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チャイコフスキー・コンクールの審査は「絶対評価」?





チャイコフスキー・コンクール: ピアニストが聴く現代 (新潮文庫)チャイコフスキー・コンクール: ピアニストが聴く現代 (新潮文庫)
(2012/02/27)
中村 紘子

商品詳細を見る


高校時代に読んだ中村紘子さん(ピアニスト)の著作を再読しました。上記の画像には無い本の帯には「審査員はどこを聴くのか」とあり、フィギュアスケートの審査、絶対評価か相対評価か、という問題との関連もあって、新潮文庫から再出版されたものを買いました。

チャイコフスキー国際コンクールは数あるコンクールの中でも最も権威の高いものとされています。

ここではチャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門における審査システムが中村さんによって、かなり詳しく書かれていますので、私なりに要約・整理してみます。これがフィギュアにおける審査が「絶対評価」で行われていることの傍証になるかもしれません。ただし、これは第8回(1986年)開催の情報ですから、その後にシステムや内容に変更があると思われますが、テーマの主旨とは関係ありません。

1.審査員は14ヶ国から延べ21名。想像以上に多い人数

2.参加者は第一次予選・第二次予選・本選とふるいにかけられる

3.採点は25点満点で5段階を目安とする

4.合否のボーダーラインは一応17点~18点とする

5.採点は21名の審査員の平均値を採用する

6.予選の曲目はバッハから古典派、ロマン派、チャイコフスキーまで複数

7.演奏時間は一人40~50分程度


8.本選に進むのは12名まで

9.演奏順は下位からとか上位からとかの序列はなくランダム

10.本選の曲目はチャイコスキーのピアノ協奏曲と本人の自由選曲の2曲

11.本選の審査は協議制で、挙手による多数決で順位を決める

12.参加者のレベルによっては優勝者なし、もある


1986年度大会では参加者は32ヶ国から111人。第二次予選に進んだのが39人。本選に進んだのが12人(正確には同着12位が二人いたので13人)

※審査基準は「コンセルヴァトワール(音楽家を養成する伝統的音楽教育機関の総称)に象徴されるオーソドックスな価値判断の基準があり、その基準とは良い音楽を生むための様々な具体的な要素の集積として採点される現実性をある程度まで持っている(そうでなければコンクールは成立しない)

※審査員のチェックポイントは、ピアノの高度な技術の練度、音楽的素養のレベル、演奏がどこまで「音楽的」であるかを見る。
音楽的とは何か。曲のテンポ、リズム、フレージング、強弱等がその曲目に相応しく演奏されていること。バッハとチャイコフスキーとでは同じフォルテでも、その強さは同じではないし、同じアレグロでもスピードは同じではないし、音色も違うし、ショパンを歌わせるようにバッハやモーツァルトの音楽を歌わせることは有り得ない。
打鍵の指の角度、深さ浅さ、手首の高さ、力の入れ方、抜き方…こうした技術的細部までがその曲の様式に合っていることが音楽的と評価される。…この辺はフィギュアにおける「演技構成点」そのものではないか?

※本選において、必須のチャイコフスキーのピアノ協奏曲と、自由選曲でモーツァルトのピアノ協奏曲を演奏したとする。前者の方を立派に演奏した場合と後者の方を立派に演奏した場合とでは、前者の方が高く評価される。何故なら「チャイコフスキー・コンクール」だから。古典派の演奏を得手とする参加者はやや不利である。

第一次、第二次予選は「絶対評価」で審査されていると見てよいのではないでしょうか。111人の演奏を「相対評価」する、つまり「比較審査」などとても不可能でしょう。中村紘子氏は「絶対評価・相対評価」という言葉は使っていないので、100%断定は出来ませんが。

21人もの審査員を置くのは絶対評価の公平性と精密性の純度を高める為に必要でしょう。審査員は現役のベテランピアニストや音楽機関の教授等です。

しかし、本選は「相対評価」のようです。何故なら中村氏が「12人の演奏を比較する」と言っていますので(笑)

スポーツ競技であるフィギュアスケートの採点と芸術の世界であるピアノコンクールの採点とでは、どちらの方が「点数化」が困難かと言えば、問題なく後者でしょう。

そのピアノコンクールの予選で「絶対評価」が適用されているのであれば、フィギュアスケートにおける「演技構成点」の審査が「絶対評価」で行われているとする「傍証」になるのではないでしょうか?


※中村氏は1990年度のコンクールにも審査員を勤めたが、この時に「審査員の買収騒動」があったそうだ。経済成長著しい某アジアの大国の大物がコンクールを受ける「我が子」の為に大々的な買収運動を展開した。ところが買収に「気が付いた」審査員達の「自発的な告発」により、買収は「不発」に終わったと。

また、その某国からの参加者には妖艶な女性も多く、別な、女性独自なやり方での「審査員買収」も話題になったとか。結果的には彼女達の演奏の実力が及ばず、一人も本選には進まなかったとか(苦笑)

二十世紀の最高のピアニストであったホロヴィッツのトンデモ「放言・暴言」も紹介されている。

「ピアニストには三種類しかいない。ユダヤ人とホモと下手糞だ」

「東洋人と女にはピアノは弾けない」

これがクラシック界の事情に詳しい人々の間では「苦笑」で済まされたそうだ。発言にはある種の「暗黙に了解された真実を含む?」からであろう。もちろん、ホロヴィッツだからこそ許されたのだろう。

「死の街みたいだった」と言っただけで大臣が罷免される日本で、仮にこんな発言を誰がしたとしても社会から一瞬にして「抹殺」されることは間違いない。

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2012.04.27 | | コメント(16) | トラックバック(1) | 音楽



コメント

チャイコフスキーコンサート

若き天才、テレンス・ジャッド

http://blogs.yahoo.co.jp/barutantomozou/GALLERY/show_image_v2.html?id=http%3A%2F%2Fimg2.blogs.yahoo.co.jp%2Fybi%2F1%2F32%2F36%2Fbarutantomozou%2Ffolder%2F929413%2Fimg_929413_25584285_0%3F1221150355

(⌒^⌒)bうふっ 自慢自慢

ちなみにコンクールは絶対評価でもなければ相対評価でもない。

ドレミファ評価よ~~~~。(笑)


「ドレミしようかな?天の神様言うとおり」

(V)o\o(V) フォッフォッフォ

2012/04/27 (金) 20:31:37 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

Re: チャイコフスキーコンサート

レコード、古ッ!!

へェ~~~ッ、バルタン様がこのような音楽を聴くとは意外でしたわ(;゚Д゚)!

音楽も手広く嗜んでいらっしゃるようで、さすがは知的な理論家なだけあって、守備範囲もお広いわ。

書かれている内容や、書き方のタッチから、ポップスか演歌の住人だろうと、思っていましたわん。

カラオケスナックで、石原裕次郎か小林旭の歌を声を張り上げて歌い、マイクを離さない…って感じ(^^♪

ドレミファ評価にも値しないって感じかしら?

そして、スナックのママを口説く…フラれる…懲りずに再アタック(^Д^)

ブッハッハッハ!!ガッ(^0^)/

2012/04/27 (金) 23:59:29 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

(⌒^⌒)bうふっ

サー・ゲオルグ・ショルティ・バルタン・トモゾウ 指揮

モンツバルト作曲 バルタンの冗談

2012/04/28 (土) 00:57:33 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

Re: (⌒^⌒)bうふっ


山本直純・バルタン・コス・フェチゾウ指揮・頭狂歓顏楽団


安藤ゲデ子作曲「大きいことはいいことだ」


ガッハッハッハ(-^〇^-)

2012/04/28 (土) 10:47:49 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

さすがに、大きな国際コンクールだと「審査員買収」をするのは難しいですが・・・普通のオケのオーディションだったり、コンクール等だと悲しいことに「インチキ」は結構当たり前のことなんですよね。

アメリカでは特に最近では、予選は審査員と演奏者が顔が見えないように、幕のを通して演奏したり・・・女性だとわからないように、ハイヒールはダメとか(入退場の足音まで気にするんです。)
でも、ヴァイオリンの場合、調弦の仕方が結構個性が出るので、前もって「こう調弦します!」って言ってインチキしようとする人も出るくらい・・・

う~ん・・・難しい問題ですね。

2012/04/28 (土) 21:12:56 | URL | みっち #- [ 編集 ]

Re: 驚いた!

みっち様、こんばんは。

みっち様ならではの、裏事情のご提供、ありがとうございます!

アメリカの実例…ウウッ、何か、やりきれなくなる思いがしますねo(TヘTo) くぅ

女性だと判らないように…これって、女性に厳しく採点する差別審判がいる、ってことですか?

あるいは、審査員と女性参加者の間の「癒着^^;」を防止する為でしょうか。

実は、フィギュアスケートの世界でも一部のファンは「ジャッジにインチキがあるに違いない!」との見方をする人が少なくないのです。

私は無いだろうと思っています。審査員、ジャッジにもプライドがあるでしょうし、そのような事はいずれ「バレる」でしょうし。審査員も演奏者・選手もそれでいっかんの終わりですしね。

フィギュアの場合は、幕で隠すことは不可能ですね(^。^;)

ヴァイオリンのコンクールの例で結構なのですが、審査の方式は「絶対評価式」か「相対評価式」のいずれかで行われると、何かで読んだ記憶があるのですが、みっち様は何かご存知でしょうか?

2012/04/29 (日) 00:55:10 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

高校

昔々、ある高校に吹奏楽部がありました。

全国に行くのも常連な高校だったので、吹奏楽部内の正パート争いは熾烈でした。

出場するには人数制限があったので、同じパートの人数が多ければ、争いはより熾烈です。
でもその闘争心から、レベルは高く保てたので全国へ行けたのです。


パートはオーディションで行います。
会場内の座席に一人一人離れて舞台に背を向けて目をつぶり判定します。

自分の担当楽器以外の人が全員審査員です。
また壇上には審査されるひとが全員並びます。

壇上に上がる直前に先生からクジを引き、1番から1列に並びます。

声を出してはいけません。
先生が「では1番」と言うと、1番の人は無言でフレーズを吹きます。終わると先生は「では2番」と言います。


後ろを向いたままの生徒(審判)はそのまま紙に点数と感想を書きます。

全ての人が終わったら、先生が集計して上位の人から正パートとなります。


そのもっと昔には顔が見える形式をとっていたので、友人に高い点数をだしたり、「私に入れてね」等の不正行為があったために、全国に行けなくなり正パート選びをこの様に公正なものに変えたそうです。

2012/05/09 (水) 00:21:46 | URL | マナト #- [ 編集 ]

Re: 高校

マナト様、こんばんは。

貴重な情報、ありがとうございます。

なるほどね。でも、個人的温情や贔屓を断つ為には必要だと思います。

チャイコフスキー国際コンクールでは、中村紘子さんによると、審査員の「教え子」も出ているのですが平気でそのまま審査しています。大らかといいますか(苦笑)。

2012/05/09 (水) 21:53:01 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

権威に対する不信感はどこから来るのか?

権威のそばにいない人ほど不信感を持つものだと思える。

私の父は高校教諭であり、私や姉が高校に進学する前から、当時県内では5指に入る進学校に勤務していた。

姉は、普通科に合格せず家政科に1年通いながら翌年普通科を再受験し入りなおした。
私は、入学後のクラス編成はトップクラスと普通クラスの選別があり、高校受験の点数で振り分けられていた。

トップクラスへ入った私に対して、心無い友人は、「親父から問題を教えてもらえるのだろう」などと冗談半分で悔しさを紛らわしたものだ。

当時は高校の入試問題は、高校の先生がたで作成しており、受験生を持つ教師は、その作成メンバーからはずされていた。

当然私の父も、姉や私が受験が済むまでは、そのメンバーからはずされていた。

小学生時代には父の作った受験問題を時折やらされたものだ。

国語の場合、全てを一人の先生で作るのではなく、一人の先生が一つずつ問題を作成し、全体会議でどの問題を使用するかを決定されるので、父自身も実際の入試問題を見るまで自分の作った問題が採用されたかどうかはわからないように工夫されていた。

予断ではあるが、入学後の実力試験で、友人の疑惑は否定することになったけどね。
このときが一番父が喜んだ時だった気がする。

もちろん中にいる多くの先生方は、そういう不正がないことを知っていたし、みんなでそういう不正が起きないように努力されていた。
それはおそらくは戦後の中で、「努力すれば誰にでも裕福になれる」という高度成長期であったからでもあるだろう。

しかし、人間の悲しさで安定期に入ると、我が子かわいさのあまりに、身内びいきのような不正がはびこるようになるのはどの組織でもどの経済でも、古今東西変わらない。

その意味ではフィギュア界にしても、音楽界にしても親の威光というものは存在する。
保身のための「長いものには巻かれろ」という打算の産物が発生することを完全に排除する事は出来ない。

問題なのは個人の資質で、身びいきになりやすいかなりにくいかだけである。

不正を標榜する人たちは実は、不正を肯定している人たちであり、自らがその汁にすえない鬱憤から来ているように思えてならない。

結局は「自分の力が足りない」と思って努力をさらに続ける人と、「自分の力が認められないのは評価する人の目が無いからだ」と不平不満をいう人とでは、どちらがトップに立てる人物かはいうまでも無いことだろう。


2012/06/22 (金) 03:02:02 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

Re: 権威に対する不信感はどこから来るのか?

バルタン様、こんばんは。

>心無い友人は、「親父から問題を教えてもらえるのだろう」などと冗談半分で悔しさを紛らわしたものだ。

大人が言うとシャレになりませんが、高校生であれば冗談半分で許されるレベルと思いますよ(^。^;)

>権威のそばにいない人ほど不信感を持つものだと思える。

これはケースバイケースじゃないかしら?

子供の頃、私にとって、そばにいる「権威」とは、まさに、学校の教師でした。

担任でもあった世界史の教師は、私の家に「赤旗新聞」の勧誘に来たことで不信感を招き、権威はかなり落ちました。

公民の教師は、テストで私が書いた答案「間接民主制」にバツをつけ、正解は「代議制」とした。「間接民主制」も「代議制」もほとんど意味は同じ、との私の主張は全く容れられず、不信感を抱きましたヽ(`Д´)ノ

>「自分の力が足りない」と思って努力をさらに続ける人と、「自分の力が認められないのは評価する人の目が無いからだ」と不平不満をいう人と

例えばどのスケーターも前者であると思います。しかし、ジョニー・ウィアー選手のように「メダルは1国から一人だけ。だから僕は落とされた」と主張していますが、このような彼の態度はどうかと思います。

ビジネスの世界でも同じことがありますね。努力しない人間に限って「上司が評価してくれない」「上司が無能だから」と責任転嫁しますね。

そして「出世した」人に向かって「上手く上司に取り入ったな。要領が良いな」と揶揄します。

2012/06/22 (金) 21:53:28 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

わははは

>公民の教師は、テストで私が書いた答案「間接民主制」にバツをつけ、正解は「代議制」とした。「間接民主制」も「代議制」もほとんど意味は同じ、との私の主張は全く容れられず、不信感を抱きましたヽ(`Д´)ノ <


フィギュアの採点もこれと同じだということですよ。
点数を決める権利を誰が持つか。

代議制が求められる答えであって、間接民主制の一つの形態に過ぎないけれどもその中のどれかということ。

フィギュアの評価にしても、ISUのジャッジが求めている答えは何かをより深く追求したものが、高い点数をもらえる。

それを導き出すための道しるべがルールであって、ルールに必ずしも合理性が無くてもよいというのはそこの部分だと思っている。

八百長疑惑を持ち出す人はルールを考えた人の思考を考えていない。

文言だけをその根拠にするから間違う。

私の父がよく言っていたが、問題というのは出題者がこう答えて欲しいという願望が含まれている。

特に国語の場合は、数学や理科と違いこれ以外は間違っているという性質のものではない。

けれどもテストという成績を決めるための手段だから、テストという視点を離れれば正解であっても、テストの答えとしては不正解となる。

浅田選手のOPに向けての試みはまさにその好事例だったといえる。

彼女やタラソワが目指したものはルールを離れたものであって、理想を追い求めたといえる。

それが現行ルール上は評価されにくいものだということを、タラソワが理解していなかったと私は思っている。

残念ながら、現行ルールは過去のタラソワの志向性からは離れていく一方だと思っている。

おそらくは、モロゾフはその危険性を感じ取っていたのではないのだろうか?

ロシアの価値観がいずれは通用しなくなる時が来る。そう思っている気がする。

ミーシンはその流れに何とかして歯止めをかけたいのだろう。
けれども今のようなジャンプ重視の流れを作ったのも、ほかならぬミーシンやタラソワたちであったという事実も忘れてはならないだろう。

それがソ連の男子スケーターが作ってきた流れなのだから。



2012/06/22 (金) 22:18:16 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

Re: わははは

ケッ!

公民のテスト、そこが○であれば、100点満点取れたのよ!!(○`ε´○)

>テストという成績を決めるための手段だから、テストという視点を離れれば正解であっても、テストの答えとしては不正解となる。

それはそうよ。だから私は国語が得意だったの<(`^´)>

>それが現行ルール上は評価されにくいものだということ

う~ん。そうかしら?私はタラソワ&真央はジャッジから十分に評価されていたと思うけどな。

そうでなくて、二度の世界女王になれるはずもないです。

ただ、オーサー&ヨナがその上を行ったということに過ぎない。

五輪では、点数の大差ほどの実力差はなかったと思います。ただ、一歩、及ばなかった。

評価されにくかったのは、むしろ、モロゾフ&安藤の方ではなかったかしら?

五輪以降、タラソワさんは振付師として、いくらなんでも少し古びて来たかも、という不安はあります。

ロシアの女性の平均寿命は74才です。

タラソワさんを日本女性の平均寿命86才の数値に換算すれば、70代の立派な老人です。

タラソワ氏による今季の新フリーのプログラムは、その点で非常に注目されますね。

2012/06/22 (金) 22:58:38 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

安藤さんは

後半のステップ部分のスピードが足りない。

他の二人に比べると、やっぱり物足りなく感じてしまう。

現行のルールでは高く飛び上がっても流れがなくなるのは、評価が低いと思える。

プログラム構成としては高く評価されていても、PCSで差が開いたのは転倒のせいというよりも、やっぱり流れの部分だと思っている。

SPの点差を見た場合に、あの点差がつくのは高い評価を得てはいても、一定レベルまででしかないと思わせる。


やっぱりボーナス加点をもらえる演技というものは存在すると思っているのでね。

ジャッジに「仕方ないな~。これは奮発してあげなきゃ~」という気持ちにさせることが出来るかどうか。

特にOPはその傾向が強いと思える。

ワールドと同じ戦略思考では絶対勝てないと思うのよね。

2012/06/23 (土) 00:49:13 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

Re: 安藤さんは

> 後半のステップ部分のスピードが足りない。
> 他の二人に比べると、やっぱり物足りなく感じてしまう。
> 現行のルールでは高く飛び上がっても流れがなくなるのは、評価が低いと思える。

これはそうかもしれないですね。

五輪の時は特に慎重になったのか、体調が万全でなかったのか、イマイチ活気が不足気味だった印象でした。

モロゾフはISUの求めるルールにアジャストする戦略で大きなミスをしたのかしら?

あるいは、分かってはいても、この時の安藤選手にはアジャストするだけの力が不足していた?

あるいは、ジョニー・ウィアー説の通り、二番手ということで下げられたとか(笑)

五輪の翌シーズンの安藤選手の活躍を見ると、五輪シーズンのアレは何だったんだ?って思うことがあります。

2012/06/23 (土) 01:30:57 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

"Re: 安藤さんは"

減量による体力不足からきたのだと思います。
著作にも、「食べられなくなった・・・」という箇所がでてきます(特にワールド棄権の頃)
OPシーズンにはだいぶ解消されていたはずですが、
翌年の快進撃から見ればやはりパワー不足だったのだと思います。

2012/06/23 (土) 07:33:44 | URL | はぴらき #- [ 編集 ]

Re: "Re: 安藤さんは"

ウウン、やはり、そうでありましたかo(TヘTo) くぅ

過去二回、五輪の翌シーズンになると絶好調になる癖、何とかして欲しいわ(^。^;)

2012/06/23 (土) 23:28:10 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

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2012/04/27 01:30 | まとめwoネタ速suru

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片割月

Author:片割月
和歌を愛し、音楽を愛し、花を愛し、フィギュアスケートが大好きで、歴史・社会・文学が大好きで、ジョン・レノン、八代亜紀、ちあきなおみが大好きで、クリント・イーストウッドと映画も好きで、皮肉とユーモアも好きな変わり者アラフォー熟女ですが、よろしくお願いします。
最近は体力をつける為に、休みの日はえっちらおっちらとミニハイキングに勤しんでいます。

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