金色夜叉は何故読まれないか





金色夜叉 (新潮文庫)金色夜叉 (新潮文庫)
(1969/11)
尾崎 紅葉

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「金色夜叉」を読んだ。

尾崎紅葉(1867~1903)の長編小説。明治30年(1897)1月1日~明治35年(1902)5月11日『読売新聞』に断続連載。続金色夜叉、続続金色夜叉、新続金色夜叉と続くも紅葉の死により未完に終わる。


【あらすじ】

両親が亡くし孤児となった間貫一は、父を恩人と崇めていた鴫澤隆三に育てられた。 鴫澤は恩人の忘れ形見を心から大事に思い育て、娘の宮と婚約させた。貫一は美貌の宮に心から惚れ込んでいて、彼女と結ばれることを励みに勉学にいそしんでいた。また、宮も貫一を憎からず思っていた。
そこに現れたのが富豪の富山唯継である。宮とその両親は冨山の財力に魅せられる。貫一は打ち捨てられ、宮は冨山と結婚する。寛一は、ダイヤモンドに目がくらみ自分を捨てた宮を熱海の海岸で蹴り倒して出奔し、学業も投げやって、酷薄な高利貸しと成り果てる。


【文語体と口語体】…その一例。

憤を抑(おさ)うる貫一の呼吸は漸(ようや)く乱れたり。

「宮(みい)さん、お前はよくも僕を欺(あざむ)いたね」

 宮は覚えず慄(おのの)けり。

「病気といって此(ここ)へ来たのは、富山(とみやま)と逢うためだろう」

「まあ、そればっかりは……」

「おおそればっかりは?」

「あんまり邪推が過ぎるわ、あんまり酷(ひど)いわ。何(なん)ぼ何(なん)でもあんまり酷い事を」


今日、森鴎外の「山椒大夫」や「高瀬舟」は読まれても、「舞姫」や「うたかたの記」はあまり読まれない。夏目漱石や島崎藤村の小説は読まれても樋口一葉や尾崎紅葉、幸田露伴の小説はあまり読まれない。何故か?

それらがいわゆる文語体で書かれているからである。戦後、文語体や歴史的仮名遣いと訣別した日本の言語は、口語体に一本化された。

その結果、奈良時代から明治初期までの文語体に使用された豊穣な語彙を棄て、擲ち、忘却の彼方へと押しやり、死語の山を築いて来た。

日本語から外来語を漢語に変換する弾力性は失われ、英語を中心とした外来語を、ほぼそのままの発音か和製英語に変え、片仮名でひたすら取り入れて来た。

その功罪の大小は一概には言えないが。罪を一つ挙げれるとすれば、日本語から文語体の持つ格調の高さが失われたこと、と私は思う。

…暴れよ進めよ、無法に住して放逸無慚、無理無体に暴れ立て暴れ立て進め進め、神とも戦へ仏をも擲け、道理を壊つて壊りすてなば天下は我等がものなるぞと、叱咤する度土石を飛ばして丑の刻より寅の刻、卯となり辰となるまでも毫も止まず励ましたつれば、数万の眷属勇みをなし、水を渡るは波を蹴かへし、陸を走るは沙を蹴かへし、天地を塵埃に黄ばまして日の光をもほとほと掩ひ…。

上記は幸田露伴の名作「五重塔」の嵐の場面の描写である。稀代の名文とされて来たものだが、現代人、特に若い人達の多くにとっては「ウザイ」だけであろうし、カナが振っていないと、しょせん、読めない語彙が多過ぎて名文を味わう余裕はない。私などは漢文・古文が好きで多少は馴染んでいるが、それでも熟読するのは骨だ。

明治初期の文人達は口語体と文語体を巡り、盛んに議論、研究、模索していたが、紅葉は「金色夜叉」において、文語体と口語体の渾然一体化を目指した。

ストーリーそのものはやや陳腐とも言える通俗的な悲恋物語でしかないし、人物の造型もさほど彫琢されていない。しかし、地の文の典雅でリズミカルな文語体と豊富な語彙に救われて、作品の品格が保たれているのだと思う。

それまで中国から輸入した漢語と日本古来の大和言葉をたくさん棄てた替わりに、英語から輸入したカタカナだらけの日本語文が、今日、出来上がった。テレビやパソコン、携帯電話のカタログなどはカタカナが氾濫し、老人には解読不能である。

どちらの方が日本語の文化の上で幸せなのだろうか。

※明治三十年代は鹿鳴館に象徴されるように、政府による「欧化政策」が進んでいた。小説の中に、カーテン、アイスクリーム、コーヒー等のカタカナが登場している。ただし、コーヒーは珈琲、アイスクリームは氷菓子と変換する弾力性がこの頃はまだあったのである。
ちなみに、「高利貸」を隠語で「アイスクリーム」と言っていたらしい。
高利貸=氷菓子という親父ギャクである。

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2012.06.18 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 文学



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片割月

Author:片割月
和歌を愛し、音楽を愛し、花を愛し、フィギュアスケートが大好きで、歴史・社会・文学が大好きで、ジョン・レノン、八代亜紀、ちあきなおみが大好きで、クリント・イーストウッドと映画も好きで、皮肉とユーモアも好きな変わり者アラフォー熟女ですが、よろしくお願いします。
最近は体力をつける為に、休みの日はえっちらおっちらとミニハイキングに勤しんでいます。

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