ブログの名前は「枕草子」と「徒然草」をミックスしたものですが、同じ名前のブログがいくつもあるんですね(汗)
ま、いいか。
日本の古典文学では源氏物語と枕草子が大好きです。
清女、紫女はひたすら仰ぎ見る存在ですが、私は月女として、心ひとつに、おのづから思ふことを、たはぶれに書きつけんと思います。

関連記事
スポンサーサイト

2011.11.16 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 未分類



コメント

「つれづれ」は、いいですね。

「つれづれ=退屈」といわれてしまえばそれまでですが。
日本人が言う「つれづれなるまま」の心の中は、緊張と弛緩がバランスした、論理と感覚がバランスした、一種冴えわたった状態なのではないかと。

日本のみならず、エッセイというジャンルは存在しますが、「つれづれなる」心のありようも、万国共通なんでしょうかね。 古代ギリシャの市民は、仕事は奴隷任せで、日がな思索やら議論をして過ごしていたそうだが、どうだったのだろう。 モーツアルトは「つれづれなるままに」作曲していたのか。 等々。

・・・などと想像して、しばしの楽しみにしております。

2012/07/10 (火) 03:22:42 | URL | MILLAN #- [ 編集 ]

Re: タイトルなし

MILLAN様、こんばんは。

明治時代の小説には「徒然としている」と書いて「つくねんとしている」と読ませてますね。

>緊張と弛緩がバランスした、論理と感覚がバランスした、一種冴えわたった状態

ウーン、ナルホド!

これは鋭い分析じゃないかしら。

清少納言の枕草子はどちらかと言えば、感覚の鋭敏さの方が勝っていて、

兼好法師の徒然草は論理の方が勝っているように思います。

で、私は清少納言の方が好きですが(#^.^#)

>古代ギリシャの市民は、仕事は奴隷任せで、日がな思索やら議論をして

学問や芸術・文化は「働かないで済む」人間の手によって発明され発展して来た歴史がありますね。

平安王朝の貴族達も、政治はちょっぴりだけしかせず、しかも「己の利益の為に」で、ほとんど仕事らしい仕事などしてない、って感じですものね。

その御蔭で源氏物語や和歌や寺院仏閣が遺り、現代の私達はそれら文化遺産を観賞出来るのですね。。。

何とも皮肉なことです。

2012/07/10 (火) 22:21:30 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

「つくねんとして」・・・懐かしい言葉ですね。久しぶりに思い出しました。

ちょっと触発されて、久しぶりに文学書でも、と思いましたが、言葉のテンポがあわないというか、読みにくくなっていることにショックをうけました。

自分が日々せかせかしていることに気づいた次第。

2012/07/11 (水) 01:20:13 | URL | MILLAN #- [ 編集 ]

Re: タイトルなし

MILLAN様、こんばんは。

明治時代の文学を読む楽しみの中には、言葉の用い方の変遷がありますね。


>自分が日々せかせかしていることに気づいた次第。

そのように思うこと、しばしばありますね。

ゆっくりと時間が流れるひと時が欲しい。

私にとってはそれが古典に親しむことなんです(#^.^#)

2012/07/12 (木) 00:17:59 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

プロフィール

片割月

Author:片割月
和歌を愛し、音楽を愛し、花を愛し、フィギュアスケートが大好きで、歴史・社会・文学が大好きで、ジョン・レノン、八代亜紀、ちあきなおみが大好きで、クリント・イーストウッドと映画も好きで、皮肉とユーモアも好きな変わり者アラフォー熟女ですが、よろしくお願いします。
最近は体力をつける為に、休みの日はえっちらおっちらとミニハイキングに勤しんでいます。

フリーエリア

検索フォーム

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR