森鴎外のもう一つの顔を辿る





鴎外闘う家長 (新潮文庫 や 9-2)鴎外闘う家長 (新潮文庫 や 9-2)
(1980/07)
山崎 正和


鴎外の坂 (新潮文庫)鴎外の坂 (新潮文庫)
(2000/06)
森 まゆみ


文豪たちの大喧嘩: 鴎外・逍遥・樗牛 (ちくま文庫)文豪たちの大喧嘩: 鴎外・逍遥・樗牛 (ちくま文庫)
(2012/08/08)
谷沢 永一


舞姫 ヰタ・セクスアリス―森鴎外全集〈1〉 (ちくま文庫)舞姫 ヰタ・セクスアリス―森鴎外全集〈1〉 (ちくま文庫)
(1995/06/22)
森 鴎外




森鴎外は日本文学の上で大きな貢献をした文豪とされるが、意外な「失点?」も多い人だったらしい。

軍医としては「脚気論争」で、自ら留学で学んだドイツ医学の権威として細菌伝染説を頑なに主張し、白米食にこだわった結果として、多くの兵士を脚気で死なせることになった。以上の経緯については、吉村昭の小説「白い航跡」に詳しく描かれている。

高山樗牛や坪内逍遥との大論争は一部の文学好きの間では知られている。しかし、谷沢永一氏によれば、鴎外が見せる論争のやり方は、とても文豪とは思えない稚拙なものだったようだ。

最もつまらない例は、いわゆる「ドン・キホーテ」について、ある作家が「ドン・ギホテ」と読むべきところを「ゾン・ギホテ」としたことを「そんな発音は無い」と激しく非難したことである。

これは現代でも衒学的な識者がよく唱えることだ。ある高名な音楽評論家は「ドボルザーク」」を「ドヴォルジャーク」と記す。

そんなもん、どっちでもええやんか、と思う。所せん、外国の発音を正確に日本語で表記することは無理があるのだから。

ちなみに、ドイツの文豪ゲーテはゴーテの方が、よりドイツ語の発音に近いそうだが、今さらゴーテでもあるまいに。

以上の例から、どうやら森鴎外はドイツ留学により、己が権威となってしまい、自分に頼むところが巨大になったらしい。故に、自分に異論を唱える者を容赦せず、自分の非は認めようともしなかったらしい。

山崎正和氏によれば、森鴎外は二十歳に至らぬ段階で森家の長として生きて行かねばならなかったようだ。家長としての強い意識と責任感がその後の文学者・医学者としての生き方、考え方に大きな影響を及ぼしていると。

現代でも家長はある種の権威でもある。奥様にはない。イザとなると敵は「ご主人」と話そうとし、奥様は蚊帳の外に置こうとする。

鴎外が懸命に意固地なまでにドイツの医学や文学、ドイツの学者の学説を遵奉し、異論を退けたのも、日本にてドイツの科学や文化の権威を守ろうとする「家長」との意識が強く働いたのかもしれない。

しかし、戦う家長の権化のような鴎外にも「泣き所」はあったらしい。それは美人の奥さんだったようだ。

医学者としても文学者としても並ぶところの無い名声を博した鴎外の権威も、若い美人妻の「しげ」にはからっきし通用しなかったというのだから、愉快になる。もちろん、当人にとっては深刻だったが。

つまり、どこの家庭でもよくある嫁と姑の飽くこと無き壮絶な争いに、鴎外も打つ手が無かった。悩みに悩んだ挙句、鴎外は「そうだ!これを題材に小説を書こう。これを読めば妻も少しは心を入れ替えるかもしれない。ウム、グッドアイデアじゃないか」と言ったかどうかは定かで無い。

それが短編小説「半日」だ。これはまた、鴎外が初めて口語体で書いた記念碑的作品でもある。

期待虚しく、「半日」を読んだ若妻は少しも反省しなかったらしい。その証拠に「半日」は妻の忌憚に触れて「全集」への再録を拒まれ、永らく日の目を見なかったそうだ。

鴎外は今も「山椒大夫」「高瀬舟」で知られるが、「半日」と中年の哲学者の性欲を描いた「ヰタ・セクスアリス」はお薦めである。鴎外に対するイメージが一変すること、請け合いである。幸い、この2作品はちくま文庫の一冊に収録されている。

清少納言の「枕草子」に、ありがたきもの(めったにないもの)として、「舅に褒めらるる婿。また、姑に思はるる嫁の君(姑に可愛く思われる嫁さん)」とある。

少なくとも、一千年前から「嫁と姑の対立」の方程式は、人類史上の難問として、現代に至まで「解いた」者は誰もいない。


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2012.10.08 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 文学



コメント

片割月さま、おはようございます。

森鴎外は好きな作家のひとりで、ここに挙がっている作品は一通り読みましたよ。

>しかし、戦う家長の権化のような鴎外にも「泣き所」はあったらしい。それは美人の奥さんだったようだ。

いや~私は、息子の出来の悪さのほうが鴎外にとっては痛かったような気がします。
「鴎外の三男坊」を読んだせいでそう思うのかもしれませんが。

>医学者としても文学者としても並ぶところの無い名声を博した鴎外の権威

鴎外は出世こそしましたが、医学者としては三流です。(きっぱり)
サイエンスに関してはあまりにもセンスのない人でした。(断言)

鴎外が秀才の誉れが高かったのは、あの時代の教育が国語や漢文重視だったからで、理数偏重の現在の入試制度だったら、飛び級どころか成績はかなりやばかったのでは??…と思います。

ただ、おそらく外国語習得のセンスはぴか一だったのでしょうね。
ベルリンの記念館で鴎外の書いたドイツ語を拝見しましたが、これだけ堪能であれば、研究にも社交界でも全く不自由しなかっただろうと思いました。

2012/10/10 (水) 10:53:53 | URL | ドロンパ #DNU.zdFw [ 編集 ]

Re: タイトルなし

ドロンパ様、こんばんは。

「鴎外の三男坊」…そうなんですか!これは読んでいませんでした(^。^;)

>鴎外は出世こそしましたが、医学者としては三流です。(きっぱり)
>サイエンスに関してはあまりにもセンスのない人でした。(断言)

オオッ!ドロンパ様の「キリッ(`・ω・´)」コメ、カッコイイでありんす(´∀`*)

医学者として三流…どうやら、そのようですね。。(恐る恐る)

論争のやり方がお粗末みたいだし(控え目)

ある意味、真実より権威が物を言う悪しき学会の伝統を鴎外が作ってしまったのかも。

しかし、文学の世界では、例えば近代歴史小説は鴎外の発明をもって嚆矢とすべきでしょうね(`・ω・´)
その後の芥川龍之介も菊池寛も、鴎外を真似たと言っても良いわけですし。

>ベルリンの記念館で鴎外の書いたドイツ語を拝見

ドイツに留学か旅行されたのですね。羨ましいわ~。

私も一度は、ライン川やネッカー川を辿り、バイエルン州、さらにはオーストリアに行きたいなあ。
ドイツ・オーストリアの名曲を口ずさみながら。

2012/10/10 (水) 23:56:21 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

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片割月

Author:片割月
和歌を愛し、音楽を愛し、花を愛し、フィギュアスケートが大好きで、歴史・社会・文学が大好きで、ジョン・レノン、八代亜紀、ちあきなおみが大好きで、クリント・イーストウッドと映画も好きで、皮肉とユーモアも好きな変わり者アラフォー熟女ですが、よろしくお願いします。
最近は体力をつける為に、休みの日はえっちらおっちらとミニハイキングに勤しんでいます。

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