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「愛国心」について思うこと





「自分が生まれ育った国を愛することは良いことだし、大切なことよね。愛国心の何が悪いっていうの?」と、正面切って言われますと、「あ、ううん、そうね。」と口にしてしまいそうです。

ただ、私は「愛国心」という言葉には、感覚的にも論理的にも、どうしても抵抗感といいますか、割り切れないものを感じてしまいます。

それは、「愛国心」を声高に叫ぶ政治家や論者たちの心の裏には、他民族や少数民族に対する憎悪や蔑視、排外性という澱のようなものが底に沈殿しているのを見るからかもしれません。

さらに、ことさら敵だとか戦争の脅威を煽り、好戦的な気分を盛り立てようとする意図を感じてしまうからかもしれません。

安倍首相の「美しい国へ」の中には、郷土愛から愛国心を涵養する意義を説いている箇所があります。安倍首相に限らず、こういう主張をする論者がいます。しかも、政府では子供の義務教育過程の教科に「愛国心」を入れる方向で論議もされているらしい。

私は東京育ちだからでしょうか?郷土愛、と言われてもピンと来ないんですよね。まあ、便利と言えば便利な都会ですが、空気は汚いし、朝のラッシュにはウンザリしますし、やかましい騒音や音楽が絶えない街に疲れたりもします。美しい山河のある街や空気が綺麗で静かな村が羨ましいと思うし、奈良や京都のような歴史のある街に住めたらいいなあ、とも思います。すると、私は郷土愛に欠ける「欠陥人間」とみなされるのでしょうか。

片や、自分の生まれ育った県や街を愛し、自慢する人もいます。羨ましく思います。が、どことなく抵抗感も覚えます。

「愛国心」ですか…あるような、無いような。そもそも、私は外国に行ったことも住んだこともないので、「やはり日本は良い国だ」と比較するような体験がありません。メディアによる情報や本で得た知識だけでは限界があります。素朴に、日本は良い国だと思ったり、嫌な国だなと思ったり。特別日本が他国よりも優れているわけでもなければ、劣っているわけでもないんでしょう。分からないけどね。そのくらいの意識でしょうか。

大逆事件(冤罪ですけど)で処刑された幸徳秋水は、著書の「帝国主義」で、「愛国心は郷土愛に似たり。故郷を愛するの心は貴ぶべし。しかれどもまた甚だ卑しむべき者あり」として、郷土愛が他郷への憎悪とセットになっていること、それが愛国心=他国への憎悪、と同質の卑しむべき性質があることを鋭く指摘し、「愛国心」と「軍国・帝国主義」の親和性への警鐘を鳴らしていました。1901年に発行されたこの著書は、110年後の「美しい国へ」の危険性を見事に予言しています。秋水の恐るべき慧眼と言えましょう。安倍首相はたぶん、「帝国主義」など読んでいないでしょうね。

幸徳秋水の「帝国主義」について、一度記事にしたことがあります。→ここです

ちなみに、秋水は親友の堺利彦と共に平民社を立ち上げ、平民新聞を発行しました。日露戦争反対の論陣を張り、世が好戦の毒酒に酔い、浮誇浅薄な忠君愛国の狂熱が国民の理性と道義を麻痺させている時に、大胆にも非戦論を唱えました。すると、「露探(ロシアの工作員という意味らしい)!」と罵られ、「ニコライの門番となれ!」と嘲られました。これは今でも同じ現象が見られますね。私たち日本人は明治時代の意識から進歩が全く無いのかとすら思えます。

ところで、時代は違えども、社会主義者・無政府主義者であった秋水とは真逆の立場にあり、昭和の右翼の象徴とも言われた三島由紀夫は、愛国心について、以下の言葉を残しています。

(引用開始)…実は私は「愛国心」といふ言葉があまり好きではない。
何となく「愛妻家」といふ言葉に似た、背中のゾッとするやうな感じをおぼえる。この、好かない、といふ意味は、一部の神経質な人たちが愛国心といふ言葉から感じる政治的アレルギーの症状とは、また少しちがつてゐる。
ただ何となく虫が好かず、さういふ言葉には、できることならソッポを向いてゐたいのである。

この言葉には官製のにほひがする。また、言葉としての由緒ややさしさがない。どことなく押しつけがましい。
反感を買ふのももつともだと思はれるものが、その底に揺曳してゐる。

では、どういふ言葉が好きなのかときかれると、去就に迷ふのである。愛国心の「愛」の字が私はきらひである。
自分がのがれやうもなく国の内部にゐて、国の一員であるにもかかはらず、その国といふものを向う側に対象に置いて、わざわざそれを愛するといふのが、わざとらしくてきらひである。
もしわれわれが国家を超越してゐて、国といふものをあたかも愛玩物のやうに、狆か、それともセーブル焼の花瓶のやうに、愛するといふのなら、筋が通る。それなら本筋の「愛国心」といふものである。

また、愛といふ言葉は、日本語ではなくて、多分キリスト教から来たものであらう。
日本語としては「恋」で十分であり、日本人の情緒的表現の最高のものは「恋」であつて、「愛」ではない。
もしキリスト教的な愛であるなら、その愛は無限低無条件でなければならない。従つて、「人類愛」といふのなら多少筋が通るが、「愛国心」といふのは筋が通らない。なぜなら愛国心とは、国境を以て閉ざされた愛だからである。

だから恋のはうが愛よりせまい、といふのはキリスト教徒の言ひ草で、恋のはうは限定性個別性具体性の裡にしか、理想と普遍を発見しない特殊な感情であるが、「愛」とはそれが逆様になつた形をしてゐるだけである。

ふたたび愛国心の問題にかへると、愛国心は国境を以て閉ざされた愛が、「愛」といふ言葉で普遍的な擬装をしてゐて、それがただちに人類愛につながつたり、アメリカ人もフランス人も日本人も愛国心においては変りがない、といふ風に大ざつぱに普遍化されたりする。

これはどうもをかしい。もし愛国心が国境のところで終るものならば、それぞれの国の愛国心は、人類普遍の感情に基づくものではなくて、辛うじて類推で結びつくものだと言はなくてはならぬ。アメリカ人の愛国心と日本人の愛国心が全く同種のものならば、何だつて日米戦争が起つたのであらう。「愛国心」といふ言葉は、この種の陥穽を含んでゐる。
(中略)
日本のやうな国には、愛国心などといふ言葉はそぐはないのではないか。すつかり藤猛にお株をとられてしまつたが、「大和魂」で十分ではないか…(引用終わり)。

三島由紀夫「愛国心」より


「官製のにほいがする」「やさしさがない」「どことなく押し付けがましい」…私も三島由紀夫の感性に共感出来ます。サヨクの幸徳秋水とウヨクの三島由紀夫が揃って「愛国心」に批判的なのが面白い。

会社のミーティングか何かで、社長や上司から、「君たちには愛社精神が欠けとる」と言われると、ケッ!アホくさ、と思うよね。そっぽを向きたくなりますね。三島由紀夫の見解は、それと近い心理でしょうか。

私が「愛国心」に抵抗を覚えるのは、日本を愛する=日本の歴史や文化、民族性の偉大さ、優秀性を愛することであると、国士無双な顔して、一気通貫的に語る政治家や論者が少なくないからでしょう。従って、日本の歴史や伝統を否定するような「輩」は「自虐史観」の持ち主であり、「反日」であり、昔の言い方であれば「非国民」との烙印を押されるのかと不安になってきます。「愛国心」は「憎悪」だけではなく、「排他性」や「独善性」とも親和性が強いように思えてしまいます。

例えば、私は「天皇制」や「元号制」は廃止した方が良いと思っています。詳しい理由は省略します。一つだけ理由を言いますと、天皇家が気の毒と思うからです。しかし、もう、これだけで私は「愛国心」が無いとみなされるのでしょうね。

昭和史を専門に研究している保阪正康氏は「論座・2006年5月号 あやうい保守言論の内実」の中で、こんな体験談を語っています。(保坂氏はサヨクでもウヨクでもなく、どちらか言えば穏当な識者です)

「(引用開始)…大学生相手の講演や市民を対象にした文化講座で昭和史を論じることがあるのだが、質問の折などに『先生の考えは自虐史観ですね』と乱暴に決め付ける者が出てきたのである。私は『自虐史観』という語が一般に用いられているとは知らなかった。なんとも不快なニュアンスの伴う語であり、こういう語を平然と口にするその感性にも驚かされた…中略…戦後六十余年の言論や歴史観をすべて自虐史観とか東京裁判史観であると片づけて、新たなナショナリズム主導の歴史を説いている論者が少なく無いということだろう…(引用終わり)。

8年前に保坂氏が指摘した傾向は、今はもっと強く、激しく、そして、憎悪に満ちているのではないでしょうか。

「憎悪」や「排他性」を伴わない健全?な「愛国心」を涵養したいのであれば、教科書ではダメよ。私だったら次の歌を音楽の時間の必須項目に入れるでしょう。サヨクからもウヨクからも愛好されたという珍しい歌です。

「君の祖国を」の動画→ここです

「君の祖国を」の歌詞

作詞:藤田敏雄
作曲:いずみたく


もう一度 よく見てほしい
この国を よく見てほしい
さあ君の小さな その目で
君が生まれた この国を


いつまでも 見つめてほしい
この国を 見つめてほしい
きょうもまた 空の見えない
いつも曇った この国を


わすれずに うたってほしい
このうたを うたってほしい
たのむから どんなときでも
わたしのいのちが 終るとも


君だけは 愛してほしい
この国を 愛してほしい
なぜか今 祖国とさえも
だれも呼ばない この国を


歌詞の1番と2番はサヨク好みでしょうか。「いつも曇った この国を」は単なる詩的な比喩だけではなく、1960年代に深刻化した公害問題をも指しているとも言われます。工場の煙突から猛烈な勢いで吐き出される有毒の煙で空は汚れ、四日市とか川崎では人的被害も甚大でした。

歌詞の4番はズバリ、ウヨク好みでしょう。3番の「わたしのいのちが 終わるとも」のメンタリティーもウヨク好みか。「この国を愛してほしい」の歌詞に押し付けがましさを感じない。歌の力は凄いです。

つまり、実に良くバランス?のとれた歌と思います。左右の偏りが無い。

1974年の横須賀の中学校では、この歌が歌われていたんですね。さぞ、この中学校の生徒たちは健全な愛国心が涵養されたことでしょう。

私は学生時代、学習塾でアルバイトしている時に塾長からこの歌を教わりました。「どうだ、いい歌だろう?」と、ダークダックスが歌っているテープを何度も聞かされました。単純直截なタッチですが良い曲と思います。
子供の健全なる「愛国心」の養成は、これで十分よ(-^〇^-)。

☆2000年前に、イエス・キリストは「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。しかし、私は言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」と教えた。

やはり、キリストは凄いですよね。本当にキリストの言った言葉かどうかは不明ですが、それでも記録として残ったのは、当時の人々にとっても、キリストの教えがいかに衝撃的だったかの証なのでしょう。

しかし、残念なのは、キリストの教えを良く知っているはずの西洋人はおよそ2000年の間、敵を憎み、復習をし、殺し合いを続けて来ました。敵どころか隣人をも憎みました。せっかくのキリストの教えも役に立たなかったのでしょうか。そもそも、ローマ教皇からして「殺せ!」と命じていましたからね。

さすがに、もう、懲りましたでしょうか。いや、まだ。。。



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2014.08.21 | | コメント(66) | トラックバック(0) | 歴史・文化



コメント

全く同感

三島由紀夫が書いている「愛国」という言葉が孕む矛盾は、そのままこの言葉を叫びたがる人たちの精神的ねじれとなっているのが面白い。

現状、日本において制度としてのデモクラシーに真っ向から反対しようという人はそう多くはないのではと思うのですが、その点において無自覚に危なっかしい人が多いことに驚かされます。
そして、それは大概、この記事に上げてくださったようなことを感じ取るデリカシーを持ち合わせない人です。
異なるイデオロギーの存在を認められず、すぐに感情的に反応する。ひいては「日本人」という枠組みを自分に都合のよいように作り上げ、そこに入らない人間を排除したがる。
こういう態度は、デモクラシーの妨げ以外、何ものでもない。

片割月さんにしても、日本という国への思いなくして、誰がこんな面倒な記事を上げようと思うものか^^ でも、自分好みの「愛国心」の表現でなければ、それすら読み取ることもできないのですよね。。。
・・・バルタンさんには、心から同情申し上げています。

2014/08/21 (木) 08:37:47 | URL | バジル #- [ 編集 ]

少しずつ広げていく

 片割月さま、興味深くこうした記事を読ませて頂いています。
 私は古い言い方ですが、ノンポリです。というか敢えてそうした物を封印していたといってもいいです。
 しかし、八月十五日の問題を巡っての侃々諤々議論を見るにつけ、私の個人的な意見を少しだけ述べてみたいと思います。

 敗戦記念日としないのは、記念日という言葉に合わないから、そして、これがいわゆる俗称だからこういう言い回しになっているという推測をします。また、中庸を好む国民性からも刺激的でない「当り障りのない言葉」を選んだという所だと思います。
 八月十五日はお盆の中日でもあります。私は幼い頃から過ごした祖父母の家も嫁ぎ先もこうした行事を非常に大切にする家なので馴染んでいます。(仏教と神道はまた違った意味合いがあるでしょうが)、特別なイデオロギーでなく一つの行事として定着したものだと私には思えます。

 私は日本人にはディベートそのものが定着してないという印象があります。というよりも下手だと思います。「問答無用」という言葉がありますが、これは相手に全く弁解とか説明の機会を与えないという事でしょう。
 私の個人的な印象を言います。
 新緑の里さんとバルタントモゾウさまのやりとりは明らかにディベートだと思う。新緑の里さんは相手に充分な敬意を払った上で議論をしています。この方は実に冷静で大人で理路整然とした思考の出来る方です。しかも自分の間違いを自覚すると率直に認め、知らない分野について知ったかぶりをしません。とても立派ですよね。年若いけれど、成熟した論客だと思います。
 しかし今回の「敗戦記念日」に関する議論はバルタンさまに同情を禁じ得ない所もあります。これ以上は何もいいません。
 
 愛国心というのは、家族や周囲を大切にする気持ち、自分の故郷を慈しみ、懐かしい(ゆかしいという表現が好きです)と思う気持ちから自然発生的に生まれる物でしょう。卑小な例えですが、お墓参りして丁寧に掃除し、墓石を磨いて上げる事はただ、そうして上げたいからです。それがご大層なイデオロギーに繋がる事にはなりません。故郷を愛し、それを壊したくないと感じる気持ちはまぎれもない「PATRIOTISM」だと信じます。
 私は自分の生活している場所も大切に感じています。そして自分の身内、家族の暮らしていた土地にも愛着があります。そして先祖と歴史の中で失われた尊い命を偲ぶ。戦争とはどういうものか、実際に体験した方に話を聞く。もし、興味があれば歴史を学び、これからの糧にする。それが一番の供養だろうと思います。ただ、それは私の考え方であって誰にも強制出来る事ではない。来し方も教育も環境も違う人が皆同じである事の方がよほど気持ち悪いですよ。

2014/08/21 (木) 09:24:46 | URL | shige #X91rLkcY [ 編集 ]

理想的国境

片割月さんの解説のとおり「愛」はキリスト教がエートスである。
一夫一妻制もキリスト教がエートスと考えられている。

日本は海という理想的国境を有している。このことからも日本が良い国であることが窺い知る事が出来るのではないだろうか。

2014/08/21 (木) 12:30:00 | URL | ファントム #- [ 編集 ]

国家というアンビバレンツ

私が「愛国心」に引っ掛かるとすれば、「国=国家」が愛するに足りるものか?という疑問があるからだと思います。特に故郷というものを自分は持っていないと感じる方なら、代替物として「国家」を選ぶこともあるかもしれませんが、その「国家」が構成員に盲従を強いるものであれば、悲劇が生ずることは、人間の歴史(戦争の歴史)が証明している通りですね。

しかし国家が自分の居場所を提供し、生活を支えているのも事実なんですね。それが国家というものが持つアンビバレンツだと思います。

>>なぜなら愛国心とは、国境を以て閉ざされた愛だからである。

三島由紀夫のこの言葉に、まさにその通り!と我が意を得た感じでした。

前の記事のコメント欄で書いた通り、私の民族観はルドルフ・シュタイナーに相当影響を受けていますが、「民族を自己救済の方法にしない」在り方とは、帰属意識の選択肢をあえて拡げることで、個人として民族の土着性や国家の独善性を超える視点を得て、そこから自分と自分が属する社会の在り方を高めていくことなのだと考えています。

さて安部首相が運がいいのは、中国・韓国の指導者もレベル的には大して変わりないため、相対的に持ち上げられていることだと見ています。アジアを索引すべき三国がレベルの低い政治闘争に没入していることは、アジア全体のためにもならないので、いい加減ドングリの背比べを脱して欲しいところなのですが。

2014/08/21 (木) 19:22:18 | URL | TAO #R6DZAwZw [ 編集 ]

愛国心

片割月さま

愛国の情がどういうものか、一度祖国を離れて暮らしてみるとわかります。イデオロギーや理屈では説明できない祖国愛の情は誰にでもあります。
カナダには世界中の国からの移住者が暮らしていますが、カナダでの生活が幸せでも、祖国を忘れたり祖国への愛がない人などいないといっても言い過ぎではないとおもいます。愛国心が軍国主義に重なって胸を張って言えないのは残念です。

「君の祖国を」・・・ウヨク・サヨク好みはよみすぎだな~。素直に祖国を愛しましょう (笑)

笑えない話。
米国に駐在で暮らしている日本人家族の親が子供の授業参観に出かけたときのこと、クラスにはいろいろな人種の子供がいるので、それぞれ出身国の国家を歌うことになったそうですが、わが子は日本の国家を知らず歌えなかったので恥ずかしかったそうです。
君が代は政治的に複雑ですが、国歌を誇りをもって歌えないのも日本ぐらいではないでしょうか。
 


2014/08/22 (金) 02:09:40 | URL | kan kan #E0/upmTg [ 編集 ]

「愛国心」という言葉を軍国主義につながるように連想させた教育がいけないと思います。愛国心自身は各国の国民は持っていてしかるべきもので、なんら恥ずべきものではありません。

日本の固有の文化は保持した方が良いと思っています。文化は人類の遺産です。特に日本の今ある象徴的なものは全て、非常に古い時から継承されたもの、もとは万葉集である君が代も、牛若丸の時代から使われてきた日の丸も、世界最古の歴史を誇る天皇制も、むろん元号も、大事に守った方が良いと思います。

幸徳秋水の親戚が学校の先生でした。とてもいい先生で、秋水自身のことを大事に思っているのが伝わりましたが、愛国心がどうのと、思想に関することは強要されませんでした。

2014/08/22 (金) 11:18:18 | URL | おすく #- [ 編集 ]

愛国心や祖国愛

ひとつの提携パターンに押し込めようとする人がいる以上言葉にこだわる必要はないと思う。

それぞれの愛する形であればいいものを、「こうじゃなきゃいけない」という強制の方向へと走りがちになる傾向は日本人は外国よりも強い。
村社会であるゆえん。

>「愛国心」という言葉を軍国主義につながるように連想させた教育がいけないと思います。<

これは発想が逆です。
軍国主義が「愛国心」という言葉を利用した過去があるからです。
それがなければ、この言葉を使うことをためらう人は減ります。

というよりも「愛」という言葉の過大な美化意識が間違いだと思いますね。

「愛」とは時に傲慢で独占欲の塊になることがあります。

たとえば傾城の妖妃と呼ばれた悪女たちの行動もひとつの「愛」の表れに過ぎません。

義と情

時としてこの二つは相反します。
わが子かわいさゆえに「家の息子はそんなことはしない」と主張するのは情(親子の愛)

けれども確たる犯罪の証拠があれば、そんな言葉は意味を持たなくなります。

その逆もあります。

単純に「愛国心」という言葉ですべてをひとくくりにしようとする思考こそが危険なのです。

2014/08/22 (金) 11:35:53 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

滑りやすい坂

愛国心はスリッパリースロープで常に危険が伴いますね。権力者に利用されると危険で、イラク戦争の突入はこの愛国心に押されてしまった感がある。
だからと言って、私は日本を愛しています、日本人であることを誇りに思います、と言えない、言わないというのもどんなもんでしょう。

愛しています、という日本語はどうもてれますね。英語だと
アイ ラブ マイワイフ、マイブラザー・シスター
マイペット、、、ラブの大安売りで何の抵抗もなく使える。

ラブに関する笑える話。
以前よく飲んだパブのバーテンダーが、自分の弟が日本で英語を教えているので手紙を書いたけど日本語で何か一言書きたいので、教えてくれという。 おやすい御用とばかり引き受けたのですが、彼が頼んでき来たのは、英語の手紙の最後に書く「ラブ」。これを日本語で書いてくれという。弟への手紙に「愛してるよ
」はおかしいし、どうしたものかとハタと困った。バーテンダーはたった一文字が訳せず悩んでいる様子の私を見て怪訝な顔をしていた。 
日本人はラブの安売りをしない(笑)  

2014/08/22 (金) 16:37:06 | URL | kan kan #E0/upmTg [ 編集 ]

kanーkanさんへ

その場合は、
親愛なる○○さんへ。または、お堅く
敬具
でしょうね。

2014/08/22 (金) 16:55:47 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

親愛、敬愛、溺愛といいふうに古来から愛の形が様々であることを日本語は区別しています。

こういう部分に敏感な人は、「愛」とひとまとめに表現することを嫌います。

語彙力が試される部分でもあります。

2014/08/22 (金) 17:05:23 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

とりとめのない感じになってしまいましたが

「だからと言って、私は日本を愛しています、日本人であることを誇りに思います、と言えない、言わないというのもどんなもんでしょう。 」
Kan Kan様のコメント、同感です。

ただ、「愛国心」という言葉に抵抗を感じる人が多いのもわかるのです。
大人になってから自ら歴史を学び始めた私でさえ、
愛国心=「欲しがりません、勝つまでは」という言葉に象徴される、国のために自らを犠牲にする精神。
という図を連想してしまうからです。

でも自分の国を愛せない人というのは国際人にはなりえないとも聞きますし、愛するまではいかなくとも、敬意を払っている、誇りに思いたい、ぐらいの感情は持っていてほしいなあと思います。


なんというか、バランスが大切ですね。
日本でいう「愛国心」にはナショナリズム(国益主義)と祖国愛(パトリオティズム)の両方の意が込められている。
敗戦記念日の記事のコメント欄でも書きましたが、「国家の品格」を著された藤原正彦さんの言葉です。

片割月さまが嫌悪しているのは国益主義(ナショナリズム)の方だとは思います。

ですが祖国愛(パトリオティズム)とて、いつ国益主義に転じるかわかりません。
危ういバランスの上に立っている言葉だと思いました。
愛国心というのは。

2014/08/22 (金) 19:59:01 | URL | ゆきめ #.lmTVR2o [ 編集 ]

「似非愛国者」の群れ

片割月さま

深く考えさせられる記事を有難うございます。
私個人の事を述べさせて頂きますと、そこそこの「愛国者」ではなかろうか?と思ってはおりますけれど、昨今の「愛国者」の氾濫には、果たして彼らが「本物の」愛国者、愛国心の持主なのだろうか?と懐疑の眼を向けざるを得ない所が余りにも多過ぎると感じております。

以前にも述べさせて頂きましたが、ヘイト本の氾濫、ヘイトスピーチなどと言う恥ずべき行為。あのような恥ずべき行為を嬉々として行っている「連中」に「愛国者」であるなどと、私は絶対に名乗って欲しくはないです。彼らは「愛国者」でも何でもなく、唯々中国、韓国が嫌いなだけなんだと思っています。その為に「愛国心」を「利用」しているだけだと。「愛国心」を「利用」するのは何も権力者だけに限らないという事です。

shigeさんもおすく様も仰っていますが、私も「健全なナショナリズムはパトリオティズムである」という言葉に賛成でございます。しかし現在の、特にネットの中の状況は小林よしのり氏も言う通り、「パトリなき愛国心」になってしまっています。果たして「パトリ無き愛国心」などあり得るのでしょうか?パトリ無くして「愛国心」など持ち得るものなのか、大いに疑問です。それこそ唯々観念だけを振り回し、観念だけで「国」を捉え、観念だけで他国を叩く。観念のみですから、実は彼らの大部分が本当の意味での「愛国者」ではない、そう私は考えています。

繰り返しになりますが、もし本当に日本という国を愛しているなら、ヘイトスピーチや度を越しているとしか思えない中国、韓国バッシングなど恥ずべき行為は、絶対に出来ないであろうと思うのですよね。日本という国、愛する祖国に対して余りに恥ずかし過ぎる、顔向け出来ない行為ではありませんか?ですので正直、私は彼らの大部分が「似非愛国者」であろうと思っています。

2014/08/23 (土) 01:34:28 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

「文化」としての天皇

パトリオティズムについて言及されていたのは
ゆきめ様でした。失礼をお詫び致します。申し訳ございません。

話は変わりますが、私は「天皇制」は維持するべき、維持して頂きたいと思っております。日本の歴史、文化等様々な事を考え併せますと、やはり中心にはいつも天皇がいた、と思うからです。
片割月さまのお好きな和歌も、あれだけの勅撰和歌集が編まれたからこそ、後世に伝えられ残ったのであり、もし勅撰という形を取らなければ、ここまで膨大な数の歌が現在まで伝えられたであろうとは想像しにくいからです。

天皇は日本の長い歴史において、その殆どの期間は「象徴」でした。天皇が「象徴」でなかったのは明治以降終戦(敗戦)までの、ごく僅かな期間に過ぎないのであり、明治~昭和の敗戦までの天皇が「異常」であっただけに過ぎません。
おすく様も仰っておられますが、天皇という存在そのものが既に我が国固有の「文化」となっていると思うのです。天皇を文化などと言うと不敬だと怒られてしまうかも知れませんが、そうした捉え方が一番しっくり来るように思います。

とは言えわざわざ「廃止」などしなくとも、このまま行けば早晩天皇制は維持できなくなるでしょう。今天皇制は「自然消滅」を待つばかりとなっています。皇室典範を改正し、女性天皇を認めることに道を拓くしかないであろうと私は思うのですが。


2014/08/23 (土) 02:14:10 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

バルタンさんへ

まあそんなところでしょうね。
親しい友人からのカードは ラブで結んであるが、こちらからのカードをラブで結ぶのはいまだにちょっと気恥ずかしい。受け取るほうは何とも思っていないでしょうが(笑)
ガールフレンドや奥さんだったら、「愛してるよ」ぐらいで簡単、不自然ではないですが、弟に敬具は硬すぎるし「愛してるよ、最愛なる」はなんだか変。電話の終わりにも「ラブ ヤ」がよく使われる。じゃーね、気を付けてね、ぐらいの意味アイで使うのでしょう。まあ、ラブと言われて悪い気はしない。

2014/08/23 (土) 06:09:36 | URL | kan kan #E0/upmTg [ 編集 ]

敬土愛人

関わった地域に敬意を払い、関わった人を愛す。
バルタントモゾウ造語
祖国といえども、その全域にわたって居住するわけではない。

郷土愛ならまだわかる。
けれども、郷里を離れたのは、住みたくない理由や住みにくい理由があるからでもある。全てを捨てでも、滅私奉公を強制されるくらいなら、祖国愛だろうが愛国心だろうが紙に包んで焼いてしまえだな。

2014/08/23 (土) 18:03:08 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

相互理解

アメリカの野球の大リーグで野茂選手が活躍し、そしてイチロー選手が大活躍した時、アメリカ人は、「もしこれが太平洋戦争前だったら日本とは戦争することは無かっただろう」と言った。

このように、相手の国の人を良く知ることが相互理解に繋がり、ひいては世界の平和に結びついてゆくのではないだろうか。

2014/08/24 (日) 18:04:15 | URL | ファントム #- [ 編集 ]

中国の指導者

中国の指導者が低レベル?
本当にそうでしょうか?
中国を中心として「BRICS開発銀行」が設立されたことをご存じでしょうか?この銀行はBRICS加盟国が資金を均等割りで備蓄し、加盟国が金融危機に見舞われた場合、備蓄金を使って経済破綻を防ぐIMF的な機能や、共同備蓄の資金の一部を各国のインフラ事業に投資する世界銀行的な機能を持つものです。近い将来には米国主導のIMFや世界銀行のライバルとなるでしょう。
また、BRICSは、各国の中央銀行どうしが自国通貨を交換する制度を確立して、5か国の相互貿易代金の決済を自国通貨建てで決済出来るようにして、既存の世界的なドルの貿易決済体制に取って代わろうと目論んでいます。5か国の中でも中国の貿易が突出していると思われますから、即ち人民元の基軸通貨化を狙っています。
これは凄いことなのですが、日本ではあまり報道されていないのでしょうか。
他にもアジアインフラ投資銀行(AIIB)を設立する計画を進めています。AIIBは中国が「西域」「シルクロード」として歴史的な影響圏とみなす中央アジアや西アジア諸国のインフラ整備に援助して傘下に入れるために創設する中国の地域覇権拡大のための国際機関と言われています。中央アジア、イラン、パキスタン、アフガニスタン方面の「陸のシルクロード」だけでなく、ミャンマー、バングラディシュ、スリランカ、モルジブなどのインド洋に面した諸国を経済支援して傘下に入れる「海のシルクロード」の構想も進めており、これもAIIBの投資対象となるようです。
中国はかなり以前からアフリカにも力を入れて、すでに欧米を凌いでいるようです。
金の備蓄も着々と進めているようですね。膨大な外貨準備高で金銀を購入しているようです。世界中の鉱山の買収に乗り出しているとの事。人民元の基軸通貨化には金の裏付けが必要でしょうから。
世界の株価指数をみていても、中国は日本のバブル崩壊を良く研究して、考えていると思います。リーマンショック後、米国も欧州も日本もとてつもない金融緩和を遣りましたが、中国はそうでもなさそう。上海総合指数は最高値の三分の一まで下落しましたから。本当はそれで良いのだと思います。チャートを見るとすでに月足で4本陽線が立ち、底を打ったかもしれません。一方、米国株価指数など、過去最高値を更新して異常としか思えません。一体どれだけドルを刷ったのでしょう。空恐ろしくなります。
中国が米国に代わる覇権国家となるように思います。中国の指導者の殆どは一流大学出で、しかも理系の人が多いです。習近平、胡錦濤など。熾烈な共産党の権力闘争にも打ち勝ってきています。強かですよ。習近平の娘さんはハーバート大学に留学していましたし。米国とも深い関係があります。中国共産党幹部の子弟はグリーンカードを持っている人も多いと聞きます。
最近は太平洋上の軍事演習で米国は初めて中国を招待しています。オバマ大統領の奥さんは日本には来なかったけれど、オバマ夫人、2人の娘さん、オバマ夫人の母親の女性たちは中国に行って1週間ほど滞在していたようです。もてなし役は習近平夫人。ブッシュ一族と江沢民一族も深い関係があるようです。パパブッシュはCIA長官になる以前は中国におりましたし。

2014/08/24 (日) 22:13:30 | URL | hiyorigeta #/Gbb2fdw [ 編集 ]

愛国心

愛国心についてはブログ主さんの書かれているとおりの事をずっと考えていました。

私も天皇制はもうなくなった方がよいと思っています。どんな制度も永遠ではなく、必ずいつかはなくなると思います。
ポツダム宣言の受諾宣言が遅れた原因が「国体護持」を確実にするためでした。8月14日は大阪大空襲でした。国民の命や生活より大切な天皇制は必要ありません。また「安保条約の成立(吉田外交と天皇外交 豊下楢彦著 岩波新書)を読んで、余計にそう思うようになりました。
天皇制に依存する日本人ではなく、真に自立した国民になりたいと思っています。

2014/08/25 (月) 22:18:28 | URL | hiyorigeta #/Gbb2fdw [ 編集 ]

天皇制について

hiyorigetaさま

現在の「天皇制」は「国民の命や生活より大切な天皇制」にはなっていないと思います。自らの命や生活よりも天皇の方が大切だなんて本気で思っている国民がどれだけいるでしょう?いるとしてもごく僅かの「極右」だけだと思います。

>天皇制に依存する日本人ではなく、真に自立した国民になりたいと思っています。

仰る通りだと思います。私も全く同じように思います。
しかし天皇制と「自立した国民」とは、果たして矛盾するものでしょうか?天皇制に限らず、君主制があっても「自立した」国民は世界中にいるのです。現代の日本人の多くも、私はそうした存在だと捉えています。

天皇に依存するなどという感覚を私は全く持ち合わせておりません。ただ天皇を敬愛し、天皇という存在を通して垣間見る事の出来る日本の歴史、文化等を大切にしたいと思うだけです。天皇制を出来る事なら維持して欲しいと思う私の感覚はこうした程度のもので、「天皇絶対主義者」などでは決してありません。先ほども申しました事ですが、そもそも今の日本に「天皇絶対主義者」など殆どいないと思われます。

今のような「穏やかな天皇制」を、私は維持して頂きたい、と思っておりますが、国民の多くが、天皇制廃止を望むのであれば、勿論私も反対など致しません。

2014/08/26 (火) 02:39:32 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

「バルタンさんに同情」の真意

一閲覧者ですさんが、「バルタンさんに同情」という言葉に驚いた、と度々おっしゃっているので・・・。
「愛国心」のスレでそう書いたのは、私とshigeさんですけれども、私に関しては念頭においていたのは・・・失礼ながら、ゆきめさんとのやり取りです。

>祖国愛はありますか?
という大雑把な質問(・・・パトリオティズムという言葉についても定義は曖昧ですし、それに対するゆきめさんのきちんとした解釈もされていない)にまずびっくりし、それに続く

>私の見解といたしましては、私は日本に対する祖国愛のない人に、日本の政治を語ってほしくありません。
少し左寄りな人であっても、根底に祖国愛があるのならまだわかります。
少しでもこの国を良くしようと考えたうえでの行動ととれなくもありませんから。

で、完全にどひゃぁ~!となりました。
それでは、アナキストやコミュニストは?・・・彼らは単純に「国への愛情がない」のでしょうか? そして語ることは望ましくない?
・・・ゆきめさんがそこまで大事な指標とし、踏み絵のように言う「祖国愛」について突っ込まれても仕方がないと思います。

テロリズムに訴えたりするのでない限り無政府主義でも共産主義でも、語りたいことがある人は語ればいい。現状、多数を取ることはありえないでしょうけれども。
それがデモクラシーの根幹です。「民主主義」と訳されてしまうことが多いけれど、本来のデモクラシーはイデオロギーとは関係のない、コミュニケーションを手段とする制度です。

ぴかちうさんにしても、ゆきめさんにしても、無自覚にそこをないがしろにしていることが、私には気になりました。
そういう意識の方とディベートをするのは、論争内容以前の困難があります。shigeさんもおそらく、そういう意味でおっしゃったのではないでしょうか。

確かにROMしていても、バルタンさんは度々言い過ぎです^^
でも、「言い過ぎ」は「言うな」とは決して同列ではありません。

2014/08/26 (火) 12:06:05 | URL | バジル #- [ 編集 ]

ありゃ

「8月15日の敗戦記念日に思うこと」に入れるつもりが、間違えてしまいました。。。ごめんなさい。

2014/08/26 (火) 12:10:44 | URL | バジル #- [ 編集 ]

バジルさんへ

今のコメントがその部分を掘り下げる一歩です。

祖国にしても愛にしても、1つの形でくくることはできません。

原爆の記事で、私は宇宙船地球号の乗員として、使用は不可だとしています。

もし、国境がなくなり国がなくなったとすれば、たちまち祖国という言葉は意味がなくなります。

その場合にどう説明するのか?

同情の意味の取り違えはしませんよ。(笑)

プロファイリングについては、そういう見方が大半を占めることは折り込み済みです。

一応、私の中ではすべてのコメントが繋がりをもって意味をなしているので。

2014/08/26 (火) 12:46:24 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

 新緑の里さん 
 今の天皇制は「象徴」という実に曖昧な言葉で語られます。元々、武家政権に移行してからは政治の実権とは一線を画し、天皇親政が殆どなかった実態を踏まえてもこのあり方が本来の在り方であったと考えられます。(平安時代も摂関政治が敷かれていましたし)。つまり明治以降の何十年かが本来の在り方と違ったのだと私は解釈しています。
 皇国史観というのは本来の日本人の穏やかな皇室への敬愛とは一線を画するものだと思います。それは何かしらの意図のある者がその権威を利用し、役立てる(担ぐという言い方も出来る)場合に使う物でしょう。
 また、皇室はこのまま存続すればいいとは思いますが、時代の流れによって様々な変更(皇室規範の見直しなど)は必要でしょう。その時代によって歴史上の人物の評価が大きく変わっていますよ。私は学生時代に自由に文献を読める時代である事の喜びを噛みしめた事があります。イデオロギーによって学問が規制されてはいけないと本当に感じます。
 バジルさま
 正直な所、「言い逃げ」みたいになっておりました。本当に私自身が、ディベートが下手で無言になるか感情に任せて文章を綴るかの二つに一つなのです。政治関連、中韓問題などは忌避していた話題でもありました。でも今回は拙い言葉で自分の気持ちを表現させて頂きました。バジルさまが私と全く同じ箇所に引っ掛かっておられた事をうれしく感じます。
 あの論争の相手が誰であろうと私は同じ事を感じたでしょう。

 それから、ブログ主さまのご意見も是非聞きたいと思います。こうした流れの記事を上げて下さっている事で大体の意図は判るのですが…。
 

2014/08/26 (火) 14:19:15 | URL | shige #X91rLkcY [ 編集 ]

新緑の里さまへ

>現在の「天皇制」は「国民の命や生活より大切な天皇制」にはなっていないと思います。

気が付いていないだけかもしれません。戦後70年を経ても、米軍基地が存在している事実。この状態を望んだのが誰であったか知れば愕然とします。
たしかに戦後日本は国際法上の独立を回復し、主権国家として存在してきました。しかし、詳細に見れば日本の独立は建前だけで、事実上は米国の支配下に置かれていることが分かります。政治も金融も外交も、米国の利益のためにコントロールされています。為替介入という名目で米国債を買わされ、国民の富を収奪され続けています。2度とは戻ってこないものです。
日本にとって本当に望ましいと思える総理大臣は何故か長続きはしません。石橋湛山など、本当に惜しい人でした。
天皇家については明治維新から少し調べてみましたが、孝明天皇の死には疑惑があります。アーネストサトウ(維新の英国側の重要人物、後に駐日公使)は「事情通から暗殺だったと聞いた」と書いています。また維新後の朝廷は日本的ではありません。まるでヨーロッパの宮廷の模倣です。ミットフォード(15歳の明治天皇に最初に謁見した英国の外交官)は失われていく日本の美、文化を惜しんでいます。これはサトウも同様。
日本の文化は天皇家に期待するのではなく、日本の庶民の中にあるものであってほしいです。王朝時代ではありませんから。

>天皇制に限らず、君主制があっても「自立した」国民は世界中にいるのです。
イギリスやオランダの君主と日本の天皇制とは違うような気がします。
ヨーロッパでも王政が滅びた国もあり、残った国もある。その違いは何だったのかしらと思っていますがまだ調べてはいません。

天皇制が続くかぎり天皇も何としてでも、それを維持し続けなければなりません。どうしても無理が出てくることもあるでしょう。ある意味お気の毒です。

2014/08/26 (火) 22:40:11 | URL | hiyorigeta #/Gbb2fdw [ 編集 ]

付け足し

時間がなかったのと、携帯からだったのとで言葉足らずでした。


バジルさんの

ーそれではアナキストやコミュニストは?・・・彼らは単純に「国への愛情がない」のでしょうか? そして語ることは望ましくない? ー

というのを読み、「ああ私は自分では気づかなったけれど排他的で視野が狭いところがあるのかな」と反省したのでした。

それで自分にはこの場でディベートをする資格がないのかな、と思ったのです。
元々ディベートは得意な方じゃありませんし、昭和史などに対する知識も不足していますから。

ただ、個人の自由はもちろん尊重されるべきですが、
国中の人がみな祖国愛をなくしてしまったら、その国は国としての体をなさなくなってしまうのではないか、とは思うのです。
兼ね合いが難しいところですが、その意味では私は安倍総理の掲げる愛国教育自体は間違っていないと考えます。


祖国愛について再考したいと思います。



バルタンさんについては……。
私は誰かに対して「嫌い」ということに抵抗があるのでそう書きはしません。
ただ、
「バルタントモゾウさん。ああ、あのフィギュアスケートのブログをしょっちゅう荒している人ね」
という色眼鏡で見ていたことが多少あったことは否定しません。
その点は非礼を詫びます。
すみませんでした。

プロファイリングについて、「学部卒なら語っていいのか」はたまた「犯罪心理学を専攻しているなら語っていいのか」は個人の判断基準によると思うので、議論は避けたいと思います。

2014/08/26 (火) 22:49:12 | URL | ゆきめ #.lmTVR2o [ 編集 ]

庶民文化=日本の文化?

例えばですけれど、新年やご成婚などの儀式で女性皇族が身につけるティアラには、江戸時代の金工の流れを汲んだ日本独特の技術がふんだんに盛り込まれています。
江戸時代後期に刀の鍔飾りなどで発展した装飾的な金工技術が廃刀令によって行き場を失い、かんざしなどの装飾品に移行していったと言われています。それが枝分かれしたり輸入された西欧の技術と融合したりもしつつ、独特のスタイルを確立しているわけです。

同じく廃刀令で行き場を失った「刃」を作る方の技術は打刃物(包丁とか)に名残を残していますが、「刀」のまま細々と伝統をつないだものの中には、儀礼用の守り刀として皇室に納められているものもあったと思います。
ティアラつながりでいうと、和服に替わって女性皇族の第一礼装となったローブデコルテは、形こそ西洋式ですが、使われている生地は日本の絹織物の伝統が活かされた素晴らしいものです。

伝統は絡み合ったり枝分かれしたり、外国の影響を受けることもあるし、逆に輸出されることもあるでしょうし、それぞれに独自の価値があると思います。

もちろん現代の日本に階級差は存在せず、庶民文化こそが守るべき日本の文化であり、宮廷文化の流れを汲むものは所詮死んだ文化であるから残す必要はないというのもまた一つの考え方だとは思います(実際のところ皇室がなくなったら、細々と続いてきた多くの伝統文化があまり時を置かずに失われることでしょう)。プラス方向に表するならば合理的ということでしょう。

ですが、曖昧に境界を重ねて影響し合いながら成り立っている「伝統文化」の中から、皇室を中心に残されているものだけを排斥しなくてはならないというのが、私にはどうもピンと来ません。

2014/08/27 (水) 01:11:31 | URL | ののんた #- [ 編集 ]

天皇は「祭祀王」との説

hiyorigetaさま

>イギリスやオランダの君主と日本の天皇制は違うような気がします。

小林よしのり氏は著書(と言っても漫画ですが)「天皇論」の中で、三島由紀夫の言葉を紹介しています。

日本の天皇は「大統領とは世襲の一点においてことなり、世俗的君主とは祭祀の一点においてことなる」と。
小林氏自身の見解としても(小林氏のみの見解ではありませんが)天皇は「祭祀王」であり、「欧州でいえば王室よりもローマ法王に近い」と述べておられます。小林氏の論ばかり引用するようで恐縮ですが。

孝明天皇の死に関して疑念があることは存じております。孝明天皇に限らず、日本史を紐解けば(特に古代)天皇家が清らかでも何でもなく、権謀術数の限りを尽くし、血で血を洗う抗争の果てに現在の地位を獲得した事が分かり、天皇を「神様」だなんて敬う心など持ちようがなくなります。私は唯、天皇も「人間」なんだ、という当たり前の事を思うだけです。
だからこそ今の天皇家を「気の毒」である、と感じる方がいらっしゃるのも理解は出来ます。

>王朝時代ではありませんから。

日本の文化は天皇家のみにある、天皇家のみが体現しているなどと思っているのではありません。その一翼を担う存在である、と思っているだけです。庶民の中から生まれたもの、庶民文化も天皇家や貴族発の文化と等しく大切な我が国の文化であり、「差」など無い事は当然であり、言うまでもない事です。







2014/08/27 (水) 03:10:47 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

shigeさん、ののんた様

shigeさん

仰ること、全く同感です。と言いますか、上の方のコメントでほぼ同じような趣旨の事を私も述べさせて頂きました。
明治~昭和の敗戦までの天皇が「異常」であっただけであり、それを持って天皇制の全てを(全てではないかも知れませんが)「悪」であり「否定されるべきもの」であると判断されてしまうのは何とも残念ですね。
皇室典範を改正して女性天皇が即位出来るようにして頂きたい、とも既に述べさせて頂きました。女系天皇についてはまだ考えが定まってはおりません。


ののんた様

>曖昧に境界を重ねて影響し合いながら成り立っている「伝統文化」

との表現、見事の一語に尽きると感動致しました。
日本文化の「本質」を見事に言い表してくださっていると思います。

2014/08/27 (水) 03:48:08 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

ののんたさんへ

天王星の継続理由に宮中文化の維持というのは無理があると思えます。

価格にあった品質であれば、世界からも需要があってもおかしくないはずです。

伝統技能を守る手段は切り離して考えるべきでしょう。

私は皇室を継続するのなら自給自足にすべきと思います。

財政に国が関与しない。

宮中晩餐会等無駄遣いの極みです。

自ら儲けているものが、自らの金で贅沢するのなら話は別ですが、皇室の費用はほとんどが国税です。

小さな王室を目指して庶民とあまり変わらない国もあります。

ただ皇室には世界的にも優れた領地や文化物もたくさんあります。
美術館のように一般公開をもっと多くして、その入場収入を、私財とするなど、資本主義を取り入れる必要があると思います。

はっきりいって、贅沢は金持ちや特権階級意識の見栄です。

ユニクロの服では悪い理由はないのです。

2014/08/27 (水) 06:53:38 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

バジルさん、shigeさん、ゆきめさんへ

バジルさん、shigeさん

そうだったのですか!!!!  大勘違いをしていました。合点がいきました。全く的はずれな感想を書いてしまいました。今更削除出来ないのが残念です。失礼いたしました。そして誤解を解いてくださりありがとうございました。
それと「度々おっしゃっていた」とありますが、あれはバルタンさんが誤解されていたようにお見受けしたので、再度説明しただけで、何度も書いて強調したかったわけではないので、念のため。多分わかってらっしゃると思いますが。


ゆきめさんへ

上のコメントでゆきめさんが傷ついてしまったら嫌なのでちょっと。
私はゆきめさんのお気持ちがよくわかりますが、あの論争でのゆきめさんの「祖国愛」は残念ながらちょっと短絡的すぎるな、と思っていました。だから、shigeさん&バジルさんがバルタンさんを気の毒と思ったのは理解できてしまうんですよ。私は気の毒とは思っていませんけど(笑)

それとプロファイリングの件。私の考えと立場を誤解させてしまったかも、と気になっていたので、ちょっと補足しておきますね。
私の価値観&感覚では、ああいう風にプロファイリングしてさらにその上、ファシストっぽいから気を付けろ、というのは卑劣で見苦しい行為だと思います。私が批判をしないのは、私の価値観を強制する事は出来ないし、それより何より、本当に好きなようにすればいいと思うのです。自分と実際に関わりのある、私にとって大事な人があれをしたら、私の対応も変わりますよ。
ここは片割月さんのサロンで、私はここの常連になる意思はないので、ここでのマナーは片割月さんとサロンの方々が作っていけばいい。そして誰もあの件を問題視していないという事は、皆さんは特に失礼な行為とは思っていらっしゃらず、ここでは受け入れられる行為なのでしょう。

2014/08/27 (水) 08:40:51 | URL | 一閲覧者です #- [ 編集 ]

バジルさん、shigeさん 補足

ちなみに私が言及した「同情を禁じ得ない」はshigeさんのコメントでした。どうでもいいことかもしれませんが、こちらでは細かく説明しておかないといけないような気がして、、、、。

2014/08/27 (水) 09:14:29 | URL | 一閲覧者です #- [ 編集 ]

バルタントモゾウさま

もう一度よくお読みいただければと思いますが、宮中文化諸々を皇室存続の「理由」にはしておりません。というか、私が皇室存続を望むか廃止を望むかについては明言致しませんでした。

金工技術一つとっても、刀(武士)からスタートして、かんざし(庶民、ただしお金持ち?)、ハイジュエリー(貴族階級)、包丁(庶民)…と様々に枝分かれして多層的に形を変えており、その中で
も皇室に関わる部分は古い様式を如実に残していたり、高度な技術が用いられているものが多いです。
そのいわば「粋」の部分を時代にそぐわないと切り捨てることに、「私は」心理的抵抗を覚えるというだけです。

2014/08/27 (水) 10:02:13 | URL | ののんた #- [ 編集 ]

皇室廃止論とその理由

皇室は金の無駄だから廃止すべき、という意見はよく聞きます。
贅沢は見栄、皆で平等にユニクロ!という社会が望ましいというのは、皇室廃止を主張する理由としては「気の毒だから」というものより私にとってはむしろ納得できるものがあります。

当事者が「辞めたい」と表明したわけでもないのに勝手にその心中を忖度することは、一頃散見された
「真央ちゃんはISUに絶望しているはずだから私達が何とかしなきゃ」とか
「日本選手は○○を嫌っているはずだから云々」のような独りよがりの余計なお世話に転落してしまわないとも限らないからです。
巡り巡っては「陛下は取り巻きに情報を遮断されて現状をご存じないだけで、自分達の主張に賛同して下さるはず」と、勝手に決めつけて「ご親政」目指して暴走(と書かせて頂きます)した2.26事件のようなことになったり…(((=_=;))) ひー!

…まぁそこまで極論に走らずとも、皇室廃止論者が自分と意見の違う相手に「気の毒ではないか」「あなたは皇族の人権を認めないのか?」と、反論しづらい「錦の御旗」を挙げて反論を封じる論法はよく目にします。
「国費で養ってやることはない」「自分は関わりたくないから存続論者が寄付をして養え」(これはバルタンさまのご意見ということではなく、よく目にする皇室廃止論者の主張です)という意見の方がむしろスッキリしています(賛同するかどうかは別として)。

「自力で運営せよ」とのことですが、現皇室は戦後の財産税等で私有財産をほとんど国に納めています。私が例に挙げたティアラも実際には国有財産であり、それぞれに「レンタル」されている状態です。
現状を鑑みるに、憲法を改正してまで皇室財産を皇室に返還し、その運営と管理を皇室自身に任せるというのも、いささか時代に逆行してはいないかというのが個人的感想です。

2014/08/27 (水) 10:34:03 | URL | ののんた #- [ 編集 ]

一閲覧者ですさま

初めてコメント差し上げます、こんにちはm(_ _)m

プロファイリングおよびその周辺の2、3のコメントに関して少し誤解していらっしゃるように思えて、横からで失礼ですが申し上げます。

かつて片割月さまが「どのような意見も排斥はしないが、その相手をすることを強制もしない」「関わりたくなければ流せ」と仰ったことがあるのですよ。
私としてはそれに従ったまでなのです。

個人的感想をいえば、非常に品性に欠ける捨て台詞であり、論者の他のコメントに対する印象まで左右しかねない見苦しいコメントだと感じました。
「このような行為に及ぶ人に、これについて何らかの異を唱えたところで、何ら建設的な結果は得られないだろう」と思い、片割月さまの言に従えば「関わりたくないから流した」のです。
それについてやり取りをするほどの価値すら見出さない。時間と労力の無駄、といったところです。

このままスルーしようと思っていたのですが、「問題視していない」「失礼と感じていない」「受け入れている」と仰っているのを拝読し、少なくとも私についてはそう思われるのもナンダカナー、と思って出てきてしまいました…。

そういえば先だっては過分なお褒めを頂戴し、ありがとうございましたm(_ _)m
私宛のコメントでもないのに過剰に反応するのも…と思い何も申し上げませんでしたが、動揺してPCの前で立ったり座ったりしてしまいました(照)。

2014/08/27 (水) 10:38:08 | URL | ののんた #- [ 編集 ]

Re:shigeさん、ののんた様

新緑の里さま、こんにちはm(_ _)m

あまりよく考えずに書いてしまった一文が、思いもよらぬお褒めに預かって恐縮です…(照)

「物」は保存することもできますし、失われてまた発見されることもありますが、技術・技能のような「生モノ」の継承は線引きが難しいですよね。
「なんでもかんでも古いものに固執すればいいってもんじゃない」という意見にも一理あるとは思うのです。文化はやはり人と一緒に歩んでいくものだと思うからです。

だからこそ皇室という箱庭のような環境ではあっても、古い文化が生きた形で残されていることに私としては価値を感じるのですが。

2014/08/27 (水) 10:56:24 | URL | ののんた #- [ 編集 ]

ののんたさんへ

皇室の継続は、国の象徴としての継続と天皇家の人としての血筋の継続の二つに大きく分けて考えるべきと思っています。

天皇も国民と同じ人であるとするならば、なぜ象徴と云う地位を与えるのかについて法的根拠はないと考えます。

法のもとの平等に反するからです。

元々、戦後の統治政策から、残されたものであり、憲法改正を叫ぶ陣営に対し、ならば、真っ先にてをつけるべきは、天皇制であり、全ての義務と権利を天皇家も国民と同じ立場にするべきと考えます。

国の象徴とすれば必ず悪用するものが出てくるのは、古今東西、洋の区別なくあります。
栄枯盛衰は世の流れ。
天皇家といえども、武力の把握なくして、最初の繁栄はないのです。

その意味では、もとは略奪者であり殺人者でもあるのです。

力こそがすべてであった時代に覇権を握った末裔を特別扱いをする必然性には疑問を抱きます。

2014/08/27 (水) 18:33:06 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

ののんたさんへ

確認させてくださいね。

〉「問題視していない」「失礼と感じていない」「受け入れている」と仰っているのを拝読し、少なくとも私についてはそう思われるのもナンダカナー、と思って出てきてしまいました…。〈

この文章の主語は、当然私のプロファイリングとその回りの私のコメントについてだと思います。

コメント内容について適切か不適切かの判断は個人に任せられても、該当するコメント自体は私見であり、それを表明をする行為自体は妨げられていない、というブログ主の考えに従った、という意味だと考えます。

当然、私のコメントについて批判をしなくても肯定をしているわけでもないという事であり、それがこのブログのマナーであるという事。

2014/08/27 (水) 20:00:10 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

片割月さまへ

一年近く前になりますが、何度かやり取りをしたことのある者です。

私のブログにもお越しいただいたことがあるのですが、コメントを残される方が多いので、もうお忘れでいらっしゃるかもしれませんね(・_・;)

ここ一週間ほどコメントをたくさん書き込み、結果荒らしてしまったかもしれず、すみませんでした。

ののんたさんの

「片割月さまが「どのような意見も排斥はしないが、その相手をすることを強制もしない」「関わりたくなければ流せ」と仰ったことがあるのですよ。 」

という言を読み、なんだか申し訳なく思ったので再度コメントいたします。

正直なところ記事は一通り読んでいたのですが、コメント欄までは読んでいられなくて(時間的な意味で)、そうした方針があることを知らず、しゃしゃり出てしまい申し訳ありませんでした。

私が言えた義理ではないですし、余計なお世話なのは重々承知なのですが、
そうした方針(ルール?)があるのならブログトップかプロフィール欄に書くかした方がよいのではないでしょうか。
無用なトラブルを避けるためにも。

気軽な気持ちで書き込むと痛い目を見るからやめた方がいい、という空気が、こちらのブログ様にはあるような気がします。
初見者に対する敷居が高く、一見様お断り、という雰囲気といいますか、なんというか。

こう書かれたら不本意でしょうが、片割月さまが「なんだかなー」みたいに仰っていた某フィギュアスケート動画ブログそっくりになってきた、というのが正直な感想です。
もしくは私が知らないだけで、元々こんな調子だったのでしょうか。

某フィギュアスケート動画ブログのように、すべての人を対象にしているのなら、こんな感じであってもいいと思うのですが、こちらは個人ブログですよね。
本っ当に余計なお世話なのですが、管理を行き届かせるのが大変じゃないかな、と感じます。

マニアックな辺境のブログですが、私も個人ブログの一管理人です。
時々対応に困るような方も訪問されます。
片割月さまはそのへん「コメント捌き」「コメントの受け流し方」が上手くて、すごいなあと思うことしばしばです。
大変クレバーな方なのだと思います。

このようなアドバイス(?)をされる筋合いはないと思われるかもしれませんが、ちょっと心配になったので、コメントしました。
(私なら疲弊してしまいます)。

こちらのブログの一読者としてのコメントです。
自分がこうあってほしい、こうあるべきだ、という押しつけではなく、ちょっとした感想です。
気軽な気持ちで聞いていただければ、と思います。


それと、ホームページアドレスを記入させないようにしているのでしょうか。
それならそれで、ホームページアドレス欄をなくすかした方がよいように思います。
「アク禁にされちゃった?」等いらぬ誤解を招くことになるので。

2014/08/27 (水) 23:09:09 | URL | ゆきめ #.lmTVR2o [ 編集 ]

皇室の資産

戦前は日本の天皇家は世界的な財閥に匹敵する資産家であったようです。
敗戦までの数か月間にかなりの財産が、忠実な管財人に委託されたと言われています。(国際決済銀行とかスイスの銀行?)今でも相当な財閥らしい。これについては海外の記事や本からの情報に頼るしかないですが。

「日本は1944年9月、赤十字活動の支援を表向きの目的として、スイス国立銀行に横浜正金銀行名義で秘密口座「第一特別勘定」と「第2特別勘定」を開設した。しかし、横浜正金は入金する一方でこの金には手を付けず、赤十字活動のために拠出する金は、横浜正金東京支店に開設された在日スイス公館の口座に振り込んだ。」天皇は横浜正金銀行の大株主でした。

仁徳天皇陵も宮内庁管理で発掘調査が認められていませんが、何だかなあと思ってしまいます。主権は国民だろうって。

2.26事件については以前TVで特別番組があった時、当時の裁判所の人たちが「彼らは嵌められた」と言っていました。秩父宮も関わっていたみたいですし。三島由紀夫も非常に拘っていた事件でした。当時の多くの人たちが同情的であったようですね。皇族でさえ(梨本宮)は涙を浮かべて彼らの命を助けてやってほしいという様子だったそうですし。彼らの行動の理由が理解出来る、そういう世の中の状況だったようです。三島の「奔馬」にも出てきますね。貧困の農村出身の兵士の話が。それを聞いた上流階級の人たちも流石に涙ぐむという場面があったような記憶があります。満足な裁判を受けることなく処刑された将校たちが哀れだと思いました。
戦前様々な重要人物の暗殺事件がありましたが、永田鉄山殺害犯以外は、罪は軽く戦後もピンピンしていて、一緒に行動しているので吃驚したことがあります。馬賊で検索していたらたまたま出てきたサイトで、そのブログ主の父親が満州馬賊と行動していたことがあって、戦後自分の家に戦前の暗殺犯たちが集まっていたと書いていました。ゾルゲ事件にかかわった川井貞吉まで。
ゾルゲ事件も複雑怪奇です。

2014/08/27 (水) 23:25:32 | URL | hiyorigeta #/Gbb2fdw [ 編集 ]

バルタントモゾウさま

バルタンさま、こんばんはm(_ _)m

>この文章の主語は、当然私のプロファイリングとその回りの私のコメントについてだと思います。<

主語ではなくて目的語ということならそうです。連体修飾部の目的語?になりますでしょうか。
主語は「私は」で、連体修飾部の主語は「一閲覧者さまが」ということになります。

…ってごちゃごちゃですね。分かりにくい文章で申し訳ありませんでしたm(_ _)m
気をつけているつもりでもやっちゃうんですよね…(凹)

全体の文意としては仰る通り、あえて批判をしなくともそれは「賛意を示す」こととイコールではないし、投稿の自由を尊重することは「内容を肯定する」こととイコールではないということです。

2014/08/27 (水) 23:58:15 | URL | ののんた #- [ 編集 ]

ののんたさまへ

ののんたさま

すみません、誤解はしてません! 私の怠慢です。
ののんたさまのコメントはずっと前から読んでいたのでなんとなく、ののんたさまはきっとそうだろうなとは思っていたのですが、不特定多数の読者の、想像しうる限りの「沈黙の理由」を全て書くのは不可能で面倒だったので(笑)、乱暴なくくり方をしてしまい、嫌な思いをさせてしまいました。ののんたさま以外にも私に乱暴に括られてしまった方、お詫び申し上げます。

でも沈黙の理由がどうであれ、あの行為はこの場では不問とされ、結果としては放置されている。かたや、ぴかちうさんの方はほぼ全員一致で失礼認定&批判されている。大雑把な言い方ですが、

「ぴかちうさんの非礼はこの場では許されない。私たちはぴかちうさんの非礼は嫌だ。でもバルタンさんは問題なし(もしくは放っとけ)」

という「構図&総意」でこのサロンが出来上がっている状況は変わらないと思い、私の主旨はそこだったので、沈黙の理由を端折ってしまいました。

〉それについてやり取りをするほどの価値すら見出さない。時間と労力の無駄、といったところです。 

過去、バルタンさんとの議論から去って行った人の中にもそう考えた人が多くいるのではないかと想像します。結果としてバルタンさんに対しては多くの人が多くの面で口を閉ざす(ように見えます)。

バルタンさんが私への返信で

〉 実は、本当の右翼でファシスとは私かもしれないのですよ(笑) 

とおっしゃっていました。
右翼かどうかは別として、私が常日頃思っていた事を代弁して下さったバルタンさんのコメントで、終わらせていただきます。

追伸  称賛が重荷になってののんたさんが発言しにくくなったら嫌なので,最小限に抑えたんですよ(笑)。

追追伸  ファシズムは「右翼、左翼」の政治的方向性においての位置付けが困難だとする研究者もいるらしいですね。既にご存知でしたらすみません。

2014/08/28 (木) 02:46:37 | URL | 一閲覧者です #- [ 編集 ]

一閲覧者さんへ

〉でも沈黙の理由がどうであれ、あの行為はこの場では不問とされ、結果としては放置されている。〈

私の方は「業務連絡」として、宣戦布告をしています。
かなり非礼な文章に関しても、スルーをした結果です。私に対してだけでなく戦線拡大をし始めたのは、ぴかちう君であり、あなたのような、本論とは外れた私個人をおとしめようとしているからです。
あなたが見た、ディベートのブログにも記述があったはずですがね。


〉かたや、ぴかちうさんの方はほぼ全員一致で失礼認定&批判されている。大雑把な言い方ですが、

「ぴかちうさんの非礼はこの場では許されない。私たちはぴかちうさんの非礼は嫌だ。でもバルタンさんは問題なし(もしくは放っとけ)」


不思議なのは、あなたは、それまでも今もぴかちう君については不問であり、対象を私に絞ろうとする意図がはっきりしているということです。

〉という「構図&総意」でこのサロンが出来上がっている状況は変わらないと思い、私の主旨はそこだったので、沈黙の理由を端折ってしまいました。〈

あなたのはこれとは逆の構図だということです。


ののんたさんのこの文章の対象者は紛れもなく、ぴかちう君です。
〉それについてやり取りをするほどの価値すら見出さない。時間と労力の無駄、といったところです。?〈

これは、TAOさんも指摘したように、ののんたさんのやさしさから差し出した救いの手を、ぴかちう君が悪用したためです。
貴方にとっては、「ぴかちうのHNでの最後のコメントは問題がないと見なしている」という見方だと見なしてよいのでしょうか?
まずは、その点をはっきりさせてください。

〉過去、バルタンさんとの議論から去って行った人の中にもそう考えた人が多くいるのではないかと想像します。結果としてバルタンさんに対しては多くの人が多くの面で口を閉ざす(ように見えます)。 〈

私がコメントを入れるときの方が、コメント数がのびています。
口を閉ざした方は、論理の部分の議論ができない人たちです。

参加する、しないは個人の意思でしかありません。

あなたの理屈は責任転嫁にすぎません。

2014/08/28 (木) 03:16:44 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

訂正

〉「構図&総意」でこのサロンが出来上がっている状況は変わらないと思い、

を、

「構図&総意」でこのサロンが出来上がっているかのように見える状況は変わらないと思い、

に訂正します。

2014/08/28 (木) 03:18:05 | URL | 一閲覧者です #- [ 編集 ]

一閲覧者さんへ

〉でも沈黙の理由がどうであれ、あの行為はこの場では不問とされ、結果としては放置されている。〈


まず、あなたの指す「あの行為」とは私のプロファイリングというタイトルのコメントについてだと限定して反論をします。

プロファイリング自体が推察から来る人物像の仮説であり、古くはシャーロック・ホームズが使用した手法です。

従って断定ではなく、その推理を信じるのも信じないのも読み手の自由です。

また、あなたは私が「私のプロファイリングを批判するのなら、あなたが間違いだと思う部分を根拠を明示して批判下さい。」という指摘には「批判をしているのではない。」と返しました。

ところが、今度はあなた自身の意見としてではなく、他の人が批判を行わないことを批判しています。

これは論理の筋がちがいます。

まずはあなたが、「プロファイリングを投稿してはいけない」と規制できる根拠を示すべきです。

それが提示されれば議論ができますが、現状は感情論のみでしかないので、他者のコメントを誘因できないのです。

2014/08/28 (木) 04:33:44 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

バルタントモゾウさま

お返事を差し上げる順番を間違ってしまいました…(焦)

>法のもとの平等に反するからです。<

天皇が「国の象徴」であるということは法に反しているわけではなく、むしろ法で定められていることです。
ですから象徴天皇制に異議を唱える根拠として「法律に反している」ではなく「法律が間違っている」、「〜について法的根拠はない」ではなく「〜という法に合理的な根拠はない」というご趣旨でしたら、(内容に賛同するかどうかは別として)理解できます。
私自身は、現在の天皇制が直面している困難は皇室典範に則った継承が限界を迎えていることであって、「象徴天皇制」そのものに問題があるとは考えていません。

ですからそこを踏まえたうえで、「憲法を改正して皇室財産を私有に戻し、一般人として資本主義経済に組み込むことが今それほど必要だろうか」と先のコメントで申し上げました。


>力こそがすべてであった時代に覇権を握った末裔を特別扱いをする必然性には疑問を抱きます。<

この文章を意地の悪い見方で見れば「略奪者・殺人者」という負のイメージを強調しようとしているとも受け取れますが、その論でいうと逆に「清廉潔白な人格者」の末裔であれば特別扱いするべきであるのか?という反論に容易に結びつきます。

バルタンさまのお考えはおそらく「誰も特別扱いする必要などない!」ということだと思われるのですが(違っていたらどうぞご訂正下さいませ)、それでしたら略奪者・殺人者という属性を取り沙汰するより、単に「ある一つの血統を特別扱いすることに疑問を抱く」とされた方がよろしかったのではないでしょうか?

必然性ということでいえば、「略奪者であり殺人者で」あろうと、逆に「清廉潔白・温厚篤実な人格者」であろうと、古代における王統の成立に必然性なんかそもそもありはしないのだと思います。
「偶然によって」成立し、長い年月を経て歴史の淘汰を受け、「結果として」千数百年にわたる伝統を持った皇室というものが存在するのであり、私はその伝統を尊重したいというだけです。

栄枯盛衰とバルタンさまも仰る通り、歴史の途中で姿を消した一族は多いです。
世界を見てもこれだけ長く続いた王室は稀です。
その中で皇室がこれだけ続いてきたということは、やはり文化的遺産として価値あることだと思います。

2014/08/28 (木) 04:44:11 | URL | ののんた #- [ 編集 ]

ののんたさんへ

天皇は、日本国の象徴であり日本国民総合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

日本国憲法第一条は、大日本帝国憲法の否定から始まっています。
ここにすべての矛盾がつまっています。

前文で触れられていない天皇について、最初に持ってこざる得なかったのは、当時の価値観によるものです。



「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」

ですから、この当時と国民の総意が変化していないことが、成立の条件になると思います。

だからこそ、憲法改正をするのなら、真に国民主権とするならば、定期的に国民に総意を問うのが正しいありようだと思います。

長く続いていることが、崇めたてる理由にはならないと考えています。

また、天皇家の血筋だけが過去から続いているのではなく、今生きている人にしても同じ事がいえます。

血族が絶えなかったからこそ、今の自分があると、どの人にもいえます。

女性天皇の問題に見られるように、血筋そのものが対象ではなく、長く続いているとされる書物の存在が希少価値を与えているにすぎないと考えます。

もし、始祖天皇のDNAが手に入るのなら、現在の天皇家に何%一致するのかまで調査した上で、その希少価値を認めるべきだと思っています。

2014/08/28 (木) 06:11:42 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

追記

史書は時の為政者に都合が良いように改竄されるものだと思っています。

古文書が必ずしも正しい史実を伝えているとは限らない。

手塚治虫氏の「火の鳥ヤマト編(クマソ編だったかな?)」の影響を強く受けているクマソ民族の血を引いているかもしれない薩摩出身の頑固者の考えでごわす。(笑)

2014/08/28 (木) 06:23:21 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

継体天皇以前と以後

専門家による樟葉宮についての公演会では継体天皇以前と以後で血筋が異なるという学説について解説されていた。
いずれにしても継体天皇は皇統におけるターニングポイントであることには違いないと言えるのである。

2014/08/28 (木) 07:02:59 | URL | ファントム #- [ 編集 ]

バルタンさんへ

うーん。
皆さんの議論の邪魔になるからスルーした方がいい、という考えと、でもわざわざ私宛に反論なさっているから、スルーするのは不誠実だろうか、という考えと、いろいろごっちゃになって迷いました。

バルタンさん。
貴方は、私が貴方をおとしめるのが目的だ、と非難してらっしゃいますが、それは違います。
もし本当に貶めるつもりだったら、貴方のコメントに、今まで私が目にしたバルタン戦法を使って、貴方風に貴方を追いつめる事だって出来ました。
それに、私はあなたの議論をいろんな意味で楽しんでいます。もちろん今回の行為のように多大な嫌悪感を覚える事も山ほどありますが(苦笑)。

とりあえず事実誤認の部分だけ説明させて頂きます。

>あなたは、それまでも今もぴかちう君については不問であり、対象を私に絞ろうとする意図がはっきりしているということです。

私の一番最初のコメント、タイトルは「どっちもどっち」でした。ぴかちうさんの非礼を不問になどしていませんよ。
あのコメント内で私の立場を明確にしたつもりでした。外野としての単なる感想を述べる、と。
意見と意見をぶつけ合って議論をするのが目的ではない、という立場を示したつもりでした。

>ののんたさんのこの文章の対象者は紛れもなく、ぴかちう君です。
〉それについてやり取りをするほどの価値すら見出さない。時間と労力の無駄、といったところです。?〈

うーん、そうなんですか? 貴方がそうおっしゃるなら、それでもいいですが。
本当の所はご本人に伺わないとわかりませんが、このやり取りに巻き込みたくないので。

>貴方にとっては、「ぴかちうのHNでの最後のコメントは問題がないと見なしている」という見方だと見なしてよいのでしょうか?

具体的にどの記述を指しているのか不明なので的確なお返事は出来ませんが、私は一貫して「どっちもどっち」の立場です。
ぴかちうさんの書き方は失礼だと思う、独善的だと思う、とも書きました。

>貴方の理屈は責任転嫁にすぎません。

私は何度も申し上げているように、「個人の感想」しか書いていないので、理屈はもともと無いです。
責任転嫁と感じるのは貴方の自由ですが、私は誰にも何も責任を求めていません。

>ところが、今度はあなた自身の意見としてではなく、他の人が批判を行わないことを批判しています。

批判していません。
そう受け取られるのは貴方の感じ方の自由ですが、私の立場は一貫として、
「私には見苦しいと思える行為でも、こちらのマナー基準はこちらの人達が作るべきものであるから、こちらで受け入れられる事に全くもって異論はない。」
です。
もしかしたら、最後に私が引用した貴方のコメントで、「批判している」と思われたのかもしれませんが、あれも私個人の単なる感想であり、貴方をファシストだと批判していません。
私は他のコメントを誘因しようという目的でコメントをしたのでは、そもそもありません。
議論をする気は無いのです。ここは私の議論する場所ではないと思うから、外野なのです。
もし、こちらでのルールが、議論をしたい人のみコメントが許される、というものであったら本当に申し訳なかったですが、そのルールの存在の有無を知りませんでした。

尚、この後はどんなコメントを頂こうと、そこに事実誤認があろうとなかろうと、本当に戻りません。
これは貴方から頂いたコメントへの返信なので、終わらせるには区切りがいいと思いますがどうでしょうか。

では失礼致しました。

2014/08/28 (木) 08:16:06 | URL | 一閲覧者です #- [ 編集 ]

一閲覧者さんへ

〉こちらでのルールが、議論をしたい人のみコメントが許される、というものであったら本当に申し訳なかったですが、そのルールの存在の有無を知りませんでした。 〈

解釈が間違えています。
議論をしたい人はすればよいし、したくない人はしなければよいということです。

私は記事の本質であろうが、個人の批判であろうが関係なくコメントを入れます。

今回のように、証拠として不十分なものを根拠に記事の中身ではなく個人を批判をする場合は、言い過ぎと人が感じても気にせずに厳しく問い詰め追求します。

感想ならなんでも許されるのではなく、個人の範囲に限定されます。

けれども、あなたは個人の感想という形だけを繕いながら、その中身はあなた以外の人の行動に向けています。
個人対個人が原則であり、他人を自ら煽るような形は嫌われるということです。

2014/08/28 (木) 08:42:01 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

一閲覧者さんへ

〉もし本当に貶めるつもりだったら、貴方のコメントに、今まで私が目にしたバルタン戦法を使って、貴方風に貴方を追いつめる事だって出来ました。〈


本気でそう出来るとお思いならどうぞご遠慮せずに行い下さい。

私の方はいつでもお相手いたしますよ。

2014/08/28 (木) 08:48:03 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

一閲覧者さんへ

書き落としていたので、追記。

その場合は一閲覧者ではないので、個人を感じさせるHNに改めてください。

2014/08/28 (木) 08:56:42 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

一閲覧者さんへ

>貴方にとっては、「ぴかちうのHNでの最後のコメントは問題がないと見なしている」という見方だと見なしてよいのでしょうか?〈
↑私のコメント


〉〉具体的にどの記述を指しているのか不明なので的確なお返事は出来ませんが、私は一貫して「どっちもどっち」の立場です。〈〈
↑あなたのコメント


逐一説明がいるのなら説明しますよ。(笑)

ののんたさんのコメントで使われている「捨て台詞」の意味を考えれば、自ずと答えは出てきます。


なお、「ぴかちう君の最後のコメントがどれかわからない」というのでは、そもそも個人の感想だとしてもいただけませんね。

コメント欄を読めばすぐわかることであり、そのようなものを
〉〉具体的にどの記述を指しているのか不明なので〈〈
と称して相手に無駄な説明の時間とコメント欄を埋めさせる行為は非礼に当たります。

読んでいなかった、怠慢でした、で許される次元の問題ではありませんね。

2014/08/28 (木) 09:28:03 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

一閲覧者さんへ

投稿場所を間違えたので重複投稿

[ののんた様へ]
私の意見について、ご解説いただきありがとうございます。
そしてご忠告感謝いたします。
互いに相手の主張が解っていて話が出来ればもう少しましな会話になったでしょうが、なんせ何度尋ねても答えてもらえなかったものでね。

阪神大震災の日や311でも数分間黙とうします。
その数分間と同じように、8月15日は1日穏やかに祈りましょうと言いたかっただけですがね。

「政府の決めた事なんて知るか!私たちには権利がある。黙祷なんて御免だ。」

というのは勿論自由ですが、私には(あくまで私的な感情として、)亡くなられた方をないがしろにしているように思えます。

8月15日の靖国の状況をご覧になられましたか?
政治家参拝賛成のグループ、反対のグループ入り乱れて怒号の嵐。
神社と言う神聖な場所、8月15日と言う慰霊の日にもかかわらず、いやそうだからそういう状況になるのでしょう。
個人の自由も重要ですが、戦没者慰霊や他人(他宗教)に対する敬意・寛容さというものも思い起こすべきではないでしょうか?
戦没者の為にたった1日論争を休戦せよという事が自由の制限まで踏み込んでると怒り狂うことでしょうか?
私を批判する人はそうなんでしょうね、他者に対する思いやりよりも法優先ということ。
だからこちらも「薄っぺらい」を取り消さず法に違反しない程度の言論の自由を行使し試したのですが、それを法至上主義の人が一転して「マナー」という。
彼らには自分の矛盾に気が付かなかったようですね。・・・また批判が来そうなのでここまで。

百歩譲って大東亜戦争の間違いを議論することはよくても、現代日本の安倍政権への批判、集団自衛権反対運動と絡めることは戦没者の政治利用だと考えます。

以上は、私の個人的な考えであり、他人に強制するものではありませんので、批判は受けるつもりはありません。
バルちゃんの重箱の隅についても突っ込みどころ満載ですし、他者への態度も私を批判できるのか?とも思いますが、感情的にしこりが残っているの状態でこれ以上やっても、同じこと。
1日遅れましたが当初の約束通りこれで去ります。
08/23 10:09 By:ぴかちう〈



これですよ。
このコメントに対して私の解釈は数回におよびコメントが入れてあります。

そのコメントにあなたもコメントを入れています。

すでに、この時点であなたの主張は、言い逃れにしか過ぎない、時間稼ぎの小細工と私は見なしています。

あなたが返信するしないで、私が追求の手を緩めることはありません。

あなたが戦争は止めたとしたところで終戦にはなりません。

私の方は戦争状態は続いているという認識です。

2014/08/28 (木) 09:52:29 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

訂正

申し訳ありません、私の文章が至りませんでしたm(_ _)m

「捨て台詞」ではなく「追い打ち」に訂正させて頂きます。
「追い打ち」には「弱った相手を追って打つ、弱った相手を追ってさらなる打撃を与える」というニュアンスがあるため、双方食い違ったまま(無傷で)別れたと見えたあの場合に使うのがためらわれたのです。

「逃げた相手に吠えかかる」という適切な言葉を見つけられず、双方直接の応酬はあのあたりでお開きとなったため「勝負の場を後にした捨て台詞」という意味で使ってしまいましたが、考えが至りませんでした。

言葉は難しいです…(って、こう書くの何度目でしょう…)。

2014/08/28 (木) 11:40:39 | URL | ののんた #- [ 編集 ]

バルタントモゾウさま

>始祖天皇のDNAが手に入るのなら、現在の天皇家に何%一致するのかまで調査した上で、その希少価値を認めるべきだと思っています。<

私も科学論文を書く、あるいは読む際には厳密にエビデンスに拘りますが、文化や美術、宗教、民俗などを語る際にはその限りにありません。

例えば仏陀の遺骨とされる「仏舎利」は、世界中のものを集めると、一人の人間の骨の量を遥かに超えると言われていますが、その全てが信仰の対象として大切に扱われてきたはずです。私としてはその遺骨の生物学的な真贋よりも、「信仰を集め大切に扱われてきた」ということ、それを核として醸成された仏教文化そのものに真の価値があると考えます。

もちろん学術という観点からは科学的な分析を行うことも時には必要でしょうが、その結果によって例えば寺同士、宗派同士の優劣をつけたり、格付けを行ったり、あるいは「今後この建造物は舎利殿と呼ぶに値せず」と断じたりということはすべきではないと思います。

皇室についても同様に、血統そのものの価値というより、「その血統とともに文化が継承されてきた」ことを私は重視しています。

今までのやり取りでお気づきかもしれませんが、私は多様性を割と大切に考えています。いろいろな価値観が受け入れられる世の中であって欲しいと思っているのです。
その様々な価値観の中には、例えば宗教のように科学的証明が困難なことや美的感覚のように数値化できないものも含まれますが、そういった不条理や非合理も含めて、なるべく肯定的に受け止める努力をしているつもりです。

ところで、薩摩ご出身でいらっしゃいましたか。
もっと西、宮崎の方かと勝手に勘違いしておりました。
私の父方の家も鹿児島出身ですが、明治維新の際に一族の者と一緒に北海道に移りました。
すでに数代を経ていますが、同郷の結びつきが強く最初の数代は同郷同士の縁組みが続いたとのことで、私の血中の鹿児島濃度は結構高いですよ!

2014/08/28 (木) 11:49:13 | URL | ののんた #- [ 編集 ]

薩摩といえば

血統だけでいえば実は薩摩より上州の方が濃いのですが、私は自分に所縁のある土地として鹿児島に親しみを感じています(勤務先を選択する機会があった時に鹿児島を選んで住んだこともあります)。
これは私にとって「”うち”のご先祖さまは鹿児島に住んでたんだよ〜」と教えられた際の「うち」という概念が、家制度が父系で継承されてきたことの影響を受けていると思われ、生物学的には全くナンセンスです。
純粋に生物学的にいうなら受精卵の細胞質が女性配偶子に由来することから、むしろ母方の影響の方が強いはずですから。

これも「科学的事実より文化が優先されて」いる一例ですが、私にとっては自然に受け入れられていることです。

まぁ見た目的にも南方の遺伝子強いんですけどね…。
実家の家族は母以外みんな眉が太ーく、まつげも濃い、どちらかといえば「縄文顔」です(母はあっさり系)。

2014/08/28 (木) 12:01:38 | URL | ののんた #- [ 編集 ]

ののんたさんへ

〉「捨て台詞」ではなく「追い打ち」に訂正させて頂きます。
「追い打ち」には「弱った相手を追って打つ、弱った相手を追ってさらなる打撃を与える」というニュアンスがあるため、双方食い違ったまま(無傷で)別れたと見えたあの場合に使うのがためらわれたのです。 〈

この感覚は正しいですから、「追い打ち」をつかうのはまちがいです。
相手が敗けを意識して撤退行動に移ったときに攻撃を加えることですから、ぴかちう君のコメントからはその意識はうかがえません。ののんたさんの優しさは時として、他者に悪用されやすいものです。

〉「逃げた相手に吠えかかる」という適切な言葉を見つけられず〈
これも適切とは言いかねます。

〉、双方直接の応酬はあのあたりでお開きとなったため「勝負の場を後にした捨て台詞」という意味で使ってしまいましたが、考えが至りませんでした。〈
戦争と同じで、戦端を開くことは簡単ですが、終わらせるのは双方の合意がなければなりません。
この点は、ぴかちう君は終わりのつもりだったとしても、8月15日が、国内的な終戦の日だとしても、国際的には9月2日が終戦の日となるのと同じです。

2014/08/28 (木) 12:59:37 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

今思うと

「挑発」というのもありだったかもしれませんね。
これもまた意図されたところと多少ズレているかとは思いますが。

2014/08/28 (木) 14:48:21 | URL | ののんた #- [ 編集 ]

ののんたさんへ

〉もちろん学術という観点からは科学的な分析を行うことも時には必要でしょうが、その結果によって例えば寺同士、宗派同士の優劣をつけたり、格付けを行ったり、あるいは「今後この建造物は舎利殿と呼ぶに値せず」と断じたりということはすべきではないと思います。〈

では、なぜ、皇室に国税を注ぎ込む必要性があるのでしょうか?
実質的には、国税を投入しているのは格付けだと思います。

財政には限りがあります。
費用対効果のもとに様々な研究や公共工事が予算の縮小を受けました。

宮内庁予算はどうでしょうか?

聖域化されていないといえるでしょうか?

天皇制の存続に関しては、制度の問題であり、周辺文化を含めると問題点がぼやけます。
考慮すべき要因ではあっても、本質とは言いがたいでしょう。

2014/08/28 (木) 16:24:25 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

Re:ののんたさんへ

>実質的には、国税を投入しているのは格付けだと思います。<

いえいえ、実際のところ寺社だって格付けはされています。
ただそれはDNA解析云々ではなく「宗教的価値観」に基づいてなされているのであって、そこに科学的な価値観を無理矢理導入することは馴染まないのではないかというのが私の申し上げたかったことです。

もう一度お読みいただければと思いますが、バルタンさまの「始祖天皇とのDNAの一致率を考慮して皇室の価値を決めるべきだ」というご意見を受けてのものです。

2014/08/28 (木) 18:31:57 | URL | ののんた #- [ 編集 ]

ののんたさんへ

〉いえいえ、実際のところ寺社だって格付けはされています。
ただそれはDNA解析云々ではなく「宗教的価値観」に基づいてなされているのであって、そこに科学的な価値観を無理矢理導入することは馴染まないのではないかというのが私の申し上げたかったことです。〈

その格付けは国が行っていますか?
その場合は新たな問題が生まれます。
国の憲法を基にした制度についてを問題にしています。

〉もう一度お読みいただければと思いますが、バルタンさまの「始祖天皇とのDNAの一致率を考慮して皇室の価値を決めるべきだ」というご意見を受けてのものです。 〈

当然日本国憲法にしても、未来永劫変えてはいけない、という立場では私はありません。時代にあわせて変えるべき必要かあるものは変えるべきという立場です。

だから第一条の「国民の総意」を確認すべきであり、判断の材料として、そういう手法もあり得るという事です。

けれども、天皇の神格性のもとに自由な研究が出来ているとは言いがたいと思います。

2014/08/28 (木) 19:05:04 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

バルタンさんへ 謝ります。

本当に戻らないと言いながら早くも気まぐれに戻ってきました。「一閲覧者です」改め、気まぐれロッティ、と名乗ります。

『感想ならなんでも許されるのではなく、個人の範囲に限定されます。

けれども、あなたは個人の感想という形だけを繕いながら、その中身はあなた以外の人の行動に向けています。
個人対個人が原則であり、他人を自ら煽るような形は嫌われるということです』

嫌われる事は構わないのですが(笑)
私の過去のコメントの本意は説明しても納得頂けないでしょうからこの際置いておくとして、貴方のこの論理には心より同意いたします。
個人の見解という形をとりながら、個人対個人の原則を越えて、その中身で周囲に何かを示唆したり煽ったりするのはフェアではない。
全くその通りだと思います。

尚、私は貴方の行為についてお話ししたつもりで、人格攻撃したつもりはありませんでした。貶めるつもりも。
個人の感想とはいえストレート過ぎる言葉で随分不快にさせた事と思います。申し訳ありませんでした。

2014/08/29 (金) 08:48:07 | URL | 気まぐれロッティ #- [ 編集 ]

2.26事件

2.26事件は誤解されているのではないかと思っています。
以前NHKで「2.26事件の真相」という番組がありました。ある程度の所までは迫っていましたが、やはりNHKは支配層によるメディアでしかありません。彼らが導き出そうとする結論は通説どおり。それでもかなり参考にはなりました。当時の陸軍軍法会議の裁判官石井大尉の証言。「北一輝の罪状は2、3年監獄に入る程度のもの。先輩たちが、彼らは嵌められたのだ。そういうもんだよと言っていた。」
匂坂春平(軍法会議主席検察官」の遺した関係資料の中に次のような場面があるとの事。これは加藤陽子氏の著書から。

>2月28日、山王ホテル前に集まった数百名の群衆に向かい、安藤大尉の部隊のある伍長が次のような演説をしていた。「我が国の現状は財閥、官僚、軍閥、重臣たちが己の私利私欲の為、軍隊を自分等の意のままに動かしつつあり。我第一師団には本月20日満洲出征の命令降下せるも、これ等内敵を此の儘にして出征すること能わず、先ず国賊を斃して後血の滴る軍刀を提げて満洲の野に下る決心だ」
演説の間、聴衆の大半は帽子をとって謹聴していたという。

また、彼らの通信は2月21日から傍受されていました。彼らは、秘密裡にというより、かなり目立つ動きをしていました。そこまでに至るには色々な事件や経緯があったようで、上層部は承知していたらしい。誘導もしていた。
軍法会議では匂坂氏は頑張ったようですが、所詮陸軍大臣の下にある組織で、川島大臣から寺内大臣に代わり、暗黒裁判の元で19人の将校が処刑されました。これによって、陸軍八千人あまりの士官のうち2千人がお払い箱になりました。主に戦争拡大反対派、あるいは北進派と言われる軍人たちです。戦争遂行のための邪魔者(高橋是清等)も同時に始末出来たわけです。ここから内閣組閣の規則も変わったようです。

東映の脚本家の笠原和夫氏が「日本暗殺秘録」のために取材をすると、2.26事件の将校は全然軍国主義的ではなかったようです。歩兵部隊でしたし、戦争の本当の姿を一番知っている連中ですから。
実際、2.26事件の将校を処罰した連中が皇道派を粛清するということで軍内の主導権を握って戦争を遂行させていったわけですから。それは参謀本部との事。当たり前の事ですが、教えられる歴史は勝者、あるいは今の支配者が作っているものです。

2014/08/29 (金) 23:15:54 | URL | hiyorigeta #/Gbb2fdw [ 編集 ]

大豆と張作霖

[大豆と張作霖]で検索すると色々出てきます。ブログ主の許可は戴いておりませんが、ひとつコピーして紹介します。

>三井物産の企業活動と軍部との関係を示す実例。
日本が満州を獲得して、三井物産が大きく業績を発展させた一つの部門は大豆だった。
満州は、世界的な大豆の産地だった。
それを三井物産がほとんど独占的に買い占め、その油からマーガリンをつくってヨーロッパ諸国に輸出し、油粕は国内で肥料として売ることで大いに儲かっていた。

しかし1920年代になると、三井の大豆の取引高が伸び悩む。
「満州の軍閥張作霖が大豆の買い占めに手を出し始めたので困った」という内容の三井物産支店長会議の議事録がある。
さらに、張作霖は、日本が植民地支配の動脈のように利用していた満州鉄道に平行した独自の鉄道を計画して、着工を始めた。
この鉄道が付設されてしまうと、日本の植民地経営には大きな打撃になる。
鉄道工事が始まったその直後、張作霖は、関東軍によって列車ごと爆殺されてしまう(1928年)。
この翌年、1929年度の三井物産の大豆の取扱高は、倍近くに跳ね上がる。
張作霖爆殺事件は、ただ単に関東軍の仕業であるとしか日本の歴史書には書かれていない。
三井のことは全く触れられていない。

1931年、日本軍は満州事変を起こし、中国本土へと戦線を拡大していく。
1932年には、満州国を建国。
このとき、すでに満州で企業活動していた日本企業の団体「日本倶楽部」は、「満州事変を歓迎する声明」を出している。
侵略した土地で、軍事力を背景に企業活動すれば、現地の住民が抵抗するのは正当であり、当然のこと。
それを“在留邦人の生命財産に対する不法な侵害”として軍事力を行使する。
いつの時代でもどこの国でも、資本主義的経済発展をするとき、まさに「商船は軍艦を呼ぶ」。

私たちは1996年に‘満州’へ調査へ行き、満族の老婆に話を聞いた。
「1932年満州国建国と同時に、大変な量の大豆の栽培を強制された。自分たちの食べるものがなくなるほど大豆の栽培を強制されて、とても苦しかった。(もちろん三井物産の企業利益のために。)」 
しかもその後、それまで住んでいた満族の人々を、不毛の原野に追い払って入植させたのが満蒙開拓団。
日本では、開拓団の苦労話だけが伝えられているが、極寒の原野にいきなりほうり出されて、餓死者がでるほど苦労した満族の人たちの話は、聞かれない。
三井物産の大豆の商売のために、どれだけ現地の人々が命を落とし、生活を奪われ、苦労をさせられたか日本の歴史には登場しない。

もちろん、こういった話は三井物産に限らない。
戦争によって、多くの大企業は飛躍的な資本の拡大を実現してきた。
たとえば第一次大戦による大企業の発展(資本金の増大)は、以下のようになる。
            《1915年と1919年の資本金の比較》(単位:1000円)
    川崎造船所    10000 → 26501
    日本鋼管      1600 → 18000
    日本郵船     22000 → 58000
    日本窒素      3800 →  7600
    芝浦製作所     2750 →  5000
    東京電燈     44787 → 62500
    王子製紙      8400 → 17200
    久原鉱業     10000 → 41250
    北海道炭鉱汽船  22500 → 34938
    東洋紡績     13009 → 19625
    郡是製        263 →  2243

   戦争は、資本家たちが自らの企業利益のために、引き起こしてきたもの。
   拡張する経済と軍国主義は、分かちがたく結びついている。>


森繁久彌の駅前シリーズのあるものを見ていると、三木のり平扮する実業家が「戦争勃発」で色めき立ち、「戦争は儲かる、平和はいかん」というシーンがありました。
侵略者は獲得した領土で自己の利益のために、単一の農産物を作らせます。しかし、それは現地の人たちを飢えさせ、苦しめる結果となります。

2014/08/31 (日) 22:46:32 | URL | hiyorigeta #- [ 編集 ]

愛国心2 渡航のすすめ

ボクラの時代という番組  ゲストによっては面白い対談。
 
ボクラの時代 130728 の10:00 からの「渡航のすすめ」。 みんなこんな感じになるのです。


アルファベットが使えないのが不便です!

2014/09/07 (日) 02:14:15 | URL | kan kan #E0/upmTg [ 編集 ]

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片割月

Author:片割月
和歌を愛し、音楽を愛し、花を愛し、フィギュアスケートが大好きで、歴史・社会・文学が大好きで、ジョン・レノン、八代亜紀、ちあきなおみが大好きで、クリント・イーストウッドと映画も好きで、皮肉とユーモアも好きな変わり者アラフォー熟女ですが、よろしくお願いします。
最近は体力をつける為に、休みの日はえっちらおっちらとミニハイキングに勤しんでいます。

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