中2生徒がイジメで自殺・システムの問題




中2生徒がイジメで自殺した件で、沢山の驚くべき情報が次々と報じられている。この中にはガセネタも混じっているとは思うが、80%は正しい事実との前提で私の意見を述べる。


1.学校側「イジメは無かった」→「あった」…いつもの隠蔽に始まり、いつものように後でバレて白状するパターン。これが何度も繰り返されるのは、人の問題ではなく、システムに問題がある証拠だ。

2.教育委員会「イジメと自殺との因果関係は無いと思う」…これは「無いと思いたい、無いことにしたい」が正しい。


3.教育委員会「イジメる側の生徒にも人権がある」…これは「イジメル側の生徒には、いくら暴力や恐喝等、犯罪行為をしても学校側に守られ、無罪放免とされる人権がある」が正しい。

4.教育委員会「イジメられた生徒の家庭に問題があったと思う」…これは「だからイジメられても仕方ない。イジメる側の生徒を守りたい」が正しい。

5.教育委員会」「何で警察がしゃしゃり出てくるんだ」…これは「オラが村の教育村は神聖にして侵すべからず。警察も親もマスコミもウルセエナ」が正しい。

6.有頂天市長「ホレ、見たことか。だから政治が教育に介入すべきなんだよ。教育側の人間に任せていては何も変わらないんだよ」…これはまだ報道されていない。私の想像である。


7.教育委員会「アンケート調査結果について、見落としがあった」…「これ、やべえ。見なかったことにしよう。校長も担任も口裏を合しておけ。親には伏せよ。俺はオーストラリア視察旅行もあるし」が正しい。

しかし、何十年と同じような「イジメ→自殺」がある度に同じパターンが繰り返されている。その時だけ騒いでも結局は何も変わらないのだ。

教師や校長、教育委員それぞれ個人の倫理観や責任感を批判したところで、あまり意味は無いと思もう。

重要なのは、こうした学校教育側の驚くべき発言が出てくる背景に何があるかだ。以下は私の推測と意見である。教育現場の実態と異なる点があるかもしれないが、一つの考え方の例として述べる。

イジメが発生…これ自体が学校の、担任教師の、校長の「失点、マイナス評価」とされるシステムがあると推測される。教育委員会への定例報告に「当校のイジメ件数はゼロです」とあれば、それは良しとされるのだろう。

これをイジメ報告がある学校は「それがマトモ。良く報告してくれた」とし、イジメゼロ報告をした学校を「怪しいな」と見なすように査定評価のあり方を180度変換した方が良い。

ビジネスでもそうだが、お客様からのクレームを上司に報告すると「オマエ、何やってんだ。俺は知らねえぞ!」と部下を非難するアホ上司や経営者がいる。こういう会社ではクレームは闇へと葬りされる。賢明な経営者はクレーム報告をした部下を決して責めず、むしろ歓迎し、組織として全力でクレームの解決にあたる。

イジメはあって当たり前。問題は如何にそれを解決するかであり、イジメが発生した責任を問うのは違う。むしろ、イジメを解決した学校、教師は大いに評価されるべきである。

今までの評価システムでは誰だってイジメを隠したくなるし、積極的に問題解決にあたろうとはしない。誰が好き好んで火中の栗を拾うものか。

そもそもマスコミは「生徒によるイジメ」という言葉を止めよう。「生徒による虐待・恐喝・暴力等の犯罪」と変えよう。イジメ、などという「悪ふざけしました」とは次元が違うのが大抵の「イジメ」ではないか。

「イジメ」は痴漢やレイプと同じように「親告罪」を適用すべきと思う。これなればイジメられた生徒と親が警察に訴えればすぐに取り上げられる。そうすれば学校側のデタラメ調査など無用だ。

考えても見よう。「痴漢」と「学校のイジメ」とどちらの方が深刻かつ思い犯罪か。

それに、今の学校教師に「イジメ」を発見し、解決する能力は期待出来ない。「イジメ対応」「モンスターペアレンツ対策」「生徒・教師の悩み相談」の為の専門家を置くことだと思う。

それと、今回、イジメをした生徒、見て見ぬフリをし、情報を隠した学校・教育関係者に刑事罰が下されるべきだと思う。少なくともイジメをした生徒は絶対だ。

過去も含め、これだけの悪質なイジメ=恐喝・暴力による犯罪で処罰された生徒がいるのか?

イジメられる生徒は死にたくなるほどの地獄の苦しみを味わう。これに対する償いは処罰をもって思い知らせる以外に無い。子供であっても、少なくとも中学生は処罰するべきだ。彼等は耳年増だ。自分がいくら悪をしても「許される」と知っている。

教育者が警察を嫌う体質はかなり強い。しかし、自分で解決出来ないクセにいい加減に寝言を言うのも終わりにしたらどうか。自分達がウンザリする面倒なことを警察がやってくれるなら「これ、むしろ、幸い」と喜ぶことではないか。

授業中にメールをしている生徒の携帯電話を取り上げた教師に「取り上げた時間分の電話代を支払ってほしい」と文句をつけた「バカ親」がいた。

この「バカ親」に学校も教育員会が何も出来なかったのではないか?

学校長はこの教師を大いに褒め称えたのだろうか?

まさか「君、携帯を取り上げたのは少々やり過ぎじゃないか」くらい言ったか。今の学校の体質から鑑みて、これくらいは言いそうだ。残念なことに。


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2012.07.24 | | コメント(32) | トラックバック(0) | 政治・社会



コメント

 昔は先生個人がポリシーを持っていて、校内のトラブルの際にも、自分のポリシーに基づいて処理していたように思う。 印象として今日はそういうものがなく、何かあるたび判断に迷う、お伺いをたてる。ポリシーがないから、つっかかられたときにまともに反論ができず収集がつけられない。
 そう人たちがやってる組織だから、ルールだ、システムだ、罰則だとますます煩雑になり、ますます個人の余地がなくなり、思考も停止してしまう。自分で考えてないから責任もとれない。
 ポリシーのない人の方が、ルールとシステムで効率よく支配できるから好都合なんだろうけど、その結果がかくのごとし。 (ポリシーのある人もいるはずだけど、組織に組み入れられないから、まともに働けない。)

 別に学校に限ったことではなく、日本全体がそんな感じに見える。 自分がエライわけじゃないけど、お粗末で見てられない。 


 ちなみにかつて、自分の子供には、イジメとか無礼なことをしてくる奴は殴りたおせ、と教えた。イジメなんかにあってほしくないしね。 簡単なことです。

 変に子供のうちから、「話し合いで」とか言うからおかしなことになる。人類の歴史を子供になぞらせるべきで、まずは原始時代よろしくケンカ。 先生は「卑怯なマネはするな」とか教えればよい。で、成長につれて、こ自らが、これではイカンな、と考えるようにしむけるのが正しいやりかただろう。

 ちゃんとプロセスを経ないと、年齢的に大人になっても、子供のイジメみたいなことをしているおかしな人も出てくるしね。

 ・・・ということで、ルール、システムで対応するのでなく、組織構成員の質をかえることで問題を解決したいと思う次第であります。 (といっておいて、そりゃ無理だと半分思っているわけですが。やれやれ。)

2012/07/25 (水) 06:34:16 | URL | MILLAN #- [ 編集 ]

ルールとプリンシプル

片割月さん MILLANさん おはようございます

MILLANさんのコメントを見て思い出したので、情報班としてご報告(^_-)
ポリシーとプリンシプルは微妙に意味は違うのでしょうけど、文脈的には同じと見て差し支えないと思ったので貼っておきます。

ルールとプリンシプルの違い
ルールとは行動が準拠すべき行動に関する規定、つまり考え方の違う人や組織の間に適用されて参加した人は守るという“他律的な指向”が強い。
プリンシプルとは理性や行動の基礎となる基本的な真理・法律であり、考え方の近い人や組織の中で自然とできていくものであり、自律的なものであり、揺らいではならないものである。


ポリシーがなくなったのは、価値が相対化されてしまった結果なんでしょうね。
(参照)考え方の技術コメントhttp://poppy445.blog.fc2.com/blog-entry-199.html#comment992

宮台真司のことば
【トレンド】平和な時代は、人よりも寿命が長いシステムのほうを頼ることが合理的になります。激動の時代には逆に、変転するシステムよりも人のほうが寿命が長くなり、システムよりも人を頼ることが合理的になります。 『情況 2011年7月号』http://twitter.com/miyadai_bot/status/190245071415808001

いまは、どっちなのだろう!?BIS規制によるバブル崩壊、平成デフレ。だんだん限界に・・・。激動期に入った予感。エロエロ橋下、昭和の老害の慎ちゃん、山猫(We must change to remain the same)が大好きな悪党の一郎くん、などなど。誰か偉人・奇人・変人が出てくるのだろうか?(平成の駆け込み寺を熊本に設立。また、自殺110番の携帯番号を晒すなど、行動系。坂口恭平は面白い\(^o^)/)こういう人がもっともっと増えればきっと社会は変わる。ここは個人の力に期待したいと思います。そういうわけで、

>・・・ということで、ルール、システムで対応するのでなく、組織構成員の質をかえることで問題を解決したいと思う次第であります。 (といっておいて、そりゃ無理だと半分思っているわけですが。やれやれ。)
同感ですです~\(^o^)/

2012/07/25 (水) 08:59:30 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

私が学生のころ、当時のマスコミの論調ってものすごくワンパターンで
「学校は生徒を締め付ける悪、生徒は人権が踏みにじられる善良な人」
という、これまたバカみたいな善悪二元論で、学校を叩くのが正義、という雰囲気がまかり通っていた記憶があります。

ろくすっぽ原因分析もせず叩くだけなら、学校側も臭い物には蓋をしたくなるでしょう。

ですので今の状況はなるべきしてなった、としか私には思えません。

・単純すぎる善悪二元論でしか物事を考えられない人
・批判さえすれば解決すると思ってる人
・批判することで、絶対の正義側に立ったつもりになって自分に酔う人

どこでも構図は同じだろうなぁと思う今日この頃。

物事を改善したければまずは「人の理解」が必要でしょう。

で、片割月さんの

>お客様からのクレームを上司に報告すると「オマエ、何やってんだ。俺は知らねえぞ!」と部下を非難するアホ上司や経営者がいる。こういう会社ではクレームは闇へと葬りされる。賢明な経営者はクレーム報告をした部下を決して責めず、むしろ歓迎し、組織として全力でクレームの解決にあたる。

について、そのとーりだ、と思う私。

2012/07/25 (水) 09:03:15 | URL | きれじろう #EBUSheBA [ 編集 ]

Re: タイトルなし

ウーン、私が生徒の時代も自分にポリシーがある教師はいなかったような(^。^;)

子供も色々ですから、イジメられても負けずに戦える子もいれば、恐ろしくて何も出来ない子もいると思います。

それは親の教育で解決することは難しいのではないでしょうか。


>  ・・・ということで、ルール、システムで対応するのでなく、組織構成員の質をかえることで問題を解決したいと思う次第であります。 (といっておいて、そりゃ無理だと半分思っているわけですが。やれやれ。)

フフッ、私とは全く反対のご意見のようですね。

確かに、仏作って魂こめず、という格言があります。

しかし、質を変えるというのは具体策が見えませんし、一歩間違えば、精神論に陥る危険もありますね。

理想を言えば、システムの変更と質の向上とは両輪でしょうね。


2012/07/25 (水) 21:58:08 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

Re: Re: タイトルなし

ポリシーと言えば、

感情に任せて生徒に暴力を振るう、それを自慢にする教師。

反論を言ったり、反発する生徒を授業中に延々といびる。←私も経験あり。

自分の気に入らない生徒の内申書は悪く書く。

このような「ポリシー?」を持つ教師は居ましたが、

これは教師というより人間として下の下ですね。

2012/07/25 (水) 22:04:15 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

Re: タイトルなし

きれじろう様、こんばんは。

色々な原因があると思います。

きれじろう様の述べた原因もそうなんでしょうね。

要するにこれまで長く、教育界が聖域、タブー化されて来たのが問題と思います。

教師=聖職、という考え方も変えた方が良いと思います。

教師も、ビジネスマンも、魚屋のオジサンも、コンパニオンも職業に上下はありません。

世の中はドッグイヤーの如くドンドン変わって行きますが、

教育界だけは旧態依然、又はカメの歩みのごとくで、置いてきぼりにされていると思います。

2012/07/25 (水) 22:14:30 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

Re: ルールとプリンシプル

ghoti様、こんばんは。

> 同感ですです~\(^o^)/
>個人の力に期待したい

同感出来ませんです~\(^o^)/

2012/07/25 (水) 22:20:29 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

難しいっす

一口に教師といっても様々で、私の感覚では概ね皆さん生徒のことを真剣に考えてくれる素晴らしい先生が殆ど(勿論全員ではない)でしたね。
ですので、一部の教師によって全体の評価が下がる、という、まあ社会に良くありがちな状況なのではないかなぁと私は漠然と考えています。

で、片割月さんがおっしゃるように原因は様々だと思います。先の投稿で外部要因を書きましたが、内部要因としては以下が考えられるかなぁ。(多分に想像が入ってます。念の為。)

1、教育手段
・戦争の反動で、「義務」と表裏一体であるはずの「権利」に教育の比重が行きすぎた
 →権利意識の肥大化
・「これが正しい」という教え方が主で「自分で考えて結論を出して見ろ」が少なかった
 →代案もなく批判だけの人が出来上がる

結局、自分たちの教育によって作りだした人間に今は批判されている面が無きにしも非ずのような気がします。

2、環境
・閉鎖的であるが故に客観的視点が欠落しやすい(大学の後輩で現在高校教師が居ますが、そいつの話だと現場では「平和を願えば平和になる」という発想の人は結構いる)
・第三者による客観的評価が無い(無責任なマスコミ、権利意識丸出しのバカ親、実行力は無いけど批判だけは大好きな中身からっぽな輩の評価とは別物)

まあ、日教組が諸悪の根源という気がしないでもない。(昔、とある市の社会教育課でしょっちゅう押しかけて電波な非難を繰り返す共産党と激しいやり取りをしていた親父の考えに多分に影響されてマス。私。)


で、明確な処方箋を私も持ち合わせている訳ではありません。

・現場の教師を護り、かつやる気を出させる気概を見せる事の出来る校長の確保をどうするか
・信賞必罰の評価制度の確立(身内のなれ合いの除去)
・権利意識と政治色の異様に強い日教組の影響力排除

と、さらっと書いてますけど、これも簡単に出来れば苦労はねーよ、という話です。

ちなみに職業に上下はありませんが、将来の国を支える人を育てる、という意味では「重い」職業だとは思います。
そういう意味で「教師=聖職」という言葉はあながち否定するものではないと思っていて、問題はその伝達手段なのかな、と。
聖職とは本来「責任が重い」という意味じゃないかなぁ、と私は考えてるんですが。(あまり深く考えて出した結論じゃないけど。)
まあ、勘違いするアホーが出てきてしまうのも事実ですが。

フィギュアスケートと同じで難しいっす。

2012/07/26 (木) 00:26:29 | URL | きれじろう #EBUSheBA [ 編集 ]

>このような「ポリシー?」を持つ教師は居ましたが、

これをポリシーと言われては立つ瀬がございません。

横文字を使わないで、理念とか信念とかいったほうがよかったでしょうか?
譲って、一家言でもいいけど、誇りをもって語れるものを持たない教師というのは困ったものだと思う。

しかも子供に見抜かれて、こんなものかと思われた日には目もあてられない。 日本の将来に関わるという点で、ほかの職業とちがうところ。

まあ本来、教師たるべきは親であって、学校に期待してはいけないのか。

2012/07/26 (木) 16:37:41 | URL | MILLAN #- [ 編集 ]

Re: 難しいっす

きれじろう様の列記された「原因と思われるもの」について…私も分かりますよ。

聖職の意味も分かります。

ただ、イジメが起きる原因と、イジメを見過ごし隠蔽する原因と、それぞれ違いがあるかもしれないですね。

私も人前で何かを「教える」仕事の端くれにいますが、私達がよく口にする言葉に、

「講師病」があります。

つまり、人に何かを教える仕事をしている教師や講師は、

教えるのは得手でも、教わるのは不得手だと。

いつのまにか、自分が偉くなってしまい、謙虚さが失わてゆくことへの戒めです。

私の父も共産党嫌いでしたので、きれじろう様のおっしゃる気持ち、分からなくも無いです(^<^)

2012/07/26 (木) 20:23:06 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

Re: タイトルなし

MILLAN様、こんばんは。

>一家言でもいいけど、誇りをもって語れるものを持たない教師

ここですがおっしゃる意味、分かります。

最近はあまり聞かない言葉ですが、以前に「でもしか先生」というのがありました。

つまり「先生しかやる仕事がない」「先生でもするか」等、悪い意味でサラリーマン的な教師を揶揄する言葉だったと記憶しています。

昔も今も、そういう点ではあまり変わらないような気もいたします。

特に今の教師の質が低下しているとのデータもありませんし。

私が問題にしているのは、学校や教育委員会という組織・システムのあり方であって、

教師個人の質を問題にしているのではない、ということです。

「親」だって、質という点で言えば、家庭により人により色々ありますよね。

「親バカ」と「バカ親」とでは随分と違うようで(^。^;)

2012/07/26 (木) 20:32:57 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

昔との比較で言えば

おそらく、イジメは少なくなっていると思われますよ。経験的実感としても、犯罪は減っている(内容の内訳で増えている犯罪もあるかもしれませんが)という河合幹雄の犯罪研究からの推測としても。少なくとも、昔はイジメは当たり前のこととして問題にされなかったが、いまはイジメは良くないこととして問題にされるようになったことはあると思います(ここでコメントされているみなさん、言葉は違えど、指摘されていたように思います)。

システムに問題があるといえばいえなくもないのですが、教師に対する世間の目が変わったことは事実です。昔は、先生(の質はともかく)は尊敬されてました。(例外はあるかもしれません)

>つまり「先生しかやる仕事がない」「先生でもするか」等、悪い意味でサラリーマン的な教師を揶揄する言葉だったと記憶しています。

大卒が珍しくなくなった今、先生になる方も先生を見る親の方も先生は尊敬の対象ではなくなりました。モンスターペアレントもいませんでした(いたかもしれませんが認識されてませんでした)。そうした社会的空気が変わらない以上システムをいじっただけで大きな改善が期待できるとは思いません。やらないよりやったほうがましかもしれないですが。

とにかく豊かになって、昔あった大きな問題が解決されてだんだん小さな問題が問題にされるようになった。その一つにイジメの問題があるように思います。

イジメが大きな問題として取り上げられれば取り上げられるほど、敏感な人は余計にイジメに敏感になって、必要以上に悩み(イジメをする側はそれが面白くてますます過激になる)、場合によっては自殺(今回の大津自殺事件を指してのことではないです。この事件の詳細知らないし大津自殺事件については必然的因果関係はないと思いますが、心理的に影響はあったと思います。自殺の一つの要因ではあったと思います)に至る。そういう心理メカニズムが働いているような気がします。

2012/07/26 (木) 21:05:47 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

大卒が増えたせい?

そうともいえないと思うけどね。

大卒のレベル自体は昔よりも下がっているのは確かだよ。

大学生の数を比較すれば、量は増えた分だけ質は減ったといえる。

考える力を本当に持っている大学生の数は、今も昔も変わらないとは思うけどね。

お金さえ出せば大学に入れる。そういう大学も多くなった。

教員採用試験という、ふるいはあるにしても、私立と公立とでは同列には語れない。

私立の中でも、教員の質は名門校と新進校でも違う。

教員もそうだが大卒も同じで、中途半端な知識で、相手を批判する傾向が増えたということはいえるだろうね。

立場が変われば見方は変わる。

真理ではあるが、実践できる人の方が稀でしかない。


もっともこの問題の元となっている中学生の次元ではそれは無理な注文だから、指導する教員にそういう目でものを考える人が減ったのは間違いは無いだろうね。


勉強だけが出来るせいとが良いのか?スポーツだけが出来るせいとが良いのか?

「得意分野を伸ばせ」というのは簡単だが、現実には何のとりえも無い(これだけは平均以上だといえるもの)生徒もいる。

そして、そういう生徒が現実の社会の中では労働力の中核をなしている。

学校教育とは一体何を教育する場なのか?

私立も多くなった今、義務教育自体の中身が問題なのだとは思うけどね。

軍隊でいうならば、将校を目指すのか一平卒を目指すのか?

個々の能力によってなれるもの、なれないものの差は必ず生まれる。この差が人権差別に極端に影響を及ぼさないように社会システムを考えなければいじめはなくならない。

子供は親の鏡であり社会構造の鏡でもある。

子供だからという特別視で見ている間は根源的な対応策は生まれないだろうね。

大人の世界でもあるものが子供の世界だけなくなるなどというようなことがおきるはずが無い。

2012/07/26 (木) 21:37:56 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

>ただ、イジメが起きる原因と、イジメを見過ごし隠蔽する原因と、それぞれ違いがあるかもしれないですね。

あー、そうですね。そういった意味ではイジメが起きる原因も様々だし、イジメを見過ごし隠蔽する原因も様々でしょうね。
今回のお題はどちらかというとシステム寄りなので、「見過ごし隠蔽する原因」について触れますが(今回も想像が多分に入っとる)、原因は
・面倒なことに関わりたくない、批判されるのが嫌だという「覚悟の無さ」
・自分は偉いと思われたい、高い役職につきたい、あるいは権力を得てその力を行使したいという「名誉欲」
といったところが考えられるかなと。

まあ、普通の企業と変わらんと私は考えてます。なぜなら一般企業も教職も構成員は同じ人間だから。

ですのでおっしゃる通りシステムが不適切であれば隠蔽は今後も無くならないでしょう。
もし優秀な人材を獲得できたとしても、その優秀な筈の人材が長いものにまかれる可能性は高いと思います。

で、今の内部、外部両方の環境を考えると、学校を統括する側に「評価方法」をドラスティックに変えることが出来、かつマスコミやモンペア、世間の無責任な非難に毅然と対応出来る、起爆剤になる人材は必要になるでしょう。

>「講師病」

人間である以上、そうなってしまう可能性は誰にでもあるわけで(勿論俺も)、問題はそれをチェック出来る仕組みを如何に構築出来るかなんでしょうね。

教師も受難の時代ですわ。

2012/07/26 (木) 21:39:37 | URL | きれじろう #EBUSheBA [ 編集 ]

バルタンさんへ

>教員もそうだが大卒も同じで、中途半端な知識で、相手を批判する傾向が増えたということはいえるだろうね。
私のこと!?それともバルタンさんのこと!?(^_-)
そういう意味では、みんな中途半端な知識しか持ってないと思いますよ。だって人間だもの\(^o^)/

2012/07/26 (木) 21:47:40 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

Re: 昔との比較で言えば

>システムをいじっただけで大きな改善が期待できるとは思いません

ウ~ン。。。

意見は人それぞれですが、混乱もあるような気がします。

私はイジメを減らす方策を語っているのではないです。

イジメを放置し隠蔽すること、これが繰り返される体質の改善策を語っているのです。

だから、個々の人の問題(責任感・倫理観・能力等)を論っても詮無いことだと申し上げています。

システムや組織のあり方を変えない限り、同じことが繰り返されるであろうと。

2012/07/26 (木) 22:19:36 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

Re: タイトルなし

> 教師も受難の時代ですわ。

あ、これは確かにそう思います。色々な意味においてe-280


やはり、橋下市長殿の曰うように、「教育村」に政治が介入し「改革」しないとダメかな(苦笑)

いずれにせよ、今回の「イジメ問題」はこれからも継続して関心を持ちたいです。

2012/07/26 (木) 22:30:43 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

ghoti

私の親父が教員になったときの時代は、師範学校から、教育学部を持つ大学ができた時期だった。

親父は小学校から中等学校を経て師範学校という当時のレールで進学した人ではない。

奨学金を受けながら、小学校から師範学校へと独学で進んだ人だ。

当時は戦後ということもあって、それぞれの人の生き方にいろんな可能性の多い時代だった。

努力すれば成功するという可能性の多い時代だったとも言える。

そういう時代に勉強をして大学へ進んだ人と、今のように目的意識も無く修飾のためだけに大学卒という学歴をつける時代とでは、当然大卒の意味が違う。

それは私の年代でも、就職に有利だからという理由で大学を目指したものの方が圧倒的に多いだろう。

正直言って、現在60歳の定年を迎える世代に比べると、私の年代でも勉強不足を大学はおろか高校も卒業していない人たちから感じる事は多い。

それだけ人生に対して真剣に取り組まれてきたということだろう。

だから教員というものの質だけでなく、社会全体としての質が落ちているということだ。


それでも、自分の立場の事しか考えない人たちも数多くいるというのは、紛れも無い事実の部分でもある。

過去に教師が尊敬の対象とされていたのは、大学卒という立場で就職できる限られた職業だったということ、そしてその多くは国公立大学や名門私立大学しかなかったという点も忘れてはいけないだろう。

ところが今は、教育学部でなくてもいろんな学部で教員免許が取得できる時代になった。

高校生を教えるならば、専門性が要求されるため、そういう仕組みが出来上がったわけだが、小学校、中学校で教えるのは知識だけではない。

集団生活を営む上での共通認識としての基礎の学問と生活上の集団でのルールに同調させることに大きな意味を持つと思っている。

ところが親の職業によっては集団の中での生活を要求されない人もいる。

そういう人たちにとっては集団のルールは守る必要が無いものとなる。

業種が多様化するほど、そういう面での共通認識の必要性が幅の狭いものとなる。

いじめにつながるのも価値観の問題で、限られた産業しかない世界と多種多様な産業のある世界とでは価値観自体の幅が違う。

その部分の背景の追及しなければ子供の自称としてだけ見るのでは問題の探求はありえないということだ。

しかしながら、その部分に関しては個人情報保護法という悪法(私の見方だけどね)の存在のおかげで、深いところへの追求が出来なくしているという点も忘れてはならない部分だろう。

2012/07/26 (木) 22:44:59 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

2*Re: 昔との比較で言えば

>イジメを放置し隠蔽すること、これが繰り返される体質の改善策を語っているのです。
それが改善されるとどうなるのですか!?イジメをなくすことはできないけれど、イジメられた生徒を助けることはできるとおっしゃりたいのですか!?もしそうなら、私も思いますよ。全然混乱してませんよ。なぜ隠蔽体質が生まれるのか!?

イジメは教師の責任と、自分のことは棚に上げて、教師を責める世間の風潮があるからではないですか。教師だって、外野が勝手に攻めるもんだから、ないことにしてしまえ、と思うのはむしろ当たり前じゃないですかね。システムの問題(改善の余地はあると思いますが)よりそのシステムを取り巻く人間の問題だと思いますよ。

2012/07/26 (木) 22:48:57 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

Re: 大卒が増えたせい?

バルタン様、こんばんは。

>>学校教育とは一体何を教育する場なのか?
>私立も多くなった今、義務教育自体の中身が問題なのだとは思うけどね。
>軍隊でいうならば、将校を目指すのか一平卒を目指すのか?

今回のテーマからちょっと外れている問題ですが、私もここの点には非常に関心があります。


簡単に言えば、明治時代に始まった学校教育制から現代まで一貫した知識教育偏重が問題と思っています。

算数を例に極論すれば、実用的な意味では算数は小学校5年レベルまでで充分です。

四則計算に分数が出来れば実生活で困ることはほとんどありません。

それにも拘らず、因数定理だの行列式だの、実生活にほとんど役に立たないことを詰め込んでいます。

高度な数学は選択制にすればいい。

私はそれよりも、話の組み立て方と話す力、聞く力、文章を要領良く書く力を訓練すべきだと思います。

人生70年として、話す力が低いのと高いとでは、生きてゆく上で天と地の差があると思います。

少し込み入った事を人に説明できず、損をすることは沢山あります。

2012/07/26 (木) 22:51:55 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

>やはり、橋下市長殿の曰うように、「教育村」に政治が介入し「改革」しないとダメかな

私もそう思います。ただ介入する人がまともでないと何も変わらないか、余計に悪化しますが。
介入する人に備わっていなければならない重要なポイントはリーダーシップ力の優れた人だろうなぁ。
簡単に言うと
・人とはいかなるものかを理解している
・現場に対して減点評価でなく加点評価的な発想が出来る
その他、今までフィギュアネタなどなどでこちらのブログで言及させていただいたリーダーシップの必要要件を持っている人。


で、私、教育界をひとくくりにして書いてますけど、現実には上手くいっているところといないところ様々な筈で、それらの詳細を分析しないと本当のところは分からんでしょうね。
多分、トップが上記に挙げたような要件を満たしていれば「現場をプラス思考に持っていける能力」を持っている筈で、そういうシステムを上手く作り上げていると思われます。

>いずれにせよ、今回の「イジメ問題」はこれからも継続して関心を持ちたいです。

多分100年後も1000年後も同じことが起きて、その度に世間は同じ話題で盛り上がり、根本的な原因を追及することなく魔女狩りをして悦に入る人は沢山出てくると予想。

2012/07/26 (木) 22:59:21 | URL | きれじろう #EBUSheBA [ 編集 ]

Re: 2*Re: 昔との比較で言えば

私はイジメを放置し隠蔽するのを何とか改善する方策をある程度、具体的に述べています。

>システムの問題よrちそのシステムを取り巻く人間の問題だと思いますよ。

人間の問題をただ語っても、具体的な改善の方策を語らなければ私の提起した案とは噛み合いません。

少なくとも、私が「なるほど、そのような具体的方策もありますね」というものをghoti様は語っていません。

2012/07/26 (木) 23:06:49 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

Re: タイトルなし

>現場に対して減点評価でなく加点評価的な発想が出来る

賛成です。しかし、これでは市長殿は失格ですね(苦笑)

>多分100年後も1000年後も同じことが起きて、その度に世間は同じ話題で盛り上がり、根本的な原因を追及することなく魔女狩りをして悦に入る人は沢山出てくると予想。

それ、イヤだなあ。

まあ、人の不幸は蜜の味、じゃないですが、スキャンダラスな話題はマスコミも人も好きですしね。

私にだってそれが全く無しとは言えません(^。^;)

2012/07/26 (木) 23:11:22 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

高度な数学は必要だよ(笑)

国語力は当然その下敷きとなるから、この部分は当たり前だと思っている。(国語で苦労したことが無いもんで)

数学はいろんな見方を突き詰めて考える力をつけるから、せめて数1までは、やはり必須だとは思うけどね。

ただしその場合に、なぜこういう考え方が生まれたのかまでを説明する必要性がある。

その部分の教育に関しては、残念ながら理科も同様で単元をこなすことに教師が手一杯となっているという現実もある。

2012/07/26 (木) 23:11:51 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

Re:ghoti

>だから教員というものの質だけでなく、社会全体としての質が落ちているということだ。
物質的には豊かになったけれど精神的には貧しくなったということですか!?私はそうは思いません。貧すれば鈍す。衣食足りて礼節を知る。 と申しますよに、相対的に精神の質も向上していますよ。だから、昔は食べるのが精一杯で、イジメのことなんて構っていられませんでした。イジメを問題にする、良い世の中になったではないですか。社会全体としての質が落ちたからイジメが問題になったのですか!?違うと思います。

社会の質が落ちたのではなく、物質的精神的にに豊かになって、他人との小さな違いまで気にするようになったのです。(追記2012.07.26/23:40勝ち組とか負け組とか格差問題とか小さな問題です)そういう意味で、

>いじめにつながるのも価値観の問題で、限られた産業しかない世界と多種多様な産業のある世界とでは価値観自体の幅が違う。
そういうことはあるかと思います。

2012/07/26 (木) 23:17:39 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

Re: 高度な数学は必要だよ(笑)

>高度な数学は必要だよ(笑)

だから、算数・数学のことは極論だって、言っているじゃんか!!(○`ε´○)

>数学はいろんな見方を突き詰めて考える力をつける

それはそうだと思います。

幾何における図形の相似。定理と証明でも、それは充分に鍛えられると思いますよ(^v^)

これにより、論理的な思考と展開の基本を学んだ手応えを感じた経験があります。

2012/07/26 (木) 23:18:25 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

2*Re: 2*Re: 昔との比較で言えば

>少なくとも、私が「なるほど、そのような具体的方策もありますね」というものをghoti様は語っていません。
でしたら、最初からそう言ってくださいよ。私は、片割月さんのコメントに対しレスしただけですから。混乱はしていないと。世間の風潮に対して具体的な対策なんかあるわけないじゃないですか。人間の心の中を制御なんて絶対できませんですよーだ\(^o^)/

2012/07/26 (木) 23:23:10 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

>集団生活を営む上での共通認識としての基礎の学問と生活上の集団でのルールに同調させることに大きな意味を持つと思っている。

おお、バルタンさんのこの指摘は重要かなと個人的に思ったり。

情報元は忘れちまったんですが、何かしら問題のある学校は、新興住宅地が多いという話もあるみたいで。
要は地域コミュニティーの希薄化で「集団生活を営む上での共通認識」が崩れてしまっているという現実があるということです。(この新興住宅地うんぬんの話が事実だと仮定してですケド。でもまあ、ありえない話ではない。)
つまり「学校で学ぶべき生活上の集団でのルール」と合わせるべきものが存在していない、というケースが考えられるかな、と。

それに加えて、戦前の「礼節」が戦争の反動で「権利」の方向にブレまくったこと(先のコメントと重複しちゃうけど)で、学校の負荷が急上昇したこと。

・・・やっぱり教師は受難の時代ですわ。

2012/07/26 (木) 23:25:04 | URL | きれじろう #EBUSheBA [ 編集 ]

片割月さんへ

個人的に片割月さんの数学嫌いが垣間見えた気がしたので、極論とお断りがあるのを承知で突っ込みました(笑)

相当数学には痛い想いをした経験がおありのようで(笑)

ちなみに数3で赤点を取った事もあるので、偉そうには私もいえないのだけどね(笑)

2012/07/26 (木) 23:25:36 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

ghotiさんへ

文意が違うのだけれどね。

>物質的には豊かになったけれど精神的には貧しくなったということですか!?

私はそうは思いません。

貧すれば鈍す。衣食足りて礼節を知る。<

これは一部は真実だけれども、田舎の生活を知らないのなら、そうとばかりもいえないというのは、理解はしてもらえないだろうね。

都会では共同コミュニティーという意識が希薄だが、人口が20万以下の市町村部では、いまだに相互扶助の意識は高いよ。
かといって、それぞれが十分な生活をしているわけではないけれども、自分の仕事で利を減らして協力できるところで協力する。
そういう「持ちつ持たれつ」の精神は根強く残っているよ。


>相対的に精神の質も向上していますよ。<

この精神が廃れて、自己の利益追求優先となっているのに精神的な質が向上したとは、私は思わないけどね。


>だから、昔おは食べるのが精一杯で、イジメのことなんて構っていられませんでした。<

いじめは昔もあったよ。けれども子供の中で、それを抑えるガキ大将がいた。
今はそういう存在がいなくなり、もっと悪いことに、いたとしてもその場合にいじめ中心となっていることの方が多い。

>イジメを問題にする、良い世の中になったではないですか。<

子供の間で、そういうことを制止する能力がなくなったとも言えるのだよ。

>社会全体としての質が落ちたからイジメが問題になったのですか!?<

経済活動の場合はいじめと思われるような行為でも、正当化されることが多い。

例えば、定価協定で、それを破った所への商品供給を減らすようなね。
独占禁止法に抵触するような商慣行や公正取引委員会が目をつけるような商慣行は依然として存在する。

公共事業の談合に関しても同じ事が言える。「仲間はずれ」や「村八分」といった状況に追い込んで経済活動が成り立たなくするような事例はいくらでも存在しているよ。

過去から現在に至るまで、そういう意味でいじめはずっと存在している。
そして、これはなくならないものだと思っている。
その根源は他者との競争にあるからと考えているのでね。

私のいう社会の質とは、他人を気遣う心、相手の立場も考える心というものが減少したということを差している。

元々教員が、尊厳を失い始めたのも、生徒の死亡事故などから体罰の禁止(これも基準が非常に曖昧だけどね)退学などの強硬手段の選択に対しても、そういう点にずるがしこい弁護士の暗躍で手足をもぎ取られ来たという経緯もある。

極端な話をすれば、東北大地震で寄付金をした人の隣に生活保護を受けている人がいるとしよう。
遠くの人に寄付をする前に隣の人を助けるべきではないのか?という疑問が私には残る。

確かに人情論的には理解が出来るにしても、それならもっと身近な人からなぜ対象に出来ないのか?と思うわけなんだよ。

自然の影響は人の力ではどうにもならないというのは理解できるにしても、深読みをすれば、自分がそうなったときには助けてもらおうという魂胆が無いともいえない。

要するに見せかけだけ向上したように私には見えるのだよ。

2012/07/26 (木) 23:58:14 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

バルタンさんへ ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへ

>文意が違うのだけれどね。

了解です。バルタンさんのコメントの主旨を理解した(つもりの)上で、改めて、コメントします。

>私のいう社会の質とは、他人を気遣う心、相手の立場も考える心というものが減少したということを差している。
情けは人の為ならず、と申しますように、顔見知りがメンバーの共同体では、そうした方が生きる上で合理的だからそうするわけで、人間性が優れているからそうしていたとは思えません。生きるか死ぬかの瀬戸際になれば、(「夜の霧」に出て来るような人も中には居るかと思いますが)たいていの人間は平気で他人を見捨てます。軍隊しかり、姥捨て、間引き、身内に対してでもやります。貧すれば鈍す。衣食足りて礼節を知る、というのはそういう人間の本音を言ったものだと私は理解しています。

>そういう「持ちつ持たれつ」の精神は根強く残っているよ。
他に選択肢がないからしているだけであって、もっといい方法があればそうしないのではないですか!?そうでなければ、過疎化がなぜ起こるのでしょうか。古くは、満州やブラジルなど海外移民というのは、互助共同体がなりたたなかったからではないですか!?農村を捨てて都会へ集団就職したのは、互助共同体より人間関係は希薄になっても都会の工場で働く(ある時期までは会社が互助共同体の機能を持っていたかもしれない)ほうが魅力があったからではないですか!?助け合いによって生きるより、お金を稼いで欲しいものを買って好き勝手に生きる方が魅力があったからではないですか!?

確かに田舎の相互監視互助共同体は良い面もあるが息苦しい。田舎に住んでる私の感想(^^ゞ )

人間の基本は、相手を助けることよりまず自分の存続を優先することだと思います。相手を助けることが、自分の存続にとって都合が良ければ、他人を助けるということではないですか!?私はそう思います。利潤追求も他人を助けないことをも私は非難も否定もしません。人間の基本的欲望だと思うからです。少なくとも私はそうです。自分の地歩を失ってまで他人に奉仕する というのはまっぴらごめん死んでも嫌です(笑)。余裕があれば、偽善として他人を助けることはあるかもしれませんが(汗)

バルタンさんとは、下記のような

>過去から現在に至るまで、そういう意味でいじめはずっと存在している。
そして、これはなくならないものだと思っている。
その根源は他者との競争にあるからと考えているのでね。


共通認識はあっても、人間観が、かなり違うようです。ですから、私は、(お金を稼ぐ能力がない)自分への怒りはあっても 他人や世の中に対して不満はないです。自業自得、金持ち喧嘩せず/(-_-)\

ただ、自分の苛立ちをバルタンさんにぶつけたことはあったかもしれません。というか大いにあります。自覚している他者への不満はそれだけです\(^o^)/

2012/07/27 (金) 01:55:12 | URL | ghoti #/Jidnjo. [ 編集 ]

激論、恐れ入ります。

私は、焦点がずれており、失礼しました。反省して、しばらく謹慎いたします。(ウソ)

ただ、システムの改善はもう無理(無駄)と確信するものです。
盤面はもう詰んでおり、プロなら投了している場面かと。

そう言う意味で、リセットして初手からやり直しをしてくれるかも知れない某市長には一抹の期待があります。

2012/07/27 (金) 05:16:11 | URL | MILLAN #- [ 編集 ]

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片割月

Author:片割月
和歌を愛し、音楽を愛し、花を愛し、フィギュアスケートが大好きで、歴史・社会・文学が大好きで、ジョン・レノン、八代亜紀、ちあきなおみが大好きで、クリント・イーストウッドと映画も好きで、皮肉とユーモアも好きな変わり者アラフォー熟女ですが、よろしくお願いします。
最近は体力をつける為に、休みの日はえっちらおっちらとミニハイキングに勤しんでいます。

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