第九は大苦


第九   ベートーヴェン最大の交響曲の神話 (幻冬舎新書)第九 ベートーヴェン最大の交響曲の神話 (幻冬舎新書)
(2011/11/29)
中川 右介

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ストーリー・テラーである中川氏の名文に惹かれて読む。これも第九の音楽鑑賞に役立つというものとは違う。第九を巡る音楽家たちのドロドロとした人間ドラマの妙味が急所だ。伝説的エピソードもあれば、せち辛い実話もある。

ベートーヴェンの総指揮によるウィーンでの初演は大成功だった。客席に背を向けたまま爆発的な拍手に気がつかないベートーヴェンを歌手のカロリーネ・ウンガーが客席のほうを向くよう促す。拍手に気が付いたベートーヴェンはお辞儀をした。聴衆は興奮し泣き出した。ベートーヴェンは演奏会の後で感動のあまり失神した。

…というのは「伝説」であり、実際はこの演奏会で彼が大いに胸算用していた利益がほとんどあがらず、ガックリして気絶したというのが真相らしい。私もこちらの方が実話に近いと思う。ベートーヴェン関連の著作を見ると、彼がお金に相当執着していた事実がたくさん出てくるからである。もちろん、それには事情はあったのであるが。

時代はグっと下がり、1870年。ベートーヴェンの生誕百周年記念ということでウィーンで大掛かりな演奏会が企画された。ウィーンの記念行事委員会はリヒャルト・ワーグナーに第九の指揮を、フランツ・リストには「ミサ・ソレムニス」の指揮を、クララ・シューマンにはピアノ協奏曲第五番「皇帝」をワーグナーの指揮で弾かないかと、それぞれに打診した。

だが、三人とも、それぞれ他に誰に依頼しているかを知って依頼を断ったのである。リストは愛娘のコジマを取ったワーグナーとは絶縁状態。クララはロベルト・シューマンに批判的だったワーグナーと共演する気になれなかった。

彼等は第九の歌詞にある「あらゆる人間は兄弟になる」とは真反対の振る舞いをした。

その三十年後の1900年、第九を振ったグスタフ・マーラーはウィーン・フィルと喧嘩別れする。第九の楽譜にマーラーはかなり手を入れた(当時は普通に行われていた)ことが「冒涜」と問題にされた。第九はあまりに有名になり神聖視されていたらしい。

第九を奏でる人々は「あらゆる人間は兄弟になる」ようには仲良く出来なかった。

往年の大指揮者、フルトヴェングラーとトスカニーニは犬猿の仲だった。ドイツ・イタリアのファシズムに反対していたトスカニーニはヒトラー政権下に留まって指揮をするフルトヴェングラーを絶対に許さなかったという。この二人も第九の指揮を巡り揉める。

トスカニーニはフルトヴェングラーに次のように言って非難したそうだ。
「自立してものを考える人を迫害する制度を承認するような男は、ベートーヴェンの第九を誠実に解釈することはできない。君たちナチスは精神を抑圧してきた」

別の場ではフルトヴェングラーはトスカニーニに次のように反論したそうだ。
「私自身は、音楽家にとって自由な国も奴隷化された国もないと考えています。ワーグナーやベートーヴェンが演奏される場所では、人間は、どこでも自由なのです」

私は両者の言い分にそれぞれ理があるように思うが、この辺はそれぞれの人生観や歴史観によるだろう。

意外だったのは、ベートーヴェンは「不肖の」弟子&秘書であったシントラーに、第九の初公演に関する実務をかなり任せていたことだ。シントラーは音楽家としても無能であり、ベートーヴェンの死後に資料を改竄したりと、かなり非難されている。ベートーヴェンも彼を「あのシントラーという盲腸野郎は」とボロクソ言っていたらしい。

しかし、実際は決して無能ではなかったのであろう。そうでなくてはベートーヴェンという極めて気難しい人間の秘書など務まらないだろうし、実務を任せられることもなかったと思うからである。



これはモーツァルト作曲、k222「オフェットリウム」という宗教音楽である。この動画の1:10秒~を聴いて欲しい。この曲をベートーヴェンが知っていたかどうかは不明である。


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2012.03.09 | | コメント(5) | トラックバック(0) | 音楽



コメント

Re: 〇〇様へ

〇〇様、コメント大変嬉しいですm(__)m

ご指摘の点ですが、とくに何も設定していないのですが…調べてみますね。

これからもよろしくお願いします。

2012/03/10 (土) 11:39:13 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

びっくり

>これはモーツァルト作曲、k222「オフェットリウム」という宗教音楽である。この動画の1:10秒~を聴いて欲しい。この曲をベートーヴェンが知っていたかどうかは不明である

荒川さんの金メダル”トゥーランドット”の後に、太田由希奈ちゃんの”トゥーランドッド”を観た気分です\(◎o◎)/!

2012/03/10 (土) 20:41:04 | URL | はぴらき #- [ 編集 ]

温故知新

現在に至るまで、あらゆるところで存在する。

全くの新しいものなどは無いといえるだろうね。

例えば、地動説。

アリスタルコスという紀元前の天文学者がすでに唱えている。
当時の観測技術から考えるとかなりの精度で、月の直径なども算出している。

古きを温めて新しきを知る

知っていたと考える方が合理的かな。

知っていたとしても、そこからあの曲へと完成させたのであれば、それは新しい創作といえるのではないのだろうか?

今の著作権法はそういう意味では、創造性の自由度を狭めて金権に執着している気はする。

特許法もだけどね。

アイデアの元には必ず古い知識が基礎にある。

真の創作と言うのなら赤ちゃんにしか適用できないと思うのは、私だけだろうか(笑)

2012/03/11 (日) 00:37:18 | URL | バルタントモゾウ #- [ 編集 ]

Re: びっくり

> 荒川さんの金メダル”トゥーランドット”の後に、太田由希奈ちゃんの”トゥーランドッド”を観た気分です\(◎o◎)/!


上手い!

座布団5枚。

2012/03/11 (日) 20:26:03 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

Re: 温故知新

>アイデアの元には必ず古い知識が基礎にある

バルタン様、ご説、ごもっともですね。

今のフィギュアスケートの技も振り付けも、先人たちの発明が基礎にあると思います。

古い材料が基礎にあっても、新しいと感じさせることが出来る振り付けや演技こそ名演なのでしょうね。

キムヨナ選手のシェヘラザードはクワンさんのパクリだ、との非難がありましたが、やはり、これは名演の一つだと私は思っています。

ヨナ選手には女子ではコストナー選手以外には誰も成し得ないスケーティングの切れ味、ターンの鋭さがあると思います。それとは対照的に腕から肩、首にかけて柔らかさがあり、妖艶さを醸し出しています。

ある程度は参考にしたにせよ、クワンさんの柔らかいスケーティングとチャーミングな表現とはその点では全く異なると思います。

振り付けの上っ面だけを比較してパクッたと非難するのは、ベートーヴェンがモーツァルトをパクッたとするのと同じですね(笑)

2012/03/11 (日) 20:44:30 | URL | 片割月 #- [ 編集 ]

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片割月

Author:片割月
和歌を愛し、音楽を愛し、花を愛し、フィギュアスケートが大好きで、歴史・社会・文学が大好きで、ジョン・レノン、八代亜紀、ちあきなおみが大好きで、クリント・イーストウッドと映画も好きで、皮肉とユーモアも好きな変わり者アラフォー熟女ですが、よろしくお願いします。
最近は体力をつける為に、休みの日はえっちらおっちらとミニハイキングに勤しんでいます。

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