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「真田丸」:「おんな城主 直虎」「花の乱」など:愚見を少々





●「真田丸」の最終回
なんか、あっけなかったです。率直に言って、「ああ、いいのもを見せてもらった」という感慨は湧きませんでした。まあ、これまでの流れや演出・脚本から鑑みて、こんなものなのでしょう。

家康は最後までバカ殿であり、幸村や淀殿や秀頼の自害のシーンは描かず、きりは千姫を家康のもとに連れて来た後は全く描かず、最後にはどういうわけだか信之と本田正信が偶然に出会い、正信から領国経営の心得を聞かされるというベタなシーンを描く。これはこれで一つの演出だと思います。過去に何回も描かれて来たお馴染みのシーンを省略するのはイマドキの演出でしょう。軽妙なコメディタッチの演出の中に悲劇的場面を重々しく演じては木に竹を接ぐような矛盾も生じましょうから、ここは淡々と描くのも悪くは無いかもしれません。私の好みとは違いますが。

何のかんの言いましても、決して退屈はさせませんでした。適度に笑いあり、涙あり、気の利いたセリフも随所にありで、それなりに楽しめたドラマだったと思います。堺雅人の幸村はややもすると草刈正雄の昌幸に主役を食われていた感もありましたが、大阪城に入ってからは俄然、存在感を増しました。堺雅人は器用で良い役者と思います。

●大河ドラマでは決して描かれない大阪夏の陣の実態。

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大坂夏の陣図屏風

黒田長政が絵師に描かせたという「大阪夏の陣図屏風」。武士が農民の女性を襲うシーンや命乞いする農民を襲うシーン。実に生々しいですし、胸が痛みます。まさに、歴史をひも解くと、そこには女性や弱者の悲鳴がこだましているのです。「大阪夏の陣図屏風」はNHKの歴史番組でも取り上げられ、「戦国ゲルニカ」として放映されたことがありますね。おそらく、戦国時代には普通にあった出来事なのでしょう。

黒田長政が何故このような絵を描かせたのか謎です。普通なら己の勇ましい戦闘シーンを描かせるであろうに。黒田如水の息子であっただけに、他の戦国武将とは何か違う感性を持っていたのでしょうね。

私が言いたかったのは、こうした戦争の真の残酷さを決してテレビドラマでは描かないものであり、また、視聴者も…たぶん…そのようなものは見たくないと思っているのでしょう。絵で見るのとドラマで演じるのとではどちらの方がインパクトがあるかは明瞭です。それゆえ、結果的に、戦争ドラマや戦国ドラマにおいて、戦闘シーンが主役の武将を美化する為の道具となってしまうのを少し残念に思うものであります。

そこには、私も含め人間の矛盾もありましょう。現実には戦争を憎むけど、ドラマや映画となりますと、戦争シーンを興奮しながら楽しんで見たいと思う…何と言う矛盾でしょうか。


●2017年大河ドラマ「おんな城主 直虎」の公式サイト
ここです

「花燃ゆ」の二の舞になるのではないかとの予感もします。吉田松陰の妹も、井伊直虎も、よほどマニアックな歴史好きでも無い限り、知られていない女性でしょう。私なんか、幕末の井伊直弼は知っていても、家康の重臣であった井伊直政を知らないくらいですから、直虎など全くイメージが湧きません。

主役の柴咲コウは私の好きな女優ですが、「花燃ゆ」の主役を演じた井上真央に比べると一般的には何か親しみにくいタイプの女優という感じがします。しかし、柴咲コウの持つ、ある意味、中性的な雰囲気は、男的役柄の直虎に合っているように思います。脚本と演出と役者が上手くフィットすれば楽しめるドラマになるかもしれません。


●1994年大河ドラマ「花の乱」:ウィキ
ここです

風邪気味の中、仕事で無理をしたために拗らせてしまいました。熱で何もする気分になれない時こそ、テレビドラマを見るには最適です。で、室町時代の8代将軍足利善政とその御台所日野富子を描いた大河ドラマ「花の乱」のDVDを借りて全体の半分近くまで見ました。これは傑作です。私の見た大河ドラマでは最高の部類に入ります。

日野富子:松たか子→三田佳子
足利義政:市川新之助→市川團十郎
山名宗全:萬屋錦之介
細川勝元:野村萬斎

錚々たるキャスト!迫力有り過ぎ!
主役の三田佳子は完全に圧倒され、萬屋錦之介や野村萬斎に主役の座を奪われちゃった感があります。少女時代の富子を演じた松たか子はこの時16才。実に初々しいです。

☆室町時代や応仁の乱は日本史のブラックボックス
どんな歴史好きも室町時代だけは敬遠するのではないでしょうか?
理由
①特に目立つような、ドラマになるようなヒーロー的存在がいない
②内部分裂・内部抗争の連鎖で人物名が錯綜して鬱陶しい

②ですが、天皇家は南北朝に分裂し、足利将軍家は鎌倉公方だの伊豆公方だの、足利義視と義尚だのと内部分裂し、管領の畠山家や斯波家も内部分裂し、もう、ワケが分かりません。ましてや応仁の乱など頭が混乱するばかり。おそらく誰もが学生時代には試験勉強や受験勉強で四苦八苦させられたでしょう。

こんなに良く出来たドラマが最低視聴率だったのも分かります。
例えば、応仁の乱の勃発を受け、ドラマの中でナレーターが、「大乗院門跡の尋尊は日記に『東西南北、静謐な国はない』と記しています」と説明しますが、テロップが流れないので、見ている人には言葉も内容もチンプンカンプンです。こうした分かり難さも視聴率低迷の原因になったのでしょう。

私はたまたま新刊本の「応仁の乱」:呉座勇一著・中公新書、これを読んでいたのでナレーターの言葉も分かりました。大乗院門跡の尋尊とは興福寺の僧侶であり、歴史学者は彼の日記を応仁の乱の資料として重宝していると知りました。

日本史を理解する肝は土地の所有形態を理解すること。すなわち、荘園制度です。これは私の高校時代に先輩が強調していたことです。室町時代は天皇家・公家・寺社の荘園と武家の領国との最後のせめぎ合いでした。分裂と内部抗争の背景にこうした土地問題がありました。このことがある程度理解されると室町時代もなかなか面白いです。日本史の峠は室町時代である、と主張する学者が少なくありません。

こうした室町時代の複雑な状況を、「花の乱」では上手くアレンジしています。日野富子は日本史上の悪女の一人とされて来ましたが、最近の研究では見直されているようです。

ただし、22年前のドラマだけに、演出に「古さ?」を感じる面もあります。特に、役者が役者だけに、セリフの言い回し、イントネーションが少々大げさで苦笑させられます。

例えば、「お待ちしております」は、「お~まぁ~ちィして~おります」と。歌舞伎じゃないんだから、そんなに抑揚をつけなくてもいいでしょうに。「真田丸」とは大変な違いです。




2016.12.23 | | コメント(27) | トラックバック(0) | 歴史・文化



お勧めのドラマ・NHKスペシャル:「東京裁判・全4話」・追記あり





NHKスペシャル:ドラマ「東京裁判・全4話」
サイトはここです

今日から4夜連続?でこのドラマが放映されることを知らず、途中から見ましたが期待出来そうです。

ご存知と思いますが、これまでNHKは「証言記録・兵士たちの戦争シリーズ」等、アジア・太平洋戦争に関する優れた特集番組を制作しています。

今回のはドラマ形式ですが、数年に及ぶ取材等、かなりの手間ヒマをかけて制作した力作のようです。

東京裁判は昭和史における戦前と戦後の境に位置する険しい峠だったと思います。

東京裁判の功罪については多くが語られて来ました。

「勝者による裁判、茶番劇だ」として否定的に評価する人や、「国民には秘匿されていた旧日本軍の負の実態を明らかにし、戦後における戦争犯罪の国際慣習法の確立や国際刑事裁判所の設立への道を開いた」と高く評価する人もいて、今も喧々諤々議論があります。前者は、いわゆる大東亜戦争肯定論や正当防衛論を唱える人に多く、後者は、旧日本軍や大日本帝国によるアジア・太平洋戦争を、「侵略戦争」として断罪する人に多く見られる見解です。

私は東京裁判には功罪両面があると思います。


ダウンロードqqダウンロードzz


東京裁判に関する書籍はたくさんありますが、概要を知る為の一般向け良書として、

①日暮吉延著「東京裁判」(講談社現代新書)
②粟屋憲太郎著「東京裁判への道」(講談社学術文庫)

の2冊をお勧めします。

なお、東京裁判に関して、渡部昇一や小林よしのり等の右翼系論者の著作がありますが、こうした専門家ではない論者による著書から読み始めるのは、「百害あって一利なし」です。何故なら、彼等は専門家ではない故、資料から自分に都合の良い箇所を列記し、自分に都合よく解釈している可能性が高いからです。

☆参考資料となるお勧め図書。
東京裁判研究会編、「パル判決書(上下巻)」(講談社学術文庫)

判事による膨大な論文なので、さぞかし難解かと思いきや、私達でも普通に読めます。

ラダビノッド・パルはインドの判事。東京裁判では裁判自体の欺瞞性と無効を、そして、日本の指導者達の無罪を主張したとして、日本の右翼や保守政治家から称賛されている人です。

「パル判決書」をじっくり読みますと、実は、パルは大日本帝国の指導者や旧日本軍の行為自体については批判しているのであり、決して擁護などしていないことが分かります。主に右翼系・保守系論者によって多く引用される「パル判決書」ですが、それは得てして「我田引水」的に走る傾向があり、要注意です。

☆追記
第二話。判事達の議論や対立、実に見応えがあります。
パル判事の描き方が良いです。決して日本の指導者の戦争犯罪を擁護しているのではなく、あくまで「侵略の罪では法的に個人を裁くことは出来ない」としているのであり、これは正論ですね。
そうか、オランダの判事もパル判事と同じ意見に変わったのか。

まさか、「南京事件(南京大虐殺)」の問題をドラマに登場させるとは思いませんでした。扱い方?を誤るとウヨクからのクレームが入るかもしれないテーマですので、避けるだろうと思っていました。素晴らしい!

いよいよ第三話では東條英機が登場しますが、どんな描き方になるのか注目です。




2016.12.13 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 歴史・文化



お薦めの歴史本・その1:エロチカ系




とっておきの歴史本を教えましょう、なんて言うと、如何にも恩着せがましい。
しかし、良い本は人にも教えたい、薦めたいと思う心と、教えてやるもんか!というセコイ心が入り交ざるのが私なんです。神様でも仏様でも無いので、これくらいの心理は許して下さいね。


●下川耿史著「エロティック日本史 古代から昭和まで、ふしだらな35話」 (幻冬舎新書)

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とにかく、愉快な歴史本です。私なりにネタを一つ紹介すると。。。

史実というよりも神話の世界ですが、日本人で最初にセックスをしたのは…はい、イザナギとイザナミです。
では、二人はどんな体位でセックスをしたのでしょう?
①正常位
②後背位
③騎乗位
④立位
⑤その他

注意。あなたの好きな体位を尋ねているのではありませんよ。

下川氏によると、その答えは日本書紀にちゃーんと書いてあると。
さっそく指摘された箇所を手元の日本書紀(岩波文庫)で調べると、確かに書いてありました。
「一書に曰く」として、「(イザナギ、イザナミは)遂に合交せむとす。而も其の道を知らず。時に鶺鴒(にはくなぶり=セキレイの別読み)有りて其の首尾を揺す。ニの神、見して学びて、即ち交の道を得つ」

二人がどうやってセックスしたらいいのか分からずに困っていたところ、セキレイがつがいで飛んで来て、頭や尻尾を震わせながら交尾した。それを見た二人はやり方を学んだと。すなわち、小鳥の交尾は後背位です。

上記の由縁から、セキレイは地方によっては神聖な鳥とされ、みだりに捕まえてはならないとされて来たとか。また、伊勢神宮の神衣である「大和錦」にはセキレイの模様があるとか。お伊勢さんは日本人に初めて後背位を教えてくれたセキレイを特別なものと見なしていたのであろうと。今も伊勢神宮の神官や巫女はこのことを知っているかな?お伊勢さんに参拝する人達は?私は未だに参拝出来ていませんが、セキレイのエピソードを知ってしまうと、笑いがこみ上げてしまい、敬虔かつ神妙な気持ちでお参りは出来そうにもありません(^_^;)。

私も古代史ファンなので日本書紀は時々参照するのですが、そこは素人の甘さ。少しも気がつかなかった。

古代人は鳥はともかく、馬や犬などの哺乳類の交尾を見ていたでしょうね。すると、彼等は通常は後背位だったのでしょうか?歴史学者はこうしたテーマには興味が無いのか、研究した形跡が見られないのが残念です。

ちなみに、古代~室町時代には「後背位」に該当する表現が見当たらないとか。江戸時代になると、「後ろ取り」なる表現が定着したそうです。分かり易いな。別名、「一の谷」とも。つまり、源義経がわずか数十騎で平家が陣取る一の谷を背後から攻めて快勝した戦いから取ったんですね。なお、「後背位」という表現は太平洋戦争後に流布されたそうです。


☆上記に類するお薦め本
●井上章一著「愛の空間」(角川文庫)
戦後、皇居前広場はカップルの「野外性行為」の場となっていたとか。性行為をいとなむ為の屋内空間が簡単に確保出来なかった時代の現象でしょうね。戦前であれば不敬罪でお縄になるところ。それが戦争に負け、天皇が人間宣言をし、民主主義の時代に変わった途端、かくも日本人の考え方や風俗が180度コロッと変わってしまうものなのか。

私よりもひと世代上の人によると、日比谷公園や上野公園などは、昭和初期~中期を通して野外性行為のメッカになっていたとか。また、それを密かに覗く、ノゾキ屋も闊歩していたとか。カップルの方も覗かれているのを承知でやっていたとか。まさしく、濁世の図柄ではないか!年長の人達がテレビに出ては、「現代の性の乱れ」を嘆いてみせますが、なんのことはない、彼等の時代だって五十歩百歩じゃないか、と言いたくなりますね。


●宮武外骨著「猥褻風俗辞典」(河出文庫)
例えば、「穴熊」の特別な意味です。現在では将棋の守備陣形を指す言葉と誰でも知っています。
しかし、江戸時代~明治にかけて甲斐の地方では私娼の意味で使われていたそうです。つまり、「穴熊が穴より出て餌をあさるがごとく、男を捕らえて魔窟に引き入れることの義ならんか。または甲斐の隣国駿河にては、粗暴の女を『しゃ熊』と称す。これに縁ある語か」と外骨は解説しています。
とにかく、地方により、「青餅」「赤手拭」「のすかい」「ふぐつめ」「総右衛門」などなど、「女郎」に類するボキャブラリーの多さに驚きます。そのほとんどは死語となっていますが。

傑作はこれ。
「もしもし」…横浜・京都にて私娼の別称だったそうです。娼妓が「もしもし」と声をかけて男を呼びとめるからだと。その後、昭和初期あたりまでは、誰でも普通に他人に何か道順などを尋ねたくて声をかける時に、「もし」と言っていたそうです。これなどは私の感覚では品があっていいなあと思います。

しかし、京都旅行の際、薄暗くなってから通りがかりのご老人に対し道順を尋ねようとして、うっかり「もし」と呼んだら、勘違いされるかもしれませんね(^_^;)。今では人に声をかける時は、「すみません」一辺倒になりました。ボキャブラリーが貧弱になった。
電話が普及すると、「もし」を重ねて「もしもし」と言うようになり、「もし」は衰退したらしい。

※井上章一は最近、「京都ぎらい」(朝日新書)がベストセラーになり知名度が上がったと思いますが、実は、この人はなかなか面白い本をいくつも書いていて、私は以前からのファンです。近く記事にしたいと思っています。また、宮武外骨は故人ですが実に痛快な人物で私はファンです。こちらももっと詳しく記事にしたいと思っています。


●小谷野敦著「日本売春史:遊行女婦からソープランドまで」(新潮選書)
小谷野敦もちょっと変わった人らしい。他の専門家が書いた著作の痛烈な批判が多く、しばしば激論になったり、名誉棄損だとかでお互いに民事裁判沙汰になったりもしているようです。

遊女の歴史を専門としている学者の中には、しばしば遊女を美化したり聖女化するのを小谷野敦は批判しています。また、他の著作でも、いわゆる巷に流布している「日本人論、日本文化論」本のいい加減さ、トンデモ性を痛烈に批判しています。例えば、「江戸時代の性は自由だった」とする専門家に対し、「現代だって性は自由だろう」と反論します。

この著書の「あとがき」で、「…私はかつて売春絶対反対論を唱えていた。…が、その後、偽善であると気づき、撤回した。…売春は合法化するのが現実な方向性だと思う。…必要悪と認める。…だからと言って、私が家族や友人が売春をしても平気なわけではないことは言うまでもない…」くらいのことを言っています。

小谷野敦は、根はなかなか率直な人柄のようです。私はちょっと好感を持ちました。



2016.10.19 | | コメント(8) | トラックバック(0) | 歴史・文化



お勧め本・「イルカ漁は残酷か」:愚見を少々




●伴野準一著「イルカ漁は残酷か」(平凡社新書)

だいぶ前になりますが、たまたまプロ野球ニュースを見たら、メジャーリーグで採用されたチャレンジ制が話題になっていました。アナウンサーは、「日本のプロ野球でもチャレンジ制の導入を検討したらどうでしょうか?」と、隣にいた元プロ野球選手に尋ねると、元プロ氏は、「まあ、日本のプロ野球にはそれなりの文化がありますので、そこは色々と…」と曖昧な答え方をしました。それにイラついたのかアナウンサーが再度尋ねると元プロ氏も再び「日本(のプロ野球)なりの文化がありますから…」と答えました。

私もイラつきました。「日本(のプロ野球)なりの文化って何ですか?」と、どうしてアナウンサーは突っ込んで尋ねないのか!。この元プロ氏の言う「文化」など、おそらく、何の中味も無い、防御的「はぐらかし」であろうと思います。彼にもし何か持論があれば、「日本のプロ野球の文化の何たるか」を語って欲しかったです。


キャロライン・ケネディ駐日米国大使がツイッターで「(和歌山県太地町で行われている)日本のイルカ追い込み漁は非人道的であり、米国政府は反対する」といった主旨の発信があったのを受けて、安倍首相が「この(追い込み式の)イルカ漁は日本の文化」を持ち出して「擁護した」とも受け取れる発言がありました。

そもそも、「文化」とは?最近は文化という言葉が乱用され、英語のカルチャーという言葉も定着し、文化の価値が下落している感じがあります。「芸術」や「アート」の乱用により、芸術の価値が下落しているのと同じ傾向がありそうです。

私の手元にある小学館の「新選・国語辞典」によると、文化とは、

①世の中がすすんで生活が高まる状態。文明開化。
②自然を材料として理想を実現していく人間の活動、また、それによってつくりあげられた結果。

とあります。
なんだか抽象的で分かったような分からないような定義ですが、キーワードとしては「すすんで生活が高まる」「理想の実現」にありそうですね。

愚見ですが、何かが文化として成立する為には、その何かが150年~200年以上の歴史の積み上げが必要かと。50年~100年くらいで「これが我が国の、我が地域の、我が集団の文化だ!」と言われても、少々心許ない。

以上を考慮に入れますと、日本のプロ野球(リーグ制)の歴史は80年程度。果たして文化と言える程の何かがあるか、怪しい感じがいたします。それどころか、アメリカのベースボールを取り入れた日本が、メジャーリーグから学ぼうともせず、「日本なりのプロ野球の文化があるのだ。」は少々傲慢であり、島国根性の現れではないか?

選手側に何の相談も連絡もせず、プロ野球機構側が勝手に公式球を変更(ホームランが出やすい球)するなど、「プロ野球文化が聞いて呆れる」例はいくらでも出て来ます。文化の定義にある「理想の実現」とは程遠い「活動」ですね。


和歌山県太地町のイルカ追い込み漁の歴史は1969年くらいから始まったとの説があります。果たして文化と言えるかどうか。しかしながら、今ではほとんど行われなくなった伊豆地方でのイルカ追い込み漁は、明治初期に本格化した記録があるそうです。こちらは文化と言えるかもしれません。

ここで私が言いたかったのは、「これは日本の文化だから」というフレーズがしばしば、欧米からの批判に対する応酬話法となっていること、ここにも排外的な島国根性を感じ取ることです。日本は欧米から誉められると有頂天になる傾向がありますが、逆に批判されると180度コロッと態度が変わり、愛国的激情が襲うのか、「欧米の優越主義、アメリカの覇権主義は許さじ!」と、「尊王攘夷派」に豹変する傾向があるようです。

しかし、環境問題、動物保護問題、人道的問題等はもっとグローバルに考える時代になっていると思います。「日本の文化なんだから~!」と反発する姿は、親からおもちゃを取り上げられる子供が駄々をこねているようにも見えます。

伴野準一著「イルカ漁は残酷か」(平凡社新書)は好著と思いました。イルカの追い込み漁の現実の姿、地元漁師たちの苦悩と本音、反対する欧米の運動家達の言い分や運動のやり方の問題点などに踏み込んでします。

一つだけポイントを「ネタばれ」します。著者の取材によると、反対派はイルカを殺すことが絶対にいけない!とは言っていない。追い込み漁におけるイルカの残酷な殺戮方法を止めて欲しい、と言っていると。

漁師の中には、「どうせ殺すんだから、残酷もヘチマもあるか!」という本音もあるようです。

「目的は方法を正当化する」という言葉があります。

正しい目的の為なら、純粋な動機によるものなら、どんな方法でも正当化される、くらいの意味でしょう。

しかし、21世紀の今は、方法も問題になる時代です。

死刑の方法がその典型です。「極悪非道の人間を処刑にするのに、残酷もヘチマもあるかよ!」は通用しません。

昔は八つ裂きとか、磔(はりつけ)等、死刑囚に多大な苦痛を与える死刑が行われました。フランス革命期には「残酷ではなく、苦痛も無い死刑」として、ギロチンが発明されました。

ところが、20世紀に入るとギロチンは残酷だ、との批判が強くなった。結局、死刑制度は廃止されました。

アメリカでは吊るし首、銃殺刑などがあったようですが、残酷との批判を受け、電気椅子に変わり、それもダメで、毒ガスに変わり、それもダメで、薬殺になり、それもダメで死刑制度が廃止された州が増えました。

死刑は残酷な方法を止めて人道的にやれ、となりました。この考え方は動物の殺し方にも広がっているようです。

イルカの追い込み漁について、「日本の文化だから尊重せよ」に理解を示した上で、グローバルな視点からも一度考える必要があるのではないか?と著者は訴えているようです。

追い込み漁におけるイルカの殺し方は残酷なようです。イルカも哺乳類ですし痛点はあります。イルカが血まみれになって死の苦痛にのたうち回る姿を見た人は、ショックを受け、目を覆うそうです。 「文化的」とは言えないかも。


☆今年6月頃、「尊王攘夷派」が、「ほれ、見たことか!」と言いたくなる報道があった。
…イギリスの大手紙ガーディアンは、日本のイルカ追い込み漁を批判する立場を示した。しかし同国では、残酷だとして2005年に禁止された猟犬とともにキツネを追い回すキツネ狩りが、先の選挙で擁護派が大勝したことで復活する見込みである。理由は「伝統文化の継承」だという。「イルカを追い込めば野蛮」でも「キツネを追い回すのは文化的」らしい…。

この記事を見て、「イルカ追い込み漁が残酷だとは、イギリスに言われたくない!」「欧米の身勝手な白人優越主義の現れだ!」とエキサイトする人は、「尊王攘夷度」が高いので少々頭を冷やす必要がありそうです。※

イギリス貴族の「伝統・文化」のスポーツハンティングですが、もはや内外の強い批判を受けて絶滅寸前になっていることを忘れてはいけません。また、キツネ狩りをしている人達がイルカ追い込み漁を残酷だと批判しているかどうかは不明なのです。

日本のイルカ追い込み漁を批判する欧米人は、自国や欧米、世界中の動物虐待や残酷な殺し方を批判しているのです。何も、日本だけをターゲットにしているわけではありません。


イギリス人の「優越主義」の例はあるようです。

登山家であり冒険家であった故植村直己の著作にある例です。エベレスト国際登山隊の一員として加わった植村直己や他国の登山家達が、まるでイギリス人登山家達の下僕のように下働きをさせられた内容が書かれていました。メンバーは対等であり、誰もがエベレスト登頂を果たしたいのにも関わらず、イギリス人登山家たちは自分達が真っ先に登頂するのが当然のような態度だったそうです。

植村直己は「良い人柄?」だったようで、自己中心的なイギリス人登山家達に腹を立てつつも、「彼等が一番熱心に取り組んで来たものだからやむを得ない面もあるか」と、理解も示していたようです。

イギリスは、山文学の古典「アルプス登攀記」を書いたウィンパーや、エベレスト初登頂を目指し遭難した有名な登山家マロリーを生んだ国なので、「俺達は高所登山のパイオニアである!」との誇りが強過ぎるのかもしれません。


☆地元ではイルカを食用にもしているそうですが、美味しいのかしらね?
一般的に、鯨類はナガスクジラのように大型ほど肉は美味しく、ミンククジラのような小型ほど美味しく無いと言われますので、イルカも美味しそうには見えませんね(^_^;)

☆日本のプロ野球において、文化とは誇れない例。
他の観客の迷惑を考えず、鳴り物入りで絶えず騒音をまき散らす応援のやり方…これは日本なりの文化という意見もあるでしょうけど…私は文化とは思えません。少なくとも、言葉の厳密な意味から「文化的」とはとても言えないのではないか。

観客が鳴り物入りで騒ぐ典型的な例にサッカーがあります。しかし、サッカーというのは20人の選手達が「常に」目まぐるしく動き回るスポーツですので、「騒音」はそれほど気にならないと思います。

しかし、野球は団体競技にしては選手達があまり動かない「静的」なスポーツです。それゆえ、「騒音」が耳障りなのだと思います。メジャーリーグの観客が概して静かであり、盛り上がる場面では「ワーッ!」となりますが、それは自然ですし、人の声だけですから耳障りとは感じないと思います。むしろ、投手の投げた球が捕手のミットに収まる時の「スパーン!」という音や、打者が球を打つ時の「スカーン!」という音が快く響きます。元巨人の桑田投手も、メジャーリーグに行って初めてそれらの音を耳にし感激したと語っていたことがあります。

メジャーリーグが日本に来て試合をする時、「本日は鳴り物入りは禁止」という例を見たことがあります。もしも、「鳴り物入りは日本の文化」との自信があるのなら、このような「自虐的?」な対応を取るべきじゃないでしょう。情けねぇ~。



2015.12.09 | | コメント(33) | トラックバック(0) | 歴史・文化



なんか石破茂地方創生相、面白いよね・他2題





●報道によると、2015年7月2日、石破茂地方創生相は、自身のグループの勉強会で、

「自民がガタガタっとくるときは、政策なんかより『なんか自民、感じ悪いよね』と国民の意識が高まっていったときに危機を迎えるのが私の経験だ」

と、自民党議員のメディアへの威圧的発言についてたしなめたそうです。


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『なんか自民、感じ悪いよね』

これ、大いに笑えました(^^)

石破さん、ナイス!

やはり、私は石破さんは憎めない人(むしろ、可愛い)だなあと思います。

言葉のチョイスが庶民的で分かり易い。安倍首相には無い言葉のセンスです。

小難しい理屈を並べるよりも、身近な感覚に訴える言葉の方が何倍もインパクトがあります。

例えば、「なんかあの人、感じ悪いよね」という言い方はしばしば耳にしますよね。

どんなにイイ男でも、お金持ちでも、秀才でも、理路整然と語ろうとも、この言葉一発の破壊力は凄まじい。

それでなくとも、昔から自民党議員の中には悪相的風貌の持ち主が少なくなかった。

どこか、汚職っぽい人相、企業ゴロや新聞ゴロっぽい人相、愛人やら妾を何人も抱えていそうな人相、「水清ければ大魚なしだ。ワッハッハ!」と笑って誤魔化しているような人相、などなど。

今年の流行語大賞の候補になるか?考えただけでも痛快です。



●大西英男議員の、「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなることが一番。経団連に働き掛けてほしい」

そこで、私はマスコミにお願いしたい。

「自民党を懲らしめるには政治献金やパーティー券の購入をストップすることが一番。経済3団体に働き掛けてほしい」

本当は、国民が選挙で彼等を落選させることが一番ですけども。


●『週刊女性』(7月14日号)は「『戦争法案』とニッポンの行方」と題した10ページ特集を組み、そのなかで「与党・野党のキーマン直撃!」として、日本共産党の志位和夫委員長のインタビューを載せたそうです。

私は女性週刊誌はたまに読む程度ですが、三度の飯より皇室ものが好きな女性誌が共産党の委員長に取材するとは異例です。それくらい安保関連法案という名の戦争法案に関心が深まっているのでしょう。

ところが、志位委員長の言葉に、私は突っ込みを入れたくなりました。もちろん、ここは女性読者を意識した回答という「場」であることを理解した上での突っ込みです。


…志位氏「(集団的自衛権の行使・安保関連法案)世論調査をやっても、女性の反対がかなり多い。やっぱり皮膚感覚で“これは危ないな”と感じていらっしゃるんだと思います。みなさんにどんどん声をあげていってほしいですね。女性が動けばこの法案を止められますから!」と読者によびかけました…。


まあ、こういう言い回しになることは分からなくもありません。が、これは「女性は子宮で考える」の類と同じで、要は、「女性は男性よりは頭が悪くて論理性に劣るけど、感覚は鋭いよね」という、科学的根拠の怪しい偏見と差別を助長するものだ。

つまり、「集団的自衛権と安保関連法案の問題点は、難しくて女性には理解は出来ないかもしれないが、感覚で何となく受け止めることは出来ているんだね」、と言わんばかりだ。

これが、「女には政治は分からん!女は子供を産めばいいんだ!」を絵に描いたような保守系の政治家が言うのであればまだしも、男女平等や差別撤廃を強く訴えている政治家が言ってはダメでしょ。

私の考え過ぎなんでしょうけど、誤解を招くような言い方をすると、怖いよ。

これじゃ、いくら志位さんが「女性が動けば…」と呼びかけても、「ケッ!」と一蹴されるだけかもよ。



2015.07.04 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 歴史・文化



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プロフィール

片割月

Author:片割月
和歌を愛し、音楽を愛し、花を愛し、フィギュアスケートが大好きで、歴史・社会・文学が大好きで、ジョン・レノン、八代亜紀、ちあきなおみが大好きで、クリント・イーストウッドと映画も好きで、皮肉とユーモアも好きな変わり者アラフォー熟女ですが、よろしくお願いします。
最近は体力をつける為に、休みの日はえっちらおっちらとミニハイキングに勤しんでいます。

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