爽やかな女子ゴルファー、チョン・インジ選手




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●爽やかな笑顔と優しさとサービス精神に富んだ賢い女子プロゴルファー、チョン・インジ選手。

参考記事

ゴルフ嫌いの私がなぜ女子ゴルファーを取り上げたか?

たまたま大叔父の家に遊びに行った時、日本女子ゴルフオープンという国内メジャー大会がテレビ放映されていて、大叔父がそれを熱心に見ていた。それに私も付き合うことになった。

大叔父が熱心だった理由は、畑岡選手(18才)という非常に強い若手が活躍していて、日本女子ゴルフオープン連覇なるか、という状況だったこと、普段は圧倒的に強い韓国女子ゴルファーの存在を「面白くない」と思っていたが、畑岡選手がダントツで勝ちそうなので痛快だったということ。

その大叔父が、「チョン・インジは良い子だ。韓国人には珍しい」と、称賛していたのです。

なるほど!

ボギーを叩いた時でも不貞腐れたり、仏頂面をせず、爽やかな笑顔を絶やさないし、ファンの声援に対し、手を振って応えたり、ハイタッチをしたりと、どちらかと言うと無愛想な日本女子選手が目立つ中、チョン・インジ選手の振る舞いは印象的でした。

また、当日のラウンド終了後、必ずしも好調というワケでもなかったのに、長いインタビューにも笑顔を絶やさず、しかも、その受け答えが実に立派でした。

それは、宮里藍さんと共通するものでした。

また、アメリカツアーに初参加した畑岡選手がホテル住まいで不自由していたのを知り、インジ選手が畑岡選手に自分の家に泊まったらどうかと勧めたり、雨の中のプレーでは移動中に畑岡選手を傘に入れたりと、優しい人柄もあるようです。

偏見覚悟で言えば、「へえ~ッ、韓国の選手でも、こんなに人柄の良い人がいるんだ!」と、ちょっと感動しました。

インジ選手はなかなかの美人と思いますが、私の見た所、整形はしていないようです。また、他の韓国女子選手のように、これ見よがしにミニスカートをはくのでもなく、そうしたいやらしさを全く感じさせまん。

本人の資質もあるのでしょうけど、たぶん、親御さんの教育も良かったのでしょう。

もちろん、あくまで私の第一印象に過ぎませんので、勘違いもあるかもしれませんが。。。

前にも言いましたが、私は結構、人を見る目はある方と自画自賛しています(^_^;)

チョン・インジ選手には、宮里藍さんや浅田真央さんと共通するものを強く感じました。

選手として一流なだけではなく、人間性も素晴らしいという共通項。

こういうアスリートを見ると、私はとても心が爽やかになります。

応援もしたくなります。

嫌いなゴルフでも彼女が出場するのであれば、テレビで見てみたくなります。

日本人とか韓国人とかは、関係ありません。




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2017.10.04 | | コメント(5) | トラックバック(0) | 戯けたライフ



私は上西小百合議員を応援はしないが、嫌いでもない




うえにし小百合(上西小百合) ✔ @uenishi_sayuri
「…サッカーの応援しているだけのくせに、なんかやった気になってるのムカつく。
他人に自分の人生乗っけてんじゃねえよ…。」
8:02 PM - Jul 16, 2017」

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この我がままそうな風貌!!

しかし、鼻の大きさ、頬から顎にかけての肉付きの厚さからは、バイタリティも感じます。

上西議員は浪速のエリカ様、とのあだ名があるとかで、評判は悪い。
お騒がせ人間の典型らしい。
私用で国会をサボったとかの問題もあったらしい。
このお方も、女性政治家の評価を下げる一人なのかもしれません。

しかし、私は上西議員は嫌いではないです。

片山さつき議員や蓮舫議員のように、「私は頭がいいのよ。もう、キレキレなのよ」というオーラが全開しているような言動が目立つタイプを私はあまり好きにはなれません。

常に自分が上に立ち、他を仕切りたがるようなタイプに思えます。

逆に、稲田元防衛相や上西議員のように、突っ張ってはいても、育ちの良さから来るのか、やたら隙だらけでドジなタイプの人は、たとえ政治的見解が異なっていても、私は嫌いじゃありません。

例えば、稲田議員や上西議員とは飲み食いしながらアレコレと語ってみたいと思う。楽しいだろうと思う。しかし、片山議員や蓮舫議員と話しても楽しくないだろうし、酒も不味くなりそう。


●で、ツイッターで上西議員が浦和レッズのサポーターに向かって叩いた「憎まれ口」。

前後の経緯はともあれ、私も「ウン、それは言えてる」と思う方です。

特定のチームや特定の選手の熱烈ファンで、熱烈に応援している人達の中には、傍から見ていてその「自己陶酔」ぶりが鼻につく場合があるし、鬱陶しく思ったりもします。熱烈サポーターだから、熱烈に応援しているのだから、と言って、他の迷惑や顰蹙を買っていることに気がつかない人達がいます。

野球でもそうでしょ?一部の熱烈ファンが、大声で大騒ぎして鳴り物入りで騒音を撒き散らす。テメエらは自己陶酔して、自己満足していますよね。

そう言うのを見ると、ちょっと、水をかけてやりたくなる…そんな心理になりますね。

アンタラね!そうではない「野球ファン」だってたくさん居るんだ。こっちは迷惑しているんだよ。


「それはただの意地悪だ」…そうかもしれません。しかし、「意地悪」は批判的精神にも繋がる場合もあります。



「他人に自分の人生乗っけて」も悪くは無いけど、アンタラとは別のチームや別の選手を応援し、「他人に自分の人生乗っけて」いるファンやサポーターもいれば、単に、サッカーや野球を楽しみたい人達もたくさんいます。

そういうこと、分かっているのかな?


で、特定のチームや特定選手のファンは、たいてい、群れる。群れて強がっている。

上西議員は一人だ。

もちろん、国会議員と単なるファンとでは社会的立場が違う、というのは分かります。

しかし、立場や身分や考え方にどんな違いがあろうとも、

私は「群れる側」には組みしない。


☆私は、サッカーという競技を見るのが嫌いになりつつあります。

清義明著「サッカーと愛国」(イースト・プレス)を最近読み、大いに共感したのですが、サッカーというのは「プチ愛国主義」「プチナショナリズム」を喚起し易いスポーツじゃないかと思います。

選手もサポーターも、しばしば「差別的言動」をしますし、暴力沙汰も珍しくない。韓国相手ともなれば、やれ「旭日旗」だの「竹島」だのと、お互いに「プチ愛国主義」の捌け口にしていますよね。

ウンザリだ。

もちろん、真面目なサポーターの方がたくさんいると思っていますが。


☆「夏の甲子園:高校野球」の最中。
こちらは、日本の軍国主義の残滓というか、根強さを見せつけられるようで、嫌いです。

今どき、選手全員が毬栗頭。女子マネジャーとか禁制とか。絶えない体罰主義。「連投につぐ連投」で投手を酷使して、選手生命を断つような暴挙がむしろ、「美談」として語られる等。。。。

嗚呼ッ、いやだ、いやだ。

そして、大会を主催している進歩的?「朝日新聞」の欺瞞さをも良く示している。




2017.08.11 | | コメント(17) | トラックバック(0) | 戯けたライフ



森友方式に学ぶ経営再建




JR北海道のように厳しい経営状態にある鉄道&バス会社は少なくないようです。

そこで、私が考えた経営再建の秘策がこれだ!

①職員に「教育勅語」を毎日唱和させる
②職員の制服は軍服風にする
③各車両の横腹に櫻井よしこの似顔絵+「安倍首相頑張れ!」と書く
④各ホームの発車メロディに、「荒鷲の歌」「同期の桜」等の軍歌を流す
⑤特急の名前を「大東亜1号」「修身5号」「ワイドビュー神国2号」「スーパー愛国3号」等に変える
⑥祭日には先頭車両に旭日旗を掲げる 
⑦車内放送時には、始めに「軍艦マーチ」か「雪の進軍」を流す
⑧名誉役員に日本会議や産経新聞のお歴々を就任させる


こうすれば、国や県から巨額の補助金が貰えるようになります。

また、右翼団体やネトウヨからの支援金も多額になることでしょう。

国有地をタダ同然で手に入れ、コロがして利ざやを稼ぐことも出来ます。

なお、必要に応じて特製のコンニャクをいつでも用意出来るようにしておく。

コンニャクが無い時は、ピーナッツを用意する。

私には経営コンサルタントの才能があるな<(`^´)>←アホ。




2017.03.11 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 戯けたライフ



スポーツ、政治、テレビ、文学等、徒然にアレコレ;愚見を少々




●森友学園への国有地「払い下げ」の件。
自民党議員による便宜があったのでは?徹底的に調査すべきでは?等の野党からの追求に対し、安倍首相は、「無いことを証明するのは不可能。それは悪魔の証明だ」と答弁したようです。

が、待てよ。
確か、安倍首相はイラク戦争について、
「イラク戦争は大量破壊兵器が無いと証明出来なかったイラクが悪いといことは申し上げておきたい」
と答弁しませんでしたか?(・・;)


●村上春樹の小説について、タレントの太田光が「カッコつけてんじゃねえよ!」とボロクソに言ったとか。
痛快!実は、私も全く同じことを思っていました!
私は、「海辺のカフカ」「1Q84」「ノルウェイの森」を読んでみましたが、文章のタッチや内容に、「カッコつけ屋」「気障ったらしさ」が鼻につきました。また、登場する女性が概して「お股がユルイ系」と来ている。作者はオーラルセックスが好きらしい。逆に「それが良い」と言う読者もいるのでしょう。

一部の女性にとっては村上春樹はモードでもあるのでしょう。昔、一部の女性にとって世界文学やボーヴォワールを読むのがモードであったように。要するに流行りと好みだ。

村上春樹はアメリカ文学とクラシック音楽とジャズが大好き。それゆえ、露骨で偏愛的セックス描写があっても、欧米的スパイスが効いている点が女性人気に繋がるのではないでしょうか?

私の評価は中の中レベル。そこそこ楽しめます。読んで損は無いです。
もしも、トルストイやロマン・ロランやシェークスピアや夏目漱石が読めなくなったら私は酷く悲しむでしょう。しかし、村上春樹の小説が読めなくなったとしても悲しいとは思いません。そんな程度です。

私は村上春樹がノーベル文学賞候補だとするならば、東野圭吾も五木寛之も北方謙三も筒井康隆もノーベル文学賞候補になっていいじゃない?という意見です。文学的クオリティに差があるかしら?石原慎太郎や曽野綾子だって政治的見解はアレですが、小説の方はなかなかのものであり、候補になっても良いと思います。

そもそも、私はノーベル賞そのものをナンセンスと思っています。
世界が認めた文豪トルストイを、「危険思想の持ち主」とみなし受賞させなかった時点で既に終わっています。


●スピードスケート女子・小平奈緒選手の快挙!
素晴らしいなあ。小柄なのに、凄いスピードとパワー。しかも知的です。世界距離別、世界スプリント等、次々に記録を樹立しています!スピード勝負において、小柄な日本人スケーターが大柄な欧米人スケーター達を抑えて勝つというのはやはり痛快ですね。彼女は30才ですか!スピードスケートの世界は選手寿命の伸びが目立ちますね。

平昌五輪シーズンもこの調子で行けるといいなあ。。。

●スキージャンプ女子・高梨沙羅選手はメンタルが弱い?
いえ、むしろ、世界選手権で2連覇(ソチ五輪も金メダル)したドイツのカリーナ・フォークト選手の勝負強さを感じました。彼女は実力者ではあるけども、今季のワールドカップでは一度も優勝していなかったんです。ワールドカップ総合優勝と一発勝負の世界選手権優勝と、どちらの方が「真の王者」に相応しいのかは微妙なところですね。

そういえば、スキーモーグル女子の里谷多英さんも一発勝負に強かった。上村愛子さんはあれだけの実力者だったのに、とうとう五輪のメダルに届かなかったですね。

不思議だ。


●WBC強化試合 | World Baseball Classic(ワールドベースボールクラシック)
小久保監督では権威が無さそうだし、大谷選手が降りた時点で戦力の大低下は避けられず、私は見る意欲を失くしています。そもそも、アメリカメジャーが儲かるだけで、しかもアメリカメジャーが本気で取り組まないWBCなんか、廃止した方が良いです。日本の選手達も心から喜んで参加しているのか極めて疑問。むしろ気の毒。

野球競技というのは一発勝負で決めるものではないです。最低でも5試合制で決めるもの。日程的に無理でしょうけど。だから止した方がいいのです。

一発勝負で日本が台湾や韓国チームにボロ負けする姿は見たくない。


●豊洲移転問題での石原元知事の記者会見。
石原氏は自分だけに責任がある訳ではなく、都の担当局や都議会にもあるとした。また、部下や専門家に任せた上で追認をしただけだと、事実上は自分の責任を回避した。さらには返す刀で、築地市場の移転延期を判断した小池知事の対応に、「混迷させた責任は小池都知事にある」と批判。

これに対し、小池都知事は「石原さんらしくない」とコメント。

へえ~!私は逆に、「石原さんらしい」と思いましたけどね。

ところで、石原氏は暴言や不適切発言を繰り返した人ですが、小池氏を「大年増の厚化粧」と罵倒したのが祟りましたね。これは小池都知事に深い恨みを植え付けました。「女の恨みの恐ろしさ」を甘く見たな。

今でこそ石原元知事に対する批判が多いが、過去、東京都民は圧倒的に石原氏を支持していたのだ。これを以てしても東京都民の政治感覚が劣悪・低レベルなことは明瞭です。恥ずかしい。


●テレビドラマはどれも下らない、面白くない。
見るとすれば夕食時、晩御飯時のついでに。例外は今野敏原作の警察ドラマとNHKの時代劇くらいか。で、今季の大河ドラマ「女城主・井伊直虎」ですが、今のところ、あまり面白くない。でもまあ、日曜の夕食時なので、「ダーウィンが来た」(これは面白い)に続いてつい見てしまいます。

小名の井伊家内の狭い域での出来事ばかりが演じられるので大河ドラマのスケール感が無く、ホームドラマになっています。そもそも、女性の作家や脚本家が作るものは歴史ものであっても、「主婦連の井戸端会議や卓袱台を囲んだホームドラマ」になってしまう傾向があります。「北条政子」のような歴史小説を得意とする永井路子が良い例です。要は「女のおしゃべり」を聞かされるのだ。それも、現代の女性のおしゃべりと同じものを。男が登場しても座ったまま女のおしゃべりをする。それゆえ、ダイナミックさや重厚感、そしてスケール感のどれもが欠けるのです。

柴崎コウ演じる次郎法師は、民放ドラマの「信長協奏曲」で演じた(信長の正室の)帰蝶役の口調と同じになっています。彼女の声質もあるが、軽いのだ。美形ですけでどね。大大名に翻弄されながら生き残りゲームを必死に戦う緊迫感が十分に発揮されていないと思います。これからどうなるか分かりませんが。

ともあれ、忌々しいCMによって中断されることの無いNHKのドラマは見やすいです。

☆追記
3月5日放映の「直虎」でようやく戦国ドラマらしい桶狭間の戦いのシーンがあったのですが、驚くなかれ!徳川家康は登場しても、織田信長は登場しないし、今川義元の最期のシーンも無し。戦いのシーンも短かく、井伊家の関わった戦闘だけ。いくら井伊家中心のドラマであっても、肩透かしもいいところ。呆れた。


●犬をやめて猫を飼う人が増えているとか。
NHKで放映している「世界ネコ歩き」が影響しているのかな?
私の近所でもネコの姿が目に付くようになりました。飼い猫だけではなくノラもいるようです。夜中になると、「ミャーオ、ギャーオ!」とウルサイ時があって困る。

「ネコ歩き」は、ただ猫の姿を映しているだけの、どうってことも無い番組ですね。ところが不思議なことに、見始めると30分でも1時間でも飽きないのです。日頃、最低限の生活レベルを確保すべく、ライバル社員を蹴落としてでも「パンや米を奪う」が如き競争社会に生きている都会人の私には、この番組のゆっくりと流れる時間が心地良いのです。

猫は確かに可愛い。飼いたくなる気持ちも分かる。
私は犬も猫も飼う気はありませんが、飼うとしたら小鳥です。
それも一番平凡な十姉妹あたりがいい。
オスの鳴き声がショボくてちっとも美しくないが、これがむしろ良い。※
これなら、仮に死なれても私の受ける精神的打撃は少ないだろうと思うからです。
※→これです


●女性会員を認めないゴルフ場の件。
ゴルフ発祥の国であるイギリスにも女性会員を認めないゴルフ場があるそうです。
前にも書きましたが、私はゴルフというのは罪悪であり、この世から消えて欲しいスポーツと思っています。私がゴルフから連想するのは何か?

①自然破壊の象徴
②政治家と企業家の汚れた談合の場
③成り上がり金満家のニヤけた悪趣味の場
④エコノミックアニマル病患者の休日出勤の場
⑤お金持ちに憧れる俗物達のマスターベーションの場

というものだ。
むろん、私の偏見もあるかもしれませんが、あながち間違いではないでしょう?

かつて私の父はボーナスのほとんどをゴルフ用具に注ぎ込み、母を泣かせたことがあります。家族を放って、毎週のように日曜の早朝から仕事仲間やお得意様とゴルフに出かける父を私は軽蔑していました。
(父親に対する感謝と軽蔑は、両立するものです)

それゆえ、私にとっては、どんなに尊敬出来る人でもゴルフをやっている時は軽蔑の対象です。女性差別?ゴルフなら当然のようにあるでしょう。ことほど左様に愚劣なスポーツだ。そして、こんな競技を五輪に復活させた五輪委員会の頭脳も汚れた金に毒されているのでしょう。五輪委員曰く、「女性を差別するゴルフ場は五輪にふさわしくない」だと?このオンタンチン!ゴルフそのものが五輪にふさわしくないんだよ!!
私は五輪そのものを、「止めてしまえ!」と思っているので、もう、どうでもいいよ。


●「報道の自由度」の件。
高市氏の電波停止言及「報道の自由懸念」 米人権報告書:日本経済新聞(2017/3/4)
過労死問題も「karoshi」と記載

 (引用開始)…【ワシントン=芦塚智子】米国務省は3日、世界各国の人権状況に関する2016年版の年次報告書を発表した。日本については「報道の自由に関する懸念がある」と指摘。高市早苗総務相が16年2月、放送局が政治的な公平性に欠ける放送を繰り返した場合、電波停止を命じる可能性について言及したことを一例として挙げている。
 報告書は、日本では政府が概して言論や報道の自由を尊重しているとしたうえで「批判的で独立したメディアに対する政府の圧力の増加について、懸念を生じさせる出来事があった」と記述。主要な新聞や放送局を含む報道関係者から、政府が間接的に自己検閲を促していると懸念する声が出ているとも指摘した。
 電通社員の自殺で関心が高まった過労死問題についても「karoshi」と日本語を使って記載。日本政府が「過労死等防止対策白書」を初めて公表したことにも触れた。
 中国に関しては「市民的・政治的権利の主張などに関わる組織、個人への抑圧と弾圧が引き続き過酷」と批判した。北朝鮮の人権状況についても昨年に続き非難した。
 同報告書の発表では例年、国務長官や同省幹部が記者会見を開いていたが、今回はティラーソン長官は会見せず、メディア向けの電話ブリーフィングだけだった…(引用終わり)。


嗚呼!「アメリカ様」にも言われている。

高市早苗総務相のコメントが聞きたいものです。

日本の主要メディアは米人権報告書の指摘を「黙殺」するのでしょうか?
多くの日本人は「米人権報告書は大袈裟だ」と思うのでしょうか?
それとも、報道の自由に対し、日本人は鈍感になっているのでしょうか?

40年ほど前でしょうか、当時、日本ペンクラブの会長をしていた小説家の石川達三は、「譲れる自由と譲れない自由がある」と表明し、ペンクラブ内や各方面から批判されたという。しかし、今の日本人なら「エッ?石川達三の言っていること、ごく常識的じゃないの?」と思うのでしょうか?




2017.03.04 | | コメント(21) | トラックバック(0) | 戯けたライフ



職場におけるアレコレ:愚見を少々




私はどちらかと言えば政治的にリベラル系や左巻き系の方々のブログやツイッターを見る方が多いのですが、ビジネスの分野に言及した書き込みを見ると、ある意味、保守系や右巻き系のものよりも「エエッ?」と感じさせるものが目につきます。理念が勝ち過ぎているのか、ビジネスの現実から遊離しているように思える書き込みが目につくのです。

●山崎雅弘氏は戦争&紛争史の研究家で、私も山崎氏の著作を読んだことがあります。「日本会議:戦前回帰への情念」(集英社新書)も大変参考になりました。

山崎 雅弘 ‏@mas__yamazaki
同僚が残業していても、自分の作業の進捗状況や仕事に対する価値観、体調などを考えて必要ないと思えば、残業せず堂々と定時に帰ってもいい。家庭の事情を優先してもいい。何も恥ずかしいことはない。個人として独立した思考や行動をとれない人は、国単位の問題でも同じように「付和雷同」してしまう。

どこか福沢諭吉のセリフにも聞こえます。

しかし、これはビジネスの現場に携わる私からすると、「エエッ!?」な主張です。

→「必要ないと思えば、残業せず堂々と定時に帰ってもいい」

企業における仕事というのは上司からの命令によって部下に与えられ、部下から上司への報告によって完了するものです。残業の必要があるか無いかは部下が判断することではなく上司が判断するものです。部下が決めることではありません。責任は上司にあるからです。このようなことはビジネス社会の常識です。

一般的に社員は仕事に未熟で自己評価が甘く、上司は仕事が出来て、自己評価も部下への評価も厳しい。責任の重さも違います。部下が、「残業の必要はない」と判断しても上司の判断では、「残業して今日中に終わらせなければならない仕事」となるケースの方が多いのです。

もちろん、残業は依頼事項であり、部下に強制は出来ません。部下は残業依頼を断る権利があります。しかし、残業を即座に断り、「堂々と帰る」ような社員は会社からは評価されません。このような社員に会社は重要な仕事、責任のある仕事など任せられません。ところが困ったことに、このような社員に限って、「俺の上司はやりがいのある仕事をやらせてくれない、俺を評価してくれない」と、常に不平不満があるのです。

残業するかしないかの判断を部下に任せるケースもあります。それは非常に優れた部下に限って与えられる権限です。山崎氏はたぶん優秀な社員だったのでしょう。自分を基準に考えてしまっているのかもしれません。何故なら、職場においては、「個人として独立した思考や行動をとれない人」の方が多いのです。もっと始末の悪いことに、「俺は個人として独立した思考や行動がとれる人」だと、「錯覚」している社員もいるのです。


@tawarayasotatsu
日本に英語補助教員としてやってきた日系アメリカ人女子を日本人扱いして「お茶を入れるのは当然」とか・・・本当にやめて欲しい。帰国後彼らは延々と「日本社会は祖父母に聞いていたとおりに女性を蔑視する後進的環境」にあるといった報告会をやっていて、まったく気が滅入ります。


これは情報が少ないので、いささか私の推測を入れた上でお話します。この日系アメリカ人女性がどんな労働契約を交わしているかも不明ですし。「お茶を入れるという契約はしていません」と言われたらそれまでです。しかし、上の内容からすると、契約違反を憤っているのとは違うようです。

少し感情的ですが、「日本人女子職員と私は違うのよ」と言いたげな雰囲気にいささか違和感も覚えます。私がその女性の隣にいたら、「あなた、お客様気分になっていませんか?特別扱いはしませんよ」と言いたくなるかも。

しかし、この女性が腹を立てるのにはそれなりの理由もあるのでしょう。


①男性の同僚にお茶を入れる場合
これは日本人女性だろうが日系人アメリカ人女性であろうが、ダメですね。お茶は各自めいめいが入れれば済みます。しかし、今時、男性職員が同僚の女性職員に「女性が俺達にお茶を入れるのは当然だ」などと言うでしょうか?言ったとすればこの女性の憤りに私も共感いたします。

②上司にお茶を入れる場合。
これはケースバイケースではないでしょうか?
例えば、上司が外歩きから帰社した場合に、「ああ、疲れた。お茶を入れてくれ」と女子職員に言う例は多いでしょう。これって「女性蔑視」に当たるのでしょうか?一日のたった一回のことですよ。では、持ち回り制にして「今日は男性職員が上司にお茶を入れる番」にする方法が良いのでしょうか?あるいは、「お茶は上司が自分で入れれば良い」のでしょうか?

これは職場の価値観、知恵に任せるしか手はなさそうです。
私個人の意見は、上司が一日中オフィスにいる場合に限り、朝一番のお茶だけは女性職員が入れ、それ以降は上司が自分でお茶を入れるというものです。これでしたら、「女性蔑視」には当たらないと思います。

③お客様にお茶を入れる場合。
これは100%女性が入れるべきでしょう。お客様に武骨な男性にお茶を入れさせますか?
私の知る限り、どこの職場でもお客様にお茶を入れるのは女性…それもなるべく若くて美人に…です。ここはちょっと現実的というか、微妙なのですが…年長でお世辞にも美人とは言えない女性にお茶を入れさせる経営者はいません。こんなこところで「女性蔑視だ、女性差別だ」と主張する女性職員は…その職場から去った方がいいでしょう。

「男女平等」は正しいと思いますが、仕事の上では男女それぞれ向き不向きというのもあるのではないでしょうか?男性でも悲鳴を上げそうな重いものを非力な女性に運ばせるのは如何かと思います。どこかのヤクザみたいな不穏な者が職場にやって来たら男性が対処するでしょう。女性でも対処出来る「豪傑?」もいなくはありませんが。。。逆に、お茶を入れる、接客応対する等は女性の方が向いていると思います。

これでも女性蔑視というのであれば、それは正しいとか間違いとかの次元ではなく、見解の相違、文化の相違、としか言いようが無いと私は思います。

英語補助教員、とありますから、ビジネスウーマンとは違った価値観があるのかもしれませんが。

ただし、この日系アメリカ女子のお方ですが、仮に、職場の男性が白人のアメリカ人女性には「お茶を入れて当然」という態度をとらなかった、とするならば彼女の意見に私も同意いたします。同じ「アメリカ人女性」であっても、金髪の白人女性と、アジア系orアフリカ系の女性とでは、接する態度が違う日本人男性はいると思うからです。




2017.02.03 | | コメント(33) | トラックバック(0) | 戯けたライフ



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プロフィール

片割月

Author:片割月
和歌を愛し、音楽を愛し、花を愛し、フィギュアスケートが大好きで、歴史・社会・文学が大好きで、ジョン・レノン、八代亜紀、ちあきなおみが大好きで、クリント・イーストウッドと映画も好きで、皮肉とユーモアも好きな変わり者アラフォー熟女ですが、よろしくお願いします。
最近は体力をつける為に、休みの日はえっちらおっちらとミニハイキングに勤しんでいます。

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