私の好きな曲・その4




リヒャルト・シュトラウス「四つの最後の歌」の中から今の時候に相応しい「春」を選ぶ。

※リヒャルト・シュトラウス(1864~1949)ドイツロマン派の掉尾を飾る音楽家。
「四つの最後の歌」は最晩年の1948年に作曲された。

春・Früling 詩:ヘッセ(Hermann Hesse)

薄暗い洞窟の中で
わたしは長いこと夢見ていた
お前の樹々と青い空を
お前の薫りと小鳥の歌を

今やお前は輝かしく華麗に装い
そのとびらを開き
光に満ちあふれて
奇跡のようにわたしの前にいる

お前はわたしを再び見いだし
わたしを優しくいざなう
お前の存在の至福に
わたしはふるえる


同時代のマーラーはネクラの音楽家、シュトラウスはネアカの音楽家との俗説がある。
人生に苦悩する小説家か哲学者が音楽家になったようなマーラーとその音楽に対し、どこか享楽的でパフォーマンス好きに見え、ヒトラー政権下でも優遇されていたシュトラウスの音楽には、不条理な運命に喘ぎ、抵抗し、閉じられた孤独の中で慟哭する魂の存在はあまり感じない。

彼はどこまでも音楽家だったのであろう。そこにはマーラーとは別の斬新性や諧謔もあれば、夢見るような美しいメロディーと融通自在に変化する転調で人を魅了する音楽がある。強いて言えばモーツァルトに近いかもしれない。

自業自得とはいえ第二次世界大戦による敗戦はドイツを徹底的に破壊した。ドイツの貴重な文化遺産の多くが無残にも失われた。さすがのシュトラウスも絶望感に打ちのめされたと伝えられる。絶望感と人生の終末を予感した心がこの歌を生んだ。しかし、マーラーのような暗い告別ではなく、どこか明朗な充足感が漂っている。


この音楽から私は次の短歌を連想した。



世の中はかなかりける頃、梅の花を見てよめる…

散るをこそあはれと見しか梅の花 はなや今年は人をしのばむ

小大君・後拾遺和歌集

※平安中期の女性歌人。和泉式部、清少納言とほぼ同時代。

…これまでは梅の散り様を哀れと見て来たけど、今年は、梅の方が私の身近な人達の散り様を哀れと偲んでいるのだろうか…命の儚さを詠ってはいるが、対比的な捻りを効かせる手法には、この歌人の大らかさや朗らかさも感じる。

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2012.02.18 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 音楽



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片割月

Author:片割月
和歌を愛し、音楽を愛し、花を愛し、フィギュアスケートが大好きで、歴史・社会・文学が大好きで、ジョン・レノン、八代亜紀、ちあきなおみが大好きで、クリント・イーストウッドと映画も好きで、皮肉とユーモアも好きな変わり者アラフォー熟女ですが、よろしくお願いします。
最近は体力をつける為に、休みの日はえっちらおっちらとミニハイキングに勤しんでいます。

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