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「建国記念の日」は天武天皇即位の日付に変えたらどうか





天武天皇の即位。
我が国最古の正史、日本書紀によると天武天皇2年(673年)の2月27日に飛鳥浄御原宮にて即位したとあります。旧暦「2月27日」を新暦に換算すると何月何日になるのかは、専門家に任せましょう。

1.天武天皇は実在が認められていて、お墓(飛鳥にある天武・持統合葬陵が両天皇の陵墓であることはほぼ確実とみられている)も確認されている天皇であること。

2.国名が倭国→日本、大王→天皇、になり、国として最初の正史である日本書紀が編纂されたり、律令制度が本格的に施行されたり等、日本建国の礎は天武紀以降から始まったのではないでしょうか。

大化の改新よりも、天武天皇~持統天皇の時代こそ国の大変革が行われた時代かもしれません。

このように考えますと、天武天皇即位の日こそ「建国記念の日」に相応しいと思います。

古代史の専門家の間では神武天皇の実在には否定的。伝承と言いましても、民間に生きた真の意味での神話ではなく、朝廷に都合良く脚色・発明がされたものでしょうね。

神武天皇の実在を信じるのは人の自由ですが、少なくとも「学者」とか「知識人」と呼ばれる人達が、「神武天皇以来の我が国は…」と言った時点で、私はこれらの人達の主張も研究も一切信用しないことにしています。科学的思考に欠陥のある人達は、学者というよりもある種の宗教者・信仰者として見れば良いのかもしれません。

これは私の贔屓ですが、第二案として、聖徳太子が憲法十七ヶ条を制定した推古天皇の12年4月3日を建国記念の日とする案もあるけど、やや実証性が乏しいし、専門家の間でも議論が絶えないので第一案には劣る^^;


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2015.02.11 | | コメント(17) | トラックバック(0) | 歴史・文化



コメント

継体天皇

実在する大王としては、楠葉宮の継体天皇ではないだろうか。

当方は継体天皇初代説を推奨したい。

2015/02/11 (水) 22:47:57 | URL | ファントム #- [ 編集 ]

Re: 継体天皇

ファントム様。

> 実在する大王としては、楠葉宮の継体天皇ではないだろうか。

しかし、継体天皇の前に、倭の五王、がいますよね。

卑弥呼だっているぜよ(-^〇^-)。

> 当方は継体天皇初代説を推奨したい。

確かに有力な説です。が、建国記念の日に該当するかどうかは、少し苦しいかな。

2015/02/11 (水) 22:54:39 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

卑弥呼

片割月さん

はい、確かに卑弥呼もいますね(^^)

ですので、菊池ひみこの「パンケーキ・アイス」をお聴きください。


https://www.youtube.com/watch?v=DRVa35di6_U

2015/02/11 (水) 23:48:47 | URL | ファントム #- [ 編集 ]

Re: 卑弥呼

ファントム様。

> ですので、菊池ひみこの「パンケーキ・アイス」をお聴きください。

いや、「パンケーキ・アイス」よりも、

浅田真央選手の「パンケーキ・スピン」を私は見たい(-^〇^-)


2015/02/12 (木) 01:25:17 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

聖徳太子について

  片割月さま。

 戦後まで、古代史が神話に埋没していた時代が長かったですからね。聖徳太子の文献は伝説が多くて、信用ならない物も多い。日本書紀の記述すら、怪しい様な気もしてきます。なので、彼の実績を評価する為にはまず文献を精査する所から始まります。
 もし、聖徳太子が書紀の記述通りに存在したならば、崇峻弑逆の時が十代の多感な時期に当たります。彼の十七条憲法も突然の隠遁も仏教も全部にこれに繋がるように思います。十七条憲法は二、三十年前なら、第一級の史料だと思いますが、少し、今はそれが疑われていますね。全てを彼が作ったのでなく、後世にそれらしい形に整えられた、とか。
 私個人は聖徳太子という人は非常に魅力を感じるけれども、(人間的な弱さも葛藤も感じられるので)架空の人物であった可能性もありますよね。
 何よりも長く親しまれた肖像までが違っていた訳です。
 それを考えると建国記念日には問題ありかもしれません。

 「騒擾ゆき」山村暮鳥の詩「囈語」に出て来る言葉です。
 日本で起こったテロ事件(5.15事件など)が雪に象徴される気がしますね。
 大佛次郎の「今日の雪」という1968年のエッセイでは、七十歳を超えた大佛さんが大雪の中を横浜の幕末に起こった外国人殺害現場を回るくだりがあります。尊王攘夷という嵐の中で、英国公使が襲われたり、ヒュースケン青年が殺された場所なども。
 オランダ人の通詞だった彼には殺される理由なんか多分なかったのに。考えてみれば、こういう犠牲者に思いを馳せる事は余り、ありません。
 私は人間には人の生死を左右する資格はない、それは神だけだ、と思います。それは自分自身の死も含まれます。
 どんな主義主張があろうと、相手に死を強要する資格も、手を下す資格などない。単純ですが、それが私の気持ちです。

2015/02/12 (木) 17:32:54 | URL | shige #X91rLkcY [ 編集 ]

Re: 聖徳太子について

shige様、こんばんは。

さすが、詳しいですね^^

そうですね。。。

聖徳太子は実在していたと思いたいのですが。。。厩戸皇子は間違いなく存在したのでしょう。

ちょうど、神の子としてのイエス・キリストの実在はともかくとして、

ナザレに生まれイエスという男が存在し、最初は大工をやり、そして、
メシア(ローマ帝国の支配からユダヤ人を解放する運動家)として活動したことは間違いないのと同じに。

2.26事件だけでなく、5.15事件の時も雪でしたか。
なるほど、桜田門外ノ変も雪でしたね。

>どんな主義主張があろうと、相手に死を強要する資格も、手を下す資格などない。

はい。同感です。

それゆえ、私個人は死刑制度にもどちらかと言えば反対意見なんです。

2015/02/13 (金) 00:07:15 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

あはは、間違えた!

片割月さま、あははは。(笑ってごまかす)
五月に雪は降らないです。
2.26事件の間違い。
でも桜田門外の変では大雪でした。

2015/02/13 (金) 07:22:56 | URL | shige #X91rLkcY [ 編集 ]

天智、天武「異父兄弟説」

片割月さま

天武天皇と天智天皇は「異父兄弟」である、という説があるのはご存知でしょうか?
井沢元彦氏の有名な「逆説の日本史」中にこの件に関する詳細な説明がございますが、結論から言うと天武天皇の「父」は恐らく新羅系の人物であり、舒明天皇ではない。「万世一系」の現在の皇室とは血統が異なる人物であるという説もあるらしいのです。
要するに今の天皇家の「ご先祖様」ではないらしいのですね、天武天皇は。
それどころか天智天皇(舒明、皇極両帝の子であり、正統)は天武天皇によって殺されたという説まであるようで、これでは到底天武天皇即位の日を「建国記念の日」として祝うことなど出来ないかと思われます。

ちなみに井沢氏は、日本書紀は古代版「大本営発表」であり、信用出来ない(特に天智、天武に関わる件に関して)と持論を展開されています。
本当に謎が尽きませんね、古代史は。

2015/02/16 (月) 02:51:50 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

聖徳太子の子孫であるという説も

 新緑の里さん、興味深いお話でしたので、横レス致します。

 井沢元彦さんは「逆説の日本史」を書かれる以前から、様々な小説の中で日本書紀の記述への不信や天武天皇の出自についての疑問を提示しておられました。

 私が知る限りでは、天武帝が天智帝の同母弟ではない、という事は中世になって書かれた「一代要紀」「皇年代略記」などの年齢記述からだと思います。
 
 これ以外にも、説があるのはご存知でしょうか?
 天武は聖徳太子の血筋である「漢皇子」であるというものです。蘇我色の強い人が壬申の乱を起こした事で大化の改新が単なる内輪もめとならないための記述操作であった、と。

 いずれも、日本書紀の記述が信用ならないというスタンスから来ている物ですが、果たして何が、真実なのでしょうか?
 書紀の記述を疑うのであれば、天智の年齢も疑うべきでしょう。新羅の皇族が大和朝廷を乗っ取ったというのは小説としては面白いでしょうけど、どれ程の実証がされているのかは判りません。(元々、1974年に作家が提示された説ですし、学説として認識されている訳ではありません)
 しかし、現実としてどうなのだろうか。書紀の記述を疑うと、史料らしきものは少なく、古代史の根幹が揺るがされてしまいます。
 聖徳太子の治世についての記述を疑うのは彼の伝記に関してあり得ない様な記述があったり、キリスト教(景教)に影響された生誕など、既に明治期から、文献を精査する必要あり、と言われていました。しかしながら、天武の場合、それは年齢の問題だけではないか? とも考えます。
 これはもう、感覚の問題ではありますが、私個人の考えでは、漢皇子説の方がまだ、現実味があるかな? と考えております。
 別に井沢さんの提唱する説を否定する訳ではないです。しかし、様々な考え方がある事だけは述べておきたい、と思います。

2015/02/16 (月) 18:01:25 | URL | shige #- [ 編集 ]

Re: 天智、天武「異父兄弟説」

新緑の里様、こんばんは。

はい、もちろん、知っていますよ!
私は古代史ガールなんですからね(^_^)ノ

オッ!井沢元彦氏の「逆説の日本史」は私も面白く読んでいますよ^^
天武天皇の出目については、色々な説があるようですが、

専門家の主流は天武は天智の弟という日本書紀の記述通りと見ているようなので、
私は一応、それを前提にしています。

私個人は「万世一系」に価値を認めない意見です。

継体天皇だって、大王家とは関係の無い豪族出身、又は渡来人との説もあるくらいですから。

2015/02/16 (月) 21:13:26 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

Re: 聖徳太子の子孫であるという説も

shige様もよくご存知で^^
やはり、井沢元彦さんの、「逆説の日本史」も読まれているんですね。

漢皇子説は、小林節子(名前の記憶がちょっと^^;)さんでしたかね。

日本書紀の記述は真偽が混在し、矛盾している点もあるのは確かだから、

どうしても、色んな「説」が飛び交いますね。これはこれで面白いし、古代史のロマンですが。

2015/02/16 (月) 21:21:27 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

漢皇子

shigeさん

「逆説の日本史」では漢皇子についても言及されています。
この方は斉明天皇が初婚の相手である高向王との間に設けられた方だそうですね。つまり、斉明の長男。書記の記述によればその高向王は用明天皇の孫、つまり聖徳太子の甥という事になるようです。

井沢氏も、天武が漢皇子であった可能性はある、と述べられています。しかしながら高向王に関しては、斉明の初婚の相手であったという記述以外には書記には全く記述が無く、もし彼が天武の父であったなら、もっと詳細とまではいかずとも、もう少し何か記述があってもよさそうなものなのに、それ以外の記述が全くなく、しかもわざわざ天智の「同母弟」、などという記載にしている事等から、天武=高向王の子である漢皇子、という説には懐疑的でいらっしゃるようです(可能性としては否定はしておられません)。

井沢氏は天武の「年齢」にとにかく拘っておられますね。私も当初、そこまで重要かな?などと考えたものですが、井沢氏の論にはとにかく説得力があるのでついつい引き込まれてしまいます。勿論井沢氏の説が「絶対」であるなどと主張している訳では全くありません。

2015/02/17 (火) 03:23:02 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

タブーだった聖徳太子

 新緑の里さん、早速のレス、ありがとうございます。
 漢皇子についてはやはりご存じでしたか。
 私が何故、漢皇子説に説得力を感じるかという点を述べていなかったかもしれません。もしかして、余計な事かもしれませんが、少し、私見を述べさせて頂きます。

 まず、聖徳太子に関して。彼の一族は蘇我氏によって滅ぼされました。そのわずかに残った末裔というのが、高向王です。用明天皇の孫であると言われています。
 斉明天皇は初めにこの人に嫁ぎ、その後で舒明天皇に嫁いだ。その先夫の息子が漢皇子、すなわち、天武天皇であったという事なのです。
 高貴で由緒正しい家柄に生まれながら、逼塞し、妻まで奪われた不遇の皇子の息子。しかも年齢的には長男でありながら、舒明天皇の長男である天智帝が「中大兄」つまり、後継者として認識されるという状況。もし、これが事実であれば、どの様に感じたでしょうか?
 その上に、伝説が正しければ、自分の妻であった額田王を天智帝に奪われている訳ですからね。(異論もあるでしょうし、史実でもないかもしれないけど)。父と同じことをしたがる弟(兄という事になっていますが)に愕然としたという事はなかったでしょうか。

 もし、天武帝が漢皇子であったとすると、年齢の事、スムーズに周囲が盛り立てて政権を取るに至った事、非常な器量人であった事、全てが無理なく説明できるように思えます。
 高向王の息子である(漢皇子)である事を隠したのは、舒明帝が斉明帝を略奪する様な形で引き離した事情も説明しなければならないからでしょう。聖徳太子一族滅亡の事なども連想させ、復讐であった印象を与えたくなかった。もっと言うと聖徳太子自体に触れる事そのものが、禁忌だったのかもしれません。

 それから、古代では本当の兄弟姉妹は「同父、同母」のみ。父が同じでも母が違えば結婚も可能でした。母が同じとは言え、父の違う兄弟では他人も同然という認識であったと思います。
 天武帝が政権を取った事を記述するからには、舒明の息子であったという事にしないと、簒奪者になってしまう。少なくとも、不比等の時代は、既に「長子相続」でしたので。(古代では兄弟相続が普通でしたが)正当化する為にもそのように記述をしたのだ、と思います。

 これは、漢皇子が天武帝であったという仮定でお話しました。
 年齢が65歳でなく56歳の記述誤りであれば、何も問題はありません。
 二人は本当に同母兄弟であったと考えてもさしたる問題はないとも考えます。   

2015/02/17 (火) 10:29:45 | URL | shige #X91rLkcY [ 編集 ]

両雄並び立たず

shigeさん

詳しく説明して頂き、有難うございます。
成る程、shigeさんのご説明を伺っていると、確かに天武=漢皇子説、が一番無理のない解釈であるように思えますね。
私は天武帝が仮に漢皇子ではなかったとしても、斉明の長男である筈の漢皇子という人が、どういう思いで天智天皇を見ておられたのだろう?と想像してみた事があります。やはり、かなり複雑な心境でいらしたのではないか?と。

別に舒明が斉明を「略奪」したなんて大層な事ではなくとも(高向王が病死したのかも知れないし、或いは単純に別れただけの事だったのかも知れません)、父の異なる弟が皇太子とみなされ周囲の尊崇を受ける、一方自分はどんなに頑張っても弟を超えられない。堪らない想いを抱いておられたのではないかな、と。
そして漢皇子が天武帝であったとすれば、漢皇子は大変優秀な人物だったに違いないのですから、余計に辛く、悔しかったことでしょうね。

私は異母兄弟というものは仲が良くない、むしろ「敵」であったという認識でおりましたが、異父兄弟というのは仲が良い、という認識でおりました。育つ場所が同じですし、今の兄弟の感覚と殆ど変らない事から。けど、天武、天智という「異父兄弟」にはそれは当てはまらなかったかも知れません。二人とも余りに優秀過ぎました。両雄並び立たず、この諺を地で行くような兄弟でしたね。

2015/02/18 (水) 01:28:48 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

補足ですが

shigeさん

何度もすみません。
読み返していて思ったのですが、井沢氏は天武の父が新羅系であるのでは?と仰っているだけで、母に関しては斉明天皇で間違いなかろう、とのスタンスでいらっしゃいます。
つまり、天武が漢皇子であろうがそうではなかろうが、母は斉明であり、天智と「異父兄弟」である事に変わりはない、とのお立場です。
「征服王朝説」のような類のものでは全くありません。
余計な事かも知れませんが、一応補足させて下さい。

2015/02/18 (水) 06:14:58 | URL | 新緑の里 #I0MP68Ho [ 編集 ]

猜疑心の強かった天智帝

 新緑の里さん、大変丁寧なレス、ありがとうございました。
 私も、井沢さんの説には大変興味を持っています。(その師匠筋ともいうべき、梅原猛先生に毒されていたかも)ただ、この頃、新説への気持ちが薄れてしまった、と言う感じなのかな。

 新羅系であろうが、漢皇子であろうが、斉明帝の息子である事には変わりない、というのは仰る通りだと思います。ゾロアスター教にハマっていたとか、中々お騒がせな女性の面もありますので、新羅の皇族との関わりもありかもしれません。

  ただ、一つ気になるのは、彼女が二度も天皇になっている事です。天智帝というのは猜疑心が強く、周囲の人間を次々に陥れていく権謀術数の人物でした。しかし、大海人皇子と斉明帝だけには手を出せない状況だった。もし、新羅関連の人物であれば、天智帝も中臣鎌足も理由を構えて早い時期に二人を追放していたと思います。
 それが、二人は天智帝にとって「身内、それに準ずる信頼を置ける人」であっただろう、と考えている根拠でもあります。
 こうして何年かぶりで昔の文献や今の説などを調べなおして見るのはとても楽しかったですね。こうした議論というのは自分が勉強する為の重要な契機になりますから。
 詰まらない話にお付き合い頂きましてありがとうございました。
 、
 
 

2015/02/18 (水) 08:26:36 | URL | shige #X91rLkcY [ 編集 ]

シュート・ダック

>いや、「パンケーキ・アイス」よりも、

>浅田真央選手の「パンケーキ・スピン」を私は見たい(-^〇^-)

流石は、片割月さん

いや、浅田真央選手の「パンケーキ・スピン」のSFよりも「シュート・ダック・ポジション」のSFを私は見たい(^^)


ですので、エディ・ハリスの 「コールド・ダック・タイム」をお聴きください♪

https://www.youtube.com/watch?v=DN6UVjCUc9A

2015/02/21 (土) 09:14:39 | URL | ファントム #- [ 編集 ]

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プロフィール

片割月

Author:片割月
和歌を愛し、音楽を愛し、花を愛し、フィギュアスケートが大好きで、歴史・社会・文学が大好きで、ジョン・レノン、八代亜紀、ちあきなおみが大好きで、クリント・イーストウッドと映画も好きで、皮肉とユーモアも好きな変わり者アラフォー熟女ですが、よろしくお願いします。
最近は体力をつける為に、休みの日はえっちらおっちらとミニハイキングに勤しんでいます。

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