与謝野夫妻とシューマン夫妻





君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟(コクリコ)〈下巻〉―与謝野鉄幹・晶子夫妻の生涯君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟(コクリコ)〈下巻〉―与謝野鉄幹・晶子夫妻の生涯
(1996/01)
渡辺 淳一

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雛罌粟(コクリコ)が「ひなげしの花」を意味するフランス語と初めて知った。

本の題名は与謝野晶子がフランスに洋行した夫の鉄幹を恋しくなり、ついに後を追いフランスに行った時に詠まれた歌から取られている。

      ああ皐月 仏蘭西の野は火の色す 君も雛罌粟われも雛罌粟


渡辺淳一は好きな作家ではないけど、乃木希典夫妻を題材にした「静寂の声」と今回の「君も雛罌粟…」のように明治時代に関連した「伝記物」は面白く読んだ。

小説家なので専門の研究者の手による本よりも分かり易く、しかも展開が上手いので実に楽しい。その分、作者による脚色がある。これは伝記というよりも、与謝野夫妻を題材にした「小説」なのだ。恋愛ものを得意とする渡辺氏だけに、与謝野夫妻の心の動きをきめ細やかに描いている。

渡辺氏はフェミニストなのか、乃木希典と与謝野鉄幹に対して、彼等の女性に対する差別的扱いにかなり辛口である。要は、明治の男の身勝手さに憤慨しているのだ。これには私も全く同感。

乃木希典の場合は妻を無理矢理に殉死の道連れにした身勝手さに怒り、与謝野鉄幹の場合は妻子のある身でいながら複数の若く純粋な女性と関係を持ち、いずれの女性にも「惚れている」とヌケヌケと言う身勝手さに怒る。

「…吉備なる人よ、命死なむと言ひければ、いかで後れむ我が身もと、われも涙に言い交わし。…ああ情熱は火の如し、われを焼かむず浪華びと、今は君こそ命なれ、棄て給ふなと言へば、又、共に生きむと契りにき。わりなしや、おのづからなる縁ゆゑ、ふたつの方に、ふたなさけ、思ひこがれぬ…。」

浪華のひとは、与謝野晶子であり、吉備のひとは、山川登美子である。与謝野鉄幹はこの「ふたなさけ」の長詩を『明星』にシャーシャーと掲載して恥じることがない。子を産み、育て、貧しさに立ち向かっている晶子にヌケヌケと「ふたなさけ」を宣言する男の感覚は現代の女性にも明治の女性にも理解不能である。

与謝野晶子は日本女性史上で稀なスーパーウーマンである。11人の子供を産み、育て、歌人として、評論家として活躍し、壮年期には落ち目となった夫の鉄幹をも支えた。何度も最愛の夫に裏切られながらも。

彼等、殊に与謝野晶子と良く似た境遇の女性が西欧にいた。音楽家ロベルト・シューマンの妻、クララ・シューマン夫人である。彼女もまた8人の子供を産み、育て、ピアニストとして活躍し、夫のシューマンを支えたスーパーウーマンであった。

シューマンはピアノの練習で酷使した指を痛め、指揮者としてはあまり有能ではなく、作曲家としてのみの収入は厳しかった。しかも、精神的に不安定な問題もあった。そこで妻のクララが収入の為、また、芸術家としての本能からピアニストとして積極的に活動する。幼い子供を連れながら演奏旅行に出かけることもあった。

晶子とクララ、二人に共通しているのは、共に父親の反対を押し切って結婚したこと、夫の稼ぎの乏しさを補って余りある活動をしたこと、夫よりも高い名声を得たこと、夫にも子供にも深い愛情を捧げたことであろう。

ただ、夫の鉄幹やシューマンにしてみれば内心、男としてのプライドが傷つくだろうし、忸怩たる思いもあったであろう。その点では同情すべきかもしれない。現代でも夫より妻の収入が多くなると「家庭の平和」が崩れる場合が少なくない。

与謝野晶子は生涯に数え切れないくらいの和歌を残した。若い頃だけではなく、中年以降にも名歌は多い。しかし、彼女の代表作は昔も今もデビュー作の「みだれ髪」である。

激情と官能を高らかに自由奔放に詠った「みだれ髪」は、明治初期の人々に漲っていた活力と、文学・詩歌の新しい可能性が開けた歴史との幸福な一致がある。

それはちょうど、ベートーヴェンが今も「英雄交響曲」や「熱情ソナタ」等、音楽会に颯爽と登場した頃の音楽で語られるのと似ている。絶対王政において音楽が王族や貴族に独占されていた時代から、フランス革命を契機に市民にも開放されていった時代との幸福な一致があるからであろう。

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2012.07.09 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 文学



コメント

仕事が早いですね!

渡辺淳一のエッセイや小説にはあまり共感できなくて最後まで読んだものがほとんどないのですが、これと「遠き落日」はとても面白かったです。(私にとっては伝記小説作家です)

>渡辺氏はフェミニストなのか、乃木希典と与謝野鉄幹に対して、彼等の女性に対する差別的扱いにかなり辛口である。要は、明治の男の身勝手さに憤慨しているのだ。

・・・のわりに、こういう男を描かせるとうまいなあと思います。
(ただし、渡辺氏の創作ではなく実在の人物限定)

私も久々に取り出してところどころ読み返していますが、
・歌人としては二流でも、プロデューサーとしては非常に有能
・いずれの女性にも「惚れている」とヌケヌケと言う

あたりがモロゾフを髣髴とさせます。
すでにモロゾフにとっての「みだれ髪」は、ヤグディンの五輪プロとして世に出てしまっているのではないかと思うのですが・・・(ヤグディンと晶子では立場が全く違いますが)
そのコーチングスタイルを見ても、「若いうちが花」というタイプのコーチではないかとも思います。

2012/07/10 (火) 00:40:37 | URL | ドロンパ #DNU.zdFw [ 編集 ]

Re: タイトルなし

ドロンパ様、こんばんは。

>仕事が早いですね!

イエイエ、仕事の方はドジばかり踏んで上司に「遅い、ノロイ、トロイ」叱られています(^。^;)

単に本を読むのが速いというだけです(^Д^)


面白いですね。

私は晶子とクララの共通点に注目しましたが、

ドロンパ様は鉄幹とモロゾフですね(-^〇^-)

ナルホド、ナルホド。

ただし、鉄幹には晶子という「妻をめとらば才たけて 顔うるわしくなさけある…」妻がいましたが、

モロゾフはどうなんでしょうね(-_-;)

あと、商売人としては鉄幹は失格でしたが、モロゾフは算盤上手か?


明治時代初期はテレビもラジオもなかった訳ですから、与謝野鉄幹みたいな文学青年が、

今の芸能人、歌手、俳優、トップアスリートに代わる「イケメン人気タレント」だったんでしょうね。

2012/07/10 (火) 22:03:17 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

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Author:片割月
和歌を愛し、音楽を愛し、花を愛し、フィギュアスケートが大好きで、歴史・社会・文学が大好きで、ジョン・レノン、八代亜紀、ちあきなおみが大好きで、クリント・イーストウッドと映画も好きで、皮肉とユーモアも好きな変わり者アラフォー熟女ですが、よろしくお願いします。
最近は体力をつける為に、休みの日はえっちらおっちらとミニハイキングに勤しんでいます。

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