書店はヘイト本の海





「嫌韓は日本の韓国化」産経の保守派論説委員が嫌韓ブームを批判
サイトはここです

黒田勝弘氏の主張には私も共感します。ただし、嫌韓ブームに一役買っているのがご当家の産経新聞と系列出版社だということを忘れずにね。また、逆の意味で嫌韓を煽る形になったのは、お仲間のフジテレが韓国歌手やタレントをジャカスカと売り出し、韓流ドラマをジャブジャブと垂れ流したことにも原因があったことを忘れずにね。黒田さん。

書店に行くと、中国と韓国の悪口を感情的に書きまくった本、つまり、ヘイト本の類がやたらと目立ちます。どちらかと言えば嫌中国本より嫌韓本の方が多いようだ。

嫌韓では気が収まらず、悪韓、呆韓、と来て、ついには無韓、犯韓に至るまで、ヘイト本が軒を並べています。それらとセットになっているのが「バンザイ日本」本、つまり、日本という国や日本人が如何に優秀で世界から尊敬され好かれているかを述べた自画自賛本です。

中国については、そのヤクザな暴れっぷりと軍事的脅威を強調し、もはや戦争だ!と煽りまくる本や、中国経済が直ぐにもポシャると断定(というよりも、著書の願望だが)している本等が目立つ。また、自衛隊は中国と戦っても勝てる、負けない、と勇ましい内容で売り出している本もあります。

豊田有恒氏は…彼のタイムスリップ系SF本や古代史関連の本を私は愛読して来ましたが…初期の頃は「韓国の挑戦」という割と冷静な内容の著書がありましたが、最近は嫌韓ブームに乗ってか「どのツラ下げて韓国」というレベルに落ちつつあるようです。ちなみに、豊田氏は東日本大震災の直前に、折悪しくも、原発の安全性と将来性を称えた本を出していましたが、その後は原発問題には素知らぬ顔して、どのツラ下げて書いているんだろう、と思いました。

例の時代錯誤のサイキック本を書いている竹田恒泰氏も張り切っているようで、「笑えるほどタチの悪い韓国の話」という、笑えるほどタチの悪い本を書いているようです。

昔の「鬼畜英米」ならぬ「鬼畜中韓」というわけですね。

ヘイト本に書かれている内容が全て間違っているわけではありませんが、大抵は過去にさんざん語られて来た内容の焼き直しであったり、根拠の怪しいエピソードも目立つ。

これらのヘイト本が売れるということは、買って喜ぶ日本人が多いということですね。概して日本が右傾化し、好戦的ムードが漂う中、中国と韓国、コラアッ!大嫌いだ、こんな国は消えてしまえ!と思っている人には良き鬱憤晴らしになるのでしょう。実際に在日韓国人や中国人に殴りかかったり、唾棄すべき暴言を吐くよりは、本を読んで「胸がスーッとした」方が遥かにマシでしょうね。

次に目立つのが零戦や特攻隊を美化した本の類です。まあ、綺麗事を並べているのですが、武士を美化した本や映画がヒットするのと類似するパターンでもあるのでしょう。美化する、ということは、実際はそんな美しい例が少ないことを示しているものです。語るに落ちているんですけどね。出兵したまま生存が不明で何年も戻って来ない夫をひたすら待つ貞淑な妻?嘘つけ!とっくに他の男と出来てるでありんすよ。その方が自然であり、むしろ、健全だよ。

逆に、旧日本軍がアジア諸国でどんな残酷なことをしたか、の類は滅多に出版されず、大型書店の片隅にひっそりと置かれています。昭和史を勉強する上で苦労するのはこの点でもあります。

前にも書いたことがありますが、国と国の文化や慣習、歴史や言語等を比較して、勝った負けたの、優っているの劣っているのと強調する人は、概して教育レベルの低い、1ピット脳の持ち主に見られる傾向と私は思っています。

それにしても、こうした低質な言説の本を「売れれば何でも良し」と、プライド?ある出版社が恥も無く出版しまくる姿に…私の独断と偏見ですが…商人のたくましさ、というよりも、汚さを感じます。まあ、概して、商人というのは金勘定と女買いしか頭にないような、汚い人間が多いです。今も消費税アップにかこつけて、便乗値上げをしまくっていますね。もちろん、商人にも尊敬すべき一廉の人物はおりますが、まあ、極めて少ないと思います。

嫌な時代になった。

フィギュアスケートをメインにしたブロガーの中にもやたらと韓国批判と憎悪・日本賞賛の記事を書き並べている例を散見しますが、1ピット脳には大いに受けるようです。

「お国自慢」というのは、素朴な次元ではどうということもありませんが、得てして、都合の悪い事実を隠したり、無視し、相手国を侮蔑するケースとセットになる傾向があり、非常にイヤラシクなります。

私は長野県が好きなのですが、だからと言って、仮に長野県人が長野のお国自慢を開陳し、他県をバカにするような発言をすれば、こういう人とは友人にはなれない、と思います。

(もちろん、私も感情があります。各国に行っては告口外交を繰り返す韓国のオバサン大統領には、「ケッ!胸糞悪い!」と思うし、支持率が低下して「ザマーミロ」と思う。が、仮にも「学者とか大学の教授」が、こうした感情次元とさほど変わらぬ駄本を平気で書き、また、それを嬉々として出版する出版社はどうにかしていると思う)

これらのヘイト本、駄本とは別に、良書と思う「中国本」を一冊、紹介します。


チャイナ・ジレンマ (ディスカヴァー携書)チャイナ・ジレンマ (ディスカヴァー携書)
(2012/06/26)
小原 雅博

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良書のポイントは、様々な角度から、良い点も悪い点も冷静かつ論理的に書かれ、根拠となるデータや出典について正確で詳しい註解があり、巻末に索引があること等、です。また、不明な点は不明とし、決して安易に断定したり、予断を語らいことであろう。「チャイナ・ジレンマ」はそういう本であり、現代中国の政治や社会問題を知る上で実に勉強になりました。

なお、いわゆる「新書版」ですが、私なりの感想として、良質な順に、岩波新書、ちくま新書、中公新書、平凡社新書であろうか。PHP新書、文春新書、新潮新書等は、良質本と駄本の差が著しいので、注意が肝要です。

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2014.07.11 | | コメント(51) | トラックバック(0) | 政治・社会



コメント

中国と韓国が外交的にも接近する中、日本では嫌中韓に向かわざるおえない状況になっているのではないだろうか。

2014/07/11 (金) 21:10:03 | URL | 中韓接近 #- [ 編集 ]

中韓接近

先ほどコメントは私です。名前に題名を間違て入れちゃいました。
訂正です。

2014/07/11 (金) 21:17:25 | URL | ファントム #- [ 編集 ]

Re: タイトルなし

ファントム様。

> 中国と韓国が外交的にも接近する中、日本では嫌中韓に向かわざるおえない状況になっているのではないだろうか。

ウ~ン、私が知る限りでは、中韓が接近するずっと前から嫌中韓本は出回っていたと思いますが。。。

中韓接近…韓国・北朝鮮は遥か昔から中国に朝貢を続けて来た歴史がありますから、
この辺の感覚は日本とは違うのかもしれませんね。

2014/07/11 (金) 22:17:59 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

アメリカの「陰謀」では?

片割月さま

愛情の反対は憎悪ではなく無関心、と言いますように、昨今の嫌韓、嫌中本の氾濫は、それだけ日本人にとって両国が、無視できない存在になってきたからこそだろう、と推察します。

ご存知かも知れませんが、小林よしのり氏の「戦争論3」の中に以下のような記述があります。

「情けないのは、中国人、朝鮮人を含めたアジア人が、白人に植民地化され、奴隷の扱いをされ、搾取のみされたのには怒りが湧かないが、日本人に支配されたことの方が腹立たしい、憎いと考えていることである。
同じ有色人種に支配されたことの方がコンプレックスになるらしい。」

この記述中の中国人、韓国人が今はそのまま日本人になってしまっているのではないかと思います。つまり同じ有色人種であり、同じアジア人であるからこそ、余計に憎い、余計に羨ましいと感じられてくるのでしょうね。中国人や韓国人が白人であったなら、こんな反応、絶対に起きないだろうと思うのです。
続けて氏は以下のように記述されています。

「未だに欧米の思う壺だ。特に今はアメリカの思う壺だ」
「アジアでもアフリカでもアラブでも有色人種は互いに反発し、憎悪し合うように仕向けられ、決して団結できない!アジアが団結しアフリカが団結しアラブが団結したら一番困るのは欧米だろう。そうならないように巧妙に仕掛けられているということも、そろそろ見抜いた方がいいと思うのだが・・・」

平成15年に出版されたものですが、ここ数年の嫌韓、嫌中ムードを見ておりますと、真面目な話、本当にアメリカに仕掛けられているのではないか、という気がして来てしまいます。「アメリカを警戒せよ」「日米戦争は続いている」とかつて江藤淳氏は喝破されましたが、中国や韓国を叩いている暇があるのならもっとアメリカを警戒するべきでしょうに、アメリカへの矛先を逸らす為のカムフラージュとしか私には思えません。最も、中国に対する警戒は絶対に必要だとは思いますが、韓国に対しては・・愚にも付かないとしか言いようがありません。

2014/07/12 (土) 04:03:17 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

Re: アメリカの「陰謀」では?

新緑の里様、こんばんは。

私も小林氏の「戦争論」(1とか2とか3とかありましたっけ?)を読んだことがあります。

ただ、私は小林氏の歴史認識や戦争観には反対の意見です。
根本的には小林氏の「大東亜戦争肯定論」的な歴史認識には私は全く反対意見であり、
当時の複雑な国際情勢を鑑みても、やはり、あれは大日本帝国による無謀な侵略戦争と思うからです。

もちろん、西洋列強諸国がアジア諸国を植民化し、搾取したことは事実です。
だからと言って、大日本帝国によるアジア諸国に対する侵略・植民化が免罪されるわけでもなく、
軽減されるわけでもないと思います。

有色人種VS白人種、という構図も歴史の一面を描くものとは思いますが、
日本は明治維新後、いち早く「脱亜入欧」に爆進し、中国や李王朝~韓国、そして東南アジア諸国を見下し、差別し、あたかもアジアにおける白人的列強の一員になっていたような位置づけがあるように思います。

日本が西洋列強諸国よりも一番批判される理由のひとつは、例えば中国がそうであるように、旧日本軍のやり方が一番乱暴で、残酷であったからかもしれません。
しかし、ベトナムではフランスの方が酷いやり方をしていた為か、日本よりフランスに対する批判が圧倒的に強いと聞きます。これは、たまたま、そうした巡り合わせになったのかもしれません。

アメリカの陰謀ですか…ご存知のように、私はいわゆる「陰謀史観」には懐疑的です。

アメリカの陰謀とか旧ソ連のコミンテルンの陰謀とか、陰謀が全く無かったとは申しませんが、陰謀の意義を過大評価しているような気がします。

もちろん、私もアメリカは恐ろしい国だと思っています。
オバマ大統領が尖閣で争いがあれば日本側に立つようなことを言ったようですが、
私はあまり信用していません。そもそも、尖閣諸島は日本の領土とは絶対に言わないのがミソです。

集団的自衛権の容認により、自衛隊はアメリカ軍の下請け兵力として、益々アメリカへの従属性を強める結果になりそうです。

2014/07/13 (日) 19:46:36 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

韓国人=反日、は事実の半分

片割月さま

小林氏の「戦争論」シリーズは1~3までありますが、個人的には「戦争論3」が一番面白い、というか考えさせられる「良書」であるように思います。

あと申し訳ありません。「陰謀」という言葉を使用したのは誤りでした。誤解を招く表現だったと思います。所謂「陰謀史観」とは全く関係なく、今現在の嫌韓、嫌中を煽るのに一役買っているのでは?位の意味で使用したのですが、軽々にこのような言葉を使うべきではなかったと反省しております。申し訳ありません。

片割月さまの歴史認識に関しても、こちらのサイトで拝見する限りではありますが、存じ上げております。
私の意見と片割月さまのご見解とは相当な乖離があるのは事実ですが、その事の是非を論ずるのは本意ではございません。ただ最近の嫌韓、嫌中ムードの氾濫は正に目を覆いたくなる程としか言い様がなく、このような状況に大変危機意識を抱いておりましたので、ついつい余計な事を言い過ぎてしまいました。

都をどりの記事、大変楽しく読ませて頂きました。実は私も都をどり、といいますか京都の舞妓さんのファンでございまして、都をどりも10年程前からでしょうか、毎年見に行っております。鴨川をどりがお気に召すだなんて、やはり片割月さま、「通」でいらっしゃいますね。私はより一般受けすると思われる宮川町の京おどりが好きです。舞妓さんや若い芸妓さんの多い本当に華やかな舞台は、現実の憂さをひと時とはいえ忘れさせてくれます。面白いですよね、街ごとに印象が全く異なるのですもの。
最近京都では着物を着付けてくれて、そのまま観光に出る事が出来るというサービスをあちこちでやっていますが、お客さんには韓国人の方も本当に多いそうです。私も日本人だとばかり思っていたら韓国語が聞こえて来てびっくりした経験が何度かあります。韓国人が「反日」だというのは一種の「建前」みたいなもので、内心は決してそうではない、という本を読んだ事がありますが、ネット上の情報、虚報ばかりに踊らされていないで、「現実」の世界をもっと見て欲しい、そう思います。

気が付けば大変な長文になってしまっていました。
失礼致しました。


2014/07/15 (火) 04:06:11 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

情報操作

共産主義国家であれ、資本主義国家であれ、独裁国家であれ、自国の政権維持の為に情報操作を行って民衆の目をそらすのは常套戦術。

韓国の場合は、中国と北朝鮮に陸続きではさまれているので、日本とは感覚が違うのが当たり前。

むしろ世界の中では日本の方が特異的。
歴史を遡っても自国の領土に異民族が侵略して来て大きな政変が起こった事が無いのは珍しい。

騙し騙されが歴史の常で、離間の計はざらにある。

離間の計をめぐらす方が悪いのではなく、それに騙される方が悪いというのがグローバルな戦術の見方。

日本でも国内政治においては当たり前の部分。

アメリカにしても一枚岩ではなく、ユダヤ系の世界戦略もあれば、ゲルマン系の世界戦略もある。
華僑系の戦略もある。

小林氏の見方はその一面でしかない。
最終的には経済の影響が大きな要因を占める。

経済的な勝者が敗者を人間として見下す所から恨みが生まれる。

過去には戦争の勝者が敗者をさげすんで、奴隷として扱った例は枚挙に暇がない。

勝敗を決めるのは、優秀な人材とそれを登用する優れた指導者がいるかいないか。

全ての人材が優れているのではなく一部の突出した人材の働きの上で庶民は胡坐を欠いているに過ぎない。

「過去の世代の恩讐を新しい世代が引き継ぐ必要は無い」というテーマの中国武侠ドラマは多い。

こういうテレビドラマが作られて視聴率を取っている事に、私は期待を抱く。

当事者の恨みは到底理解の出来ない部分はあるけれども、それは双方の国でも同じ立場の人がいる。

中国の民主化は願う所ではあるけれども、国土が広いだけに、同じレベルでの意識変革は難しいと思う。

ソ連と同じで、民主化は中国の分割化を招く事は当然考えられる。

蒙古系民族や漢民族など国内の民族紛争が表面化した時に日本やアメリカの手出し出来る部分は少ない。

アフガニスタンと同じような状況になる可能性は非常に高い。

一つの見方だけから判断すると変貌後の世界情勢が予想もつかない形で進む可能性は高く、かえって混乱を招く恐れもある事は考慮すべきである。

一つの見方だけでバラ色の世界は作れない。

常に有利になるもの不利になる者は生まれる。

フィギュアスケートのルールの改変による影響とそれは変わらない。

2014/07/15 (火) 06:44:56 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

バベルの塔

神は人間が協力して神の座を脅かそうとしている事に恐れをなして、意思の伝達がしにくいようにそれぞれの言語が通じないした。

現在インターネットと英語の普及で、バベルの塔を崩した神の戦略が功を成さないようになっている。
それでは困ると思う人たちは必ずいる。

「大秦帝国」や「ダ・ヴィンチと禁断の謎」などのドラマは、権力を巡る権謀術策が如何に複雑なものかを描写している。

洋の東西を問わず権力者の争いの被害を受けるのは常に普通の庶民である。

阿部君分かってるのかね~~?
石破氏の方がまだいいと思うのだがな~~。

2014/07/15 (火) 06:58:18 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

いずれにしても

鉄などの金属資源の乏しい日本では燃料資源を自国領土でまかなえたとしても、世界の中で冠たる地位を気づく事は出来ない。

自国民を支えるだけの資源の無い国が、どうして他国を支える事が出来ようか?

その現実を踏まえずに明治時代の列強に伍してアジア一の発展を遂げたという幻想を政治家が持ち続ける限り日本の将来はない。

軍備に投資出来るだけの国力を日本は持たない事に速く気づくべき。

日本が注力すべきは軍事技術の核となるブラックボックスの部分を日本の技術がなければ成り立たなくすること以外に道はない。

どんなにがんばっても徴兵できる数で中国やアメリカに勝てるはず無いんだし。

インドのように数で情報技術に特化されたら日本の世界の中での居場所はいずれ無くなる。

2014/07/15 (火) 07:28:39 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

中国は確かに脅威ですが

バルタントモゾウさま

中国共産党・・余りにも恐ろし過ぎる、と素人の私などは身震いしてしまうのですが、他方であの体制であるからこそ、中国という国はかりそめにも「平和」であり、秩序を維持していられるのだろうと思いますと、単純にあの党を非難してばかりもいられず、一体どうしたらいいのか・・と堂々巡りに陥ってしまいます。
漢民族による少数民族の弾圧、余りにも軽い「人権」、異常なまでの格差、等々問題を挙げていけばキリがありませんが、それでもベストではないがベターであるとして、容認するしかないのでしょうか?

お隣の国ですから、日本人は中国という国についてもっと考えなければならないと思っています。日本の安全保障とも直結する事です。今もし仮に中国で有事が起これば、日本もただでは済みません。
くだらない「悪口」に狂奔している暇など無い筈だと思うのですが・・

2014/07/18 (金) 23:56:57 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

Re: 韓国人=反日、は事実の半分

新緑の里様、こんばんは。

なるほど、新緑の里様の読まれたのは「戦争論3」で、私は「1」ですから、少し噛み合わなかったかもしれませんね。私は「3」は読んでいませんので、論評のしようがありませんね^^;


>韓国人=反日、は事実の半分

これなんですが、そもそも「反日」の意味とは何か?が問われると思います。
というのも、私も過去、おまえは反日だろう、と何回か言われたことがあるからです(^^ゞ

どうやら、日本の歴史の中の「負の遺産」を語ると「反日」とか「自虐史観」呼ばわりされるようです。
それゆえ、なかなか人と議論するのも困難ですよね。特にネット上では(^_^;)

オオッ!都をどりを毎年見に行かれるとは、新緑の里様は東西を問わず、「踊り」が大好きなんですね(*^。^*)

>宮川町の京おどりが好きです

新緑の里様こそ、「通」でありんすな。こりゃ、迂闊に知ったかぶりは出来ないぞ(^◇^;)

来春は宮川町の京おどり、見に行ってみようかな。

>京都では着物を着付けてくれて、そのまま観光に出る事が出来るというサービスをあちこちでやっていますが

もしかして、ご経験がありそうな^^

私は比叡山の千日回峰行者がほとんど修行を終えた後に行う「御所での祈祷」に随行する企画に参加したことがあります。5年くらい前だったかな。

この時、泊まった都ホテルで着付けをお願い(お値段、高かったわ)し、京都を着物姿で歩く初体験をいたしました。歩き方がぎこちなくて、ちょっと恥ずかしい感じでした(;^_^A

2014/07/19 (土) 00:02:16 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

Re: 情報操作

バルタン様、こんばんは。
>
> むしろ世界の中では日本の方が特異的。
> 歴史を遡っても自国の領土に異民族が侵略して来て大きな政変が起こった事が無いのは珍しい。
> 騙し騙されが歴史の常で、離間の計はざらにある。
> 離間の計をめぐらす方が悪いのではなく、それに騙される方が悪いというのがグローバルな戦術の見方。

オッ、ここの辺は同感ですね。たまには意見が一致することもあるんだ(-^〇^-)。

白人種VS有色人種という歴史の見方もあるとは思います。

しかし、日本が白人種国のドイツとイタリアと枢軸を結んだ事実を鑑みると、
構図は複雑化して来ますし、白人種VS有色人種とも言えなくなりますね。

> 中国の民主化は願う所ではあるけれども、国土が広いだけに、同じレベルでの意識変革は難しいと思う。
> ソ連と同じで、民主化は中国の分割化を招く事は当然考えられる。

私もそう予想しています。

13億以上の人口、40以上の民族、十数カ国と国境を接している…このような国の政治を司るのは、並大抵の能力やシステムでは困難でしょうね。日本の政治家にはとてもとても。。。

そう考えると、中国が基本的に共産主義国として強力な警察力と軍事力で強引に国民を統制するのもやむを得ない状況もあるか。

2014/07/19 (土) 00:16:18 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

三国同盟は「手段」に過ぎない。

片割月さま

三国同盟は、あくまでも「手段」に過ぎなかったと思います。脱亜入欧も。目的では決してない。「人種戦争」に矛盾しないと思います。

むしろ日本は、人種差別に徹底して反対していました。有色人種なのですから当然と言えば当然ですが、パリ講和会議で世界で初めて「人種平等」を提案したのは日本です。米英の強硬な反対に遭い否決されてしまいましたが。

日本は人種、民族差別をしないという国是の元、多くのユダヤ難民を救いました。杉原千畝氏はこの件で有名ですが、ユダヤ難民を救ったのは彼一人ではありません。ユダヤ人対策要綱により、彼らを排斥しないことは日本の国策となっていたのです。
ドイツとは同盟国でありましたから、当然ナチスは不快感を表明、日本にも圧力をかけて来ますが、日本は頑として拒否し続けました。
たとえドイツの同盟国であっても、この件だけは絶対に譲れないものだったのです。同盟国だから、何が何でも同盟国に付き従うなどという事態になったのは「戦後」の事です。日米同盟を「絶対」にし、日米同盟真理教の信者となってしまっている現代日本人には理解し難いことかも知れませんが、戦前の日本は「主体性」だけは絶対に失うことはありませんでした。

「人種戦争」が全てであったなんて、私も思いません。けれどそうした側面があったことは事実だろうと思うのです。また当時は帝国になるか植民地になるか、二者択一の世界でした。有色人種の国ですから普通ならば当然日本もどこかの国の植民地にされていたろうと思います。そうならない為に、そうさせない為に、日本が選択したのは帝国になる道でした。それを間違いだったと非難することは私には出来ません。
片割月さまのご見解とは大いに異なるものでしょうが、私はそのように考えています。

2014/07/19 (土) 01:32:38 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

Re: 三国同盟は「手段」に過ぎない。

新緑の里様。

>「人種戦争」に矛盾しないと思います。

私は矛盾していると思います。

何故なら、1936年に防共協定を結び、1940年に軍事同盟を結んだドイツこそ、人種差別主義の最たる例で、これと手を結んでいたというのでは日本が人種差別に反対していたという主張や弁明とは相いれず、やっかいな問題を示していると思います。ユダヤ人に対する差別を日本はしなかったと言うけど、東南アジア諸国の民族に対する日本の差別意識(中国・朝鮮に対してはもちろん、インドネシア人を土人と呼ぶ等)は明瞭です。

それよりも、当時ドイツが唱えていた世界四分割案に日本も乗って、欧州圏はドイツのもの、大東亜圏は日本のものしようというわけでした。こうして日本の南進膨張路線は固まります。西洋列強と同様、こうした露骨な帝国主義的な路線が日本の「自存自衛」の前にあるということが重要なポイントであり、自存自衛を宣伝しだすのはむしろこの後だということです。

いくら欧米の白人主義や帝国主義を批判(この事自体は悪く無いが)したとて、日本の侵略や支配が「聖化」「浄化」されるわけでもないと思います。欧米批判の前に日本の軍事主導体制による過ちを私達がしかと認め無い限り、世界には何ら説得力は無いと言えるのではないでしょうか?

2014/07/19 (土) 03:01:34 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

人種的差別撤廃提案(じんしゅてきさべつてっぱいていあん Racial Equality Proposal)

発案者やその意図が未だに明確にはなっていない。

>講和会議において日本代表は自国の利害が絡む山東問題・南洋諸島問題以外ではほとんど積極的な発言を行わず、「サイレント・パートナー」と揶揄された。<

とウィキペディアにもあるように、日本の対欧米向けの対等外交を目的したものと考えられる。

したがって、真の意味での人種差別撤廃ではなく、
>イギリス全権のロバート・セシル元封鎖相、アーサー・バルフォア外相は個人的には日本の立場に賛成するとしたものの、問題が重大であり、人種差別撤廃という問題を連盟規約で扱うのは妥当ではないと回答した。
バルフォアは説得に訪れたハウスに対して、「ある特定の国において、人々の平等というのはありえるが、中央アフリカの人間がヨーロッパの人間と平等だとは思わない」と述べている。<

とあるように、個人的な思想としては何の条件も無く平等とは言えないと考えるのは当然だと思う。

人間の基本的人権は、「神により与えられたもの」とする立場と「人が努力して勝ち得たもの」とする立場でも違う。

人種が違っても同じ人間であるけれども、努力をしない人間にも平等に機会を与えるべきかというとそうとは言えない。

その場合に努力をした人間が、努力に応じた成果が報われない事になる。

戦争の場合は多くは、人種間問題、宗教間問題、資源問題(領土問題)から生まれており、日本の極東進出はこの内の2つが大きな要素である。

欧米に負けないようにするために、中国、朝鮮半島、東南アジアの領土の拡大、資源の搾取(戦争遂行能力の維持)

ここでロシアのアムール川流域(樺太の近辺)にはなぜ派兵しなかったのか?

一つには気候の厳しさがあったにしても、資源の調達という点では、食指を伸ばしてもおかしくはない。

個人的にはロシアの領土だったと言う点で、同じアジア人になら勝てても、ロシア人には勝てないという思いがあったと思っている。

江戸時代から続く西欧コンプレックスの裏返しが、アジア蔑視につながったと思うので第二次世界大戦へと続いたといえる。

中国の古代の歴史でも、秦、楚、斉の力が拮抗しているときは戦がおきていない。

明治政府の富国強兵政策は、西欧に負けない事と極東の覇権を握ることにあったと思う。

その思想を決定付けたのがアヘン戦争だと思う。

大国だと思っていた中国が英国に破れた。
ここから列強支配に巻き込まれないようにしたのがきっかけではあっても、日清戦争日露戦争を経て、日本がアジアの盟主になろうとする軍事勢力が台頭した事によって引きずられたといえる。

これは天皇や当時の政府の力の及びにくい満州での関東軍の暴走が引き起こしたとも言える。

山本五十六司令官のように、戦争をすべきでは無いと考えていた軍人も少なからずいた。

そんな中を戦争へと引きずり込んだのは、自己過信とアジアの中での選民思想に染まった軍人が引き起こしたものだといえる。

問題は中国との友好的な外交関係を築けなかった事にあるといえる。
それは双方の国の問題であり、どちらかに責任があるとは言えない。

けれどもそれが侵略戦争という見方を与える事は間違いがない。

2014/07/19 (土) 05:46:08 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

侵略が「悪」ではなかった時代

片割月さま

侵略=悪、という概念がそもそも確立していない時代の話なのです。今の感覚では侵略は悪以外の何物でもありませんが、当時はそうではなかったという事です。
日本でも戦国時代などは他国への「侵略」が当たり前のように行われていましたが、戦国武将のこのような行為も「侵略」として非難されなければならないのでしょうか。

「土人」という言葉ですが、本来この言葉は「旧くからの土着の人」という意味であり、差別的な意味は全くありません。この言葉が「差別語」として捉えられるようになったのはずっと後の事です。

日本が行った行為を「聖化」したり「浄化」したりする気など毛頭ありません。当時としては「普通」の事をやったまでだと思っています。「普通」の事をしなければ植民地にされてしまう時代だったのです。ロシアの植民地にされていた可能性が最も高いと思います。当時ロシアは南下政策を進め、朝鮮半島にも手を伸ばそうとしていました。日本がやったことは良い事でも悪い事でもない。「普通の事」だったと思います。

侵略したとして過去の日本を糾弾される方々には、始めから日本は強国であった、という「思い込み」があるような気がします。強国であると捉えるならば、自然「侵略」という行為と結び付きやすくなります。しかしそうではなかったとしたらどうでしょう?

侵略についてもそうですが帝国主義についても同じことが言えます。当時は帝国主義=悪、という発想はありませんでした。帝国主義は当時の「常識」であったのです。

バルタントモゾウさま

「中国との友好的な外交関係を築けなかった」と仰り、それは双方の「国」の問題であったと仰いますが、この場合の「国」とは何を指しておられるのでしょう?清朝でしょうか、中華民国でしょうか、国民党でしょうか、共産党でしょうか。戦前中国大陸に「統一国家」が存在したと果たして言えるのでしょうか?



2014/07/20 (日) 01:33:01 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

「北進論」はありました

バルタントモゾウさま

何度もすみません。
ドイツによる欧州進撃(と言いますか侵略)が日本に「南進策」を取らせる決定打となったようです。それ以前はソ連を攻めるべきとする「北進論」と、東南アジアへ進出すべきという「南進論」とが対立していました。それがナチスの欧州侵略によりフランス、オランダなどが東南アジアの植民地に関わっている余裕がなくなり、東南アジアに力の「空白」が出来てしまったのです。
またコミンテルンのスパイが「南進論」に誘導した側面もあったとの説もあるようです。

しかしそもそも軍事大国のロシアと正面切って戦おうなどと、普通に考えてそのような結論がおいそれと下せる訳もありません。それこそ失敗すれば、たちまちにしてロシアの植民地にされてしまいます。「同じアジア人になら勝てても」などと、わざわざ言い添える必要があるでしょうか?

2014/07/20 (日) 02:21:01 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

新緑の里さんへ

1.>この場合の「国」とは何を指しておられるのでしょう?清朝でしょうか、中華民国でしょうか、国民党でしょうか、共産党でしょうか。戦前中国大陸に「統一国家」が存在したと果たして言えるのでしょうか?<

統一国家としての権力体勢、政治体制がなったというのが、中国側の問題点です。

元来、清朝との戦争の日清戦争の戦果として得た報酬を欧米の圧力で手放さざる得なかった


>「眠れる獅子」と言われた清が日本にあえなく敗北する様子を見た欧州列強は、日本が課した巨額の賠償金支払債務に目をつけて、1896年から1898年にかけて勢力分割(いわゆる「瓜分」)を行い、満洲からモンゴルをロシア、長江流域をイギリス、山東省をドイツ、広東省・広西省をフランスが勢力圏(英語版)とした。同じく、イギリスは九龍半島(香港総督管轄)と威海衛、フランスが広州湾、ドイツが青島(膠州湾租借地)、ロシアが旅順と大連(ダーリニー)(関東州、極東総督(ロシア語版)管轄)を租借地として、それぞれ海軍基地を築いて東アジアの拠点とした。しかもロシアは賄賂をもちい露清密約で東清鉄道附属地を手に入れた。アメリカは南北戦争による国内の混乱から出遅れたため、中国市場は全ての国に平等に開かれるべきだとして、門戸開放宣言を発しつつ国際共同租界設置に参加した。<


この事があるので、そもそもこれらの利権は日本のものという思いが強く、欧米にとんびに油揚げをさらわれたという意識が軍部に特に強い。

結果として清朝は滅亡の道を歩み、孫文、袁 世凱といった革命家たちの意思統一が出来ずに混乱した中で、蒋 介石と毛沢東の内戦で半日体制が強固なものとなったといえる。

歴史に「もし」は禁句ではあるけれども、ここで蒋 介石が勝っていたなら日中関係は全く別なものとなったと予想される。

2.>「同じアジア人になら勝てても」などと、わざわざ言い添える必要があるでしょうか?<

当時の軍事力(兵器性能)、特に海軍力において、日本に伍するだけの戦力を持った国はアジアにはありません。

ロシアもウラジオストックの太平洋艦隊も縮小をしたとはいえ、海軍力は堅固であり、なおかつ陸上戦における兵力・物資補給という点では、中国進出よりも遥に険しい事が簡単に予想できました。

シベリア出兵で日本は最大の被害を受け、ソ連邦と日ソ基本条約を締結せざる得なくなりました。
その後、ドイツとの戦線の影響で日ソ中立条約を締結するに至りました。

当時のソ連軍の戦車の性能はノモンハン事件で証明されて、戦車勢力の弱い日本軍に大きなショックを与えました。

日本陸軍は内地戦に弱い事を露呈したといえます。

これが足かせとなって、北進策は取れなくなったという点もあります。

彼我の戦力分析の結果で言えることです。

2014/07/20 (日) 05:32:30 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

Re: 侵略が「悪」ではなかった時代

新緑の里様。

> 侵略=悪、という概念がそもそも確立していない時代の話なのです。今の感覚では侵略は悪以外の何物でもありませんが、当時はそうではなかったという事です。
> 日本でも戦国時代などは他国への「侵略」が当たり前のように行われていましたが、戦国武将のこのような行為も「侵略」として非難されなければならないのでしょうか。

つまり、悪か正義かという価値判断は別として、「侵略」であったことはお認めになるわけですね?

それと、少なくとも第一次世界大戦当時~第二次世界大戦時において、侵略=悪という概念が確立していない時代とおっしゃいますが、その根拠は何でしょうか?

「侵略された側」の中国・韓国・東南アジア諸国も当時は、「侵略=悪という概念が確立していない」との価値判断を共有していたと主張されますか?

> 「土人」という言葉ですが、本来この言葉は「旧くからの土着の人」という意味であり、差別的な意味は全くありません。この言葉が「差別語」として捉えられるようになったのはずっと後の事です。

それは日本側にたっての言い分でしょう?

チャンコロ、半島人、等については如何?

>日本が行った行為を「聖化」したり「浄化」したりする気など毛頭ありません。当時としては「普通」の事をやったまでだと思っています。「普通」の事をしなければ植民地にされてしまう時代だったのです。ロシアの植民地にされていた可能性が最も高いと思います。当時ロシアは南下政策を進め、朝鮮半島にも手を伸ばそうとしていました。日本がやったことは良い事でも悪い事でもない。「普通の事」だったと思います。
>
> 侵略したとして過去の日本を糾弾される方々には、始めから日本は強国であった、という「思い込み」があるような気がします。強国であると捉えるならば、自然「侵略」という行為と結び付きやすくなります。しかしそうではなかったとしたらどうでしょう?
> 侵略についてもそうですが帝国主義についても同じことが言えます。当時は帝国主義=悪、という発想はありませんでした。帝国主義は当時の「常識」であったのです。

この辺の新緑の里様の主張もそうですが、つまりは「列強国側」に立った、強い側に立った視点での主張を繰り返されているように思います。

侵略され、植民化され、弱い立場にあったアジア諸国側に立った視点が全くありませんね。

旧日本軍があちらこちらでアジア人を虐殺し、強姦をし、多くの中国人を労働力として日本本土に強制連行したのも、当時は「普通のこと」「常識」ですか?

新緑の里様はそのようにアジア諸国の人達に主張なさいますか?

2014/07/20 (日) 23:04:19 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

危機は「戦後」も続いた

片割月さま
何度も申し訳ありません。

侵略=悪、という概念が確立していなかったであろうことは、「戦後」を見れば分かります。
大東亜戦争に日本が敗れた後、イギリスやオランダは植民地であったビルマやインド、インドネシアに戻って来て植民地支配を再開しようとしました。もし侵略=悪、という概念が確立されていたとしたら、このような行動をとれる筈はなかったであろうと想像します。日本が敗れてめでたしめでたし、では決してなかったのです。

確かにそれよりずっと以前、パリ不戦条約なるものが調印され「侵略戦争の放棄」が謳われています。しかし残念ながらこの条約は、実質的な効力は殆ど持ってはいなかったようです。なにしろ「侵略」の定義は当事国に任されていたというのですから・・紳士協定みたいなものでしょうか。

「チャンコロ」等の差別語ですが、確かに残念な言葉ではあります。しかし当時の中国は日本と戦争をしている、敵国な訳です。「鬼畜米英」もそうですが、敵国を丁寧な呼称で呼ぶ事はかなり難しいのではないかと想像します。今もし仮に北朝鮮やロシアと開戦などという事態になれば、かの国に対する蔑称、差別語で溢れかえる事になるのではないでしょうか。

アジア諸国の側に立った視点が全くないと仰いますが、誰よりも片割月さまが、その件については良くご存知でいらっしゃるからです。正に「釈迦に説法」であり、私ごときがあれこれ言う必要性は全くないと判断したからです。

旧日本軍があちこちで残虐行為を働いたという話ですが、私はその件に関しては相当な「嘘」が世間にばらまかれていると思っています。その際たる例が慰安婦の「強制連行」、南京大虐殺でありましょう。
当然の話ですが、もし本当にそのような残虐行為の数々を日本兵が働いていたというのなら、私も許すことなど絶対に出来ません。国家賠償は当然だと思いますし、
日本国民は彼らにどれだけお詫びしても足りるという事はないでしょう。永遠に謝罪し続けるべきだと思います。
しかし、です。日本軍がそのような「蛮行」を働いたとする「証拠」はありません。慰安婦の「強制連行」があったことを裏付ける「証拠」は一件たりとも存在していない筈です。しかし、私が知らないだけかも知れませんね。片割月さま、「証拠」があるとする説をご存知でいらっしゃるなら、是非ともご教示頂きたく存じます。

勿論!アジア諸国の方々には自説を堂々と主張しますよ。当然の話です。アジア諸国、特に中国と韓国は日本の大切な隣人です。憐れむべき存在でも、可哀そうな存在でもありません。対等のパートナーです。今は残念ながら「パートナー」と言える状況ではありませんが、本来日本のパートナーとして最も相応しく、頼りになる存在はこの両国でなければならない筈です。であるからこそ、私は自信を持って彼らに「真実」を話したいと思いますし、真実を知って貰いたいと思っています。嫌韓、嫌中ムードに危機感を抱くのはその為です。

2014/07/21 (月) 16:07:50 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

新緑の里さんへ

>日本軍がそのような「蛮行」を働いたとする「証拠」はありません<

私の知人の親父さんはマレーシアに行っていたそうですが、「到底人に話せるような事をしていない。」と死ぬまで口をつぐんでいたそうです。

表立った証拠は無くても、実際には戦争では常に略奪がつきものです。

これは日本に限ったことではありません。
ベトナムでもアメリカ兵のそういう行為は行われています。

ただ、それが戦争当事国同士だったのかどうか?

国内ですら憲兵隊による暴虐は有名です。
増してや、日本人では無い他国人相手なら、今のような博愛主義はほとんど期待しない方が良いと思います。

それこそ侵略が悪だと考えていなかったのと同じ思考回路が働いていたと考えるのが合理的だと思います。

もちろん全ての日本軍、日本兵がと言うわけではありません。
戦地でも尊敬された軍人はたくさんいるのも事実です。

2014/07/22 (火) 06:56:32 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

Re: 危機は「戦後」も続いた

新緑の里様、こんばんは。

>何度も申し訳ありません。

イエ、何らご遠慮なさることはありません。
いずれ昭和史に関することや、安倍自民党政権に対する批判記事をアップする予定にしていますので、
そこでも新緑の里様のご意見があれば、歓迎いたします。

>侵略=悪、という概念

ナチスドイツがチョコソロバキアやポーランドを侵攻した際、国際的な非難を受けていますよ。もちろん、イギリスとフランスもドイツを非難しています。←まあ、どっちもどっちじゃないか、あんたらにドイツを非難する資格があるのか、という点は多々ありますが、侵略=悪という価値観は確立しつつあったという根拠にはなると思います。

また、戦後、自民党の首相も務めた石橋湛山は、第一次世界大戦において、日本が、中国におけるドイツの根拠地であった青島を占領し、中国側に対華二十一か条要求を突きつけたことを受け、日本の軍国主義による領土拡張主義、侵略を激しく非難しています。また、中国側の蒋介石も「…日本帝国主義の中国侵略の野心は、ここにおいて、全世界の重要問題となり…」と非難しました。大正4年5月9日に袁世凱が(修正された)日本側の対華要求を承認したことを受け、中国の新聞は筆を揃えて「国辱記念日」としようと国民に呼びかけた。(参照「気概の人:石橋湛山」(小島直記著)。

よって、侵略=悪、という概念が確立していなかったとする新緑の里様の主張には賛成出来ません。

差別は言葉の上だけの問題ではありません。中国人や朝鮮人を差別しして来たのは事実です。既に、関東大震災において数千人の在日朝鮮人が虐殺された背景にも、日本の差別意識とその負い目があったことは否定出来ますまい。

>南京大虐殺

正直、新緑の里様の主張には驚きました。いや、これまでの主張から、もしや、とは少し思いましたが…まさに、小林よしのりの主張、そのままですね。

保守系の識者でも「南京大虐殺」の事実を認めているくらい、学問的にはほぼ決着がついている(数字を巡る議論はある)のを、新緑の里様の方が「証拠は無い」と主張なさっているのですから、あなたが先に証拠なり根拠を示すのが筋ではありませんか?

例として、南京大虐殺については当時から国際的に知られていましたし、中国側だけではなく当事者としての旧日本兵からも沢山の証言もあります。

また、日本軍に従軍した石川達三の「生きている兵隊」でも、日本軍が中国人にやった行為の一部が明確に記されていますが。

これらを新緑の里様は「嘘」「カン違い」「捏造」と断言されるわけですね?

その根拠を示して下さい。

2014/07/24 (木) 02:59:32 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

Re: Re: 危機は「戦後」も続いた

新緑の里様。

参考に。

「シリーズ・花岡事件の人たち:中国人強制連行の記録(全4集)」野添憲治著 社会評論社版

著者の野添氏は秋田出身で、10才の頃、花岡事件(1945年)を目撃し、子供心に衝撃を受けています。

その後、ライフワークとも言うべき長年の調査・取材・研究の成果から上記の長大な記録本となりました。

ちょっと高価で大型書店か大型中古本店に行かないと手に入りにくいし、読み通すのもちょっと大変です。

が、それだけに非常に価値の高い資料と思います。圧倒されます。

私は、身体が震えるような衝撃と感動(怒りも)を受けました。

2014/07/24 (木) 03:32:21 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

一方聞いて沙汰するな

片割月さま

南京大虐殺があったと認めるとした場合、重大な疑問が残ります。
虐殺後の「後始末」はどうしたのでしょう?
累々たる死体の山をどう処理したのでしょうか?
また大虐殺の「目的」は何ですか?虐殺の為の虐殺、ですか?

南京大虐殺に限らず、数々の悪行、蛮行を働いたと「証言」する人物が大勢いるのは存じております。
私自身、一時期はそれらの「証言」を完全に信じ込み、南京大虐殺は言うに及ばず、慰安婦「強制連行」も、その他ありとあらゆる悪逆非道な行為を日本軍が働いたと信じ込んでおりました。
しかし「一方聞いて沙汰するな」、検察側の主張だけ聞いて弁護側の主張を聞かずに判決を下すことはあり得ません。日本軍が数々の蛮行を働いたと主張なさる方は、検察側の主張と同等のかつ同量の、弁護側の主張も聞いた上で、「判決」を下しておられるのでしょうか?

2014/07/27 (日) 18:18:34 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

Re: 一方聞いて沙汰するな

新緑の里様、こんばんは。

新緑の里様がどれだけ「南京事件」について学ばれたのか分かりませんが、

私は少なくとも南京事件に特化した書籍だけでも20冊以上は読んでいます。

もちろん、虐殺数30万とする論者から「南京事件はマボロシ」とする論者まで様々です。

>虐殺後の「後始末」はどうしたのでしょう?
>累々たる死体の山をどう処理したのでしょうか?

こういう質問が出ることで、失礼ながら、新緑の里様の認識に疑問を抱かざるを得ません。

①虐殺死体を南京市近くに流れる揚子江に運び、投げ入れる→村瀬守保写真集「私の従軍中国戦線」にも、日本の工兵隊が死体に鈎を引っ掛けて沖へ流す作業をしている写真があります。その数は、南京大虐殺記念館館長であった朱成山氏によれば、約7万人とか。もちろん、数字には誇張があると思いますが、相当の数の死体がこうした「処理」をされることで、日本軍が虐殺の痕跡を跡形なく消そうとしていたのは間違い無いでしょう。

②死体を焼き捨てる。

「証言」には玉石混交であることは当り前であり、専門家はそれらを精査した上で虐殺の規模を主張しているのであり、虐殺自体の存在を否定する専門家はほとんどいません。

(「保阪正康他、東京裁判を読む」から)しかも、当時の中支那軍方面司令官であった松井石根氏が、南京入場後に、あまりに酷い虐殺の事実を知り、泣いて綱紀粛正を訴えたことや、配下の部隊に規律を順守するよう命じた訓示を文書にしたそうです。これらはもちろん、松井司令官の近くにいた元日本軍将兵達の「証言」によるものです。

私はこの日本将兵による「証言」はおそらく事実だろうと思います。しかし、日本軍は終戦直後に公式文書や機密文書の大部分を焼却してしまった為、松井司令官による文書は残っていなかった。これが松井司令官にとって決定的に不利に働き、A級戦犯として処刑されてしまいました。

逆に言えば、南京事件が事実として存在したことを松井司令官の事例が明快に示してると思います。

それと、ご存知だと思いますが、日本軍による虐殺事件は南京事件だけではなく、虐殺規模はともかく、アジア各地で沢山あること(例:マレーシアはジョホール州の文律(ベヌ)における「文律事件」や中国の平頂山事件等、枚挙に暇がありません。BC級裁判の資料が少しずつ明らかになるにつれ、こうした事実が明らかになって来ています。つまり、虐殺はそれこそ、通常運転的にあったのでしょう)は、南京事件が決して特別な事件では無いことの傍証となりましょう。

なお、「証言」の重要性(文書ばかりが決め手ではないこと)については別の機会に書きたいと思います。

> 一方聞いて沙汰するな

ン?歴史の事実の検証と裁判とは同列に論じられるものでしょうか?

例えば、ナチスドイツのユダヤ人虐殺について、ナチス側の「言い分?」を聞く意味は何でしょうか?

アメリカでは、イギリスからの白人移民により、騎兵隊により、アメリカ原住民(インディアン)の95%が直接・間接的に殺されたそうですが、これについて、白人側、騎兵隊側の「言い分?」を聞く意味は何でしょうか?

2014/08/02 (土) 01:38:10 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

何の為に「侵略」するのか?

片割月さま

ホロコーストと「南京大虐殺」とを「同列」に語ることなど到底出来ません。ホロコーストはその「事実」そのものに疑問の余地が無く、ホロコーストが存在したのかどうか?が議論の対象とはなっていないからです。
対する「南京大虐殺」は、その「事実」そのものが議論の対象となっているのであり、両者の違いは明らかです。

南京大虐殺において、虐殺が「あった」と主張する方々が片割月さまが仰ったような死体の「処理」をした、証拠を隠滅した、等々主張されていることは存じております。
しかしながら冷静に考えてみて下さい。当時の日本軍にそのような膨大な遺体の「処理」にかかれるだけの時間的、物理的「余裕」があったのでしょうか?
人間の遺体というものはほんの数時間放置しただけで、例えようもない悪臭を放つようになるそうです。とてもじゃないですが、近くになど絶対に居られなくなります。一体の遺体ですらそうなのです。まして30万人もの遺体が発生すれば、どんな事態になるやら、想像に難くありません。30万人でなくとも、10万人でも1万人でもそうです。その悪臭に耐えられる「人間」は存在しません。

死体を揚子江に遺棄する。その遺体は本当に「民間人」「非戦闘員」のものなのでしょうか?戦闘員である兵士の遺体の可能性はありませんか?

死体を焼き捨てる。その「作業」に一体どれだけの「手間」が掛かったことでしょうか?気が遠くなりそうですが。先ほども申しあげました通り、当時の日本軍はそんなにも時間的、物質的に「余裕」があったのでしょうか?

もう一つ、根本的な事なのですが、日本軍は何故中国大陸で戦争をしたのですか?「侵略戦争」ですよね?「侵略」とは果たして何の為に行ったのですか?中国人を殺しに行く為ではありませんよね?かの地に日本の「権益」を確保する為です。今の言葉で言えば「国益」の為です。もっと端的に言えば「市場確保」の為です。市場確保の為という事は、そこには当然「お客さん」が必要ということになります。中国人はですから基本的には「お客さん」な訳です。お客さんあってこそ、日本の国益は確保される訳で、その大事なお客さんを30万人も殺してしまったのでは元も子もありません。何のために苦労して南京を陥落させたのか、全く意味が無くなってしまうのです。

日本軍がアジアのあちこちでこのような虐殺をしていたと仰いますが、「帝国主義的侵略」の原則?から考えると、そのような事は非常に考えにくいと思われるのですが、この点に関してはどのようにお考えになりますか?

また占領地における「強姦」は軍紀で厳しく禁止されていたことはご存知ですよね?日本軍が強姦など卑劣な行為に及べば、現地の村人たち一般人が絶対に日本軍を許さなくなるからです。それこそ彼らの死にもの狂いの抵抗を呼び、「占領」がし難くなる。僅かな「労力」で占領出来る筈が、とんでもない苦労をしなければならなくなるのです。とてもじゃないですが、「割に合わない」。ですからわざわざ好き好んで日本軍が強姦の限りを尽くしただなんて、普通に考えればこれまたあり得ないのです。最少労力で「占領」することが出来るものを、わざわざ住民の恨みを買い、抵抗を呼び覚ますような行為をするだなんて、そんな馬鹿なことがあったでしょうか?少なくとも日本軍の「方針」としては現地婦女子への強姦は絶対禁止、でした。その方針に違反したとして「死刑」に処せられている兵士もいるのです。唯、どんなに「禁止」したとしても一部の人間による蛮行はあったことでしょう。それを否定しているのではありません。

片割月さま、「一方聞いて沙汰するな」と申しましたのは、片割月さまの仰る、或いは挙げられている例が、全て「日本軍は悪、日本軍は悪い事ばかりしていた」とする側からの主張ばかりに偏っているように感じられたからです。裁判はあくまで「例え」です。
ネイティブ・アメリカンの虐殺は、ホロコーストと同列に論じられるべきものです。これらの事例は「事実」そのものに議論の余地はない「真実」です。このような場合、加害者である白人の言い分を聞く必要はありません。しかし何度も申し上げて恐縮ですが、日本軍の「犯罪」「蛮行」とされているものには「事実」かどうか、その根本の所で疑問のあるものが多いということです。このような場合、「裁判」を例に出すのはおかしいでしょうか?

2014/08/04 (月) 05:01:31 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

チベット、台湾をどう考えるか?

片割月さま

「南京事件はマボロシ」と主張する論者もいることをご存知でありながら、それでも南京大虐殺に対して「事実として存在した」「学問的には決着が付いている」と仰るのは何故なのでしょう?
余程信頼出来ないと、お思いになったのでしょうか。
また「南京大虐殺記念館館長」の証言を持ち出して来られるのはいかがなものでしょう?
ご存知のように中国では、今現在も「言論の自由」はありません。中国共産党の公式見解に反する事を「公職」にある人間が発言できる筈もないのです。
片割月さまは中国共産党が「正しい」と思っておられる訳ではないでしょう?中国共産党が「侵略=悪」という概念が確立した後に、チベットを「侵略」した件についてはいかがお考えなのでしょう。
また、蒋介石の「証言」を引き合いに出されたのも理解に苦しみます。蒋介石は日本と戦争をしていた当事国、相手国な訳ですから日本を非難してくるのは当然でしょう。彼は台湾に逃亡し、そこで凄まじい反日教育を施しました。彼に刃向う「敵」は民間人でも関係なく虐殺しました。しかし台湾の多くの方が反日意識など持たなかったと言います。「学校では凄まじい反日教育を受けた一方で、周囲の大人たちから聞くことは、それとは反対の事ばかりだったからだ」そうです。
片割月さまは台湾の方々の「親日」についてはどのようにお考えですか?

南京大虐殺が本当に存在したのであれば、ホロコーストや原爆投下、東京大空襲と同じように、それこそ「問答無用」の「真実」となっている筈であり、そうでなければおかしい程の「大犯罪」、「狂気の殺戮」であると思います。
戦後70年近く経ってなお「議論の対象」であること自体、あり得ないと思うのですよ、もし大虐殺があったとすれば。
「議論の対象」となっている事自体が、大虐殺はなかったという事を物語っていると私は思うのですが。
唯、片割月さまはそれが「議論の対象」であるとは思っていらっしゃらない訳ですよね。




2014/08/04 (月) 06:09:02 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

新緑の里さんへ

日本軍にとっては、中国人はお客さんではありません。
江戸時代の百姓と同じで「生かさぬよう殺さぬよう」が原則です。武器で脅して労働力とする。
侵略時の常套手段です。
ですから現地にいた日本軍の数だけで、処理できないとする論理はあまりにも稚拙すぎます。

アウシュビッツでも、収容されているユダヤ人に死体の移動などはさせています。

必要だったのは、アメリカと敵対したときの石炭や鉄鉱石の確保であり、市場経済の市場の場としてではありません。
この辺りの理由に関しては公文書としても多く残っています。

強姦を軍規でうたっていたのは国際条約があるからです。
日本が特別なのではなく、当たり前に諸外国でも規定されています。
捕虜の取り扱いでもそうですが、建前はあっても実行力を伴うかどうかは、軍としての綱紀を指揮官がどれだけ守らせるかであり、実行犯が集団で口裏を合わせたりすれば、それすらもおぼつかなくなります。
自発的に軍人となったものと赤紙一枚で徴兵されたものでも違います。
終戦後勢力を伸ばした帰還兵暴力団のしたことを知れば戦地での行為も推測できます。

南京虐殺の規模や内訳がどうであれ、爆撃とは別の形の大量殺人があったのは事実です。
残念ながら、沖縄でも日本軍による日本人殺しがあった事実があるのです。
捕虜となるよりも名誉ある死を、との建前のもとでの出来事です。
小林氏は、右翼的傾向があるので、そういう主張をしたがるのはわかりますけどね。

2014/08/04 (月) 06:18:54 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

追記

南京虐殺は、いくつかの問題点に別れます。
1.戦時中の戦闘行為だったのかどうか?

この場合に相手が戦闘員てあったかどうかの確認ができる状態だったのか。

同種の事例は、最近でもあります。
アメリカ軍のイスラム過激派の自爆テロへの恐怖心から誤射が数多く発生しています。
問題は戦闘行為として拡大解釈をして、そのすべてを正当化できるのかと言う点です。
中国人は捕虜として扱わない、という文章の正確な解釈すらないなかで、軍事行動として合法だったのかどうか?

否定派でも、殺害の事実はあるものとして、人数や行われた場所に異論を唱える人や、当時の国際法上合法とする人もいます。

南京事件そのものがでっち上げで、日本軍は濡れ衣を被せられたとする人もいます。

しかしながら、殺害行為が全くなかったと言えるだけの根拠は薄く、濡れ衣説にしても、行為そのものは存在しており、その犯人に仕立てあげられたものだとしているのですから、南京において多数の殺人があったのは事実としてみるのが合理性のある見方と言えるでしょう。
全く無かったとするのはその他の傍証から、却ってその論理の脆弱性を示すことになります。
我が身可愛さゆえの強引な帰結ととられかねません。

2014/08/04 (月) 07:31:34 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

蒋介石

第二次大戦後も反日姿勢だったわけではありません。
彼が憎んだのは軍閥であり、日本に対しては悪感情を持っていたわけではありません。
現実論者であって、不必要な敵対関係を作ることは、対外的には避けています。

2014/08/04 (月) 07:47:59 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

「人口増」をどう説明するのか?

バルタントモゾウさま

ジョン・ラーベという人物はご存知ですよね?ある意味大変な「有名人」であります。
その彼が日本軍の南京入場一か月後に、「当市の総人口は25万から30万」だと日本大使館宛てに食糧支援要請の手紙を出しています。しかし彼は同じ日本大使館宛ての手紙の中で、日本軍の南京入場時の当市の人口は20万人としているのです。
これはどう説明したらよいのでしょう?「大虐殺」があった筈なのに、一か月後逆に人口が増えているのです。大虐殺が無かったとしても、中虐殺か小虐殺であったとしても、この「人口増」をどう説明すればよいのでしょうか?

また私も殺害行為等が「全くなかった」などと思っている訳ではありません。戦争中ですから、それは当然の話です。通常の戦争犯罪の範疇に収まる程度の残虐行為は当然あった事でしょう。しかし「南京大虐殺」が仮に本当に発生していたとしたら、それはホロコーストや原爆投下と同列に語るべき蛮行であり、通常の戦争犯罪と同列に語ることなど到底出来ないものです。人類の汚点以外の何物でもありません。
ですのでこんなにも拘るのです。


2014/08/05 (火) 04:51:51 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

「日本軍による日本人殺し」とは?

バルタントモゾウさま

「日本軍による日本人殺し」とは何のことですか?
集団自決が「軍命」によるものだった、という事でしょうか?

2014/08/05 (火) 05:17:01 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

新緑の里さんへ

人口に関しては、そもそもどういう方法で集計されたものかが全く不明です。
日本ほど戸籍調査が厳密でなかった当時の数字自体の信頼性がどの数字においても欠けています。
裏を返せばこれらの数字に信頼性があるのなら、真偽問題は起こりません。
信頼性に欠ける数字を元にした議論には参加しません。
いずれの立場からでも恣意的な操作が考えられるものを科学的な論理構築に使うのは避けるべきでしょう。
歴史学の限界でもあります。
沖縄での自決は、軍の関与に関しては多くの資料が残っています。軍令の定義についてから、議論を始めないといけないのでしょうか?

書面による命令ではなくとも、口頭指示があれば、立派な軍令です。

もとより、沖縄は本土防衛の最終ラインとして、全島民の御霊をもって死守すべし、という形の言葉で女子供まで竹槍による軍事教練が行われていました。一度ご自身で沖縄に足を運んで調べられたらどうですか?

無論、全ての指揮将校が、そんな馬鹿な指示を出したわけではありませんが、当時の陸軍は、捕虜となる辱しめを受けるよりは、潔く自決すべし、とほざきまくっていたのを知らないわけでもないでしょう。
海軍や空軍にもそういうバカがいたのは事実ですけどね。

2014/08/05 (火) 07:40:29 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

沖縄戦史

日本国としての調査はなく、沖縄県の調査と米軍の調査があります。

米軍は、自軍における使用戦術とその効果が公文書として保存されており、女性に対する暴行も報告されています。

もちろん、報告に上がっているのが全てだとは言えませんが、少なくとも自軍の非合法行為があったことは認めています。

重要なのは数の大小ではなく、非合法な行為が存在したのかどうかです。

心にやましさがあっても、罪に問われるとなった時にどれだけの人間が自発的に申し出るでしょうか。
ましてや、戦時中と云う特殊な状況下でのことであれば、多くは自己保身に走るのが当然だと思います。

1つだけお願いがあります。
私はあなたの疑問には答えてきたつもりですが、それに対しての回答を頂けていません。これでは議論の接点を探すことができません。
持論の展開ばかりでなく、別意見との相違点がどこにあるのかを明確にしなければ、争点自体が多岐にわたるので突っ込んだ意見交換は難しいと考えます。私自身は親の世代が戦前なので、誇張はあれどもかなり実情に近い話を聞いていると思います。
特に地域柄、正月や盆は親戚一同が集まり、その手の話を聞いて育っています。

それぞれの世代で触れられる生の情報の違いもあります。
本来はその辺りの背景の違いも考慮しながら議論すべき問題だと思います。

2014/08/05 (火) 08:44:28 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

新緑の里さまへ

横から失礼いたします。
新緑の里さまが次々と出してくる疑問点についてはこんなサイトもございます。
是非読まれてみてはいかがでしょうか?

南京事件FAQ
http://seesaawiki.jp/w/nankingfaq/d/FrontPage

2014/08/05 (火) 18:51:42 | URL | ぺんぺん #NkOZRVVI [ 編集 ]

目からウロコの南京大虐殺論争

私も「南京大虐殺」については色々な資料、サイトをあたったことがありますが、ネット上では、個人的には下記のサイトが一番バランスが取れているように感じました。サイト主も「私の主張を丸呑みにする前にまず自分で調べて下さい」と制していますし。

http://homepage3.nifty.com/hirorin/nankin00.htm

個人的心情としては新緑の里さんに近いのですが、こういう心情になるのは中国共産党の「南京大虐殺」に対する「不真面目な」姿勢のせいだと思います。「南京大虐殺」をあげつらうのであれば、第二次世界大戦終了後、自国がやった数々の虐殺行為に対しても同じように、真摯に反省して欲しい。それがないから、心情的に否定派に傾いてしまう方が増えて来ているのではないかと思います。

また肯定派にしても否定派にしても時々、「正義に酔っている」故の瘴気を感じてしまうこともあります。中国共産党の「犠牲者30万人」という主張にしても、ちゃんと調べた上でのことなのかなぁ、結局“政治的な”数字じゃないかな、と構えてしまうのですね。

2014/08/05 (火) 19:29:16 | URL | TAO #R6DZAwZw [ 編集 ]

で、

明日は広島、9日は長崎への原爆投下日、15日は終戦の日。合掌。

2014/08/05 (火) 21:07:04 | URL | TAO #R6DZAwZw [ 編集 ]

南京事件の本

ぺんぺん様とTAO様による「お役立ちサイト」の紹介、ありがとうございます。

それとは別に、やはり、書籍を熟読されると良いと思います。

私のお薦めは、

①秦郁彦著「南京事件:虐殺の構造」
②笠原十九司著「南京事件論争史:日本人は史実をどう認識してきたか」

最低、この2冊を読まずして南京事件は語れない、くらいに思っています。

秦氏はどちらかと言えば保守的な識者であり、実証能力の高い専門家で私は割と信用しています。秦氏の沢山の著作には、朝日新聞批判や左翼批判もあれば、右翼批判もあり、割と中立的なスタンスです。

笠原氏はライフワークとして南京事件の調査・研究に取り組んで来た専門家です。この本を読めば南京事件を巡る論争のあらましも分かります。

なお、私は上記の2冊の内容を、頭から全て同感しているわけではありません。最終的には自分がどう判断し、どう認識するかです。

私自身は心情とか正義感とか、初めに結論ありき、で南京事件を歴史認識しているつもりはありません。

私とて日本人ですから、心情的には、旧日本軍や大日本帝国の「負の事実」など無いと思いたいし、厳しい訓練に耐え、規律正しい旧日本軍がそんな酷いことをしたとは思いたくありません。全ては中国側や「反日左翼」のデッチ上げであれば良いとさえ思いたくなることもあります。

しかし、そのことと、歴史認識とは別次元です。

私が主として、昭和史関連の著書や資料を300冊以上読破し、戦争経験者である身内や知人の話を聞いて来た結果から得た認識です。

2014/08/05 (火) 22:54:49 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

Re: 南京事件の本

「南京事件は無かった。マボロシだった」とする論者がしばしば言う「南京事件時に20万であった人口がその直後には25万に人口増している(つまり、虐殺は無い)、との主張。

秦氏や笠原氏の調べでは、南京事件の前の年までは南京市の人口100万とのデータがあるそうです。

しかし、事件時までに避難民が出て人口が減った(一説によれば40~50万程度)ことは間違い無いでしょうが、

それが果たして20万に減ったかどうか、25万に増えたかどうかは、戦乱時とて正確な人数は把握出来ていないと考えるのが合理的と思います。しかも、南京市とは、どこまでの範囲を指すのかも色々あり、余計に混乱を招いています。

それはちょうど、南京事件の虐殺数の正確な数字までは分からないのと同じです。つまり、下は数千~上は三十万と、数字に開きがあるように。仮に数千であっても立派な虐殺です。

私個人は、秦氏の見解でもある2~4万人と考えるのが妥当と思っています。

なお、「マボロシ派」の不可解な点は、虐殺数については「証拠は無い。確かなデータは無い。曖昧である。証言は信用出来ない」と数字を否定し、不可知論的な言説を全面に出すにもかかわらず、事件直前の人口と直後の人口、20万、25万については信用し、正しいと断定するダブルスタンダード構造があることです。

私は秦氏の2~4万人説から鑑みて、20万も25万も誤差の範囲内ですので、何ら影響は受けません。

2014/08/05 (火) 23:27:01 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

白髪三千丈


>結局“政治的な”数字じゃないかな、と構えてしまうのですね。

私は南京攻略戦において民間人や投降者の不法殺害、略奪行為は多少ならずあったと思っていますが、私も政治的にこれを利用しようとするあまりに本質的な解決を困難にしているように感じることがあります。
TAOさまの仰りたいこととはちょっとズレているかもしれないですが。

日本が南京虐殺事件について自らの行為を真摯に振り返るためには、真相究明について中国側の「真摯な」協力が不可欠です。
「被害者がこう言ってるんだから、とにかく鵜呑みにして丸ごと反省しとこう」というのは真摯な反省とはいえないと思うのです。

「とにかく30万人」「日本人は残虐」「これを認めない日本は不誠実」と言い張るだけで、それ以外の異論に対しては耳を貸す気配もないというのでは、真相の究明より日本を悪者にすることの方が(国内をまとめるためのプロパガンダとして)重要なのでは?と、ついちょっと穿った目で見てしまう…。

行われた不法行為に関しては日本の反省が勿論必要ですが、事件から年月が経てば経つほどこの問題には「政治色」が強まっているように感じられ、国際政治の複雑さを痛感します。

2014/08/06 (水) 01:15:50 | URL | ののんた #- [ 編集 ]

新緑の里さん

上記で紹介したサイトですが、まずは「定義バラバラ『南京大虐殺』」のところから読むことをお勧めしたいと思います。肯定派から否定派まで、定義の違いによって見解の違いが生じてしまうからくりを説明しているからです。「中国に謝罪すべきだろうか?」での主張もはっとさせられ、今ガザで起こっていることについても考えさせられます。

このサイトが秀抜だと思うのは、肯定派と否定派だけでなく犠牲者の心情もくみ取り、その上で論理展開しているからです。自分の正しさや人間性の優位性を誇示するような卑しさがない。サイト主は40冊近くの南京関係資料を読破したそうですが、ご本人はあえてカテゴライズすれば「中間派」の立場を取っており、「一定規模」の虐殺行為はあったとしていますが、中国共産党の主張はあり得ないと一蹴しています。

とはいえ、中国共産党が誇大宣伝を止めない限りは、それへの反発心も手伝って「南京大虐殺」をめぐる論争は今後も続くでしょうね。

(ののんたさん、ズレてはいないですよ~)

2014/08/06 (水) 23:02:02 | URL | TAO #R6DZAwZw [ 編集 ]

申し訳ございません!

バルタントモゾウさま

「私はあなたの疑問に答えてきたつもりですが、それに対しての回答を頂けていない」とのご指摘。

仰る通りでございます。非礼を心よりお詫び致します。本当に申し訳ございません。

唯一つだけ言い訳することをお許し下さいますでしょうか?歴史認識に関する議論は実に複雑で難しく、微妙な問題でもあり、どう言葉にしてよいやら、どこまで論を展開してよいやら、私自身かなり戸惑う部分も多く、逡巡している内に回答の機会を逸してしまう、という事が多く、結果としてバルタントモゾウさまに大変な失礼を働いてしまうという事態になってしまいました。しかしどういう理由があるにせよ、非礼は非礼です。この件に関しては心よりお詫び致します。

私自身は「戦争」とは殆ど無縁でございます。身近に戦争体験者や戦死者がいる訳でもなく(祖母の弟が戦死していますが一面識もないその方に殆ど何の思い入れもありません)、その意味では戦争とは私にとって観念で捉えるものでしかなく、「実感」としてはなかなか理解しにくいものでもあります。

父が教職員組合に加入し、組合活動をしておりました為、私は子供の頃から「赤旗」を読んでおりました。「赤旗」本紙は難しくて子供には読みにくいのですが、日曜版の方は子供にも読みやすく、なかなか面白い紙面構成となっており、毎週楽しみに読んでいたのを覚えております。私にとって「赤旗」は「正義の新聞」であり、「赤旗」の主張することは全て真実だ、と信じ込んでおりました。
「南京大虐殺」も、従軍慰安婦「強制連行」も、その他ありとあらゆる日本軍が犯したとされる蛮行。全て「真実」だと疑いもしませんでしたし、このような「真実」に異を唱える人がいるだなんて、日本と言う国はおかし過ぎる、酷過ぎる、と憤りで一杯だった時期もございます。選挙権を得る前から政治には大変関心がありましたが、共産党を応援するというよりは反・自民党でした。自民党こそがこの国の「癌」であり、あの党さえ無くなれば、無くならないまでも「まとも」になりさえすれば日本は良くなるのに、などと思い込んでおりました。今から思えばかなり狂信的な「サヨク」でした。

唯私がいつも心に引っかかっておりましたのは、父の、「共産党を支援し、その機関誌を読むのであれば、その対立政党の機関紙も同じように読んでみなければならない、そうでないとフェアではない」という言葉でした。自民党の機関紙も同じように読んだ上でなければ、本来かの党を批判することも出来ない筈だ、と。正に「一方聞いて沙汰するな」です。
父は共産主義者(後に転向・・)でしたが、こういった点に関しては実に公明正大でした。

2014/08/07 (木) 02:50:14 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

集団自決

バルタントモゾウさま

私は決してかつての「反動」から今のような主張をするようになったのではありません。南京大虐殺や従軍慰安婦「強制連行」否定派の意見も一度聞いてみよう、最初はそれ位の軽い気持ちからでした。
しかし自分なりに勉強すればするほど、自分がいかに偏った知識しか持っていなかったか、ということを痛感させられました。偏り過ぎた知識というものはむしろ害悪でさえある、とつくづく感じさせられたのです。

結局私は「始めに結論ありき」で物事を見ていたに過ぎなかった。
「日本軍は悪、日本軍は悪い事ばかりしていた」としか頭にはありませんでしたから、その事実に都合のよい情報ばかりを拾い、そうでない情報は見ないふりをしていた。これは意識的にではなく「無意識の内に」です。意識的であればまだいいのです。「無意識」だから恐ろしいのです。人間を突き動かすものの大半は「無意識」ですから。

「集団自決」が「軍命」によるものであったか?という問題に関しては私の意見はバルタントモゾウさまの意見とは違います。当時には当時の「価値観」があります。「空気」があります。侵略=悪、ではなかったと同様、当時の価値観では「潔く自決すべし」が「正義」であり「美意識」だったのではありませんか?それは誰かに強制されたから生まれてきた感覚なのでしょうか?
「命は地球より重し」と言われるようになった「戦後」とは違います。当時の価値観、空気を無視して「今の価値観」からのみ判断されてはいませんか?

武士の「切腹」も、今から見れば残酷な刑罰以外の何物でもありませんが、当時はそれが「名誉」とされていたのです。切腹を「名誉」と捉える感覚も、別に誰かから「強制」された訳ではなく、長い日本の歴史の中で自然に醸成されてきたものでしょう。
「集団自決」は確かに悲惨です。もう二度とあのような悲劇を招くことがあってはありません。
しかし当時の沖縄の人々が、あれだけ勇敢に闘った人々が、「強制」されたから死を選んだとするのは、余りにも当時の感覚を無視した乱暴な捉え方ではないでしょうか?

2014/08/07 (木) 03:39:30 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

ダブルスタンダード

ぺんぺんさま
TAOさま

はじめまして。サイトの紹介有難うございます。
また後日感想を述べさせて頂きます。少し時間が掛かるかと思いますがご容赦下さい。

片割月さま

「ダブルスタンダード」と仰いますが、この件に関して何ら数字を操作する必要もない人物、事例である場合には「信用」しても構わないのではないかと考えるのですが、如何でしょう?ジョン・ラーベの報告はこの時点では何ら数字を操作する必要も、動機もないと考えます。

2014/08/07 (木) 03:54:51 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

新緑の里さんへ

私の父も、日数組でした。
当時は、ほぼ強制的に加入する時代でしたから主義主張とは関係なく、労働条件闘争のための時代です。
支持政党は社会党ですが、母は医師会の関係で自民党を応援することもありました。

集団自決については、沖縄の人たちの体験談が多く残っています。終戦後、日本の統治権がなかったため実質上はアメリカの植民地状態でした。
そのために戦時中の資料整理は、本土の手垢がついていません。

姉は琉球大でしたから、牛肉が日本で買うよりも安いのでブロックでよく持ち帰ってきたものです。

自決ができずに、軍人の手にかかり命を奪われた人も大勢います。また、山中にトンネルを掘って奇襲をかける戦術をとっていたため、住民の口から米軍に位置が漏れるといけないと云う理由で殺害された人もいます。
これなどは今で言うなら、機密情報漏洩法の拡大解釈の最たるものです。

この辺りの具体的な事件や資料は、ウィキペディアで「沖縄戦史」で探していただければ、調べられると思います。

軍人になら、当時の価値観をあてはめることもできますが、民間人となるとそれは通用しません。

私の考えで言うならば、第二次大戦までの軍の統帥権は天皇にあったのですから、本来は国内国外を問わず、戦争被害の賠償責任は天皇家が負担すべきものだと考えています。
戦後の国民の血税で負担すべきものではないと考えます。

従軍慰安婦問題も南京事件問題も軍人恩給や遺族年金との関係があり、もし関与が証明されたりしたら資格の剥奪や返納問題も発生する可能性が高いため手をつけたくないと考える事務方が存在しており1か0かという思考に陥りやすいのがネックでしょう。
本来なら終戦後すぐに手をつけるべき所を、島国の発想で先送りしたために、有効な反論資料が少ない所をつかれているとも言えます。
言ったもん勝ちにだけは、させてはいけません。
それはテロに屈するのと同じで、相手に甘い汁を吸えると思わせることにしかなりません。
この点に関しては証明できないものに関しては一切妥協をしない。証明できるものは手厚く補償する。

国の場合はこの姿勢が必要です。
ただし、天皇家の資財で負担する場合は、判断は天皇家に任せる。

2014/08/07 (木) 06:52:26 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

強制的か、自動的か

バルタントモゾウさま

父は学生時代から共産主義にかぶれており、喜んで進んで加入しました。自衛隊反対のデモ、集会等には何度足を運んだか知れません。その他ビラ配り等、個人で出来る活動は忙しい仕事の合間を縫って何でもやっていました。単に「条件闘争」の為なら、あそこまで熱心に活動はしなかったろうと思います。

ただ仰る通り、大して興味も関心もないのに、周囲の「空気」に逆らえず、ほぼ強制的に加入させられてしまった人も少なくないことでしょう。そういう時代だったのは確かなようです。また自由意思で加入したにしても父のように熱心な共産主義者であった人もいれば、「条件闘争」の為に加入した人もいたことでしょう。組合活動に熱心な都道府県、そうでない都道府県、と地域によっても事情は異なってくるはずです。また年代によってもかなり事情は異なってくるかと思われます。

ここで興味深い事実が浮かび上がってきたと思います。組合加入の事情一つにしてもバルタントモゾウさまは「ほぼ強制的に加入」だったと仰います。私は父の熱心な活動振りを見て育ちましたので「強制的に加入」などあり得ない、と大変な違和感を抱きましたが父に確認してみましたところ、強制的ではなくほぼ「自動的に」加入することになっていたとのこと。「強制」という言葉には抵抗がある様でした。「強制的」と「自動的」とでは言葉の持つイメージに違いがあり過ぎますからね。

「強制的に入らされた」と深刻げに主張する人、「自動的に入ることに決まってたんだ」とケロリとして主張する人。意味する事は殆ど同じなのですが、受け取る方の印象は随分と変わって来ます。戦後の平和な時代の、たかが組合加入の一件でさえこうなのです。ましてこれが戦争中であれば、と考えざるを得ません。それぞれの置かれた立場、事情の違い等様々な事情により、180度違う「証言」というものはやはり引き出せるという事です。
それは「嘘」や「ねつ造」などではありません。それぞれにとっての「真実」であります。しかし一方にとって「真実」であることが、もう一方にも「真実」であるとは限らないということです。
であるからこそ「証言」はあくまで「証言」に過ぎないのです。「証拠」が必要とされる所以です。

バルタントモゾウさまがここで「強制」という言葉をお出しになったのは話の「流れ」で、という可能性も高いかと想像致します。何しろ南京大虐殺を始めとする日本軍の悪行はほんとうにあったのか?というそんな陰隠滅滅たる話を続けて来たのです。更に話は沖縄戦における住民の集団自決は「軍命」であったのか?と言うところまで広がってしまっていました。組合加入が「ほぼ強制」だった、との言葉が出やすい雰囲気となっていたかと思います。
日本軍の蛮行を告発される方の心情も、もしかしたらそうした「雰囲気」「流れ」に影響されている可能性はないでしょうか?とにかく日本軍は悪、日本人は悪い事ばかりしていた、という「固定観念」に支配されていては、全ての事を悪く見よう、悪く見なければならない、という風に考えて行きがちです。






2014/08/09 (土) 00:42:41 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

民間人ではありますが

バルタントモゾウさま

「軍人になら当時の価値観を当てはめることも出来ますが、民間人となるとそれは通用しません」

仰る通り、確かに「原則としては」そうです。しかしご存知のように当時の沖縄県民は軍人以上の勇敢さで軍を支え、自ら敵兵と闘いました。その勇猛果敢な戦いぶりは太田司令官の有名な遺書により広く知られています。「沖縄県民斯く闘へり。県民に対し後世特別のご高配を賜らんことを」としたあの有名な電文を読む度に私は涙が溢れて止まらなくなります。余談ではありますが、「特別の高配」どころか負担ばかりを押し付けている戦後の今の状況・・この問題を先ず何とかしなければならないと思うのですよね。

あの当時の沖縄県民は確かに「民間人」ではありますが、当時の軍人、いや戦国時代や鎌倉時代の武士並に、いやそれ以上の「武士の魂」を持って、敵兵と闘ってくれたのではありませんか?
あの闘い振り、彼らは自分たちが戦闘とは無関係の「民間人」であるなどと思っていたでしょうか?私にはとてもそうは思えないのです。彼らは間違いなく、誇り高き「武士」の心を持ち、武士の心で闘い、武士の心で散って行ったのだと、そう思います。

「天皇家が賠償する」ですか。
う~ん、お気持ちは分からなくはないですが、現実的であるとはとても思えません。また天皇家が賠償するということはイコール日本国が賠償する、と言うように世界からは見られてしまうでしょう。日本国と天皇家とは別です、などという主張が理解されるでしょうか?
例えば第二次大戦中の捕虜虐待、植民地支配に対し、英国王室が「個人的に」賠償する、などという事態になったらどうでしょう?世界は「英国」が謝罪した、と判断するのではないでしょうか?

2014/08/09 (土) 01:31:22 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

新緑の里さんへ

「一を持って百となす」
という思考形態の論議は止めませんか?

100の内99が自由意思によるものでも、1の自由意思でないものがあれば、自由が阻害されたとは言えても強制はなかったとは言えません。
自由意思は例外があっては、自由が守られていることになりません。
また、沖縄戦に関する史実も勉強不足が見られます。
持論に不利な史実が存在することをもっと調べてください。

天皇に統帥権と統治権があったのは歴史的事実です。

戦後生まれの人間の謝罪などあまり意味をなしません。

当事者自らがきちんと謝る事を、当時の権力者やマッカーサーが避けたのが、今に禍根を残しています。

天皇家の財産は自由に使用することは制限されていますが、新たに国庫から支出をするよりも、目減りしてでも皇族で負担すべきです。

国民は財産どころか命まで投げ出さされたのですから、戦犯にならなかった分、金銭負担は当たり前だと思います。

やりもせずに、認められるかどうかを杞憂するのではなく、できることすべては行うという姿勢を見せるのが先です。

信頼を得るとは行動が常に先にたちます。

2014/08/09 (土) 02:25:41 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

自由とは?

バルタントモゾウさま

それでは、100人の内99人が賛成していても、一人が反対であれば、それは「自由が阻害されているから」ダメなのですか?
例外があっては自由が守られていることにならない、と仰いますが、ユートピアでもない限り、そのような事が現実に可能なのでしょうか?
100人中100人が賛成するなどどいう事があり得るのか(勿論同じ党など主義主張が似通っている場合には可能でしょうが、それでも微細な部分では反対意見もあるのでは)、そもそもそれは「健全」な事なのでしょうか?

2014/08/09 (土) 03:19:01 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

新緑の里さんへ

>100人の内99人が賛成していても、一人が反対であれば、それは「自由が阻害されているから」ダメなのですか?<

論点がまったく違います。
多数決の論理は、命にかかわるものの場合は裁判になったものだけです。

生きる権利というのは誰しも平等に持ちます。

あなたの論理で行けば、何の罪も犯していないAという人間に対して100人のうち99人は生きる価値がないと判断して、1人は生きる価値があると判断したが、絶対多数なのでAには生きる価値がないとみなして命を奪い取ることが合法だということになります。

100のうち99だけでこの1個は例外です、というのはありえません。

この生きる権利こそ自由の権利なのです。
だからこそ、ひとつの例外も許されないということです。 

だからこそ裁判で争うことができるのです。

あるのは情状酌量だけであり、行為の正当化にはなりません。

あなたの論理はすべてが情状酌量に頼ったものです。

すばらしい軍人もいれば、端にも棒にもかからない軍人もいる。

その端にも棒にもかからない軍人が悪さをする。

良い軍人がしていないからといって、悪い軍人がしていないという証明にはなりません。

久米島守備隊住民虐殺事件
渡野喜屋事件
名護市照屋忠英学校長殺害

少なくともこのくらいは調べてください。

2014/08/09 (土) 06:23:12 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

バルタントモゾウさま

沖縄戦に限らず、日本軍が行ったことが100パーセント「善」であった、などど誰も思っておりませんし、勿論私も思ってなどおりません。残虐行為の数々もあったでしょう。他の国と同じように日本も数々の戦争犯罪を犯しました。それらは「常識」として国民の間に定着しております。ですのであえてこちらで、今更述べる必要もない事、と判断した訳です。私が日本軍の「全てを」擁護しているかのような誤解を与えてしまったようで申し訳ありません。

申し上げるまでもない事ですが、私も二度と日本に戦争を起こして欲しくなどありません。愛する祖国を、再びかつてのような「生き地獄」になど、絶対にしてはいけませんし、他国にもそのような思いを味わわせてはなりません。
しかし、行き過ぎた「平和主義」は、再び日本を戦禍に巻き込む恐れもあると思っており、大変危惧しております。戦争は一筋縄ではいきません。多面的で非常に厄介なものです。バルタントモゾウさまには申し上げるまでもない事ですが、ただ「戦争は悪」とだけ考えていても絶対に戦争を防ぐことは出来ないのです。

2014/08/12 (火) 03:11:06 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

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片割月

Author:片割月
和歌を愛し、音楽を愛し、花を愛し、フィギュアスケートが大好きで、歴史・社会・文学が大好きで、ジョン・レノン、八代亜紀、ちあきなおみが大好きで、クリント・イーストウッドと映画も好きで、皮肉とユーモアも好きな変わり者アラフォー熟女ですが、よろしくお願いします。
最近は体力をつける為に、休みの日はえっちらおっちらとミニハイキングに勤しんでいます。

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