無味乾燥な言い回しばかり


謎手本忠臣蔵〈上〉 (新潮文庫)謎手本忠臣蔵〈上〉 (新潮文庫)
(2011/11/28)
加藤 廣

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師走になると忠臣蔵とベートーヴェンの第九が、昔から変わらぬ定番である。
忠臣蔵はもはやネタ切れと思いきや、またまたユニークな小説があった。
池宮彰一郎「四十七人の刺客」は忠義ではなく戦争と見立てる展開が新鮮だった。
「謎手本忠臣蔵」も忠義が物語の柱ではない。ここにはワリキリ型で官僚的な柳沢吉保とクールでドライな大石内蔵助が登場する。主君の無念を晴らそうとする臣下の心模様などは従の扱いに過ぎない。討ち入りなどは実にアッサリと描かれるだけ。
それでは何が面白いのかと言えば、大石が喧々諤々する赤穂藩士をドライに「ふるいにかけて」行く過程が読みどころの一つなのである。


小道具として関ヶ原の戦いの時に徳川家康が福島正則に遣わした「密書」が想定されている。
また、幕府側の忍者、上杉側の忍者、甲府宰相家の忍者が登場する。彼等と大石の間の知恵比べも面白い。
何よりも、大石と赤穂浪士との間の丁々発止のやり取り、時にはユーモアも交えた会話が痛快で読ませる。


大石内蔵助が京の山科に篭もる間、島原など女郎との遊び三昧は有名だが、ここではトリビアな知識が楽しめた。それは「鹿恋う」である


鹿恋…江戸時代、京都、島原の遊女の階級の一。太夫・天神に次ぐ。囲い女郎。カルタ賭博で、一四点の場合には札を伏せて出し「囲い」と言うことから、揚げ代が銀一四匁の遊女をいう。後に揚げ代が一六匁になり、四四(シシ=鹿)が一六であることから鹿恋の字を当てるようになった。

愛人を「鹿恋う」が現代では「囲う」になったわけである。
江戸時代は風流で粋を解する人がいたのであろう。鹿恋とは美しい当て字だ。
「囲う」は即物的で味も素っ気も無い。


ちなみに「私は失恋で痩せた」という表現は野暮だし無味乾燥だ。少し前までは「恋やつれ」と言った。万葉人は「この身は朝影になりぬ」と言った。現代のメディアも文化人も我々も即物的な言い回しに慣れて不思議とも思わなくなった。
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2011.12.27 | | コメント(0) | 文学



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Author:片割月
和歌を愛し、音楽を愛し、花を愛し、フィギュアスケートが大好きで、歴史・社会・文学が大好きで、ジョン・レノン、八代亜紀、ちあきなおみが大好きで、クリント・イーストウッドと映画も好きで、皮肉とユーモアも好きな変わり者アラフォー熟女ですが、よろしくお願いします。
最近は体力をつける為に、休みの日はえっちらおっちらとミニハイキングに勤しんでいます。

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