之日本社文庫)…評価→下の中。
最近は特に目立つ印象があるのですが、本の帯に「怒涛のドンデン返し!!」「ラスト3ページで涙腺崩壊!!」「著者渾身の最大傑作!!」等の大げさなコピーがやたらと躍っています。実際に読むと、ちっとも涙腺など崩壊しませんし、ドンデン返しは期待外れでひっくり返る場合が多いし、最大傑作どころか凡作でしかないものが多いです。

で、「仮面病棟」も著者が医師とて、海堂尊の「ジェネラル・ルージュ」並みの期待をしましたがガッカリ。設定もトリックもリアリティが無いのでドッチラケ。むしろ、これはマンガかよ、って感じ。いや、おちゃらけたマンガ系のミステリーやSFなら、それはそれで私は好きです。しかし、この本はどうにも中途半端だ。

奥田英朗「ナオミとカナコ」…評価→下の上。
単行本のカバーデザインがおしゃれだったことと、私が愛読している随筆家の中野翠さんが推していたので久しぶりに奥田英朗のミステリーを読みました。最初は面白そうな気配がありましたが、中国人の女社長が登場して来た頃から私の熱は冷めて行きました。ダメですよ。日本人の目に映る旧態依然としたステレオタイプの中国人を描いては。これもマンガか?

「ナオミとカナコ」はテレビドラマ化されましたが、こういうのはドラマにしたら面白いかもしれませんね。奥田英朗の「最悪」「邪魔」を読んだ時の評価は「中の下」くらいでした。それなりに面白さはありますが、やたら長い上に内容が陰惨で暗いので読んでいて憂鬱になってしまった覚えがあります。それ以来、読まなくなりましたが、これで奥田英朗の本とはオサラバです。

大沢有昌「雨の狩人 - 狩人シリーズ・4」…評価→下の上。
私は「新宿鮫シリーズ」の大ファンだったのですが、5シリーズ目くらいから質の低下を感じてやめました。
いいですか?鮫島刑事だったか誰かは忘れましたが、どこかの道路から公園を通り過ぎ、目的のアパートに辿りつくまでにやたらと細かい描写で十数ページを費やしている箇所がありました。それが後々の何かの伏線にでもなっているのであればまだしも、そうではないのです。あのねえ、純文学じゃなくてハードボイルド系なんだから、もっと展開の速さが必要でしょうに。ただのページ稼ぎだよ。ウンザリ。そして、「雨の狩人」にもウンザリ。これで大沢有昌の本とはオサラバです。

【私がオサラバしたミステリー作家】
海堂尊…なまじ、「チームバチスタ」で華々しいデビューを飾った分だけ、後が苦しくなったか。田口・白鳥シリーズは3作目「ジェネラル・ルージュ」を最後に、それ以降はグッと密度が下がった。退屈。

森村誠一…「人間の証明」「野性の証明」以下、何冊か読みましたが、この人はストーリーよりも文章そのものがネチネチとイヤラシク暗いのでやりきれない。(例外はある)

宮部みゆき…社会派ミステリー「火車」やSF系の「龍は眠る」「レベル7」「蒲生邸事件」までは楽しめたけど、「理由」で期待外れとなり、「模倣犯」はただ水ぶくれしただけの内容の大長編に辟易。やめた。

純文学や風俗文学の世界だけではなく、ミステリーの世界も大長編を書かないと大物作家として評価されない傾向があるのでしょうか?しかし、私の知る限り、大長編ものはその半分以下の量で済む内容を水ぶくれさせているだけに思えます。松本清張といえども、大長編は凡作だ。「砂の器」などは、原作よりも映画の方が出来映えが遥かに上だ。

東野圭吾…私が高校生の頃からずっと愛読していました。講談社文庫の「卒業」「放課後」「学生街の殺人」などの「学園もの」に魅了されて。以後、「片想い」「白夜」「秘密」「トキオ」と次第に長編傾向になっても面白くて読み続けましたが、「容疑者Xの献身」でついに疲れてやめた。東野圭吾の作品が劣化したからではなく、単に私の方が飽きたのです。それに、東野圭吾は多作なので追い付けない。私の関心や好みが他に増えた、という理由もあります。



【期待を裏切らなかったミステリー本】
ジェフリー・ディーヴァー「スキン・コレクター」…評価→上の下。
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最初に「静寂の叫び」を読んで、ギャッボン!と驚かされ、次に「ボーン・コレクター」を読んで、アギャーン!とノックアウトされて以来、ディーヴァーのファンになっています。リンカーン・ライムシリーズはほとんど全て読みましたが、どれも満足。「スキン・コレクター」も内容の密度や展開の面白さ、知的好奇心を刺激してくれる点で期待を裏切りませんでした。かなりの長編ですし、筆致が細かいので読む人によってはウザイと思うかもしれませんが、私には面白いです。リンカーン・ライムと公私とも良きパートナーであるアメリア・ドナヒュー巡査とのコンビも相変わらず良い。

以前に、ミステリー短編集の「クリスマス・プレゼント」を読みましたが、こちらも高質な短編が目白押しで満足度は高かったです。ジェフリー・ディーヴァーはミステリーの天才じゃないかしら?誉め過ぎかな。

桜木紫乃「硝子の葦」「無垢の領域」(新潮文庫)…評価→中の上。
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桜木紫乃の顔写真を見て、「あ、桐野夏生に似ている」と思いました。良く見るとまったく違うのですが、お二人とも非常に理知的な女性という印象です。で、理知的な女性の小説はえてして暗いんですよ。桐野夏生がまさにそうでして、「柔らかな頬」「グロテスク」「OUT」と読んで、タッチがどうにも暗くてこれ以上は読む気が失せました。

で、上記の2作もタッチが暗いのですが、何でもないような箇所にハッとさせられる感性の鋭さと文章の上手さがあり読ませます。おそらく何度も推敲を重ね完成度を高めた小説と思います。さほど長編でないのも疲れなくて良い。
たとえば、「無垢の領域」では、
「…突き放しているわけでも、諦めているわけでもない。怜子自身は、自分がそうした生活に対する女性的な細やかさを持っていないせいだと思っている。秋津母子の生活を支えていることも、彼の妻という立場も、どこか他人事のように感じている。一緒に暮らす人間に抱く距離を、最近は縮めようと思わなくなった…」
のように。

桜木紫乃は不思議な魅力がありそうです。また機会を見て他の作品も読んでみたい。

shige様ご推奨?の小泉喜美子「弁護側の証人」(集英社文庫)…評価→中の上。
なんせ、今から五十年以上も前に書かれたミステリーなので、内容的にやや古めかしさを感じます。使われたトリックも。しかし、これはミステリーの古典として楽しめば良いのです。

その上で、小泉喜美子独特のエモーショナルな文章のタッチを味わい、楽しもう。トリックは…秘密ネ。
これ以上はネタバレになるのでよすわ。


【今もオサラバ出来ないミステリー作家】
松本清張…初期の頃の短編や、「黒い画集」の中編は今も手元にあり、再読すると改めて面白い発見があります。短編の「声」ななどは、もしかすると、横山秀夫の短編、「顔」に影響を与えているんじゃないかしら?

梓林太郎…マイナーな方の作家かもしれませんし、トリックなど取り立ててどうってこともないのですが、川を題材にした「茶屋次郎シリーズ」を楽しんでいます。「多摩川殺人事件」「信濃川殺人事件」「隅田川殺人事件」など。海や山を題材にしたミステリーは珍しくないですが、川は珍しい。

川を河口から源流まで辿る旅は好奇心を刺激しますし、ロマンティックです。若いころに私ですら、不完全ですが、多摩川と信濃川(千曲川)については、河口から源流近くまで、断続的な遡行ではあっても、試みたことがあります。電車やバスやレンタカーを使って、ズルをしていますが(^_^;)。

「茶屋次郎シリーズ」は時々テレビドラマ化され、ベテラン俳優の橋爪功さんが良い味を出していますね。

山村美沙…京都に住んでいた作家で、京都を舞台にしたミステリーが多いですね。私はどうも京都ものには目が無いです。「舞妓シリーズ」とか。今でも中古本屋で山村美沙の「京都もの」を見つけると、つい買ってしまいます。で、山村美沙のトリックは、そんなにバカにしたものでもありません。


【読む度に、評価が上昇するミステリー作家】
新田次郎…エッ?新田次郎はミステリーも書いていたの?ですか。そうなんです。「山岳ミステリー」です。松本清張の「黒い画集」に「遭難」という北アルプスを舞台にしたミステリーがあります。これはたぶん、山岳ミステリーに先鞭をつけたものだと思います。さすがは松本清張です。

新田次郎は読む度にますます好きになって来ます。

山岳小説と山岳ミステリーについては、別途あらためて記事にする予定です。




2016.05.03 | | コメント(14) | トラックバック(0) | 文学



最近読んだ海外小説を続々と:東山彰良「流」&西村京太郎





ここ最近読んで来た小説について、ひと口コメントと私の独断と好みによる9段階評価。ネタばれ少々あり。
評価は「上」「中」「下」の3柱にそれぞれ「上・中・下」を設けた9段階評価。「上の下」「下の中」など。

●海外のミステリー&SF

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ロバート・ネイサン「ジェニーの肖像」…上の中
SFもの。タイプスリップの変形とでも言おうか。貧しい青年画家の前に現れた少女。二人の時を超えた淡い恋愛。一度若い頃に読み、何とも言えないしみじとした味わいがありました。今回も同じく。生き残る小説にはそれなりの理由があると。

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デイヴィッド・トーマス「彼が彼女になったわけ」…上の下
SFもの。映画「同級生」やテレビドラマにもなった「パパとムスメの7日間」など、男女が入れ替わる、親子が入れ替わる物語はいくらでもありますが、この小説では、何と!、患者の取り違えで性転換手術をされてしまった青年の悲喜劇。青年のガールフレンドとのドタバタ等、痛快です。イギリス人作家ならではのユーモアもあり、なかなか面白かった。

フレッド・カサック「殺人交叉点」…トリックが早々に分かると下の上・分からずに騙された場合は上の下か。
犯人探しの普通のミステリー。ミステリーと言うと、質量ともにイギリスやアメリカかと思うけど、フランスもなかなか健闘?していますよね。密室ものならガストン・ルルー「黄色い部屋」が最高傑作でしょ。糸だの紐だのバネだのと、小細工を弄した密室はリアリティが無くてダメ。「殺人交叉点」について、どんなジャンルのミステリーかは伏せますね。一読の価値あり。


●ロシア文学

ツルゲーネフ「片恋」「父と子」…上の中。
ツルゲーネフは高校時代に「初恋」を読んだだけでした。で、この2作は共に名作と思います。同時代のドストエフスキーやトルストイの陰になって割りを食っているツルゲーネフですが、やはり、文豪の名にふさわしいと思います。保守的な考え方を持つ父と新しい思想に惹きつけられる子との間で繰り広げられる精神的戦い…普遍的なテーマですよね。私も父とはずっと不和でした。父は男尊女卑的な考え方が強く、私は猛烈に反発しました。

チェーホフ「短編集」(集英社)・「可愛い女」」「犬を連れた奥さん」のような有名な短編も入っている…中の上
チェーホフの戯曲はつまらないが短編は面白い。深みは無いけど、オチに味わいがある。そもそも、戯曲で表現し得る可能なことは、古代ギリシアの悲喜劇、シェイクスピア、そしてモリエールによって書き尽されてしまったと私は思っていますので。

で、「短編集」ですが、一作毎に訳者の沼野充義氏による詳しい解説があり、これがまた実に面白い。一例を挙げると、ヒロインの名前「ナジェージュダ」の愛称形は、ナージャ。もっと親密なのは、ナージェンカだと。で、和訳ではナージェンカを「ナッちゃん」としてみました、という説明があります。なるほど、とは思うけど、「ナッちゃん」は、ちょっとやり過ぎじゃない?


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ゴーリキー「母」…上の下
ロシア革命期を生きたゴーリキーならではの物語。下層階級に生きる慎ましくも信心深い母と革命家として生きる息子と。やがて、母は革命に目覚めて行く…このように書くと、如何にも紋切り型のクサイ小説と思われるかもしれません。そのような一面が無いわけではありませんが、この小説の魅力はこの時代のロシアの底辺をリアルに描いた点と、理想に燃える青年達の人間像にあります。私にはチェーホフよりゴーリキーの方が読み応えがありました。

ゴーリキーはフランスの文豪、ロマン・ロランと親しかった。お互い、良くも悪くも理想主義者な一面があり、「革命により平和を!」との意見で一致し、意気投合したようです。私達が生きる21世紀日本では、「現実が理性」と言わんばかりの人間が多いようです。「ハハハ!甘いな。君、現実はネ…」と、したり顔で語る者。理想を語る人間を「お花畑」と冷笑する者。こうした人間が優勢な時代のようです。彼等が全く間違いでは無いにしても、何か、そのような人間には…時として…大事なものをどこかに置き忘れたか、捨て去った人間の空虚さというか、ザラザラとした心象風景を嗅ぎ取ってしまいます。


●フランス文学

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エドゥアール・マネ作「ナナ」

ゾラ「居酒屋」「ナナ」…下の上。
今まで、ゾラの小説は読んでいませんでした。マネ(私の一番好きな西洋画家!)が新しくも大胆な絵を描き世間から袋叩きにあっていた時、彼を擁護し援護したのがゾラでした。こちらの論文は読んだことがあります。

で、2つの小説は名作との評判ですが、正直、退屈しました。最後まで読み通すのが苦痛でした。意地で読んだようなものだ。
それぞれ文庫本で700ページを超える長編なのですが、全般に渡って細かい筆致による描写が延々と続くのです。例えば、金物工場の建物から機械用具まで、ことさら詳しく描く。要するに、19世紀のルイ・ナポレオン帝政下のパリの労働者階級(居酒屋)の実態や、社交界とそこに出入りする高級娼婦(ナナ)の実態をリアルに、写実的に描いているのです。小説にリアリティは大切ですが、行き過ぎると砂を噛むような味気無さにも陥りかねない。

絵画の世界でも写実主義というのは退屈だ。もちろん、その精緻な技法には恐れ入りますし、写真も映像も無かった時代には一定の意義や役割があったとは分かる。ゾラはジャーナリストでしたので、ドキュメンタリータッチというかノンフィクション的に書きたかったのでしょう。それこそがリアリティであると。確かに、当時のパリの姿を知る、という点では面白いが。

ひょっとすると、私の読み方が悪いのかもしれません。あるいは、もう私には若い頃のような瑞々しい感受性が失われつつあるのかもしれません。そういう不安を覚えます。若い頃に読んでおけば良かったかも。しかし、ゾラの先輩のフローベールの「ボヴァリー夫人」「感情教育」などは私が中年女になってから読んで、面白かったけどなあ(^_^;)


モーパッサン「脂肪の塊」…上の中。
フローベールの弟子であり、ゾラの後輩になるモーパッサン。短編の名手との評判も。で、「脂肪の塊」は文庫本で100ページ程度の中編ですが、なかなか面白いです。読者に己の生き方を振り返らせる力もあります。また、人物設定の巧みさ、筆運びの上手さには舌を巻きます。傑作です。

モーパッサン「女の一生」…中の下。
こちらは400ページに及ぶ長編。期待して読んだら、少々期待外れでした。さほど裕福とは言えない貴族に生まれたお嬢様が、不幸な結婚をして…このようなストーリーは掃いて捨てる程ありますので新鮮味が無い。それでも何か深い思索が見られるのであればともかく、それも無いのですから面白くない。いくら筋書きが巧みで筆上手でも、必ずしも読み手に何かを訴え、深い感動を呼び起こすとは限らない…その典型的な例かもしれません。


直木賞受賞作:東山彰良「流」…中の上。
はぴらき様から推奨があったので中古本を買って読みました。
実は、私は「流」がミステリーとは知らずに、歴史ものくらいのイメージで読みました。何故かと言いますと、私の買った中古本には帯が無かった。後で知ったのですが、その帯に「青春ミステリー」と書かれていたんです。ミステリーと知って読むのと、歴史ものと思い込んで読むのとでは、違った鑑賞になるかもしれませんね。

第二次世界大戦~国民党と中国共産党の戦い~中国と台湾という歴史の流れに翻弄され、引き裂かれた中国人達の姿が丁寧に描かれています。その影響は孫の代にも及ぶ。前半は描写や説明が多く、重厚である半面、ストーリー展開がスローでちょっと焦れる。ところが、「あ、これはミステリーなんだ!」と気がつく頃になり、後半を過ぎるとまるで何かに急かされたようにテンポアップし、結末に至るのです。そのアンバランスが不自然で中途半端です。何もミステリー仕立てにする必然性は無かったのにと残念に思った。

しかしながら、戦後の戦争を知らない台湾の若者たちがどんなことを考えていたのか、祖父母や父母はどのように戦争の重荷を背負い、悩み、苦しんでいたのか等、教えられる点が多々ありました。このように日本のミステリーでは珍しいテーマも高い評価になったのかなあと思います。

ゴキブリ退治に悩んでいた台湾の人達が、日本で発明された「ゴキブリホイホイ」の威力に驚く個所があり笑えました。

一読の価値がある作品ですね。


●西村京太郎を侮るなかれ!
「D機関情報」「天使の傷痕」…上の中。
もちろん、侮っていたのは私です(^^ゞ。500点以上に及ぶ多作。つまりは、粗製乱造のミステリー作家なんだろうと、勝手に決め付けていました。それに、鉄道ものミステリーにはあまり興味もありませんでした。

ところが、人から勧められて講談社文庫の「D機関情報」を読み…言葉の矛盾をあえて辞さずに表現すると…軽い衝撃を受けました。アジア・太平洋戦争で日本の敗色が濃くなる中、ひとりの海軍将校が特命を受けて内密にスイスへと向かいます。スリルとサスペンスの面白さもありますが、人間描写といいますか、人間が良く描かれている。人物造形が確かなので読んでいて強い感銘を受けます。読後にも充実感があるのです。松本清張に勝るとも劣らぬ社会派ミステリーですよ。いやあ、食わず嫌いはダメですね。

さっそく、次に「天使の傷痕」を読みました。これは殺人事件を扱ったオーソドックスなミステリーでした。密室ものであれ、アリバイ崩しであれ、一人二役&入れ替わりものであれ、いくらトリックが巧妙であっても、犯人の殺人動機に必然性やリアリティが無ければドッチラケです。横溝 正史のミステリーはそんな感じです。小中学生には良いかも。で、「天使の傷痕」ではそれが実にリアルに、深く描かれています。社会批判もある。見事なものだ。

西村京太郎はストーリー運び、筆運びが上手い。描写も過不足無く簡潔でテンポが良く、ダレる所がありません。しかも、人間がしっかりと描けているので安っぽさを感じさせません。もちろん、私が読んだのは初期の頃の作品です。作家により、徐々に作品の質が落ちて行く場合もあれば、その逆もありますから、最近の作品がどうなのかは分かりません。

で、今は「終着駅殺人事件」を読んでいます。上野のターミナルが主要な舞台のようですが、快調だ。この先が楽しみ。




2015.12.23 | | コメント(11) | トラックバック(0) | 文学



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プロフィール

片割月

Author:片割月
和歌を愛し、音楽を愛し、花を愛し、フィギュアスケートが大好きで、歴史・社会・文学が大好きで、ジョン・レノン、八代亜紀、ちあきなおみが大好きで、クリント・イーストウッドと映画も好きで、皮肉とユーモアも好きな変わり者アラフォー熟女ですが、よろしくお願いします。
最近は体力をつける為に、休みの日はえっちらおっちらとミニハイキングに勤しんでいます。

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