私の好きな曲・その7






モテット「アヴェ・ヴェルム・コルプス」
作曲:モーツァルト
作曲時期:1791年6月17日(つまり、モーツァルト最晩年の作品)
編成:混声四部合唱

詞の一部

Ave verum corpus natum de Maria Virgine.  めでたし、乙女マリアより生まれ給いしまことのお体よ。


私はモーツァルトのオペラやピアノ協奏曲だ大好きだけど、彼の音楽の崇高さ、普遍性、洗練性、すなわち芸術性が最も発揮されているのは宗教音楽だと思う。しかも、その楽想が聴く人の心を暖め、癒し、清浄化する…全てが優しさと光に包まれている点で他に例を見ない宗教音楽と思う。

「アヴェ・ヴェルム・コルプス」はわずか4分足らずの珠玉のような宗教音楽だが、ササクレだった私の心を和ませてくれる、…あたかも昔に聴いた母親の子守唄のように、心の琴線に優しく触れて来る。

後は、私の野暮な意見や感想よりも、ドイツの神学者、カール・バルト氏の素晴らしい言葉を紹介しよう。

「モーツァルトの音楽はバッハのそれとは違って使信ではない。また人生告白ではないという点がベートーヴェンと異なっている。何の教えを作曲したわけでもなく、ましてや自己を歌い上げたわけでもない…中略…モーツァルトは何を語ろうとしているのでもない。ひたすら歌い響かせているのだ。彼は聴衆に押しつけはしない。決断とか意見の決定等を要求しない。ひたすら自由に与えるばかりである」

「彼を聴く喜びは、それを素直に心に受けることに始まるだろう」

「天使たちが神を賛美しようとして、バッハの音楽を奏するかどうか、これはどうも確信が持てない。けれども彼等が相集ったとき、モーツァルトを奏し、そのとき神さまもまたその楽の音を、ことのほか悦んで傾聴なさるだろうこと、これは確かだ」

※「芸術性」とは何か、「芸術」と「芸術でないもの」を区別する尺度は何かが問題になる。「芸術」に普遍性は無い、個人の好みに過ぎない、との意見もあるがここでは触れない。いずれ述べるつもりである。

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2012.05.12 | | コメント(37) | トラックバック(0) | 音楽



コメント

衝撃、世界を変えてくれるもの

片割月さん おはようございます

それを体験することによって世界が変わるものが芸術だと思った。受け売りですけどね(^_-)-☆
「目から鱗が落ちる」かどうか。初期ロマン派的な芸術観に従えば、大衆芸能と芸術との違いがそこにあります。大衆芸能はエンジョイアブルであればいいけど、芸術はビフォアとアフターで物の見え方が変わるものでなけりゃダメ。ハリウッド的「勧善懲悪」は日常的な善悪観念をなぞるだけで、大衆芸能にすぎません。他方、悪に善を見出し、善に悪を見出す「目から鱗」的な作品は、日常的な善悪観念を書き換えるので芸術たり得ます。不覚にも物の見方や生き方が変わってしまう作品だけが、芸術に値します。 http://www.miyadai.com/index.php?itemid=533 

普遍性についてですが、あると思います。
以下は、私があるmixiコミュで、浅田選手について、書いたものですが、

>108 ○○さん
>”美しくない” というのは好みの問題では?


もちろんです。ですから、
 >力任せに跳んでいるような感じがして美しくく感じない(というか恰好よくない(汗))。
 >跳べるということはすごいことだけど。
と、私の感覚をいっているわけです。「力任せに跳んでいる」と客観的な事実を述べたわけではありません。

>スポーツ力学専門の大学教授が、力でなく体全体のバランスで跳ぶタイプと分析しています

客観的な事実は、その通りだと思います。でもそれは、なぜ浅田選手がトリプルアクセルを跳べるのかを物理の言葉を使って説明しただけで、それが美しさの原因であるとは、いっさい言っていないはずです。なぜか、科学では語れないからです。語ったらそれは科学ではなく宗教です。宗教は何にでも答えを出します。そして、絶対正しいと信じ切っています。そういうのが一番危ないw だから、○○さんが、おっしゃったように、「聖職者ほど権力闘争続けた職業もない」んだと思います。

話がそれました。

○○さんのように、真近で実際に見たら(ってマジかよw)迫力を感じると思います。私は一度だけ浅田選手をさいたまアリーナの米粒席で見たことがありますが、迫力は残念ながら感じませんでした。まして、モニター越しにみてたらなおさらです。

とはいえ、プル、ヤグ、太田由希奈、ビールマン、バイウル、最近では、グレイシーゴールド、ポリーナコロベニコワなどには、心動かされます。もちろん、浅田選手にもです。それは、101を読んでいただければ、わかると思います。全部私の好みです。好むから感動するのです。もっとも大嫌いなものを見ても心が震えます。恐怖という感動です。そういう表現はないとおもいますが、

○○さんが指摘されている浅田選手の「フワリ」としたジャンプですが。私も最初は、言葉に影響をうけて(サピア=ウォーフの仮説)、実際そう見えました。でもいろいろな選手を見ているうちに、もっと、心を動かされる選手を発見したのです。それは誰から教えられたわけでなく、自分の目で見て感じたことです。

だいたい美というのは文化的なもので、時代、場所によって違います。さらに個人的審美眼は育った環境に多くを左右されます。普遍的な美というのもあると思いますが、(ラマチャンドランによれば、90%は文化的なもの。10%は人間の脳に共通な普遍的なものがあるのではないかといっています。)だいたい、美は好みの問題に帰着されるのでしょう。


ここでは、美という言葉を使ってますが、芸術の一つの側面だと思います。が醜悪も要件さえ満たせば芸術になりうると思います。よく芸術と猥褻が問われる場面がありますが、この部分は、価値観に左右される部分だと思います。

すみません、モーツアルトの音楽にまったく言及しなくてm(__)m

2012/05/13 (日) 01:00:11 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

Re: 衝撃、世界を変えてくれるもの

ghoti様、こんばんは。

とても啓発される内容を教えて頂き、ありがとうございます。

私も芸術や美には普遍性はあると思っています。

このテーマを記事にする際、ghoti様のコメントも紹介したいのでヨロシクね。


立花隆の言葉。「ぼくらの頭脳の鍛え方・必読の教養書400冊」(文春新書)

「いまはどう考えているかというと、理論に普遍性を求めるのは自然科学だけで、文化系の学問にはもともと普遍性など存在せず、にんな自分こそ正しいと思うことを勝手にわめき合っているだけなのだということがわかってきた。そう思うと、フロイトの主張も、それが普遍的真理かどうかなどあまり気にせず、ちがう作家の文学作品や音楽作品、美術作品をそれぞれ楽しむように楽しめばいいのだと割りきって楽しめるようになった。」

私が時々お邪魔しているブロガー様がこの本の立花氏の発言を取り上げたのがキッカケです。

立花氏は直接は触れていませんが、文脈から解釈して「芸術や美には普遍性は無い」としているようです。

もちろん、これも一つの見識というか意見でしょうね。

2012/05/14 (月) 21:55:22 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

(V)oo(V) フォッフォッフォ

立花氏も私と同一見解と言うことだな。(笑)

あまり彼は好きではないのだけど(笑)

2012/05/14 (月) 22:08:57 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

Re: (V)oo(V) フォッフォッフォ

> 立花氏も私と同一見解と言うことだな。(笑)
>
> あまり彼は好きではないのだけど(笑)

学生時代、「芸術とは?「美とは?」「自由とは?」と、夜もすがら議論したことが懐かしい。

そうした瑞々しい感性は歳をとっても失いたいくないですね。

過去に多くの哲学者、文学者、詩人、音楽家、画家達が「芸術や美」を論じて来た歴史があります。

自然科学のような第一義的な普遍性は無いかもしれませんが、第二次的?普遍性はあるように思うわ。

それと、「芸術を鑑賞する側」の視点と「芸術を創造する側」の視点との違いもあるかもね。

立花隆は私も好きではありません。ここはバルタン様と珍しく?一致しましたね(^Д^)

2012/05/14 (月) 23:09:37 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

おお!

〇〇様、コメントありがとうございます。

良かったあ~。

万事、了解しました\(^o^)/

2012/05/14 (月) 23:13:46 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

普遍性が無いからこそ

>過去に多くの哲学者、文学者、詩人、音楽家、画家達が「芸術や美」を論じて来た歴史があります。<

こういう議論が生まれる。

普遍性があるのならこういう議論は生まれない。

1+1=2となるのを、1+1=3だとか5だとか言う論議がないのを見ればわかる。

ただしこれも厳密に言うと10進法と言う制限の中での話。2進法であれば1+1=10となる。


自然科学においても、本質的には普遍性は存在しない。

普遍性があるのであれば、その論理に反する事例を探すことはしない。

真に普遍性があると言い切れないと言うことを理解しているからこそ、論理に矛盾するものが無いのかを常に探すのが真の科学者である。

常に重要なのは前提条件だと言うこと。残念ながら今の日本においては、論理矛盾よりも金銭勘定が先立っている気がするけどね。

産官学一体の研究なんてその際たる物だ。原発問題の根幹はその部分における不信感を払拭できない点にある。

学問の独立性は、何も言わないパトロンがいて始めてなしうる。



芸術や美の普遍性においても同じことがいえると思う。

2012/05/14 (月) 23:24:37 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

Re: 普遍性が無いからこそ

ニュートンの万有引力の重力理論は最近までは「正しい」とされて来た。

それが相対性理論によって「誤り」が証明された。

そういう意味では物理学は永遠不変の普遍性という点で、問題があるかもしれない。

しかし、「今の所、この理論が最大公約数的に正しかろうし、ほとんど説明がつく」のであれば、それも普遍性のカテゴリーに入れても良いと私は思うけどネ。

美とか芸術も、文化や歴史、民族の違いを超えて「共感出来る」ものがあります。

日本固有の芸術であるハズの「俳句」や「源氏物語」に西欧の人間が感動出来るのは何故か?

自分は「美しいとは感じない」けど、他の人が「美しいと感じるのは理解出来る」という感覚もある。

こうした事が、文芸・絵画・音楽といった芸術に関する普遍性を探求する「手掛かり」になるかもしれない。

これらを単なる「好みや趣味の違い」と全てを相対化してしまうのは、やや早急な結論と思う。

もちろん、美や芸術が「主観、好き嫌い」に左右される要素が多いこと、普遍性とは相反する要素が多くあることも、また事実である。

2012/05/14 (月) 23:49:39 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

>しかし、「今の所、この理論が最大公約数的に正しかろうし、ほとんど説明がつく」のであれば、それも普遍性のカテゴリーに入れても良いと私は思うけどネ。 <


ここの部分にあると集約できる。普遍性と言う許容範囲をどこまでに絞るのか。

万人に対するものとするのか、8割の人が納得するものとするのか、5割の人が納得をするものとするのか。

論理性と言うよりも多数決的意味合いに普遍性を求めるのか、普遍性を語る意味での最も重要な前提条件だと思う。

2012/05/15 (火) 00:18:08 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

Re: タイトルなし

>普遍性と言う許容範囲をどこまでに絞るのか。


私は「その分野の専門家、科学者コミュニティの多数が認めていれば」普遍性あり、で良いと思っています。

例えば「ビッグバン理論、宇宙のインフレーション理論」がそうですね。

多数の人間は相対性理論も量子理論も理解出来ませんが、彼等を信頼するしかないわけです。

光の速度が一定であり、光より速いものは存在しない、ブラックホールは存在する、と言われても、私達は目で確かめることは不可能です。しかし「多数派の科学者コミュニティ」を信頼するわけです。

もちろん、未来において、これらの理論のいくつかは大きく修正されるかもしれないけど。

これが医学や原発問題、環境問題になってくると、政治が絡む為か、信頼度がグっと落ちますね。

こちらは普遍性は無いとまで言いませんが、普遍性度はかなり落ちますね。

「二酸化炭素の増大による地球温暖化」に対しても、反対意見の科学者は少なくないようですね。

2012/05/15 (火) 00:36:21 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

心理学

>>過去に多くの哲学者、文学者、詩人、音楽家、画家達が「芸術や美」を論じて来た歴史があります。<

>こういう議論が生まれる。普遍性があるのならこういう議論は生まれない。


デカルトは、方法序説の中で、次のように述べました。なぜ、デカルトが普遍的な方法(文脈からデカルトは普遍を目指したのではなく、自分が納得する方法(数学/解析幾何)を目指したと思われます。後の人が普遍を目指すのに適切な方法だとして採用したと思われます)を目指したのかが、わかる部分だと思われます。

(引用開始)
ところで私のことを言えば、もし私がただ一人の先生しかもたなかったならば、あるいはまた偉い学者たちの意見がいつの時代でも種々異なっていたのを知るに至らなかったならば、私は疑いもなく第二の種類の人間(注1)に数えられていたであろう。

しかし私は、すでに学校時代に、どんな奇妙で信じがたいことでも哲学者の誰かが既に言っているものだ、ということを知った。またその後旅に出て、我々の考えとは全く反対の考えを持つ人々も、だからといって、みな野蛮で粗野なのではなく、それらの人々の多くは、我々と同じくらいにあるいは我々以上に、理性を用いているのだ、ということを認めた。

そして同じ精神を持つ同じ人間が、幼時からフランス人またはドイツ人の間で育てられるとき、仮にずっとシナ人や人食い人種の間で生活してきた場合とは、いかに異なったものになるかを考え、また我々の着物の流行においてさえ、十年前には我々の気に入り、また十年経たぬうちにもう一度我々の気に入ると思われる同じものが、今は奇妙だ滑稽だと思われることを考えた。

そして結局のところ、我々に確信を与えているものは、確かな認識であるよりもむしろはるかにより多く習慣であり先例であること、しかもそれにもかかわらず少し発見しにくい真理については、それらの発見者が一国民の全体であるよりもただ一人の人であることの方がはるかに真実らしく思われるのだから、そういう真理にとっては賛成者の数の多いことは何ら有効な証明ではないのだ、ということを知った。

こういう次第で私は、他を置いてこの人の意見をこそ取るべきだと思われる人を選ぶことができず、自分で自分を導くということを、いわば強いられたのである。

(注1)他人の意見に従う、謙虚な人間。

(引用終了)

私の知る限り、普遍と個別の問題は、ギリシャ時代に見つけることができます。

 プラトン - 普遍はイデア界にある
 アリストテレス - 普遍はあるけど、イデア界というものはなく、普遍は個別の中に存在する

デカルトは、プラトンに近い考えかと思います。私は、アリストテレスの考えに近いかな!?
(西洋中世における、普遍論争は、この際、措く)

いずれにしても、普遍をどこに求めるかは違っても、普遍を求める心は共通していると思います。

美しい花がある。花の美しさというようなものはない。」とは小林秀雄の言葉。このことを端的に表現した、機智に富んだ言葉だと思います。機智について、アレグザンダー・ポープ(1688-1744)は、こういいました。「しょっちゅう人々の脳裏に浮かぶような平凡なことでも、こんなに上手に言い表されたことはこれまで一度もなかった」と読者に思わせること、それが機智である。 (「声の文化と文字の文化」P53)ここまで来ると機智も芸術の一種かと。

話がそれました。

なぜ人間の心は普遍を求めるのでしょう!?

人間は孤独(Loneliness)だからだと思います。自分の思いを誰か他の人と共有して、安堵したい。そういう思いの表れかもしれない。そのくせ、一方で、他人に煩わされない自分でいたいという「孤独(Solitude)」を求める思い、あるいは、他の人間とは違っていたい、という思いもある。なんなんでしょう、人間て厄介な動物(笑)。

まあ、とりとめもなく、そんなことを思いました(笑)。

2012/05/15 (火) 00:52:39 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

適応範囲の問題と立場の問題

>ニュートンの万有引力の重力理論は最近までは「正しい」とされて来た。
>それが相対性理論によって「誤り」が証明された。


人間が日常経験する現象においてはニュートン力学は今でも通用していると思います。科学技術が進歩して、ニュートン力学では説明できない現象に遭遇して、相対性理論(光の速度に近い運動の記述)や量子力学(原子核内の運動の記述)が生まれたと記憶しております。(「ニュートン力学の有効性について」で検索のこと)

>そういう意味では物理学は永遠不変の普遍性という点で、問題があるかもしれない。

>>普遍性と言う許容範囲をどこまでに絞るのか。

>私は「その分野の専門家、科学者コミュニティの多数が認めていれば」普遍性あり、で良いと思っています。


御意!

自然科学者は、自然科学で説明できる現象は、ごくわずか、だということを知っています。己の学問の限界を知っているという意味で、(唯一絶対の普遍を目指すという意味では共通するものの)アブラハムの宗教(ユダヤ教、キリスト教、、イスラム教)とは、決定的に違いますね。

一部の?物理学者は、四つの力(強い核力、弱い核力、電磁気力、重力)を統一的に説明できる大統一理論を目指してがんばっていると思われます。私の記憶が正しければ、三つ(弱い核力、電磁気力、重力)までは統一的に説明できるとか・・・。これでわかるとおり、普遍を目指すといっても、「四つの力」の統一だけで、他の現象については個別の科学があるだけです。もちろん、その基礎に、物理学がある、というのは、いうまでもないことですが、宗教に比べたら、謙虚でカワイイものです(笑)。

『人間にとって科学とは何か』(湯川秀樹・梅棹忠夫)から、特に印象に残ったことば。(ことばは原文に忠実ではないですが) を抜き書きします。

・納得の体系ということでいえば、宗教と似ている。
科学の特徴は、ものごとを説明できないことが非常に多いこと。
宗教はすべてを説明してくれる。未来も過去も、答えられないものがない。
・知の衝動、知的好奇心。ありとあらゆるものに関係を結ぶという関係衝動。
・宗教は安心の体系、科学は安心の体系を目指すが不安に満ちている。執念、勇気がいる。
科学はあるかどうか分らない原理を探しているが、宗教は、はじめに原理がある。
・言葉による思考の前段階、イメージによる思考。下意識から沸々沸いてくる人間の根元的なもの。生殖作用に似ている。
・価値は意味を持っている。科学には価値ということではカヴァーできない性質がある。価値というものはある種の目的論。目的と離れては、価値は意味を持たない。科学には目的がない面がある。
・科学の行き着く先は、好奇心なんか持つのがあかんのや、といった老子や荘子が理想としているところへゆくのかも知れない。
最後は主観が勝つのじゃないかと思う。自分が思い込んでしまったら万事解決。
・くすりが宗教の代わりになるかならんか、まだわからんけれども(湯川)。涅槃薬というようなもので・・・(笑、梅棹)。


>これが医学や原発問題、環境問題になってくると、政治が絡む為か、信頼度がグっと落ちますね。

片割月さんが、仰るように立場、価値観が絡んでくると厄介ですね。

人間の心についてニーチェがいいツッコミしているので、紹介します。(ニーチェに賛同するかどうかは、個人の人間観によって違うとは思います、私がどう思うかって!?それは内緒(^_-)-☆ )

ニーチェはこう書いた・・・「意識的な思考の大部分は、哲学的な思考の場合でさえ、本能的な活動だと考えられなければならない。」論理の背後には価値判断があり、価値判断の背後には、権力か救済か復讐かをもとめる「人間の基本的な願望」が隠されている。・・・権力への意志は、どの人にも、どの文化にも基本的なものである。 「近現代ヨーロッパの思想」(フランクリン・L・バウマー;P533-536)

2012/05/15 (火) 02:34:51 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

美は平均!?

>日本固有の芸術であるハズの「俳句」や「源氏物語」に西欧の人間が感動出来るのは何故か?

>自分は「美しいとは感じない」けど、他の人が「美しいと感じるのは理解出来る」という感覚もある。

>こうした事が、文芸・絵画・音楽といった芸術に関する普遍性を探求する「手掛かり」になるかもしれない。



普遍美については永遠のテーマですね。実際、文化に依存しない部分もありそうですし・・・。片割月さんが仰るように、個人の経験を「手掛かり」するのが、地に足着いてて、良いと思います。

そういいつつ、他人の研究(経験)が、面白かったので貼って置きます(^_-)-☆

女性の顔を平均化した画像、世界各国別 http://www.tommyjp.com/2011/02/blog-post_5564.html 平均こそが美しい http://it1127.cocolog-nifty.com/it1127/2006/10/post_7791.html

あと、、個別と普遍は、blogやTwitterの自己紹介に、ありますように、一生のテーマでもあります。同じことを繰りしてもぜんぜん飽きないです。このテーマ(笑)。

2012/05/15 (火) 04:15:16 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

Re: 美は平均!?

ghoti様、色々と啓発される情報やコメント、ありがとうございます。

ghoti様のコメントや頂いた情報は「芸術とは何か、芸術に普遍性はあるか」(仮題)をアップする時に引用させて貰いますね(^^♪

ニーチェは私も愛読しています(#^.^#)

ただし、理解度は15%くらいでしょうか(^。^;)

私の場合はリヒャルト・ワーグナーのオペラが好きな関係からニーチェを読むようになったのですけど。

力の統一理論は「電磁気力、弱い力」までは認知されているようですね。これに「強い力」を加えた大統一理論はまだ「科学者コミュニティ」の認知するところまで至っていないそうです。

さらに「重力」を加えた超大統一理論はまだまだ先になるようですね。「重力波」そのものがまだ検出されていないようですので。

しかし、重力波が検出されないと、ビッグ・バン理論や相対性理論にとって都合が悪いそうです。

以上は松原隆彦著「宇宙に外側はあるか」(光文社新書)からの受け売りです。


芸術は自然科学のように絶対的な客観性を持つ事実や真理は見い出し得ないかもしれません。

しかし、全ての学問や文化が絶対的客観性を持たなければならぬと考える必要もないと思います。

何故なら、芸術における「事実」の把握は「正か不正か」によって決まるというより、

むしろいわば「浅いか深いか」によって決まると思うからです。

2012/05/15 (火) 22:52:37 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

芸術とは

絶対的主観性である。

2012/05/15 (火) 23:02:44 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

Re: 芸術とは

> 絶対的主観性である。

ハイ、確かに、これも有力な意見ですね。

しかしながら、もしも立花隆氏の主張が正しいとすれば、「芸術」という概念そのものが成立しなくなります。

100万人いれば100万通りの「芸術」があるとすれば、芸術という「学」は意味をなさなくなります。

「芸術」という漢語は古代「後漢書」の時代から存在し、音楽、絵画、建築、彫刻、文芸、造園、書道等を統一的見解で論じようとするのはむしろ、中国や日本ではむしろ伝統的な考え方であったことは重要です。

実用品を作るのは「芸」ではなかった。仏師、絵師、鍛治、大工などの仕事は本来は「芸」ではなかった。

しかし、実用性から離れ、そこに精神性が備わるようになると利休の茶道や雪舟の絵における如く、「芸術性」を帯びてきた歴史があります。

そこには何かしら、共通する働きや法則のようなものが存在するのではないかとの探求があったと思います。

芸術でとは違いますが、どの国の言語の文法も法則性があります。

人間の脳には何かしら規則性、法則性を探り、創造する作用があるのだと思います。

2012/05/15 (火) 23:35:50 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

芸術の生物学的基盤

>芸術でとは違いますが、どの国の言語の文法も法則性があります。
>人間の脳には何かしら規則性、法則性を探り、創造する作用があるのだと思います。

これも興味深い話ですね。文法のバリエーションは言語のバリエーションほどはないですよね。それから、猫、cat、chat (chatte)、gatto、といろんな呼び方http://www.geocities.jp/kazunonekoyasiki/benkyoubeya.htmlがありますが、(微妙なズレはあるにせよ)「猫」の認識においては共通しています。

これと同じように、何を美に感じるかは、微妙なズレはあるにせよ、共通項はあると思われます。
各国の美を表す言葉、いろいろありますね。http://www.psn.ne.jp/~bds/rensoudb/utsukushii.htmこのバリエーションの多さが、その文化で、何を大事にしているかもわかりますね。余談ですがエスキモーの指示代名詞は30種類もあるとかhttp://blog-imgs-53.fc2.com/n/a/h/nahte/2012051613465217f.jpg 真っ白な銀世界を分け隔てるためには、これくらいの分類が必要なのでしょう。

2012/05/16 (水) 13:38:43 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

芸術(的美人)を物質で評価したら

>何故なら、芸術における「事実」の把握は「正か不正か」によって決まるというより、
>むしろいわば「浅いか深いか」によって決まると思うからです。

御意!美系もそれなり系も同じ物質で出来ていると思うと、美系に惹かれる自分がアホらしくなる、やってられね~\(^o^)/

2012/05/16 (水) 15:25:56 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

ghotiさんへ

>美系もそれなり系も同じ物質で出来ていると思うと、美系に惹かれる自分がアホらしくなる、やってられね~\(^o^)/ <

とは言うものの、構成している物質の量によって、外形が変わると言う事実には勝てませんな~~。(笑)

多すぎるのも良くないが少なすぎるのも物足りない。何事も好い塩梅と言うものが大事で(笑)

2012/05/16 (水) 20:56:11 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

モーツァルト

記事の本論に戻るけれども、彼の宗教音楽についてはほとんど知らない。

私の知っているものは、やはりバッハになってしまう。

あの、大げさすぎる重々しさが好みなのよねー。
カラヤンの指揮がすきなのと似ているのかもしれない。

後はゴスペルになってしまう。

2012/05/16 (水) 21:14:05 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

バルタンさんへ

>構成している物質の量によって、外形が変わる
>何事も好い塩梅と言うものが大事で(笑)

やはり、人間は、物質より形が大事なんですかね!?(笑)

>私の知っているものは、やはりバッハになってしまう。
一番最初に好きになったクラッシックは、バッハの小フーガでした。あと、アリオーソ。
それから、ビバルディ 冬~第2楽章 ラルゴ 。ベートーベン 悲愴 第2楽章。などに癒されます。

>片割月さんへ

モーツァルトで一番好きなのは、トルコ行進曲。
トルコ行進曲をモチーフにした小室哲哉の「朝焼け」が好き。
http://www.youtube.com/watch?v=gQsafyEIFl8
同じく、音楽座ミュージカル「マドモアゼル・モーツァルト」で歌われた「Love 」
http://www.youtube.com/watch?v=dJqkn-PIApw
ですかね。

ちなみに、私が一番好きな作曲家は小室哲哉。名曲多産という意味で「ポップ/ロック界のモーツァルト」だと思う(笑)。

2012/05/16 (水) 22:34:55 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

Re: 芸術(的美人)を物質で評価したら

美系に惹かれるといっても、男の人は「知的美人」よりも「白痴的美人」により惹かれるという、不思議な感覚もあるようですね。

イタリアの名画「道」に出てくる白痴的女性、ジェルソミーナに惚れたんですよね。あの粗雑な道芸人の男性がラストシーンで海辺で涙する姿は強烈でした。

2012/05/16 (水) 23:46:33 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

Re: バルタンさんへ

動画、ありがとうございます。

小室哲哉さんは衝撃的でしたね~。

globeの歌など、難しいのですが、カラオケで頑張って歌ったこともあります(^^♪


「トルコ行進曲」はもちろん素敵ですが、彼には他にも素晴らしい曲が沢山ありますよ~。聴いてください。

2012/05/16 (水) 23:54:33 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

Re: モーツァルト

> 記事の本論に戻るけれども、彼の宗教音楽についてはほとんど知らない。

映画「アマデウス」は見ませんでしたか?

「レクイエム」が沢山流れています。

レクイエムを全曲通して聴くと、安藤選手の「レクイエム」がまた一段と味わい深くなりますよ(#^.^#)

バッハの宗教音楽も素晴らしいですね。

ロ短調ミサ曲、マタイ受難曲、数多くのカンタータなど、無限の魅力を秘めていると思います。

私は優れた芸術というのは「生と死の彼岸に届くような精神的感動」や、狭い意味ではなく「宗教的な祈り」を感じさせるものが必ず潜んでいると思うのです。

2012/05/17 (木) 00:00:50 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

片割月 さんへ

>美系に惹かれるといっても、男の人は「知的美人」よりも「白痴的美人」により惹かれるという、不思議な感覚もあるようですね。
まあ、わからないわけではないけれど・・・。私は、両方OK\(^o^)/
土井香苗さんにツイートして、リツイ貰って、うれしくなって、セミナーに参加したこともある(^_-)-☆

>globeの歌など、難しいのですが、カラオケで頑張って歌ったこともあります(^^♪
おお、すばらしい\(^o^)/
ちなみに、私の18番は、安室奈美恵-body feels EXIT。華原朋美- I BELIEVE。trf-EZ DO DANCE/寒い夜だから…。globe-SWEET PAIN/FACE(一人globeやります、笑)。など・・・。

>「トルコ行進曲」はもちろん素敵ですが、彼には他にも素晴らしい曲が沢山ありますよ~。聴いてください。
そうなんですよね。他にモーツアルトといえば、シルヴィ・バルタン-哀しみのシンフォニーくらいでw 機会があったら聴いてみます(^_^;)

2012/05/17 (木) 00:39:24 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

Re: 片割月 さんへ

ええ?ghoti様は女の子が歌う曲もカラオケで歌うの?

驚いた(@_@;)


>私は、両方OK\(^o^)/

ケッ!ようするに、ただの面食いなのね(-^〇^-)

三日で飽きるハズなのに、ghoti様といい、バルタン様といい、懲りない面々ですこと(@^▽^@)

まあ、女の人も面食いは沢山いますけどね(~_~;)

私はやはり、男の人には美系とかではなく内容で見ますよ。

美男子にこしたことはないけど、そう甘くないことは、経験?が教えてくれます。

向上心があって、たとえ失敗があっても、何としても困難な仕事をやり遂げようとする男性はカッコイイし、心が惹かれますわん(*´∀`*)

2012/05/17 (木) 01:00:28 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

片割月さんへ

>ケッ!ようするに、ただの面食いなのね(-^〇^-)
はは、そのとおりでございます\(^o^)/

>ええ?ghoti様は女の子が歌う曲もカラオケで歌うの?
というか、男性歌手の歌は、難しくて歌えない。X-JAPAN、ラルク、グレイ、B'Z、ミスチルなど、とても歌えませんです。まあ、氷雨くらいは歌えるかな。でも、これは女性歌手も歌ってるしな~♪(笑)

>美男子にこしたことはないけど、そう甘くないことは、経験?が教えてくれます。
わはは、付き合うことを、前提に語っておられるわけですね。やはり、女性は現実的だ~\(^o^)/

2012/05/17 (木) 01:52:20 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

Re: 片割月さんへ

>X-JAPAN、ラルク、グレイ、B'Z、ミスチルなど、とても歌えません

へッ!仮りにもこうした歌を歌おうと思うその心が。。。。

お歳を考えられ、無理して若い人と張り合わないことネ。ガッハッハ(-^〇^-)

若い女性に「バカにされまい、爺扱いされたくない、若く見られたい」とのお気持ちは分かります(^<^)

石原裕次郎、小林旭、フランク永井、水原弘とか歌って下さいネ(笑)

私は江戸ッ子なので、「粋」と「張り」、の心はあります。

張り、とは、見栄を張る、意地を張る、のことで、江戸ッ子のメンタリティでありんす。

2012/05/17 (木) 02:52:09 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

片割月さんへ

>お歳を考えられ、無理して若い人と張り合わないことネ。ガッハッハ(-^〇^-)
確かに、見栄を張るほどもう若くはないですが、いくらなんでも、
>石原裕次郎、小林旭、フランク永井、水原弘とか歌って下さいネ(笑)
は、そりゃ、あんまりだ~♪せめて、井上揚水、吉田拓郎、かぐや姫、アリス、アルフィー、くらいにしてくれ~\(^o^)/

カラオケで歌を歌うようになったのは、1995年12月、globe-DEPARTURESとの出会いがきっかけ。必然的に、たまたま、当時流行ってた歌が気に入り歌っただけなんです。若い女の子に持てたいという気持ちはもちろんありますが、その世代の人の歌を歌えばその世代の人に持てると考えるほど単純な男でもありませんよ~だ(笑)。

>私は江戸ッ子なので、「粋」と「張り」、の心はあります。
そりはわかります(^_-)-☆

2012/05/17 (木) 03:37:14 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

Re: 片割月さんへ

>せめて、井上揚水、吉田拓郎、かぐや姫、アリス、アルフィー、くらいにしてくれ~

それでも古い古い。

やはり、ghoti様は昭和の人間ですね(^<^)

あちきは大人になる前に平成になりましたので、平成の人間です\_(^◇^)_/

ま、それでも天地真理の歌を歌ったこともありますけど、エッヘッヘ(^。^;)

2012/05/17 (木) 22:03:37 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

片割月さんへ

確かに、肉体は古いですが、精神は新しい、というか、幼い\(^o^)/
>あちきは大人になる前に平成になりましたので、平成の人間です\_(^◇^)_/
なるほどー。私が、mixiの友人のうち懇意にさせていただいている約5名の女性は、察するに、片割月さん、とほぼ同世代なんですね。どうりで、親近感が沸くわけだ\(^o^)/

天地真理は、姉の影響で存じ上げております。
ま、歌は世代を超えますからね。あなたーをまつの、てにっすこおーと♪てな感じ!?(^_-)-☆

2012/05/17 (木) 23:19:46 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

Re: 片割月さんへ

>私が、mixiの友人のうち懇意にさせている約5名の女性は

昔とった杵柄じゃないけど、キャバクラで鍛えた?会話術で女心を操っているのネ(^Д^)

あちきが歌ったのは、ふたりのにちようび~♪です。

2012/05/17 (木) 23:34:16 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

片割月さんへ

そうなんですよ~、散財した甲斐がありました。キャバクラのおねいさんたちに楽しい話をサービスさせていただいてたんですね。おねいさんたちに喜ばれるのが楽しくて・・・会話力向上のためにはキャバクラが一番ですね(^_-)-☆ 男は女性を喜(悦)ばせてなんぼの生き物。男に生まれてよかった~\(^o^)/

2012/05/17 (木) 23:46:09 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

Re: 片割月さんへ

ズバリでしたか(笑)

>おねいさんたちに喜ばれるのが楽しくて・・・会話力向上


なるほど、ghoti様は私が戯けたライフ編の「たわけた日常」記事で触れたような男の人とは違うのね。

どんなお話しで喜ばせたのか、知りたいわ(^<^)

2012/05/18 (金) 00:23:52 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

片割月さんへ

そそ、そんじょそこらの男とは、一味違うのね。というか、私は至って普通の男だと思うけど。片割月さんが戯けたライフ編の「たわけた日常」記事で触れたような男 はむしろ例外だと思われ・・・。

基本的に会話のネタは読んだ本からの話題。哲学の本とかのお堅い本。喜んでもらえたら、その本を読む意味があったと判断します。自分のたわごとを聞いていただだいて感想を貰うのに出費は惜しみません。読解力と表現力を磨くための授業料ですからね(笑)。

あと、おねいさんのお話に寄り添うこと、相槌を打つこと(^_-)-☆

それから、マドモアゼル・モーツアルトの動画があったので貼って置きます。私がナマで観たのは2008年版ですが、こちらは、1992年版。後半からエンディングに向けてグイグイ引き込まれます。ここからのシーンが特に好きということで、貼って置きます。よろしかったらどうぞ。http://www.youtube.com/watch?v=5xY0k0-N1es&feature=channel&list=UL

2012/05/18 (金) 01:22:51 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

Re: 片割月さんへ

マドモアゼル・モーツァルトの動画、ありがとうございます。

女に作曲は出来ない…これ、悔しいけど、女性の大音楽家が何故、過去に生まれなかったのか不思議です。

優れた演奏家ならいくらでもいるのにね。将来のことは分かりませんが、出現する予感がしません(~_~;)


男女の頭脳か生理の違いでしょうか。謎です。


2012/05/18 (金) 21:45:01 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

片割月さんへ

>優れた演奏家ならいくらでもいるのにね。将来のことは分かりませんが、出現する予感がしません(~_~;)
>男女の頭脳か生理の違いでしょうか。謎です。


音楽の美は形式にある
http://elekitel.jp/elekitel/sci_talk/cont97/beauty/beauty01.htm
これはチョット目から鱗でした。主要部分を貼って置きます。
音楽は感性ではなく論理ということで、女性には無理かなと(^_-)-☆
というのは冗談で、角田さんの研究の誤りの指摘もあるように、生理よりむしろ文化的・習慣的なものだと思われます。追記2012.05.18/23:58あと、体力も関係してるかもしれない

ご参考:角田氏の研究について
http://it1127.cocolog-nifty.com/it1127/2005/12/post_3234.html


<国安>
音楽の美を考えるとき、まず音楽を歌と器楽に分ける必要があります。器楽で表現する美しさというのは、洋の東西を問わずフォルム、形式に基づいています。例えば、インド、中国、インドネシア、イスラムの、いわゆる古典音楽、それぞれの民族でのクラシックも、あれはフォルムですね。それに対して歌で問題になるのは美というより、どちらかというと感動ですね。西洋が音楽の中心にしてきたのは器楽ですから、器楽を芸術として聞くときに感動はむしろじゃまで、感動が入ったら芸術を芸術として聞いてないというので、感動は否定されるのです。例えば、ベートーベンを感動して聞いたら、それは感情享受と言いまして芸術享受ではないと、西洋から叱られてしまうのです。大抵、われわれは感動することが音楽を聞くことだと思ってしまいますが、これは日本人的なのです。西洋では感動は美ではない。むしろ静観、コンテンプレーション(凝視)、冷たく突き放してみる、でないと美はわからないというのが、西洋の美なのです。それは日本人はできない。伝統的に、西洋で美しさというのは聞くものでなく見るものなのです。だからひとことで言ったら、美とはフォルム、形式である、音楽の美しさがわかりたかったら聞くのではなく、心の目で音楽の形を見なさいということになります。

<加我>
われわれ素人がクラシック音楽を聞くのとだいぶ違いますね。

<国安>
普通の人が聞いているのは、別の言葉で「快適」などに置き換えられるのであり、それは美とは関係ないなんて言われてしまいます。

<加我>
クラシック音楽の作曲家本人もそう思っているのですか。

<国安>
例えば、バッハなどは、あのころは芸術という考え方はないものですから、自分を学者だと思っています。フーガという西洋のクラシック音楽のフォルムの基本とも言える音楽形式がありますが、これを作曲することは学問だと思われていました。バッハはフーガの大家ですから。

<加我>
そうですか。

<国安>
さらに言うと、西洋人に言わせると、感動には2つあって日本人の感動というのは「弱々しい感動」、つまりお涙ちょうだいの「感傷」じゃないかと言うのです。

<加我>
ああ、なるほどね。

<国安>
演歌は涙とわかれですか。あれは感動とは言わないで感傷ですね。西洋音楽に関しては日本に入ってきてから100年以上たっているわけですが、日本人の聞き方は、やはり西洋人の聞き方とは違うのですね。この音楽の聞き方の違いを、随分、昔のことですがベストセラーになった角田さんの「日本人の脳」などから、多くの人は脳の違いで説明しようとしてしまったわけです。

2012/05/18 (金) 22:07:35 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

Re: 片割月さんへ

ここでghoti様が紹介された音楽美論、新しい記事にアップ、引用させて下さい<m(_ _)m>

2012/05/19 (土) 00:32:49 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

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片割月

Author:片割月
和歌を愛し、音楽を愛し、花を愛し、フィギュアスケートが大好きで、歴史・社会・文学が大好きで、ジョン・レノン、八代亜紀、ちあきなおみが大好きで、クリント・イーストウッドと映画も好きで、皮肉とユーモアも好きな変わり者アラフォー熟女ですが、よろしくお願いします。
最近は体力をつける為に、休みの日はえっちらおっちらとミニハイキングに勤しんでいます。

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